番外編「元彼レポート」
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「ジル、例の調査の報告が上がってきましたよ」
フレディの声を聞いたバランディは、手にしていた書類――――場合によっては数億の利益を呼ぶ計画書――――を、ポンと脇に放り投げる。
「ようやくきたか。早く見せろ」
大きな執務机からから立ち上がり、ツカツカとフレディの元へ自ら歩み寄ると、ひったくるように書類を奪った。
真剣な表情で目を落とす。
既に一読していたフレディは、バランディの読むスピードを見計らいながら話しかけた。
「それを見る限り、最初にシェーラさんをフッたサムという幼馴染みは心配いらないようですね。今つき合っているアリサという女性ともうすぐ結婚するそうですから。――――問題は、他の四人でしょう」
聞きながら書類を読み進めていくバランディの眉間には、深いしわが刻まれていく。
その書類は――――シェーラの元彼、つまりは今まで彼女をフッた男たちの報告書だった!
相手の身元はもちろんのこと、シェーラとつきあった経緯、フッた理由、おまけに現状までが事細かに書いてある。
なんとバランディは、シェーラに内緒で調査させていたのだった。
いささか、ストーカーちっくではあるが……まあ、今さらである。
「――――二人目は、牧場の跡取りか」
バランディの呟きに、フレディは「はい」と頷いた。
「ミームの町外れにある、かなり大きな牧場主の倅です。きっかけは、牧場での搾乳体験。牛乳やチーズのプレゼント付きということで、シェーラさんは妹と参加しました。そこで意気投合したという話です」
牧場の仕事は重労働。当然嫁のなり手がなく、その搾乳体験そのものが花嫁募集イベントだったと思われる。
婚活していたシェーラには、渡りに船のことだっただろう。
「つきあい始めてみれば、シェーラさんは牧場の仕事も軽々こなすし、家畜たちもあっという間になつかせる。いい嫁がくると親も従業員も大喜びだったそうです。……しかし、つきあいはじめて二ヶ月目に、それまで誰も乗せようとしなかった牧場一の暴れ馬にシェーラさんが軽々と乗ったことから、相手の男の態度が変わって――――」
牧場馬のリーダーでありながら、気難しくそんじょそこらの人間を近づけなかった暴れ馬は、牧場主の息子の憧れであると同時に超えなければならなかった高いハードル。この馬に乗れたなら牧場の跡取りとして認められるのだと、勝手に目標にしていた男は、シェーラに易々とそのハードルを超えられて、ポッキリとプライドを折られてしまった。
「それでシェーラをフッたのか?」
「愚かとしか言いようがありませんね」
バランディは鼻で笑い、フレディは肩をすくめる。
まあ、その愚かな男のおかげで、今の状況があるのだがら、それ以上こき下ろすことはしないのだが。
「三人目は、町の北区にある本屋のベーレの息子です。シェーラさんと出会った当初は、自分の持つ本の知識についてこられる女性にはじめて会ったと感激していたくせに、一ヶ月も経たないうちに、自分以上に本への造詣が深い恋人に嫉妬して別れました」
「……恋人とか言うな。不愉快だ」
聞いていたバランディは、ムッと顔をしかめる。
「四人目は、食堂のコックのようだな?」
その顔のまま、話の続きを促した。
「はい。シェーラさんのお母さまが働く食堂の青年です。コックの割に雑な仕事をする男で、お母さまの方はあまり乗り気ではなかったようですが、本人同士がいいのならと、強く反対しなかったそうです」
「義母には見る目があるからな」
少し照れながらシェーラの母を『義母』とバランディは呼ぶ。
その様子に生温かい目を向けながら、フレディは話を続けた。
「残念ながら、その“見る目”はシェーラさんには受け継がれなかったようですね。順調につきあっていた二人ですが、食堂に自称グルメな貴族が訪れたことで、破局を迎えました。――――食堂の料理を、食べるに値しない下の下と評価した貴族を、シェーラさんがグルメ論争で言い負かしたそうです」
前世が女皇で、世界中の高級料理を詳細な解説付きで食べ尽くしたシェーラに、自称グルメごときが勝てるはずもない。
