最初の一歩
練習ホール 午前4:45
監督さんに言われた時間よりも早く来たにもかかわらず、そこには人影があった。
「お、早いな。それじゃ、まぁ、始めようか!」
「は、はい」
「声だしと柔軟から。返事も声だ士だと思ってくれ!」
「はいっ」
いつも通りの声だしと柔軟をやっていく。…ずっと見てくる監督さんの目線が痛い。
「…台本って読んできた?」
「大丈夫です。全部覚えました」
正確には、いつも一人芝居してました、だけど。何となく恥ずかしくて、少し目線をはずす。
「そっかそっか。ま、君は………」
「何ですか?」
「いいや、何でもない」
何か言っていたような気がしたけど、気のせいだったんだろうか。
「それじゃ、やろうか。僕を刑事だと思ってくれよ!取り敢えず」
「はい」
「午後10時、お兄様は何をされてたんですか?」
「ぁ…はい。その時間、丁度動画サイトでliveを…『こくごのーと』で出てくると思います…」
「はい、ストップ。そこはもっと目をそらして、人見知りアピール。あと、もっと目をふせて。妹が死んだって実感ない感じで」
「は、はい」
開始からずっと、脚本家の人もとい優ちゃんさんは細かいことにまでアドバイスをくれる。
「君には千秋楽で入ってもらうつもりだから、まぁ、ゆっくりいこう」
「…千秋楽ですか!?」
「ん?うん」
そ、そんな大事な所を…………無理。無理無理無理。最後に出た千秋楽を思い出して血の気が引いていく。
「あ、あの──」
「嫌、何て言わせないからね?」
「…」
優ちゃんさんの笑顔が怖すぎる。なにも言い返せず、頷くことしかできなかった。
「君は僕の心をつかんだんだ。やってくれなきゃ困る。連れ帰ることも考えてるからね」
「連れ…!?」
「それじゃ、そろそろ主役が来る。僕はみーに用があるから行ってくるよ」
パタンとドアが閉まり、一人取り残された。とたんに心細さが膨れ上がってくる。
せ、千秋楽なんて、聞いてない。どうしよう、どうしよう。また、失敗したら?千秋楽なんて一番人の多い日に失敗なんてしたら?それこそ、この劇団の名前に傷をつけることに__
「おーい」
「ぅひぃっ!?」
いきなり声をかけられて変な声が出た。
「おいおい。大丈夫か?」
「あ、は、はい。なにもないです」
そうだ。なぜ僕は悪い方向ばっかり考えてるんだ?もうちょっとましな考え方を____
「俺は、刑事役をやらせてもらってる____」
嗚呼、ダメだ。やっぱりできる気がしない。辞退……なんてもうできそうもないし。やるしかない、んだろうけど。
よし、違うことを考えよう。 刑事役の役者さん、すごく鍛えてるな。それに、顔もいいときてる。はー、モテるだろうなぁ。ファンとか多そうだ。あれ?そうなると?絶対に失敗できない?
「名前は?俺、監督に聞いてなくてさ」
背が高いから覗きこむように見られて、少し後ずさる。だが、ニコッと笑われるともう何でもいい気がしてきた。
「後藤 悠磨です。よろしくお願いいたします」
「ああ、よろしく。それじゃ、稽古やっていこうか」
「はい!お願いします!!」




