対岸の監視
――湖畔の孤島
流木の上に座り、引いては寄せる波を見つつ湖に釣り糸を垂らしていた。
遠くにうっすらと見える対岸は船がなければとてもじゃないが辿り着く事は出来ず、近くに元桟橋のようなものはあったが、壊れて半分沈没したボートでは話にもならない。
小動物もいないこの島での食料確保をと考えれば釣りしかないが、中々釣れない糸先を見ながらぼんやりこれまでの事を考える。ここが帝国のどこかという事は廃墟の礼拝堂を出た所で気が付いた。これだけ大きな湖はマージナル王国のアナンケ領より南に行った国境沿いにあるクレイブ湖であるのは昔、来たことがあったので間違いなかった。
ここは嘗て王国と帝国が戦争前から領有権を巡って度々小競り合いをしていた時、王国はこの場所に教会を立てて主権を主張していた。だけど先の戦争の結果、完全に帝国の領土となったのはつい最近だ。そもそも帝国は一部を除いて偶像崇拝はしていないので、ここを作り変える事はせずにそのまま放置された礼拝堂が私が放り込まれた場所なのだろう。
とはいえ、犯人がこの島に閉じ込めたのは私にここから抜け出す手立てを持っていない事を知っていたのは間違いない。私の羽根は滑空や跳躍時の補助程度の能力しかなく飛ぶことは出来ないし、さらに泳げない事が致命的である。どちらにしても私の事はある程度調べていたみたいだけど、流石にギフトの事は知らなかった様で、火に関しては事欠く事はなかった。
「ま、火だけ起こせても肝心の魚が釣れなきゃ只の焚火なんですがね」
独り言を呟いていると、遂に糸がクンクンと引っ張られるのが見えて気持ちが高揚し始める。
(きたきた~)
疑似餌に魚が掛かり、クンっと引き上げるとそれほど大きくはない川魚が一匹釣れ、その後は順調に四匹ほど連続で釣る事が出来のは運が良い。
「さて、焼くにしてもせめて塩が欲しいかな」
少し考えて思いついたのが礼拝堂とはいえ調理場ぐらいあっただろうと考えて、向かってみると管理室のような部屋を見つけ、幸い奥に調理場を見つける事が出来た。
錆て穴の開いた鍋などは論外として、丁度調味料などを入れる棚があり中から岩塩を見つけたのは行幸だ。運がいいと思いながら廃墟から焚火のある湖畔に近づくと、先ほど釣った魚の所に二羽の鳥が降りて来て今まさに魚を咥えようとしていたのだ。
「ちょ!こら~!!」
大声をあげ、追っ払おうとダッシュで走って行くが鳥の方はこちらを見て驚きはするものの魚を一匹ずつ咥えて飛び去ってしまったのだった。
「おのれ、人の夕食を…」
動物などが生息しないこの小島で取られる事はないと高を括ってそのまま放置していたのは余りにも不覚だったと反省しながらも、先ほどの獲物をお腹に収めた鳥が再び空を旋回初めているので、急いで火を起こして魚の下処理を始める。
ジュ~パチパチパチ
香ばしい匂いが辺りに漂い、枝に刺した魚が良い感じに焼けて来た頃には空に居た鳥は諦めたのかいなくなっており、私の空腹もピークに達していた。
「さて、早速いただきますか」
焼けた魚を手に取り口に入れると、塩の味と魚の風味が口いっぱいに広がって空腹をみたしてくれる。きっと、普段食べた時は特別そうは思わないのだろうが、こんな状況下での食事ならではの気持ちなのかもしれない。空腹は最高の調味料とは良く言ったものだ。
(明日も魚釣りしかないかな…)
そんな事を考えながら、水辺の近くに生えている大きな葉を集めて地面に敷き詰めたベッドに横になると満たされたお腹に満足してか瞼が次第に重くなりそのまま寝息を立てていた。
◇◇◇
対岸では焚火をしているペルディータの様子を望遠鏡で伺う軽装備のコボルド二人の姿があった。
