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修羅を描く  作者: 紙魚
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朝凪

「こんにちは」

今日は部活動一日目。美術室は小さく小汚かった。

「こんにちは〜!あっ、もしかして進入部員さん?」

今活動している部員は千暁を除くと大体十人ほど。出迎えてくれたのは少し背高の女子高生であった。エプロンをつけているがそのエプロンも油絵の具で汚れていて元の色がわからないほどであった。

「はい、そうです」

千暁は一応丁寧に答えた。他のことはどうでもいいから早く絵を書きたい。面倒臭い質問は適当に答えるようにした。

「じゃあこっちにおいで。ついでにお名前も聞いていい?」

「紅千暁です」

「すごい、とてもかっこいい名前だね!いかにも日本って感じで」

「ありがとうございます」

千暁は心の中でため息をついた。お世辞は嫌いだ。それにどうでもよい話には付き合いたくはない。

「私は十和田千絵。そして…」

十和田千絵と名乗った女子高生は部屋の奥で油絵を描いているもう一人の女子高生に目をやった。

「朝凪!進入部員!」

大きな声で呼んだが 奥の女子高生は返事をしない。目は自分が描いている油絵に釘付けのままだ。

「朝凪!進入部員!中一がきたよ!」

十和田が声を張り上げて呼ぶとやっと女子高生は視線を千暁達に向けた。

「進入部員の千暁ちゃんだよ、何をやらせたほうがいい?」

「適当にデッサンでもやらせといたら?ローファーとかのデッサン」

朝凪はぶっきらぼうに答え、再び自分の作品を描き始めた。それからは十和田がどんなに呼んでも再び目を向けてくれなかった。

「ったく、部長は冷たいんだから」

十和田は一つ舌打ちをすると千暁に向き直った。

「ごめんね、もうすぐで顧問の先生も来るからそれまでに好きなものをデッサンしてて。ちなみにさっきの先輩は部長の朝凪八雲だよ。私は副部長だから、知らないことがあったら私か部長に聞いてね」

十和田の声は優しかったが、他の九人ほどは無口で無表情なまま、千暁達に見向きもせずにひたすら自分たちの作業に取り掛かっている。千暁は周りの空気からひんやりとした冷たさを感じていた。

「あのう、十和田先輩」

「うん?何かわからないことでもある?」

「水彩画を描きたいのですが」

「水彩画…」

十和田は少し目を泳がせ、そして朝凪に

「水彩画を描かせてもいい?」

と、聞いたが

「好きにしな」

と、またもや面倒臭そうな声が飛んできた。

「はいはい」

朝凪を一瞥し、十和田は再び千暁に優しい眼差しを向けると

「じゃあ描いてもいいよ、絵の具と画用紙はそっちの引き出しの中にあるから自由使ってね」

と言い残し、美術室から出て行った。

千暁は辺りを見回す。声を上げる人は誰一人いない。部員たちはみんな、黙々と自分の絵を描き続けている。このまま誰も、何も言わなければ夜が明けるまで描いていそうだ。

『これほど進入部員に無関心だとは』

心の中で悪態をつき、水彩画の準備をする。

『今に見せてやる』

下絵を驚くほどの速度で描き上げ、水彩の色を作る。赤に朱色と多めの水を混ぜ、それを紙全体に塗る。今度は赤、朱色、そして山吹色も少し混ぜ水を入れずに筆につけて紙にタッチする。しばらくすると今度は同じ色に黒と褐色を少し混ぜて、先ほどとは違い丁寧に描いて行く。仕上げには白、真紅、黄色、緑色、黄緑でタッチ入れ、ドライヤーで乾かす。

かなり快速に完成させた作品だが自分でも満足の行くクオリティだ。画用紙には夕日に輝く、美しい紅葉の日本庭園が描かれていた。時計を見ると、描き始めからまだ三十分程しか経っていない。しかしそれでもこれは千暁の「普通の」速さだった。もっと丁寧に、時間をかけて描けばこれより十倍、いや、百倍は上手く描けるだろう。

「フッ」

自慢げに自分の作品を見つめた後に、千暁は立ち上がり他の部員達の作品を鑑賞した。しかしどれを見ても自分より上手いと思うものは見つからなかった。そしてついに朝凪の前まで来た。

『さっきから偉そうだったが果たして実力は…』

天狗になったままの千暁は朝凪の描いている油絵を覗いた。

「はっ!」

思わず声が出てしまったが、気づかれなかった。朝凪の絵は千暁の絵とは比べものにならないほど美しかったのだ。使っている画材は違うとはいえ、千暁は絵を見た瞬間にさっきまで高かった鼻をへし折られてしまった。

だが千暁は再び笑みを浮かべた。

心のどこかで、自分はまだ負けていないと感じた。

何かに引っ張られるように千暁は画用紙の入った引き出しをこじ開け、さっきよりももっと大きい画用紙を取り出した。今度はできる限り丁寧に、時間をかけて下絵を描き、絵の具を調合して塗色しようとしたその時だった。

「すごい…これを中一が描いたなんて…」

隣から微かに称賛の声が聞こえた。頭を上げて見てみると、一人の小柄な先輩が千暁の先程描いた日本庭園の絵を手に取ってまじまじと見ていた。

「ありがとうございます。その絵は三十分程で描きました。小さい頃から良く行っている日本庭園の絵です」

「三十分⁉︎」

先輩は驚いてしばらく口をポカンと開けたままだった。先輩の声が聞こえた他の部員達は口々に

「なんだ?」

と言って集まってきた。そして千暁の絵を見ると、みんな口々に

「すごいステキ!」

「紅葉が綺麗だ!」

「たった三十分で描いたなんて信じられない!」

と褒め称えた。最初に絵を見た先輩は千暁に寄ってきて

「あなたすごいよ!名前は?私は皐月優、よろしくね!」

物凄く高いテンションで名前を聞いてきた。

「紅千暁です。よろしくお願いします」

皐月の褒め言葉はとてもお世辞には聞こえなかった。千暁は嬉しかったが、ふと後ろを振り向くとまた険しい表情になった。

朝凪が一心不乱で油絵を描き続けているのだ。他の部員達は全員千暁の絵を見てワイワイ騒ぎ立てているが朝凪だけは千暁にも、千暁の絵にも興味はないようだった。ただひたすら、自分の作品を完璧に近づけようとしていた。時々手を止めて、少し離れて自分の作品を眺めるがしばらくすると眉間にしわを寄せてまたガリガリと書き直す。ただでさえ息を呑むほど美しい絵をもっと美しくしようとしている朝凪の姿は千暁の目に、しっかりと焼きついたのだった。

『チッ、負けないぞ!』

まだキャーキャー騒いでいる他の部員達をよそに、千暁は自分の最高傑作に取り掛かった。

『この私が負けるはずがない!部長かどうかは関係ねえ、ベテランぶったそのムカつく顔を泣き顔に変えてやるからな!私こそがこの部で最も上手い人だ』

千暁の中で大きく、強く、熱い何かが燃え始めた。









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