王太子殿下を取り合う気はないので、私。
「ディチア小公爵様もお久しぶりでございます。お二方にお会いできて嬉しゅうございますわ。」
ヴィオラは顔を上げてにこやかにファヴィオに対してもお辞儀をした。アリアの方に目を動かしたものの、見なかったことにしたのだろう。アリアに向けて会釈すら行わなかった。
伯爵家の娘が公爵家の娘に対して挨拶すらしないという事は侮辱されているに等しい行為であったが、アリアは別に気にしていなかった。
アリアは大方、王太子妃を狙っている伯爵令嬢の事だから求婚されている私が気に食わないのだろうと考えており、それよりも令嬢の兄であるティグレを無視していることに疑問を感じていた。
「………アルバ伯爵令嬢殿は、どうしてこちらに?」
「収穫祭の式典にご招待して戴きましたので、早めに来て城下町の出店を回ろうと考えおりまして、王太子殿下がこちらにいると伺ったものですから、ご挨拶にと。」
「……そうですか。」
王太子は不機嫌そうな顔でヴィオラとやり取りをしている。
王太子に対して不遜な態度をヴィオラが取ったとは思えなかったアリアは、王太子が何故ここまで嫌悪感を出しているのかが理解できなかった。
「……それで、もしよろしければなのですが、」
ヴィオラは手を可愛らしく動かしながら、おずおずと上目遣いで王太子を見つめる。
「私、城下町にはあまり来ることがないので……、案内していただきたいのですが……。あの、前回我が屋敷に泊まっていかれた際のお話の続きもしたくて………、ダメ、でしょうか?」
ふわふわと揺れるクリーム色の髪に、潤んだ菫色の瞳。
ヴィオラの表情はこれで落ちない男はいないと言わんばかりの可愛らしさと可憐さを放っている。
可愛い。
その可愛らしさにアリアが落ちた。
こんな可愛いくて健気に王太子を想っている子が、王太子をご所望なのだから喜んで手放そうとアリアはさっとファヴィオとティグレがいる位置まで後退した。
「いや、今はアリアと………、ってアリア!?」
王太子が誘いを断ろうとアリアの方を見るともうそこにはおらず、ファヴィオとティグレと並んでいた。
「あ、私のことはお気になさらず。どうぞお二人で楽しんできてくださいな。」
「なっ……、」
まさかあっさり自分が捨てられると思っていなかった王太子は開いた口が塞がらなかった。
「……良いのですか?、」
「ええ、勿論。」
ヴィオラもアリアがここまでバッサリと王太子を諦めると思っていなかったのだろう、かなり疑った顔でアリアを睨んでいる。
「元々王太子殿下の何かあったときの盾として付いていた身ですので。……あ、王太子殿下にはまた新たに護衛はつけさせていただきますけどそれは宜しいですか?」
「それは、構いませんが……。アリア様はどうするおつもりで?」
「そうですね……、式典まではまだ時間がありますから、ディチア小公爵様とアルバ小伯爵様とでもお茶でもしようかと。……お二方、如何です?」
「それはっ……ふふっ、名案ですね。お二人の邪魔も出来ませんし、ここは三人でお茶でもしましょうか。」
アリアにバッサリと斬られてとてつもなく狼狽える王太子の行動がツボに入ったファヴィオは笑いを何とか抑えながらアリアの問いに答えた。
ディチア小公爵の漏れた笑いが気に食わなかったのか、ヴィオラのアリアを睨む目が一層鋭くなる。アリアはその視線を小さなリスが威嚇していて可愛いなと相手にせず、ティグレにも了承を得ようと視線を向けて無言で促した。
「ええ、私も良い案かと。」
「良くないっ!!!!」
ティグレが少し笑いを堪えながら芝居がかったように微笑んで肯定した答えに被せるように王太子が声を上げた。
「今日は私と出店を巡ってくれるって言ってたじゃないか……!!、なのに私だけ除け者にしてっ、この二人とお茶だなんて酷くないか!?」
「除け者にしてるわけではありませんよ。王太子殿下はアルバ伯爵令嬢様と出店をまわるでしょう?、だから私達は友人三人で仲良く……」
「嫌だ!!!、私だってアリアと一緒にいたい!!!!」
今年成人するとは思えない男の駄々に、その場に居る全員が引いてしまった。
「あっはははははははははは!!!!、……はー、いやぁ、今思い出してもめちゃくちゃ笑えるわぁ。ふふっ……、殿下の狼狽えた顔と駄々こねは傑作だろ………。」
「あれは………ふふっ、レオナルドには悪いけど本当に笑えますね……。ヴィオラも引いてたし………、あははは!!」
「流石に笑いすぎじゃないか!?、」
肩をファヴィオとティグレに両方から笑いながらバシバシと叩かれている王太子は、式典がもうすぐ始まるというのに自分を笑う声が止まらないことに恥ずかしくなり声を上げた。
「そりゃあ、ねぇ?、嫌だ嫌だって駄々こねてアリアに叱られて、アルバ伯爵令嬢殿だってその光景見て諦めるぐらいの暴れっぷりですよ?、笑いが収まるわけないじゃないですか!」
ファヴィオは笑い過ぎで出た涙を拭いながら、また笑いそうになるのを堪えて話している。
