暗躍する者達
寮に戻る馬車の中ではネコマルさんに到着するまで長々と説教をされ、到着するや否や帰りを待っていてくれたロザリーにすぐさま浴場へと連行されガシガシと磨かれて部屋に辿り着くころにはグロッキー状態でベッドへと倒れ込んでしまった。
「……もうゴーレムはいやだ」
枕に顔を埋めながら愚痴っていると、ロザリーがやって来てベッドの端に座って来る。
「ペルとレイさん二人の活躍でみんなが助かったんだから結果オーライでしょ?」
「あれは警備隊の人が弱らせてくれたお陰で倒せたようなものだから無傷の場合はどうなっていたか分からないわ」
実際、あのゴーレムが手負いの状態でなければ、ああも上手く対処は出来なかったのは確実だろう。それでも倒せたのは運が良かった。
「またまたご謙遜~」
現場を見ていない彼女からすれば、大活躍した様に思われても仕方がない。それはともかくとしていつもの調子でしつこくお尻をペシペシ叩くものだから、こちらも毎度の様に尻尾で応戦して顔を叩く。
――ピシピシピシ
「お尻を叩くなって言ってんの」
「あうあうあう…いひゃい~」
頬を手で押さえて渋い顔をしたロザリーを尻目にふと舞踏会パーティーの時の事を思い出す。
(そういえばダフニス君は最初に見かけただけで、踊ってる様子を一回もみなかったな)
◇◇◇
――首都カグメイア近郊の廃村
雷雨が過ぎ去り、涼しい風が廃村の壊れた扉がキイキイと音を立てている。そのわずかに残った廃墟の一軒の窓には小さな明かりが灯っている。
「ちっ、これもダメか」
首都から脱出出来たカーデナルはダフニスとコンタクトを取る為にここで休息を取っていたのだが、雨で濡れた服を乾かす為に起こした火の為に燃えそうな廃材を探したが、ほとんど濡れていて使い物にならない事にイライラしていた。
「これでいいか?」
そんな彼の肩口から乾いた薪が数本ヌッと出て来て耳元で声をかけられると、男は飛び上がり慌てて距離を取り声の主を見て大きな安堵の息を吐く。
「ダフニス!いい加減気配を消して近づくのはやめろ」
「ああ、悪い悪いつい癖でね」
本当に悪いとも思ってない様な笑顔で答える彼にカーデナルは呆れるしかなかったが、取り合えず差し出された薪を奪う様に掴み火種が小さくなりかけてる焚火にくべていった。
「随分と待たせてくれるじゃないか」
ガリガリとくべた薪を動かしながら聞くと、嫌みの様な返答が返って来る。
「もう少し早く出たかったんだけど外に出る前に騒ぎを起こしてくれたものだから、一時的な城門閉鎖を食らっちゃってね」
「それは仕方ないだろ、落雷が落ちた時が絶好の機会だったんだ」
「ふ~ん、ま、そんな些細な事は置いといて、はいこれ約束の品だよ。確認してね」
「ちっ!」
文句をいいながらも、それを些細と言ってしまうダフニスの性格は不愉快ではあったが、それよりも重要な品が入った革袋を目の前にぶら下げられて苦虫を噛み潰したような顔をしてそれを奪い取り、中身を確認し始める。
「支度金の金貨十枚、ライハンドル冒険者ギルドの偽造C級カードと依頼書、それから市民登録書類って所かな」
「…随分気前がいいな」
「僕は誰かさんと違って、相応の活躍には相応の報酬をというのがモットーだからね。いまさらランダム能力勇者なんて必要ないし、近隣諸国に色々な口実を与えるだけだって少し考えればわかると思うんだけどねえ」
「ほぅ、何時になく愛国心に溢れたお言葉で涙が出そうだぜ」
「ふふ、そんな大仰な志なんてないよ、僕はねベターに生きたいだけなんだ」
