8
目が覚めたら、視界には見た事のない模様の天井が広がっていた。
私はどうやらベッドに寝ていたらしい。
着ているものもゆったりとしたものに変わっている。
重い体を起こして周りを見渡すと、かなり広い部屋にいるようだった。
パーティーで婚約を解消され、ショックで倒れたことは覚えているが、ここはどこなのか。
見知らぬ広い部屋に一人。
言いようのない不安が押し寄せた。
コンコン
その時急に扉がノックされて、無駄に体が跳ねる。
「失礼致します」
入ってきたのはなんと侍女のマールだった。
思わず凝視すると、彼女も私が起きているのに気付いたらしい。
マールは公爵家の屋敷にいるはずなのにどうしてここにいるのか、そもそもここはどこなのか、聞きたいことはたくさんあったが、見知った顔に少し肩の力が抜けた。
マールは私を見ると、ぽかんと惚けたように口を開け、次の瞬間には瞳に涙を溜めた。
「お嬢様!お目覚めになられましたか!お体の具合はいかがですか?」
「ええ、心配をかけてしまったわね、ごめんなさい。少し体がだるいくらいでなんともないわ」
「そうですか、丸一日眠ってらっしゃったので無理もないです、喉がお乾きでしょう、どうぞ」
ではあのパーティーは眠っている間に終わってしまったのだろうな、そこも気になった。
マールは持って来ていた水差しからコップに水を注ぎ、私に手渡す。
口をつけると、自分で思っていたより喉が乾いていたらしい、すぐ飲み干してしまった。
「おかわりはいかがですか」
「もう結構よ。それより、ここはどこなのかしら」
目が覚めた時からずっと思っていた疑問を口に出すと、マールは一瞬口を噤むと意を決したように言った。
「……ブランシェーラの王宮です」
「!?」
ブランシェーラというと、竜族が治める国だ。
私の出身国クロムウェルとは隣合っている。
……そして、アレンの出身でもある。
「……殿下を呼んで参ります」
私の顔色が暗くなったことにマールは気付いたらしい。
だがあえてそこには何も触れず、私を夜着から着替えさせるとアレンを呼びに部屋を出ていった。
また一人になってしまった私は手持ち無沙汰になって、ベッドから下りると部屋の中を見て回ることにした。
王宮だったらこの部屋の広さも納得だ。
調度品も質がよく、そこはかとなく品がある。
窓際へ近寄って景色を見ると、山と遠くに空を舞う数頭の竜がいた。
クロムウェルではまず竜は見ない。
信じたくはなかったが、どうやらここは本当に竜の国らしい。
窓ガラスに映る尖った自分の耳を触ってみた。
アレンは私を番だと言って竜にした。
……私は彼の妃になるしかないのかしら。
ガチャッ
そのままぼーっと立っていると、慌ただしく扉が開かれた。
見ると、泣きそうな顔をしたアレンが立っていた。
何故彼がそんな顔をしているのか。
泣きたいのはこちらの方なのに。
「っリディア……っ」
彼は絞り出すように私の名前を紡いだ。
聞いているこっちが苦しくなるような声だ。
体の調子を聞かれ、問題ないと答えると彼はあからさまにほっとしたようだった。
「私を何故ここに連れて来たの」
私の言葉に彼は顔を引き締めた。
聞かなくてももう答えは分かっていたが、彼自身の口から聞きたくてあえて質問した。
「俺の妃になってほしい」
少し時間が経ったからか、パーティーの時ほどの怒りはもうなかった。
「どうして何も言わず竜にしたの」
「……事前に素直に言ったとして、お前は受け入れられるか?そうは思わなかった。だからああするしかなかった。俺には、どうしてもお前が必要だった」
必要だった、その言葉を聞いて私はほだされてもいいような気がした。
ここまで私を必要としてくれた人は今までいなかったからだ。
今世では、私はゲームの中の'リディア'という人の人生を生きていて、'私自身' を見てくれた人は彼しかいなかった。
クラリスはまた別として。
扉から一歩だけ部屋に入った状態で立ち尽くした彼は下を向いて、白くなるほど拳を握り締めていた。
怒られると思ってる?それとも断られると思ってるのかしら?
私の逃げ場をなくしたのは自分なのに。