「………だって、アリアと一緒にいたかったんだもん。」
「……そんな風に見られても私は何もできませんよ?。というか私でもアレは呆れるを通り越してドン引きました。」
子犬のように潤んだ瞳を王太子から向けられたアリアだったが、流石にあの駄々こねの援護はできないと白けた目で見ている。
「ドン、引き………。」
「大の大人が、ましてや健気に貴方様を想ってくださっている方からのお誘いをあんな形で断るだなんて……。もっと違うやり方があったでしょうに。」
「君があっさり身を引くから……!、というか彼女は私のことそこまで好きじゃないと思う。」
「え?、」
王太子のまさかの発言に、アリアは目を見開いた。
「いやいやいや、収穫祭を一緒に回りたいとわざわざ貴方様のところまで赴いてるんですよ?、それなのに好きじゃない……??」
「なんというか……、やらされている感じがするんだよな。王太子妃という座の為に近づいてるんじゃないか?」
「えぇ……、」
照れて恥ずかしそうにお願いしていたヴィオラがそれをわざと行っていたとは考えられないアリアは王太子の言葉に眉をひそめている。
「はいはい!、そんなことよりもお二方、もう式典始まるんでそろそろ壇上に移ったほうがいいんじゃないですか?」
なんだか長くなりそうだと感じ取ったファヴィオが手を叩いて二人を噴水広場に設置された壇上に上がらせようと促した。
「殿下は式典開催の言葉も言うんでしょ、早めに準備したほうがいいのでは?」
「まぁ……、確かに。」
「俺は従者として壇上の下に待機するので、皆さんまた後で!、何かあったら呼んでくださーい!」
ティグレが手を振りながら小走りで去っていく。
「じゃ、私も三公が座る席に移動するわ。リッジュ公爵代理と小公爵様にもご挨拶したいし。」
それではとアリアが王太子の隣から去ろうと足を踏み出した瞬間、王太子に右腕を掴まれた。
「え、あの……、腕離してもらえます?、私もそろそろ行かないと間に合わないんですけど。」
「いや、君は私の隣。」
「は?、」
「王太子妃候補というか、婚約者の立ち位置として私の隣に居てもらうことになってるから。」
「はああああああああ!?!?!?」
何故こうなった。
アリアは王太子の隣に立ち、民衆からかけられる声に手を振りながら脳内で苦悩している。
婚約者じゃないと頑なに否定したのだが、王太子にもう決まっているし今更予定を変えると弊害が出るとあれやこれやと最もらしい理由で懇願され、このやり取りが面倒くさくなってきたファヴィオにまで『王太子を間近で守る事ができるんだから耐えてくれ』と念押しされたアリアは渋々王太子と共に式典に出席していた。
「これは護衛のためこれは護衛のためこれは護衛のためこれは護衛のためこれは護衛のためこれは護衛のため………、」
「?、何をブツブツと……、」
「いえ!、何も。」
小声で呪文を唱えるかのように呟いていたのが王太子に見つかったアリアは何事もなかったかのようにサラリと受け流した。
式典が始まり十分程度が過ぎている。祝砲と演奏が終わり、そろそろ王太子の開会の言葉が始まる時刻になる。
未だ、魔物は現れない。
小説の通りであるなら、確か式典が行われている最中だったとアリアは記憶していた。
ファヴィオから説明を受けただけで、本文を読んではいなかったため、式典のどのタイミングで魔物が襲いかかってくるのかをアリアは知らない。ファヴィオから説明がなかったということは本文にも記載がなかったのかもしれない。
「……杞憂だと、いいんだけど。」
アリアはただ唇を動かすだけのような声で、思考を漏らすように呟いた。
「それでは、レオナルド王太子殿下より、開会のご挨拶を戴きます。」
司会進行役の声が広場に響き渡る。
「じゃ、行ってくるよ。」
拍手にかき消されるようなアリアにだけ届く声で呟き、王太子はエスコートしていた手を放して演壇へと向かっていく。
自分を讃える拍手に包まれながら演壇に登った王太子はゆっくりと言葉を述べ始めた。
「今年もまた、この場に呼んで頂けた事とても嬉しく思っている。そして、今年も無事に収穫祭を皆で楽しむことが出来ることに感謝し…………」
「きゃああああああああっ!!!!!」
王太子の言葉が悲鳴でかき消され、周囲が騒然とする。
何事かと演壇の上から王太子が広場の中心に目をやると、そこに大きな猪のような黒い塊があるのが見えた。
「なぜ、こんなところに………」
魔物が、と王太子が言葉を続ける間もなく、王太子目掛けて一直線で巨大な猪のようなモノが突進してきた。
「王太子殿下っ!!!!」
ぶつかる。
王太子がそう認識した瞬間に自分の視界が急に地面に向いた。
「え、」
演壇から壇上の上に倒れるように落とされた王太子が上を向くと、自分が立っていた位置にアリアが立っている。
「アリアっ!!!!」
レオナルドの悲痛な叫び声が広場に響き渡っていった。




