宿屋と野盗
――マージナル王国郊外の街道
ガラガラと小気味よく音を立てながら二台の馬車がローブレルの街を目指して列を成していた。一台は私達の馬車でもう一台は国境沿いのアナンケ領へ行くレイとサージ君の乗った馬車だ。夏休みでアルカンディアに帰郷する途中までは同じ道という事で御一緒しているわけだがやはりこの一週間の道のりは非常に退屈なものである。
「ねえ、ネコマルさ~んそろそろ飛竜呼んでも良いんじゃないかなあ」
「ネクマールです。 だめです。そもそもこの件に関してはお嬢様も賛同してましたよねえ?それに最近は指輪を外しっぱなしでウロウロしていたりと少し普段の行動がいい加減になってませんか?」
「え~っと、少しづつ見慣れてくれたらなあという思いで…ね」
「…とにかくダメです」
いつになく厳しい口調のネコマルさん。というのも連休前だというのにゴーレム事件などで事情聴取やらなにやらがあり全ての予定が一日ずれてしまった事が原因でスケジュール通りに全てをこなすのがモットーの彼女は大きく変更を余儀なくされた事により、しばらく不機嫌モードになっている。
「わかりました。もう少しセティアちゃんの様に素直だったらいいのに……」
「何かいいました?」
「い~え」
これ以上の問答は不毛なので、椅子に毛布を敷いてゴロンと横になると、外の景色を眺めていたアンテがピョンと人の体の上に乗っかり丸くなって欠伸しながら眠り始める。ちゃっかりしてると思いつつ、私もつられる様に欠伸をして目を閉じると馬車の小刻みな揺れに誘われて眠りつく。
◇◇◇
そこから何時間位寝ていたのだろう、体を揺すられてネコマルさんの声で目を覚ました。
「お嬢様、ローブレルの街に到着しました。予約した宿に入りますから起きてください」
「ふぁ…着いた? あ~体が痛い」
コキコキと首を回しながら馬車から降りると外は既に日が落ちて街の窓灯りがポツポツと点灯している。ただ、魔石の節約なのか街灯は繁華街以外は消えていて真っ暗で所々にお情け程度の小さな松明の灯りが所々でゆれている。
ネコマルさんの後に付いて歩いて行くと、前回も泊った同じ宿屋に辿り着き中へ入るとエントランスにあるいくつかのテーブルの一角にレイとサージ君が座って小さく手を振って口に何かを入れる仕草のジェスチャーが見え、こちらも何となく意図を察し頷きながら二階へと上がって行く。
(夕食のお誘いかな?小腹も空いたし良い時間ね……あれ?)
階段を上がって行く途中、妙な視線を感じその方向に目をやると、およそ旅の宿泊客には到底思えない風貌の二人の男がこちらを見ながらボソボソと耳打ちしながら宿から出て行くのが見えた。不思議に思いつつ予約の角部屋に到着した。
ドアを開けるとさして広くもない二人部屋に入り、手荷物を置くとネコマルさんから小銭の袋を渡される。
「これは食事代に使って下さい」
「ありがと、でもネコマルさん達はどうするの?」
「シルドは大荷物がありますので馬車で警護を兼ねてそこで寝泊りします。わたくしは少し残っている仕事を処理しましたら適当に取りますのでお嬢様は気にせずご友人達と夕食をお取りください。 それからネクマールです、お間違いないよう」
最後にいつものツッコミを入れられて部屋から追い出されてしまったので、エントランスで待ってくれている二人の所へと急いだのだった。
合流後、二人に連れられ馴染みの店と紹介された割と小綺麗なお店へと入って行くと夕食時を少しズレたのか、それほど混んでもなく好きな席に座るとレイのお勧め料理を頼んでもらう。
「あ、おいしい」
煮込みシチューをふーふーしながら口に運び啜ると、少し酸味のあるスープと一緒に煮込まれてるお芋が相まってうま味が口に広がる。
「だろ?この店のシチューは子供の頃からここに来ると必ず食ってたから味は保証出来るぜ」
「付け合わせのパンも一緒に食べると美味しいですよ」
