暖かい背中
微睡む意識の中、哀れ湖の底で土に帰るのかと思っていたが、そんな事もなく意識を取り戻した時は森の道を誰かにおぶられて移動していた。
「…暖かい」
ボソリと口から言葉が漏れると、おぶってる主が顔を横に向けて私の様子を見た事でレイだと分かり少し驚く。おぶられるのは小さい頃兄上にされた以来でさすがに今されると、ちょっと照れ臭い。
「お、気が付いたみたいだな、よかった」
彼の声から感じる心底安心したような声を聞き、やはり相当心配させてしまった様でかなり申し訳ない気持ちで一杯になっていた。そんな時、後ろから声がかかる。
「ペル~よかった、気が付いたのね」
「おととと、ちょっとロザリーちゃん引っ張らんでくれ」
猫を抱いて後ろを歩いていた涙目のロザリーが起きた私に気が付き近寄って手を取ろうと引っ張る物だからおんぶしているレイのバランスが崩れそうになり慌てて手を引っ込めた。
「ご、ごめんなさい、つい。 それにしても気が付いてよかった、あの時はみんなテンパっててどうしようか大慌てだったわ」
「心配かけてごめんね、私も迂闊だったわ」
そう答えると、ロザリーは笑顔に戻っていた。
「ペルって何でもそつなくこなすから普通に泳げると思っていたけど、カナヅチだったとはね。でっかい浮袋二つも持ってるのに不思議」
「浮袋言うな。昔から泳ぎはダメなのよね、北は水が冷たすぎて泳ぐ場所も泳ぐ機会もほとんどないから。それはそうと、あの暗い湖の中からよく私を見つけてくれたわね」
「フフ はい、この度の功労賞よ」
ロザリーは抱っこしていたアンテを抱き上げて来ると、その頭の上にいたキュローが私の肩に飛び移りそのまま髪の毛の中に隠れてしまった。
「その蜘蛛くんが光る糸の目印を付けてくれたから俺達が水中の君を見つける事が出来たんだよ」
ロザリーの横を並んで歩く殿下が補足説明をしてくれたが、どうやら私が弾き飛ばされた瞬間に糸を付けて岸にいたアンテの頭の上へと退避したようだ。さすがに糸その物は細すぎて引っ張る事は出来なかったようだが、魔力を通して光らせる事は可能だった為、道しるべとして利用したのだろう。
「お二人共ありがとうございます。私なんかを助けるのにずぶ濡れになってしまって……」
「ペルくん、自分を”なんか”なんて言葉で卑下するものじゃないよ、大事な友人を助けるのに服がどうとか言ってられないだろう?それにレイ一人に任せていたら一緒に沈んでしまう位に混乱してたからな」
「ちょ、べ、慌ててはいたが、混乱まではしてないからな! まっ、まあ、あれだ…アルカンディアからの大事な留学生が事故にあったなんて国家間問題になるからな」
「はいはい、そう言う事にしておいてやるよ」
半笑いで殿下がそう言うと、憮然とした顔で前を見つめるレイの顔は少し赤くなっていた。それを眺めていたロザリーも笑っているのを見て、改めてこの国に来てよかったと思いながらもふと肝心な事を思い出していた。
そんな折、アンテを通してネコマルさんの声が頭に響く。
《――お嬢様、御無事でなによりです。体の方は痛みとかないですか?》
《うん、大丈夫よ。そういえばキュローの事をロザリーに教えたのはネコマルさん?》
《――ネクマールです。 はい、ロザリア様はわたくしではなくアンテが喋ってると思ったようですが、まあこちらとしてはどちらでも良いので、キュローの糸の件だけは伝え魔力の供給をお願いしました》
《なるほど、お陰で助かったわ。ありがとう》
《――いえ、当然の事をしたまでですので謝意は必要ありません。しかし残念な事も一つありまして、例の首謀者ですが、最後の混乱に乗じて取り逃がしてしまった事は実に不徳の致すところでございます》
《それこそ謝罪は必要ないわ。ああいう手合いは捕まえても依頼者を喋るわけもないし、切り捨てられるのが落ちね》
