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そして、シェーラは愕然とすることになる。



「……何? この惨状」


いや、まだ惨状と言うほどものではないかもしれない。


ゲン王国軍と皇国軍は、相変わらず国境を挟んで睨み合っている。

この辺り一帯は、草もまばらな荒れ地で、国境の目印として等間隔で置かれている石碑を結ぶ線の左右に分かれて、陣営を張っているのだ。

両者の距離は、およそ二キロメートル。


戦いは始まっていないのだが、遠目で見てもわかるほど、皇国軍の陣営は右往左往していた。



「ハハハ! 皇国の犬どもめ、皇気を無効化されて慌てふためいておるぞ!」


双眼鏡をのぞくビュケ伯爵の高笑いは止まらない。

周囲を見れば、ゲン王国軍の陣営のあちこちに、女皇時代の皇宮で見た無効化装置と似た機械が設置されていた。


(こんなに沢山用意するなんて……ビュケ伯爵は、よほど皇国に勝ちたかったのね)


ゲン王国は、戦争のドサクサに紛れてシシルを殺せれば、勝ち負けは二の次なのだと思っていたのだが、ビュケ伯爵だけは、それ以上の戦果も求めていたのかもしれない。


さらに見渡せば、シェーラの近くの装置の側に馬が一頭繋がれているのに気づく。

その背には大きな麻袋が括りつけられていた。


(なんていうか、人を入れるのに、ちょうどいい大きさよね? ……時々動いているみたいだし……ひょっとしてゲン国王が入っていたりして?)


多くの兵がいるこの陣営では、いくらビュケ伯爵といえど国王を拘束するわけにはいかない。

だとすれば、人目につかないよう麻袋に入れることは十分考えられることだった。


(ビュケ伯爵なら、そのくらいのことは平気でやりそうだわ。……まあでも、まだ死んでいないのなら、それで良しとするべきかしら?)


元々シェーラも、ゲン国王にはたいして期待はしていない。


(それより問題なのは、ゲンに潜り込んでいるはずの皇国の間諜よ! この期に及んで誰も助けに来ないなんて――――まさか、皇気が使えなくて(すく)んでいるの!?)


もしもそうだとしたら、スィヴァスに鍛え直させなければと、シェーラは思う。


(それに、近衛軍! 何よ、あの慌てよう!! たるみすぎでしょう! いくらラガルトが引退していたからって、あれはないわ! きっと、ラガルトの命令にも従えていないのね。……もうっ! 地獄の特訓フルコースを百年くらい課してやろうかしら!!)


シェーラは、ギュッと拳を握った。


怒りで熱くなる心を抑え……冷静に思考を巡らせようとする。






この状況では、外からも内からも助けは期待できなかった。


――――つまり、シェーラは自分でなんとかしなければいけないということだ。


(……できないわけでは、ないけれど)


シェーラには“女皇の皇気”がある。

皇国の陣営は二キロ先だが、女皇の皇気であれば、十分影響を及ぼすことができるのだ。


(喝を入れて、皇国軍を奮い立たせることも可能だし……私一人で、ゲン国軍を叩きのめすのも簡単だわ)


それは、造作ないことだ。


だが、そんなことをしてしまったら――――





(……さすがに、町の女工には戻れないわよね)


シェーラの表情が、グシャリと歪む。

脳裏に、父と母、弟妹の顔が……友人のアリサと工場の仲間たちの顔が……次々に浮かんだ。



(サヨナラなのかしら……)



心の中で呟く。




そして――――ギュッと、胸を締めつけられるような痛みと共に、黒髪黒目の美丈夫の顔が、最後に浮かんだ。

俺様なくせに、シェーラに真剣な顔で愛を告げ、プロポーズしてきた男だ。


自分の想いに応えてくれる気になったら、指輪を薬指に嵌めてくれと、頼まれていた。



(バランディさん……ジル……私、まだ(・・)応えていないのに)



無意識に服の下のネックレスについた指輪を、服ごと握った。



(もう、この指輪をすることは、永遠にできないのかしら?)



ここで“女皇の皇気”を使うということは、そういうことだ。

亡くなってしまった女皇と同じ皇気を操るシェーラを、皇国は放っておかないだろう。


(皇宮に連れて行かれることは、間違いないわよね)


良くて、皇族に列せられ身分を与えられると同時に義務で雁字搦めにされるか……悪ければ、擁護という名の監視監禁コースだろう。


(弟やレオが、“私”に酷いことをするとは思わないけれど……)


でも、女工としてミームの町で暮らすことは、絶対許してもらえないと思われた。



(……会えなくなる……みんなにも……ジルにも)



それは、とてつもなく辛いことだった。

胸の中に重い塊ができて……息がしづらくなる。



「さあ行くぞ! お前の死に場所に!! 恨むんなら、自分の生まれを恨むんだな!」



勝利を確信しているのだろうビュケ伯爵が、シェーラの手を強く引いた。

周囲に展開しているゲン国軍の兵士たちは、意気揚々と戦争の準備をはじめる。




(……もう、どうしようもないの!?)


シェーラの心が、悲鳴を上げた。


わかっているのに……諦めきれない。



(嫌よ! 会えなくなるなんて、絶対に嫌!! お願い! 誰か助けて! 誰か……ジル!!)



叶うまいと思いながら、心で叫んだ!

ギュッと唇を噛み――――うつむく。


その時――――




「シェーラ!!」




聞こえるわけがないと思っていた声が、耳に届いた!

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