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二軍が睨み合う戦場のただ中に、よく通る男の声が響く。
顔を上げれば、皇国軍の中から騎馬が一騎、ものすごいスピードで抜け出してくるのが見えた。
距離は遠いが、騎乗している人物をシェーラが見間違うはずがない。
「――――ジル!!」
シェーラは、大声で彼の名を叫んだ。
この状況の中、シェーラをめがけ、まるで一本の矢のように駆けてくる姿が――――たまらなく嬉しい。
バランディは、本当に速かった。
見る見る大きくなるその姿に、シェーラは感動する。
感動――――したのだが……しかし、次には目を擦り、やがて首を傾げてしまった。
(えっと? いくらなんでも速すぎない? 皇気は無効化されているのよね?)
皇気を使わずに、あれほど速く駆けられる騎馬がいるはずない。
それに、まるでシェーラが見えているかのような一直線の駆けっぷりもおかしかった。
改めてよく見れば――――バランディの体からは、間違いなく皇気が発せられている。
(なんで!? 装置が効いていないの?)
知らない内に、装置の効果が切れたのだろうか?
疑問に思ったシェーラは、自分で皇気を使おうとした。
――――しかし、やはり普通の皇気は使えない。
(どういうこと? どうしてジルだけが皇気を使えるの?)
正式な皇族ではないバランディは、元々正規の訓練を積んで皇気が使えるようになったわけではない。それゆえ、彼自身も皇気を使っているという自覚はなく、全てを無意識に行っているはずだ。
当然、今もそうなのだろう。
(だから、皇気が使えないとか、そんな動揺もなく飛び出してきているのよね。……そういうイレギュラーな使い方だから使えるのかしら? ……ううん、違うわよね。使い方はどうであれ、皇気そのものを妨害する周波数を発生する装置なんだもの、皇気が使えるはずはないもの)
シェーラは、じっとバランディを凝視した。
皇気が使えないとしたら、バランディが使っているのは、いったいなんなのだろう?
シェーラのような皇帝の皇気か、そうでなければ――――
(…………あっ! まさか!? ……ひょっとして、ジルは"神皇家"の血を引いているの!?)
シェーラは、愕然とした。
――――神皇家とは、皇家の祖とも言うべき血統の一族だ。
代々、神官や巫女を多く輩出する特別な家系であり、神皇家の使う皇気は『神気』と呼ばれていて、皇気とは似て非なるもの。
(見分けがつかないくらい似ているのに、本質がまったく違うのよね。神皇家の者なら産まれながらに神気が使えて、訓練なんか少しもいらないって聞いているわ)
血に宿る力とでも呼ぶべきなのか――――神皇家の一族は、皇家以上に神の加護を受ける血脈なのだった。
そして、それゆえに神皇家は、他の皇族たちと相容れなかった一族だ。
彼らの関心は、神にしかない。
皇家が、同じ皇族や人間たちに目を向けて、彼らをまとめ統治しようとしていることを後目に、神に目を向け神の前にだけ傅く。
(……もう三百年くらい昔に滅びた家だから、私もあまり詳しくは知らないのだけれど)
神皇家が滅びたのは、女皇が産まれる三十年ほど前のこと。
己が一族の血を守ることだけを第一に、一族の中だけで婚姻を繰り返した彼らは、結果として繁殖力を失い、血を絶やしたのだ。
(――――そう言えば、滅亡する少し前に、神皇家の護衛をしていた、武人を多く輩出する皇族出身の騎士と、神皇家のお姫さまがかけ落ちしたんじゃなかったかしら? ただでさえ子を産める可能性を持った女性が少なかったのに、それがいなくなったために大騒ぎになったと、父陛下から聞いたことがあるわ)
バランディは、そのかけ落ちした二人の血を引く先祖返りなのかもしれなかった。
彼が使っているのが、皇気ではなく神気であるのなら、何もかも説明がつく。
そして――――
(ジルが神気を使えるのなら――――神気に隠れて私の皇気が使えるかもしれないわ!)
シェーラは一筋の光明を見つけ出した。
(ジルと一緒にジルの神気に混ぜて、女皇の皇気を使うの! そうすれば、きっと他人の目からは、ジルが自分の皇気で事を成したように見えるはずだわ)
あまりに大きな力を使っては、皇国に目をつけられるかもしれないが、それが神気であるとわかったならば、問題はないはずだ。
(皇族は、神皇家に不干渉が原則だもの)
それは、不文律ではあるものの、絶対侵してはいけない誓いのごとく神聖な決まりだ。
(ジルが、神皇家の血を引いているのなら、皇国は彼に手を出せない)
せいぜいが見張るくらいで、それなら今のバランディも行動を注視されている。
(問題は、ないわ………………私の心以外には)
解決策を見出したはずのシェーラの目は――――しかし、暗くかげった。
バランディの神気に隠れて女皇の皇気を使えば、シェーラの正体はバレず、彼女は今まで通り町の女工として暮らせるだろう。
(………………でも、ジルは……ジルにだけは、何もかもバレるから……ジルは、私を“怖がる”かもしれない)
女皇の皇気は――――圧倒的だ。
他者を制圧し、支配下に置き、屈服させるのだから、当然のこと。
そんな女皇の皇気を発するシェーラを、バランディが間近で見たならば――――
(……お嫁さんにしたいなんて、思ってくれなくなりそうだわ)
距離を置かれて、逃げられて、二度と会ってくれなくなるのかもしれない。
――――今までシェーラを振った、五人の青年たちと同じように。
(あ~あ。私、また、婚活失敗かしら。……指輪も、返せって言われちゃうのかな。……でも、私ったら、バランディさんを利用しようとしているんだもの。ある意味、自業自得よね)
自虐的に考えて、シェーラは、笑おうとした。
なのに笑えずに、ひどく不細工に顔が歪む。
涙がこぼれそうになって――――ギュッと唇を噛んだ。
滲んだ視界の中に、グングン大きくなってくるバランディが映る。
「何をしている! 撃て! 撃て! 撃ち殺すんだ!! 敵は一騎だぞ!!」
大声でわめくビュケ伯爵の声が、耳に入った。
周囲の兵士たちが、ガチャガチャと鉄砲を構え、撃鉄を起こす音がする。
シェーラは、ビュケ伯爵の腕を振り払い、銃を構える兵士たちに体当たりした!
皇気を使わぬ攻撃は、彼女の体に大きな衝撃を与えるが、そんなことにかまっていられない。
「このガキ!」
怒声と同時に伸びてきたビュケ伯爵の手が、シェーラの帽子を掴んだ。
そのまま引っ張られ、帽子がとれる。
一緒に髪を結んでいた紐もほどけたのだろう、茶色の長髪がフワリと広がった。
「なっ!? まさか、女!」
驚愕に動きが止まったビュケ伯爵と兵士たちの前に、一頭の騎馬が躍りこむ!
「シェーラ!!」
名前を呼ばれると同時に、馬上に引き上げられた。
「………………ジル!!」
大きな体に強く抱え込まれ――――シェーラは万感の思いで彼の名を呼ぶ。
「お前は! ――――無茶をして!! ああ、でも説教は後だ! 今はこの場を一刻も早く脱出するぞ!!」
俺さまな男は、こんな時も俺さまなまま、そう叫んだ。




