猫の手も借りたい
いつの間にか雷雨は通り過ぎて流れる雲の隙間から星灯りが広がり、周りを照らして来る。
目の前には土塊となったゴーレムの残土が残り、割れた魔石は魔素を全て失いただの石ころに戻っていた。その様子を見て取りえず安堵の溜息をつくとレイが隣にやって来て周りを見渡す。
「飛ばされたらしい警備隊の人達の安否が心配だな、まずは場所を特定しよう」
直ぐに動き出そうとする彼の肩を掴んで止めた。
「待って、そういうの得意な子がいるから。キュロー、周辺サーチして」
手の平にキュローを乗せると、体が白く発光して魔力の糸が四方に飛んで行く。その様子を見てレイは驚きながらも感心していた。
「おお、すごいな!これってペルちゃんが湖に落ちた時に使った術か」
「似たようなものね、たぶんそれぞれの糸の方向に誰かしらいると思うから一人ずつ隊長さんの所へ集めましょう」
「十人近くいるから、もう何人か手助けがほしいところだな」
一番近くの隊員の方へ歩きながら呟いていると、近くの植え込みからアンテが”ニャー”と鳴きながら現れた。
「あら?」
「お、ペルちゃんの家の猫か」
《――お嬢様、遅れまして申し訳ございません。城内戒厳令の為、魔力結界を張られ中に入る事が出来ませんでようやくアンテだけを送る事が出来ました》
《そうだったの?でも大丈夫よ、なんとか倒したから》
《――流石ですね。それはそうとお怪我の方はありませんか?》
《うん、今回は怪我一つないわ。それより傷ついた警備兵の人達を運びたいからアンテの力を借りたいんだけど》
《――今回は戦闘になるかもという事で首に魔石ブースターを供与してありますからそのまま命令をして下さい》
《ありがと、ではまた後で》
《――はい、お嬢様も無理をなさらないように》
猫のアンテを抱いたまま動かない私を不思議そうに見ていたレイは次の瞬間、目を見開いて驚く事とになる。
私の手から地面に飛び降りると猫の体が白い煙につつまれやがてそれは人の形となり、煙が晴れるとそこには十二、三歳くらいの茶色い髪と猫耳を付けた女の子が立っていたからだ。
「アンテ、キュローの糸の先に警備隊の人が倒れているからあの柱に寄りかかってる警備隊長さんの所に運んで頂戴」
「にゃ」
そう返事をして頷くと、素早く光の糸が指し示す暗がりの方向に走り去って行く。
「え?なにあの子?アンテって人に変身出来るの?」
「ん?まあ、時と場合によるかな? あ、見つけた!レイそっちの人を」
不思議がるレイを尻目に周辺に目をやっていると二人ほど倒れてる人を発見した。火傷はしているが、幸い命に別状はなく気絶している様だった事に安堵する。
アンテの手伝いもあって、意外と早く皆見つける事が出来た。最終的には全員負傷をしているものの死人が出なかったのは不幸中の幸いだったが、自分の持ってるポーションはすでに隊長さんに使っているので聖魔法使いが来るのを待たなければならないのが少し歯がゆい。
「にゃ~、にゃ~にゃ~」
「ん、そうだね~でもロザリーをここに連れてくるわけにはいかないからね」
「ペルちゃん、その子にゃーしか言ってないのによく言葉がわかるね」
「ああ、念で会話しているから他の人には猫言葉にしか聞こえないのよね。でもこの分身ではなく本体の方なら普通に会話は出来るのよ」
「へ~」
レイが感心しながらアンテを眺めていると、しばらく彼を見つめていたがたいして関心もなさそうに大きなあくびをし、ピョンと飛び跳ねると煙と共にいつもの猫に戻って耳の後ろを足で掻き始めた。
傷ついた隊員に簡単な治療を施し支援が来るのを待っていると、東側の方からボロボロになった鎧を着たアルトレー騎士団長が数人の騎士と共にやって来たが、皆同じ様な状態だった。その訳はなんとなくわかってしまう。
「ん?そこにいるのはペルディータ嬢とレイソード辺境子息か?それと……ヘルセ警備隊隊長?!」
大慌てで近づいて来た団長にこれまでの経緯を説明すると、彼は腕を組みながら難しい顔をして周りの状況を見て回る。