「そこで止めればよかったのでしょうけれど……シェーラさんは安価なお茶を丁寧に淹れることで、自称グルメが唸るようなおいしいお茶を出してしまったそうです。『どんなものでも丁寧に心を込めて作れば一流のものになる』と説いたのだそうで……自称グルメは改心しましたが、雑な料理しか作れなかった青年は、それを自分への痛烈な批判と受け取りました」
「シェーラの淹れるお茶はうまいからな」
四人目の男になど興味のないバランディは、シェーラのお茶を褒める。
フレディは、そっとため息をついた。
「――――コックの青年が、もっと度量の広い男なら批判も受け入れられたのでしょうが、元々器の小さい男だったようで三日後に別れたと報告されています」
そう言って、四人目の男の話を終える。
ちなみにシェーラの母は、大喜びしたそうだ。
「それで、最後の一人だが――――」
バランディのめくる書類もあと数枚だ。
フレディは、淡々と話を続けた。
「五人目は農園で働く農夫です。真面目で朴訥な青年で、一緒に農作業をすると心が安らぐと、シェーラさんも大層乗り気なお相手だったようですね」
シェーラが乗り気と聞いたバランディのこめかみが、ヒクリと引きつる。
フレディは、コホンと咳払いをした。
「しかし、彼は純朴すぎたのでしょう。シェーラさんと一緒に蒔いた作物の種が異様に早く芽吹きグングン成長することに、恐れを抱いたようです」
「……恐れ?」
「はい。ああいう地味で実直な人間は、何より“異常”を恐れますから。毎日変わりない日々が続くことを望むんですよ」
「俺には一生理解できない考え方だな」
バランディは、首をひねってそう言った。
フレディは「そうでしょうね」と笑う。
過去のことについての報告は以上だった。
どの相手も、バランディから見れば情けない小物としか言い様がなく、せっかくシェーラという最高の女性とつきあっておきながら、自ら手を離した救いようのない馬鹿どもだ。
そんな奴らに興味はなかったのだが――――バランディは、報告書の最後の一枚に目を通した。
「――――このまま黙って消えていけばいいものを、どうやら奴らは、またシェーラの近くをウロチョロしだしたようだな」
大きな音で舌打ちする。
「失ってしばらくして、ようやく自分が手放したものの大きさがわかったのでしょうね。――――牧場の動物たちは、シェーラさんがこなくなってから、息子を毛嫌いしていますし、本屋のベーレは、息子に文句を言い続けています。コックの青年は食堂をクビになりましたし、農夫は不作続きに参っているそうですよ」
シェーラが知らず振りまく幸運にあやかった者たちは、その幸運を失ったしっぺ返しを受けているのだろう。
最初のサムだけは、不運を免れているようだが、きっとそれはアリサを通じてまだシェーラと縁がつながっているせいだと思われた。
そして、不運(?)が続いた男たちは、無意識にシェーラを求め、接触を試みているのだそうだ。
「絶対、シェーラに近づけるなよ」
「もちろんです。シェーラさんの視界には、彼らの影も形もいれさせませんよ。うちの商会も全力で阻止していますし――――それに、レオナルド殿下も動いておられるようです」
レオナルドの名前を聞いたバランディの眉間には、一際深いしわが寄った。
「あいつの力は借りない!」
間髪を入れず宣言する。
フレディは「まあまあ」と、バランディを宥めた。
「確かに、うちの力だけで、あんな奴らなんとでもなりますが――――派手に害虫駆除をするとシェーラさんに怒られる可能性がありますからね。怒りの矛先は多い方がいいでしょう?」
バランディは、グウッと唸って黙りこんだ。
確かにフレディの言う通りである。
どんな相手に嫌われようがへでもないバランディだが、シェーラに嫌われるのだけは避けたい!
「……任せる」
結局バランディはそう言った。
フレディは、ニッコリ笑って「はい」と頷く。
その後、シェーラの元彼たちがどうなったかは――――言わぬが花なのだろう。
とりあえず、バランディもレオナルドもシェーラに嫌われていないことだけを記しておく。




