下町での買い物
朝日が昇り始めて村の廃墟の中にも日が差し込み始めたのを確認すると、ダフニスは立ち上がり手荷物を肩にかけ出ようとするとカルメが声を掛けて来る。
「あら?もう帰るんだ」
「明日から夏休みなんだ。新しく出来た実家に帰る準備があるんでね」
「伯爵家の養子を演じるのも大変ね」
「そうでもないさ、貴族の生活ってのも面倒ごとは多いが人脈形成とか結構役に立つ事も多い」
「ふ~ん、そういえば貴方のお気に入りの留学生ともしばらく会えないわね。見た感じのほほんとしてるけど、警戒心は強そうで身持ちも固そうだし」
「そうかい?結構興味深い子だと思うけど、それにしても色々良く知っているな」
「んふふ、わたしの使い魔は結構優秀なのよ、可愛いでしょ?」
手の平を差し出すと、目玉に蝙蝠の羽根が生えた魔物が白い煙と共に現れる。よく見ると生意気にも瞬きの仕草もする。
(なるほど、魔族特有の使い魔ってやつで覗き見か)
「あのレイとかいう辺境子息も狙ってるようだし精々がんばってね」
茶化す様にそれだけ言うと、カルメは穴の開いた天井から箒に乗って空へと消えて行った。そんな彼女を見送りながらポツリと小さく呟く
「本当に魔女だな……だから人間の振りをしている魔族は嫌いなんだよね」
◇◇◇
――カグメイア下層の街
私は家族へのお土産を買う為に都市の一番外枠に当たる下町へとロザリー達と共にやって来ていた。
やはり人口が一番多い地域の為、人の往来が多く大小色々な建物とそれに連なるお店で賑わっていて見渡しているだけでもワクワクする。一緒にいるロザリーと専属メイドのセティアちゃんは見慣れてるせいか特に感動もなく普通に商店の品物をながめていた。
「で、ペルは何が欲しいわけ?ジャンルで言ってくれればそれに見合ったお店を紹介出来るけど」
「ん~そうね、まずは子供向けの玩具なんかが売ってるお店とかないかな?」
「ああ、妹さん居るって言ってたね。でもおもちゃ屋さんなんてなかったよねえ」
「お嬢様、その手の物でしたら西通りのタルボー雑貨店で良いのではないでしょうか」
「たしかに、結構よくわからんものが物売ってるし良いかも」
ロザリーの反応に一瞬不安がよぎったが、セティアちゃんの提案なのでダメもとで見てみようという事となり、実際覗いてみると古着や料理鍋、家具から掃除用具までなんでも置いてある名前の通りの雑貨屋さんだった。
お店の人に玩具はないかと尋ねたら、奥の一角に案内されて見てみると木で出来た積み木やパズル、布で作られたお人形など色々あったので早速色々手に取って見る。しばらく見て回っていると、二人が何やら抱えて私の所へとやって来た。
「ねえねえペル、これ面白い。ここを引っ張ると舌がミョーっと出るお面~ あははは」
「ペルディータ様、この可愛い人形なんか如何でしょう?小さな魔石が入っていて喋るみたいです」
なんか二人を見ていると選んでると言うより、童心に帰って遊んでる方が専門になっているが楽しそうなのでとりあえず彼女らが勧める物を一個ずつ見てみる。
お面の方は上下どちらに向けても顔になる変な面でそれぞれ顎髭であり前髪になってる部分を引っ張ると長く赤い舌が伸びるという仕掛けで面白いと思うが、ノイの力で引っ張ったらすぐに壊れてしまう可能性があるので取り合えず却下。
次におしゃべりする人形を手に取って見たが、説明文にはお喋りしてくれると書いてあるが、ウンともスンとも言わないので壊れているのかなと思い、何気なく上下に振ってみると突然野太い声で”ヤメロ”と突然喋り出したから三人で驚き、悲鳴を上げて思わず人形を投げてしまった。
「おいおい、あんまり乱暴に扱わんでくれ」
騒ぎを聞きつけた店員さんがやって来て落ちている人形の埃を払いながらそう注意して来たので慌てて謝罪をする。
「ご、ごめんなさい、突然しゃべり出したんで驚いてしまって…」
「ん?ああ、これの声か…これの声はわしの声だよ。この人形は事前に色々なシチュエーションに対して言葉を登録しておくと場面場面で登録音声を使い分けしてくれるすぐれものだ。でもなぜか皆一様に気味悪がるんだよなあ」