「騎士団長殿、面目次第もございません」
「謝罪の必要はない。学生達や殿下及び聖女殿を守りきれたんだ、寧ろ誇っていい。それにこちらも倒したとはいえ我々もこの体たらくだからな」
警備隊長としては相手を見誤った結果、全員が負傷するという事態を恥じているようだが彼らの頑張りがなければ私達もアレを倒しきれたか分からない。そんな事を考えながら騎士団長と警備隊長のやり取りを見ていたが、不意に団長が私に話しかけて来た。
「君達も無事でよかった」
「団長様の方はその…無事に討伐出来たようですね」
「はは、まあこの通り最後の爆発でボロボロだがね、幸い大盾と魔法防御のおかげで負傷者はある程度でたが皆無事だ」
指揮官である団長の鎧がボロボロになっているのを見て死傷者が出たのかも知れないと思ったのだが、どうやら杞憂であったようだ。
「それからペルディータ嬢、これまでのゴーレムの出所がわかったよ」
「え?」
聞けば東塔の足元の地下に秘密研究室のようなものがあったそうだ。そこは教団管轄の場所で外の者が簡単には入れる場所でもなく、総括をしているニベル教皇の命令で動いていたそうだ。今回落雷により地下室の天井が崩れて調整中だった二体のフレッシュゴーレムが外へと飛び出して暴れたという事だった。
ただ、不可解なのは落雷の跡と崩れた天井の位置が違った事と、実際は崩れたというよりは中から何かを爆発させて穴を開けた様にも見えると魔術師長の見解を出していたそうだ。
「ま、どちらにしても今回の件でニベル教皇は最重要参考人として拘束され城の地下にある高位者専用の部屋でしばらく御過ごしになるだろうね」
「そうですか、それで主犯の方は…」
「狙われた君には申し訳ないが、今回の騒ぎに乗じてすでにカグメイヤから脱出したと考えてる。すでに各地方の町や村には指名手配はしているんだが他国に逃げられると厄介な事になりそうだ」
「なるほど、そうですね」
国の名前こそ出さなかったが、団長が考えている他国はもちろんアルカンディアではなくもう一つの大国ライハンドル帝国だ。両国の戦争時にどちらにも加担せず、沈黙を守り続け力を蓄え続ける不気味な国だ。
聖女認定式の時に見たヴァルマン大使の不敵な顔が脳裏に浮かぶ。ただ、一介の小娘が口を出せるような問題ではない事も重々承知しているつもりだが今後も動向に注意が必要だろう。
アンテを撫でながらそんな事を考えていると、ようやく法衣を着た魔術師とポーションの入った箱を持った従者が数人やって来て警備隊長達の治療に当たり始めたのを見て、ホッとする。
◇◇◇
その後、団長や警備隊長と別れ、レイと一緒に自分の家の馬車が待つ裏門へと続く通路をペタペタと歩いていると怪訝な表情の侍女達とすれ違う。そう見られてしまうのも当然で、レイはズタボロになったフォーマル服に子供が泥遊びをしたみたいな酷い状態で愛想よく挨拶しながら歩いているし、私と言えば指輪を付けずに角や尻尾が見えた状態で、これまた半分になった泥まみれで元の色がわからないドレスを引き摺りながらその後を歩いている姿をみれば誰だって眉を顰めるのは当然でもあった。
「なんか、前にもこんな感じになって歩いていた気がするな」
レイが苦笑しながら自分の姿を確認している姿を横目で見ながら私自身も似たような姿になっている事について、ほとほと戦闘には向いていないなと思っていると出口付近に腰に手を当てた生徒会長の姿を確認する。
「あ、生徒会長、お疲れ様です」
「はぁ~呆れた。お疲れ様じゃないでしょ?二人共勝手に飛び出して~心配してたんだがら」
「……そ、そうですよね、ご心配おかけしました」
「取り合えず今日の所はお説教はしないけど、後日きっちりとお話してもらいますからね。レイ君も」
「「はい、申し訳ありません」」
二人して頭を下げると、会長は私の頭を軽く撫でて”無事でなにより”と労いつつ自分の家の馬車へと戻って行った。わざわざ心配して待っていてくれた事に感謝しながらもう一度頭を下げたのだった。