サージ君に差し出され進められたパンにスープを付けながら食べる形も悪くない。最初はメニューの多さに名前だけでは想像がつかなく困っていたけど、レイが進めてくれたシチューが大当たりであった事はありがたかった。今度はネコマルさんにも教えてあげようと考えていたら、レイからそのネコマルさんは食事を取らないのかと聞いて来た。
「うちの御者やお付きは向こうのテーブルで夕食取ってるけど、ペルちゃんのとこの…ネクマールさんだっけ?あの人は一緒に食べないの?」
「うん、片付ける仕事があるとかで別で取ってるみたいだから大丈夫よ」
「優秀だねえ…」
向こうのテーブルを見ながら溜息なんかついているが、ネコマルさんの場合警護と専属メイドも兼ねてるから普通の契約で働いている人とはちょっと扱いは違っているので彼女と比べるのは可哀そうだなと思っていると、サージ君が別の話題を振ってくれる。
「そういえばロザリーさんと市中に買い物に出ていた様ですが、どうでした?」
「うん、学園に来る前はよく市中へ買い物に出ているらしくて案内を頼んだんだけど、結構こちらには無いものが多くて面白かったわ」
基本、貴族のお嬢様は屋敷の方へお抱えの商人がやってきて色々な物を買うらしいけど、彼女の場合は決まった高級品より、自分の目で確認して選ぶのが好みらしいのでセティアちゃんと勝手に屋敷を抜け出して買い物に出かけていたらしい。なので案内役をお願いしたのだが、意外と色々な変なお店を知っていて結構楽しかった。
もっとも帰郷する日には家に帰るのが嫌だとか一緒に行くとか駄々をこねられたのは割愛。まあ気持ちはわからんでもないけど、国の聖女を勝手に連れて行く約束も出来ないのでジル殿下やセティアちゃんにお願いして出発したけど、あの後は大丈夫だったんだろうかと思わずにいられない。
ようやくお腹も十分満たされて満足した気分で宿へと続く道に出ると、あたりは大分暗く人通りはまったくなかったがしばらくすると前から松明を持った二人組の男が歩いて来て私達とすれ違ったその時、声を掛けて来た。
「お前ら、なんか見たことがあるな」
突然そのような事を言われ、三人で男達の顔を確認したがまったくもって記憶にない。言いがかりをつけて小銭をせしめようとする輩かとも思ったが、彼らの様子を見るにそういう類ではなさそうだった。
「あの、私達に何か?」
「お前なぞ知らんがそっちのガキ共は…見覚えがあるねえ」
男達はそう口にしながら腰の物をスラリと抜き構えるが、こちらは丸腰だ。
「ペルちゃん、俺達が相手をしている間に警備隊を呼んできてくれ」
「はは、まあそうしたいのも山々ですが後ろにも三人現れました」
「!?」
私を守る様にサージ君と共に立ち塞がってくれたのは嬉しかったけど、どうやら相手はこちらを逃がすつもりはないらしくあっという間に囲まれていた。
「そうか、思い出したぞ!こいつら街道で襲って来た野盗の連中だ」
レイがそう叫ぶと、無精ひげの男がニヤリとする。
「覚えていて貰えて光栄だな、今頃鞭を振るってた女の所にも親分達がご挨拶に向かってるぜ」
ニヤニヤ笑う野盗連中の言葉に私はピンときた。
(ああ、もしかしてやり残した仕事ってこれの事か…)
「なるほどわざわざ復讐する為に待ち伏せていたわけですか、なんともご苦労な事で」
サージ君の直球な煽り文句に無精髭を生やした厳つい男が顔を赤くして怒鳴り始める。どうやらこの中で一番煽り耐性が無いのは彼の様だ。
「うるせい!!あの後俺達の馬が半分以上逃げられ、さらに狩場が警備部隊の重要巡回ルートに入ったお陰でこちらの商売あがったりだ!それに俺らは恥をかかされたらそれ相応の落とし前をつけるのが流儀何でな、悪く思うなよおぼっちゃん共」
そう啖呵を切ると、囲んでいた全員がショートソードやらナイフやらを取り出して薄ら笑いを始めジリジリと包囲の輪を縮めて来る連中に私達は対応を迫られていた。
(…どうしよっかな、遅延が気になるけどダメ元でもう一つの力を使ってみるか)
そして私は目立っていた無精ひげのおじさんの剣を持つ腕をジッと見つめる。