「野心がない奴が一番怖い事を考えてるって聞くけどな、まあ俺にはもう関係ないし貰う物を貰ってさっさとおさらばする事にしよう」
ダフニスは彼の言葉に一瞬眉が動きかけたが、すぐに元の笑顔に戻り焚火に新たな薪をくべると燻りかけていた炎が再び息を吹き返えす。
「もう行くのかい?もっとゆっくり乾かして行けばいいのに…まあ向こうに無事たどり着ける事を祈るよ」
そう声を掛けられ、片手を上げて廃墟を出ようとした時、目の前を人影が立ち塞がった。カーデナルは慌ててナイフを取り出すが、相手の動きが素早く手首を棒の様な物で叩かれナイフが足元へと落ちてしまう。
「痛っ!誰だ!?」
「あら、誰だなんてつれない、急にナイフなんて出すから驚いちゃったわよ」
「カルメ……ニベルの女がこんな所で一体なにしてやがる、復讐にでも来たのか!」
彼の言葉に一瞬キョトンとした顔を見せた後にケラケラと笑い始める。
「やだ、君ってわたしの事をそんな目で見ていたなんてがっかりだわ~」
笑ってるカルメと呆れた様に同じく笑っていたダフニスは、苛立ちを募らせているカーデナルを見て一から説明するから座ってくれと言い、彼は憮然としながらも座り三人で焚火を囲んで今回の詳細を話し始めた。
聞けばカルメとダフニスは五年も前から協力関係にあり、今回のニベル排除の作戦の立案も彼女からの提案であったらしい。
「五年もかけてあいつに媚びへつらって有能な側近の一人として仕える様になるまでは自分を殺して頑張ってきたのよ~、それに君の活躍と魔国の子のお陰で大きなチャンスに恵まれたしね」
「…俺はとんだ道化だったわけだ。まあだいたい分かったがカルメ、お前の目的はなんだ?追い落としの為に五年も仕込んだのか?」
「まさか!わたしの目的は君が奪い、今持っている物だよ。わたしが取る前に持って行っちゃうんだもん」
「!?まさか異界召喚の写本か?ふざけるなよ、これは俺が命がけで取って来た品だ!」
ガタっと音を立てて立ち上がるカーデナルの方を見ずに、カルメは目を細めながら炎を見つめながらポツリと語る。
「それはわたしの一族の数百年前から続く過ちであり、呪い。その最後のピースがそれなのよ」
そう呟いた瞬間、カーデナルは荷物を手に取り走り出すがカルメがスッと無言で手を翳すと彼は突然倒れ込み首を掻きむしりながら苦しみ始めた。
「グッグァアアアア!!な、なんだ?? く、苦しい…や、やめろ」
彼の首にはこれまで腕にあったはずの黒い蛇の入れ墨が移動し、首に巻きつきゆっくりと締め上げ始め顔を赤くしながら苦しみもがくいて、まさに蛇が獲物に巻き付いた様にのたうち回っている。
そんな彼を他所に冷たい紫の瞳でジッと無言で炎を見続けていると、苦しむ彼の口から泡が吐き出され白目をむき始めたその時、やっとダフニスが口を開いた。
「そろそろ良いんじゃないかな?死んじゃったら僕の”投資”がおじゃんだ」
「相変わらずね」
呆れた様に鼻で笑うと、翳していた手を引きゼーゼー言っているカーデナルに笑いかけた。
憎しみと悔しさが入り混じった複雑な表情の彼は懐から封印された写本を取り出し、ブルブル震えながらカルメに手渡されると彼女はそのまま写本を焚火の中へとくべる。
「お、おい…」
しわがれた声のままカーデナルが驚いていると、木の棒を使い何やら呪文らしき言葉を紡ぐと封印していた光の鎖は砕け散り、写本は守りを失い一気に炎に飲み込まれ立ちあがていた火柱が小さくなる頃には全て灰となって消えて行ったのだった。
「そうか、そう言う事か、カルメ……貴様は魔女の一族なんだな」
そう指摘され、振り返った彼女は焚火の炎の揺らめきを受けながらニコリと笑う。