《――そうですね。それにしてもロザリア様が聖女に近い存在ですか、いずれ色々な所に知れ渡ると思いますが、今後のマージナル王家がどう扱っていくのかは気になりますね》
《そうね、まあすぐにどうこうの話にはならないと思う。いずれにしろ襲って来たやつの依頼主が次にどう動くか分からないけど、その時に私は何か出来るんだろうか……》
《――少なくとも今回の様な無茶な真似はやめて頂きたいですね。それと今回の件の報告と”力”を人前で使った件は旦那様には報告させて頂きますのであしからず》
《えー、ちょっと、あれは緊急事態だったでしょ?》
《――あ、すみませんお嬢様、そろそろアンテの魔力が限界なので戻ります。お疲れ様でした》
「ちょ!」
「ああ、アンテちゃん消えちゃった~」
慌ててロザリーの腕に抱かれてるアンテを見たが、白い煙の様に消えて行ってしまった。消える瞬間、猫の癖にアンテの顔が微妙に笑っている様だったのが腹が立つ。
残念そうに抱いていた自分の手の平を見る呑気なロザリーを見ながら小さく溜息をついたのだった。
そんなやり取りをしながら暗い森の中を歩き続け、やがて道の向こうに幾つものランプの光が見えてホッとしていると真剣な眼差しの殿下が前に立ち、皆が歩みを止めた。
当然、会長達と合流する前に口裏を合わせる事が目的だろうと思い、レイの背中から降ろして貰い殿下の前へ皆と一緒に立つ。
「みんな聞いてくれ、今回の件は国の行く末にも関わる可能性のある事案だ。取り合えず大男の件は逃げた子達も見ているので、違法な魔法実験していた者が近くに居て皆で追い払ったという事にしようと思う。だが問題はロザリー君だ。聖女の素養がある事が分かった以上、父、いや国王陛下に報告して協議しなければならないと思う」
「そうだな、ロザリーちゃんには不本意かもしれんが、教団側の人間に知られたとなりゃ先手を打つ事は大事だが、それでもまだ学園の連中に話すのは時期早々だとは思うな」
殿下やレイはロザリーを狙ってるやつらはこの国の教団だという目星をつけているようだ。コソコソとこれまでの様に誘拐未遂を繰り返されたら何れ連れ去られてしまう可能性もあるだろう。そうならない為にも王家で保護してもらうのは当然として、今は必要以上に広める事もないだろうなと考えているとロザリーは覚悟を決めた様に口を開いた。
「殿下のおっしゃり様は当然だと思います。正直な話、能力を隠し通せば万事うまくいくと思ってましたが結局の所そんな簡単な話ではない事は今回の事で痛感しました。以降この件は殿下に一任したいと思います」
そう殿下に告げ頭を下げるロザリーを見ていると自分自身を投影させてしまい、隠し事が多いとちょっと複雑な気分になってしまう。ただ今回の件を含め、ジルベール殿下の言葉や行動力は将来の王太子としての資質は忖度なしで高く評価出来るのではないだろうか。
「わかった。ロザリア嬢、君の能力については王家が必ず全力で保護すると約束しよう。しかし、もしも王家が君の意向を無視する様なら、俺が君を守ると誓う!」
「あああ、いえ、とんでもございません!こ、こ、こちらこそ不束者ですがよろしくお願いします」
……殿下の意外と気骨のある部分を見られて関心は出来るがやはり少し気負いすぎな部分も見え隠れするのは若輩ゆえの気持ちの先走りなのかも知れない。
ともあれ話が一応まとまり灯りのへ再び歩き出すと、レイが声を掛けて来る。
「ペルちゃん、またおぶさる?」
「え?ああ、もう大丈夫ですよ長い事おんぶして頂いてありがとうございます。重かったでしょ?」
「問題ないない、むしろ背中が幸せで……あっ」
私の顔を見て思わず口をつぐむが、時すでに遅しで濡れたズボンの上からお尻をギューっとつねると大げさに痛がり、その様子を見て皆笑っていた。
まあ、運んでくれたことを加味してこれくらいで勘弁してあげるかとお尻を摩るレイを見て思うのだった。