「兄貴、あの娘はどんな感じでしょう?」
望遠鏡を覗いていた兄貴と呼ばれた男が、隣にいる小男にそれを無言で渡すと木の根元に複雑な表情をしながら腰を下ろす。
「破格の依頼とはいえ、何故俺達があんな小娘の調査報告をしなければならんのか」
「そうっすね、遠目で何者かは知りませんが……あ、取った魚を鳥に取られてますね、馬鹿だなあ」
「小娘を眺めて報告書を出すだけの楽な仕事だから危険はないが、見た感じそんな重要な人物にはまったく見えない」
「まあまあ、二日後には交代要員が来ますからそれまでの我慢っすよ。それより我々も食事にしましょうぜ?あの子見ていたらお腹が空いてきちゃいましたよ」
「ああ、しかしこっちは火が使えないのが腹立たしいがな」
「ですね~」
小男は適当な返事を返しながら置いてあるバッグから携帯用のパンや干し肉を出してきて兄貴に手渡すと、彼は再び望遠鏡を覗き込み美味くもない固いパンをかじった。
監視を続けて三日後、山の裾野に日が当たり始めた頃に斥候をしていた二人の元に近づく影があった。観測所では毛布にくるまり眠る二人に声が掛かる。
「おい、起きろ」
ドスの利いた声に驚いて二人は飛び起き、声の主を見て緊張した表情を浮かべた後、すぐにへつらう様な表情で質問をした。
「だ、旦那?何故このような場所へ」
兄貴分が驚いたような声で旦那と呼ばれた依頼主の男に質問を投げかけると、どうでもいい様な顔つきで、聞き返して来る。
「御託はいい…報告を」
「は、はい。初日は特に動きはありませんでしたが、夜半頃に廃墟から娘が出て来て島周辺をうろついた後に湖畔で魚を取り始め、焚火で取れた魚を焼いて食べて寝ています。翌日は日中廃墟の中にいるようでしたが、夕刻からは初日と同じように魚を取って食べて寝るだけの生活です」
「他に変わった事は?」
「いえ、あえて言うなら取った魚を鳥に取られて怒ってる様子を見た程度ですね」
「そうか、所で焚火と言ったが何を使って火を着けたかわかるか?」
「いえ、流石にこの距離では分かりかねます。しかし火を起こす方法は色々方法はあると思いますのでそれほど不思議な事ではないのでは?」
依頼主は男の言葉を黙って聞いていた。彼の言い分は至極当然だ、古来より火を起こす方法は苦労を問わなければ何通りかある。しかし、あの場所に放り込む前に可能性は全て排除したつもりだったが、見落としがあったとは到底思えなかった。
どちらにしても以前、魔女が言っていた魔法ではない力を確認する為にこの環境に送り込んだが、やはり命の危機位にならないと使わないのだろうか?当主には殺害を禁じられていたが、ある程度傷付ける事は…と考え始めた所に声をかけられる。
「あの~旦那、我々はまだここでの監視が続くのでしょうか?でしたら追加の料金を…」
恐る恐る聞いてくる兄貴分の男の顔を見てニヤリと口角を上げた。
「いや、予定通り今日で終了だ。正し、最後に一仕事をしてくれればいい」
そう言い、マントの下から小袋を出して男の手元に投げると慌てて受け取り、中を二人で確認しその中身に目を輝かせる。
「おまかせください旦那!で、何をすれば?」
報酬を見てやる気になった二人は男から説明と一つの鍵を渡されて意気揚々と島へ渡る準備を始める。そろそろ取り逃がした使い魔から情報を経て位置を特定し捜索しに来る事を考えれば、早ければ一両日中にも救援が現れるだろうと男は考えていた。
(だがその前に隠している力を確認させてもらう)
やがて葦の塊に偽装した手漕ぎボートに乗り込み監視対象の死角から近づくために船を出す。
その様子を不敵な笑みを浮かべ、島へ向かって行く二人の男の姿を眺めていた。