(いやそれ、おじさんの声が入ってるからじゃないのかな)
「なるほど~……おじさん、それって音声は変更できるんだよね?」
「もちろん!あ、でもわしの声が入っているからお客さんの方で背中のここを開けて魔石自体を交換してもらう必要あるけどね」
「わかりました、じゃあそれ買うんで包んでください。それとあっちの棚にある木のパズルとそこのバンブーで出来た玩具をいっしょに」
「まいどあり~」
イソイソと商品を持ってレジの方へ行く店員を見ながらロザリーが寄って来た。
「パズルとかはわかるけど、あんなおっさん声の人形どうすんの?」
「いやいやそのままは使わんて、私が声を入れ直すから大丈夫よ」
「ま、そうだよねえ」
そんな話をしていると、店のおじさんが袋に包んだ商品を持って私のところへやって来た。代金を払いお店を出ると次なる目標の店を探す。
「んで、今度は何を御所望?」
「そうねえ、お父様とお母様用のグラスを考えてたんだけど」
「今度はガラス細工の取扱店ですね!お任せください」
言うや否や付いて来いと言わんばかりにセティアちゃんが向きを変えて今度は東の割と店が少ない通りへと移動して行くのを見て慌てて追いかけて行く。
移動している最中、持っている袋が上下に揺れる度に中からおっさんの声で”やめろ、やめろ”という声が聞こえて来てすれ違う人達に怪訝な目で見られていたのはかなり恥ずかしかったのは内緒だ。
しばらく移動すると、煙突からモクモクと煙が立ち上る割と大きな建物が見えて来てガラス工房を示すデザインがされた看板のお店があった。
「セティア、よくこんな店知ってるわね?」
「あ~えへへへ…実はお屋敷のグラスを割っちゃった時にここで似たものを買ってたんです」
「あ~なるほど…ってお前か犯人は!微妙にデザインが違うって何故かあたしの所為にされたんだぞ!」
「す、すみませ~ん!!」
セティアの頭を抱えて拳でグリグリとしているロザリーの様子をみて、やっぱり日ごろの行いは大事よねと思わずにはいられない。
お店ではいつもエール用の木製ジョッキを使ってるお父様の為に、厚めのガラスで出来た大型のジョッキとワイン好きなお母様の為にちょっお洒落なクラスセットを購入。
そんな折、レジの後ろにポーションなどを作る際に使うフラスコを見つけちょっと聞いてみた。
「あの、その後ろに置いてあるのは…」
「ああ、これね、これは薬師や錬金術師が研究用に使う物だよ、まあ一般の人は使わないよ」
「……それダースで頂けませんか?それとそっちのガラスパイプと台座を」
「え?でも」
「ああ、この子薬学科の生徒なんですよ~」
ロザリーが肩を抱くようにやって来て説明してくれたお陰で店員さんも納得してくれたようだった。
「ああ、なるほど学生さんでしたか、そう言う事でしたらわかりました。お包みますね」
これで実家に帰っても適当な瓶ではなく本格的に色々出来そうだ。満足げな私の顔を見てロザリーは何故かニヤニヤしてるのが気になったが、その後は家人達の好みに合わせた小道具や服など選んで馬車で待ってくれているネコマルさん達の所へと帰還した。
そうして翌日にはカグメイアの街を後に馬車で一週間かけて帰郷する事となる。
◇◇◇
カーデナルは背負子を背にライハンドル帝国へ続く道を歩いている。当然街道やそれに接する町や村などは騎士団などの手配がすでに回っている事を考慮して旧道や獣道を通り、時には大きく迂回する事もやむを得ない。
結局、あの写本は炎に消えた。その代金として金貨10枚を貰ったが釈然とはしてはいない。あの後、彼女の追放された魔女の一族の話を少し聞いたが、魔の一族でもない彼にとっては正直どうでもいい話だ。腕に残る黒蛇の入れ墨を撫でながら最後の岩を上りきると山頂に辿り着き、視界が大きく開けた先にマージナル、ライハンドル二国の国境の間を流れる大河セノーペが見えて来た。
「これでやっとこの国とおさらば出来る…」
革袋の水を一口飲み、しばらく大河を眺めていたが意を決したように川を目指して下山を始めるのであった。