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帰って来た現代

 俺の鼻腔をウエハラ博士のコーヒーの香りがくすぐる。飲み口が欠けたペンギン柄のマグカップに申し訳無さが込み上げてきた。


「ジイ……父ちゃんの日記面白いな。トンデモ人生だ」


「しかも嘘も多い。君の家族が亡くなった時の落ち込みようは酷かった。加害者家族を殺すんじゃないかって勢いだったよ」


 信じられないと目を見開くと、ウエハラ博士は微笑んだ。


「なのに法廷で大演説。慰謝料は俺が払うから会社も加害者家族も俺のものだ!とか凄かったよ。タカは結局倒産しかけた会社を庇護して、加害者家族にも穏やかで新しい生活を与えようと右往左往してたよ」


 ソファ前のテーブルに印刷物が置かれた。"難病支援する謎の富豪、今度は突然死防止支援に乗り出す"という見出しのニュース記事の写し。


「実家から絶縁の手紙が送られてきた時は酔っ払い過ぎて凍死しかけた。無給でいいから研究所にいさせてくれとアシモフ博士に毎日土下座。神経接続義手が炎上した時は大火傷で入院」


 手元に握りしめた父ちゃんの日記を握る手に自然と力が入った。


「クジ運最悪な俺は超ラッキー。それがタカの口癖だっただろう。結果が悪くても目線を変えればいいんだってよく言っていた。全部ノブとトモと面白おかしく暮らす人生に繋がる。だから超ラッキーだ、ってね」


 ソファに深く沈み、ウエハラ博士は懐かしそうに目を細めた。涙で声が詰まって喋れない。たまたま養子になったのが俺で、そのあと過敏性人工光源症候群トラーティオシンドロームを発症したってそう言っていたのに。父ちゃんは全部知ってたんだ。


「タカは単に女たらしだったから結婚できなかったんだ。未来のノブと出会ってなかったらロクでもない人生だっただろう。これは僕の見解。君よりずっと長くタカを見てたから当たってると思うよ。タカは勘が凄ぶる良かった。ノブとトモを育てるのが一番良い人生だって察していたんだろう」


--ものすごく頑張ってお前を探して育てた。


 言葉通りだったんだ。そりゃあ矢野藍子と結婚させようとしたことに怒るはずだ。


「父ちゃん最後に言ったんだ。自分の為に生きた。最高だったって」


 ポタポタと滴る涙を拭おうとしたら、ウエハラ博士がペンギン柄のハンカチを渡してきた。くしゃくしゃでシミだらけ。汚ったね。使わないで握りしめ、自分の手の甲で目元を擦った。ウエハラ博士が不服そうに顔をしかめたけど知らね。


「一つだけタカに頼まれたことがある」


「一つだけ?博士は俺の生活支援をして、弟子にしてタイムマシン作製の援助をしてくれました。俺はそれに砂をかけた……」


 ウエハラ博士の娘を破壊した。父ちゃんの為というもっともらしい理由を掲げて、俺は自分の事しか考えていなかった。アイカからも病気からも逃げ出そうとした。そりゃあウエハラ博士のハイパーチョップを食らい、父ちゃんに逃げるなと指摘される訳だ。


「それは僕が僕のためにしたことだ。優秀な君が欲しかったし、タイムマシンなんて面白いもの作りたかったが生憎僕はPUREシリーズで忙し過ぎた。それに同じタカの息子として共に暮らしたかった」


 ニヒルな笑い方は父ちゃんに似ていた。そうだ、ウエハラ博士は変人だけどなんか憎めないのは父ちゃんの面影があったからだ。父ちゃんよりもパワーアップした変人だけど、若い時の父ちゃんは今のウエハラ博士より変だったかもしれない。そんな気がする。


「これはタカから預かってた手紙。君がタイムトラベルした後に渡してくれと頼まれてた」


 差し出された封筒を受け取って開封した。中には便箋(びんせん)が一枚。


信明(のぶあき)、今回は楽しかったから許すが二度と俺の人生を邪魔しにくるなよ!それから勝手に改名して悪かったな。俺も姓を変えたからおあいこだ。ジョナサンなんて吸血鬼と因縁が始まっちまう。お前が震えるぞハート!したいなら戻せ。俺はお前の父親が良いから戻さないけどな!いいか、俺が作った最高の人生邪魔するなよ!榊原(さかきばら)隆】


 大したこと書いてないじゃないか。最後の手紙なのにもう二度と会いたくないなんて酷いだろ。他人の心を決めつけるな、か。ウエハラ博士の言葉が今さら効いてくる。幸せは自分自身が決める。俺はずっと幸福だったし、これからも自分の未来を切り開ける。父ちゃんと同じように困難が襲っても未来は明るいって信じて強く生きれば良いだけだ。俺は手書きの便箋(びんせん)の文字が滲まないように体から離した。


「ウエハラ博士、アイカは今どこに?」


 途端にウエハラ博士が立ち上がって俺の横まで移動してきた。それから痛烈なチョップが俺の頭に炸裂した。泣きそうに黒い瞳が揺らめいているのにウエハラ博士は微笑んでいた。


「また眠り姫さ」


「どうして!」


 俺が立ち上がるとウエハラ博士が悲しそうに自分の机へと向かっていった。それから引き出しを開けて戻ってきた。


「ノブ、僕は今日の国際アンドロイド学会で姉弟喧嘩させてしまってどっちも壊してしまった」


「はい?」


 PURE7(ピュアセブン)ロゼ・プードゥお披露目のはずだ。どういう事だ?壊した?


「眠り姫は二度と起きないかもしれない。君の知恵を借りたい」


 一口コーヒーを(すす)るとウエハラ博士は別の印刷物を机に置いた。さめざめと泣いている。俺は父ちゃんの便箋(びんせん)を封筒に戻してそれを手に取った。


***


【アンドロイドの恋】

演者:ウエハラ私設研究所本部第一研究室所属アイカ・ミタ


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