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その後、シェーラは一キロほど歩いたところで、なんとかバランディの腕から解放された。
フレディが馬車で駆けつけてくれたからだ。
「ジル! あなたって人は、あれほど暴走するなと言ったのに!! シェーラさんに嫌われたら、どうするつもりなんですか!? 今や、シェーラさんはバランディ商会になくてはならない存在なんですよ!」
いったいいつの間にそんな存在になったのだろう?
渋るバランディからシェーラを奪い返し、そのままバランディ商会に移動した後で、こんこんとフレディは、バランディを説教する。
「大丈夫だ。こいつは一度懐に入れた相手には、とことん甘い。度量も大きいしな。多少暴走したところで嫌われる可能性は、ほとんどない」
少しも悪びれることもなく、バランディはそう言った。
――――当たっているだけに、何も言えないシェーラだ。
フレディは、頭を抱える。
「……あなたは、バカですか? 嫌われないにしたって、身勝手に暴走する男なんて、間違いなく恋愛対象から外されますよ。……好きは好きでも、シシルや他の仲間たちと同等の好きになってもいいんですか?」
フレディの指摘に、バランディは顔色を悪くした。
「なっ!? まさか、そんなこと!」
「あるに決まっているでしょう!」
言い切られたバランディは、ガックリと肩を落とす。
フレディは大きなため息をついた。
「シェーラさん、こんな男いつでも愛想を尽かしていいですからね。――――代わりに私はいかがですか? 少なくとも私なら、暴走する前に、起こりうる結果を全て検討し、それが自分に不利ならば、踏み止まれますよ」
――――それはそれで、計算高すぎて怖いような気がした。
「おい! フレディ!」
「イノシシ男は、黙っていてください!」
「誰がイノシシだ!?」
「あなた以外、いないでしょう?」
バランディとフレディは、侃々諤々と言い争う。
バランディの方が、年齢も地位も上なのだが、フレディがそれに遠慮している様子はなかった。
(……結局、仲がいいのよね)
多少落ち着いたシェーラは、呆れ気味にそう思う。
このまま二人の掛け合い漫才みたいなやりとりを見ていてもいいのだが――――それよりシェーラには、バランディに話さなければならないことがある。
「バランディさん――――」
シェーラの呼びかけを聞いたバランディは、ピタリと言い合いを止め、彼女の方を向いた。
「――――ジルだ」
不機嫌そうに眉間にしわを寄せる。
「え?」
「ジルだ。そう呼べと言っただろう?」
偉そうな物言いに、シェーラはパクパクと口を開け閉めした。
(なっ? まだその話を引き摺っているの?!)
呼び方なんてどうでもいいだろうと思うのだが……バランディは、そうではないようだ。
「……ジル」
仕方なしに、シェーラはそう呼ぶ。
とたん、バランディは上機嫌に笑み崩れた。
「なんだ?」
語尾にハートマークがついていそうなほど甘い口調に、シェーラの顔は引きつってしまう。
(いい加減慣れたと思ったけど……やっぱりバランディさんのこの顔は、破壊力が大きいわ)
トクトクと高鳴りはじめた胸に、ギュッと拳を押しつけた。
(負けるもんですか!)
そう思う。
ひとつ深呼吸して、顔を上げた。
「――――シシルさんのことで、私に隠していることはありませんか?」
真っ直ぐに視線をバランディに合わせる。
黒い瞳が一瞬揺れて、直ぐに笑みを形作った。
「なんだ? まだシシルを疑っていたのか? あいつについては心配ないと言っただろう?」
ことさら甘く、バランディが言い聞かせてくる。
シェーラは、静かに首を横に振った。
「……昨日会ったレオ――――メラベリューの文官セオ・クリシュさんが、『悪いことは言わないから、あのシシルという子を、一刻も早く手放した方がいい』と言っていました。彼は、バランディさんの力を十分認めているのにです。……シシルが普通の貴族の庶子ならば、そんな心配をするはずがありません」
きっぱり言いきったシェーラに対し、バランディは顔をしかめる。
「――――ジルだと言っただろう?」
……なかなかしつこい男である。
さすがにシェーラも、ムッとした。
「隠し事をしているような相手を、愛称でなんて呼べません!」
言い返せば、バランディは唇を噛み、黙りこむ。
「………………それが、シェーラさん、あなたのためを思ってのことでもですか?」
横から聞いてきたのはフレディだった。
シェーラは、ためらいなく頷き返す。
「そうであれば、ずいぶんと私を見くびってくれたものですね」
クスリ……と、笑ってみせた。
