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次の日の朝、シェーラは彼女を迎えに来たバランディに、家を出たところで(さら)われた。


「え? え? あの? 何? ……バランディさん!」


問答無用で抱き上げられ、細い通路を運ばれて行く。

人ひとり抱えてビクともしないバランディの力強さに呆れながらも、シェーラは面食らっていた。


(これって、皇気をまったく使っていないわよね? いったいどれだけ体を鍛えているの? ……って、感心している場合じゃないわ! なんでバランディさんは怒っているのよ!?)


見上げるバランディの唇は真横にギュッと引き結ばれ、シェーラを見もしない黒い目は、真っ直ぐ前を向いている。

無表情だが、間違いなく『怒っています!』と札に書いて貼ってあるような顔だった。

そんな中、両ひざの下と背中に回された腕だけが熱を持ち、まるで決して逃がさないとでも言うように力強く彼女を拘束してくる。


(このくらいの拘束、皇気を使えば簡単に逃げられるけど――――なんだか、そうしちゃいけないような感じよね?)


そう思ったシェーラは、とりあえず説得を試みた。



「あの、バランディさん。下ろしてください。私、仕事に行かないと――――」


「安心しろ。有休をもらってある」


下手(したで)に出て頼んでみれば、そんな返事が聞えてくる。

それは、今日、はじめて聞くバランディの声で、素っ気ない口調にもかかわらず、シェーラの心はホッとした。


(いやいや、そんなほっこりしている場合じゃないでしょう!)


「有休? 忙しいのにそんなもの簡単にとれるはず――――」


「うちの商会への納期を一週間延ばすと言ったら、即決で許可してくれたぞ」


抗議の言葉を途中で遮られて告げられた内容に、シェーラは……納得する。


(そんな交換条件出されたら、工場長が飛びつくに決まっているもの)


自分の有休を勝手に取引材料にされたのは腹立たしいが、こうなっては仕方ない。


(それに、私もバランディさんとゆっくり話し合いたかったし)


妥協したシェーラは、仕事には行かず、今日一日バランディとつき合う選択をした。

とりあえず、抱き上げるのを止めてもらおうと声をかける。



「わかりました。一緒に行きますから、下ろしてく――――」


「黙っていろ」


またまたシェーラの言葉を途中で遮ったバランディは、そのままズンズンと歩き続けた。

大通りに出ても彼の歩みは止まらない。


(え? 馬車がない? ……まさか、このままバランディ商会まで歩いて行くつもりなの?)


そう考えたシェーラは、顔色を青ざめさせた。


今は、朝の出勤時。

大通りには、それぞれの仕事に出向く人々が、たくさん行き交っている。

その全員が足を止め、シェーラをお姫さま抱っこして歩くバランディに驚愕の視線を向けていた。



「バ、バランディさん!」


シェーラは焦って声をあげる。


彼女の家は、ミームの西区。貧しい者が多く住む、町の外辺部だ。

一方、バランディ商会は、ミームの中央区。文字通り町の中心の一等地に商会は建っていた。


(ここから商会まで、五キロはあるわよね? ……歩いて一時間以上かかるのに!)


いくら鍛えてあるとはいえ、シェーラを抱いて歩くには遠すぎる距離だろう。



それに、何より恥ずかしすぎる!



「下ります! 下りて一緒に歩きますから!」


「黙って抱かれていろと言っただろう。……お前が“誰のもの”か、知らしめておかなきゃならないからな」


「――――は?」


意味不明な言葉を聞いたシェーラは、ポカンと口を開けた。

呆気に取られてバランディを見上げれば――――ようやくシェーラを見た男が、ニヤリと悪魔のような笑みを浮かべる。




「……昨日は“お楽しみ”だったようだな?」


そう聞いてきた。


「………………昨日?」


「俺という男がいながら、他の男と“デート”とは、……俺を“(あお)って”いるのか?」


「デート!?」


シェーラはビックリ仰天する。

そして、ようやくバランディが怒っている理由に……思い至った。



(ひょっとして、昨日私が、レオに町の案内をしたのを、デートと誤解して怒っているの?)


「あ、あれはデートなんかじゃ! ……それに、レオ(・・)は、そんな!」


慌ててシェーラは言い訳しようとした。

しかし、何故かバランディの額に、深いしわが刻まれる。




「………………レオ(・・)?」


声が、一段と低くなった。

シェーラの背中にゾクリと、寒気が走る。


「……あっ! レオっていうのは、昨日案内した人の愛称です! 本当は、セオ・クリシュっていう名前の、メ――――」


『――――メラベリューの文官なんです』と、言おうとしたシェーラの言葉は、またしても遮られた。



「へぇ~? 愛称で呼ぶなんて、ずいぶん仲良くなったんだな? ……俺のことは、ずっと『バランディさん』なんて、他人行儀に呼ぶくせに」


「へ? ……あ、あの?」


何故かバランディは、『レオ』という呼び方に引っかかったようだった。



「この状況で、他の男の愛称を呼ぶなんてな? お前はつくづく俺を“煽って”くれる」


いやいや、そんなつもりはありません! と、シェーラは叫びたい。



「その名前を呼ぶのは禁止だ。……呼ぶなら俺の名前を呼べ。――――ジル(・・)と、な」



バランディは、そんなことを言ってきた。


「ジ――――」


ジルベスタ・バランディ――――『ジル』は、彼の愛称だ。

シェーラは、フルフルと首を横に振った。


(ム、……ムリよ!)


そんな急に、いきなり愛称でなんて呼べるはずがない。

勢いよく頭を振ったせいなのか、シェーラの頬はカッカッと熱くなった。



「さっさと呼べ」

「……ムリです」

「どこがムリなんだ?」

「どこもかしこもよ!」



熱くなった頬を隠すように、シェーラは自分の顔をバランディの胸にうずめて隠す。

無意識にスリスリと擦りつけた。


とたん、ビクッとバランディの体が揺れる。



「………………わざとか?」



聞かれて恐る恐る顔を上げた。



「わざとって?」



下から見上げてたずねれば、バランディの目が大きく見開かれる。

黒の中の金彩が、ギラリと光った。



「くそっ!」



舌打ちしたバランディは、急に歩くスピードを上げる。

当然シェーラの体は不安定になり、慌ててバランディにしがみついた。


「バ、バランディさん!」


ジル(・・)だ」


この際、呼び方なんてどうでもいいだろうと思う。




「――――ジル!」




シェーラの声を聞いたバランディは、息をのんだ。




「…………しっかり掴まっていろ! ……永遠にな」




小さく呟かれたとんでもないセリフに、ますます顔を熱くするシェーラだった。

平成最後の投稿は、甘々イチャラブ(?)でした。

令和のはじめは仕事なので(涙)次回投稿は2、3日後の予定です。

令和()、ジャンル「異世界(恋愛)」目指して頑張ります!

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