「違う! シシルが心配ないのは事実だからだ! ……俺は、必要以上にお前があいつのことで悩まないで済むようにと――――」
「ああ。“関係ない奴”は、首を突っ込んでくるなってことですか?」
「違う!!」
焦って言い募るバランディを、シェーラは冷たく見据える――――ふりをする。
「………………あまりいじめないであげてくれませんか? 黙っていたのはお詫びしますから」
ついにフレディが、両手を上げて降参のポーズをしてきた。
シェーラは、チラリと彼に視線を送る。
「こういうことは、とことん思い知らせてやる方が、後々扱いやすくなるものですよ?」
「……これでも一応うちの組織のトップですからね。あまり扱いやすい男になってもらうのは困るんです」
そんなものかとシェーラは思う。
「おい!」
バランディが不満そうな声を上げたが、シェーラとフレディの双方から睨まれて、不貞腐れたように黙り込んだ。
シェーラは「ふ~」とため息をつく。
「わかりました。でしたらこの辺で許して差し上げます。……とっとと、シシルにかけた”目くらまし”の内容を教えてください」
淡々と命令するシェーラに、フレディは端正な顔に苦笑を浮かべる。
「“目くらまし”ですか? ……どうして、そこまでわかりました?」
どうやらこれ以上誤魔化すつもりはないようだ。
シェーラは、指を一本立ててフレディの白い髪を指し示した。
「思い出したんです。“白変種”の持つ能力のひとつに、髪や目、肌の色を自在に変えることのできる力があったことを」
――――普通と違う外見のため、長きに渡り迫害を受けてきた“白変種”。
そのため、いつしか彼らの中には、自分や他人が纏う色を変化させる異能を持つ者が現れた。
(北のクリセルファ王国との戦いで、白変種はとても手強い敵だったわ。元々彼らの戦闘力が高いことも原因だけど、それ以上に厄介だったのが、この“目くらまし”の力のせいだったのよ)
戦において、敵の指揮官を狙うのは当たり前の戦法だ。頭を失った軍隊は、烏合の衆と成り果てるから。
クリセルファは白変種のこの能力を使って、指揮官を隠したり、あるいは何人もいるように見せかけたりする戦法をとったのだ。
(おかげで少し手こずったのよね。……まあ、白変種の長にクリセルファ王国の非を伝えて、皇国が白変種を差別せず対等な存在として条約を結ぶことを決めてからは、かえって味方になってもらって助かったんだけど)
「フレディさん自身は、ご自分の色を変えていませんよね? だから、目くらましの能力はないのだろうと思っていたんですけれど――――」
バランディ商会には、皇国だけでなくゲンの間諜も入りこんでいたはず。
なのにシシルは見つかっていない。
(ううん。完全に見つかっていないわけではないかもしれないわ。だからこそ、ゲンは戦争の準備をしているのよね? ……ただ、一気に攻め込んでくるほどの確証も得ていない。……その理由を考えた時に、きっとシシルには、彼を彼だと決定づける何かが欠けているのだと思ったのよ)
髪の色、目の色、肌の色――――人の特徴ともなるその色を変えることは、容易く見えて実は難しい。
(一時的に染めたとしても、髪は伸びてくるし、肌も新陳代謝を繰り返す。それに染めた色はどうしても不自然に見えるから)
間諜がそのことを知らぬはずはない。
シシルを見つけ、例えば髪の色が違うと知った間諜は、その色が染めたものだと確認しようとしただろう。なのに果たせず、結果シシルを自分たちが探している人物だと特定できなかったに違いなかった。
(そこまで完璧な目くらましが可能なのは、白変種くらいだわ)
そもそも絶対数の少ない白変種の、この力を知る者は、ほとんどいない。
シェーラとて、クリセルファ王国との戦いを経験しなければ知らなかっただろう。
ましてや、白変種の住む北方から遠く離れた、この東の地では、そんな者は皆無だ。
(だからシシルは、まだ無事なのよ)
シェーラは、ジッとフレディを見る。
珍しい白変種の男は、呆れたようにため息をついた。
「まったく。シェーラさんの博識には脱帽です。こんな片田舎の町で生まれ育ったあなたが、いったいどこでそんな知識を身に着けたのか、じっくり聞いてみたい気がしますが――――」
「……あなたは、踏み止まれるのでしょう?」
「ええ。残念なことに」
先ほど言った自分の言葉を指摘されたフレディは、小さく肩をすくめる。
「変えたのは、シシルの髪ですよ。彼の元々の髪の色は見事な金髪です」
そう言った。
令和、最初の投稿です。
お楽しみいただけると幸いです。
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