5
日が暮れかけた頃に自宅に着き、私はまず風呂を沸かした。バケツを両手にせっせと井戸水を浴槽へ運び、熱した焔石を入れて沸騰させる。彼の前で魔法は使えないので、全て手作業だ。
ペッカイナには湯船に浸かる習慣がなく、浴槽自体普及していない。井戸水を運ぶ手伝いをしてくれた彼が浴槽を見て目をパチクリさせていたのが少し面白かった。どうだ、異文化に触れた感想は。
「お風呂」について話すにあたり、「日本」という単語は出さず、お風呂文化のある国の名を一つあげておいた。彼には私が異世界人であることも隠しているため、良心が少々痛むが仕方がない。身バレ怖い。奇異の目で見られたくない。
ラーチを買い、家まで持って帰ってくれたせめてものお礼にと、私は彼にお風呂を勧めた。入浴の素晴らしさを説き、体が温まるからと言って浴室へ案内(連行とも言う)すると、彼は嫌そうな素振りを見せずすんなり風呂場に入ってくれて。
気を良くした私は若干得意顔(ドヤ顔とも言う)、お姉さん気分でお風呂の入り方を説明した。湯船には体を洗ってから浸かること、いくら気持よくても湯船で寝ないこと、長湯しないこと、湯船にタオルを入れないこと……などなど。
「差し支えなければ洗濯もさせていただくので、着ていたものはそちらの籠に入れておいてくださいね」
そう言って浴室のドアを閉め、大急ぎで自分の身なりを整えにかかった。適当に体を拭き、水浸しのフェチカを着替え、ウィッグを適度に乾燥させ──彼が風呂からあがる前にと頑張りましたよ。ほら、男の人って女と違ってお風呂に時間かけないじゃん。
無事に全てを終え、床に滴り落ちた水を掃除したり、玄関でブーツの手入れをしたり、夕飯の支度を始めたりしていると、浴室からバシャバシャと水の跳ねる音がした。ははあ、浴槽から上がったところかな。もうじき風呂から出てくるだろう。
浴室に鳴る生活音を気にしつつ、ペッカイナの古き風習に則りストラ料理をとんとんと作る。あれこれ考えたが、今年は「ストラと白身魚の香草煮込み、チーズを添えて」にした。レシピは料理本を元に所々アレンジを加えたものである。
朝、家を出る前にある程度仕込みをしていたので調理に時間はかからない。あとはお鍋で煮込み、野菜を切って盛り付けるだけだ。暖炉の釜には麦飯が炊けている。
鉄製の鍋にリェンタというタイのような魚とストラをベースにしたソースを入れたところで、彼がダイニングに出てきた。ほかほかと体から湯気をあげ、白い肌はほんのりピンク色になっている。おお、健康的。
(二週間同居してるけど、始めてうちのお風呂使ったんだよねこの人)
兵舎のシャワーよりも体が温まったのではなかろうか。湯船効果は伊達じゃない。
「お風呂、どうでしたか」
料理の手を止めて感想を尋ねると、彼は小さく「良かった」と言った。そうでしょうそうでしょう。お風呂って、素敵でしょう?
「そうですか。それは良かったです。温かいお湯に浸かると一日の疲れが吹き飛びますよね」
彼にお風呂文化の良さを分かってもらえたことが嬉しくて、普段より調子よく話す私。彼はこくんと頷き、書斎の奥の自室に引っ込んだ。手には夜の海の色をしたフェチカが鷲掴みにされていたので、洗濯物を自分の部屋に持って行ったのだろう。
(私には洗わせてくれないのか。……や、気心知れない男の人の下着を洗うのはちょっぴし抵抗があったから、それはそれでいいんだけどさ)
一度部屋に帰った彼は数分も経たないうちにダイニングに戻ってきた。お湯に入ってポカポカしているのか、灰青色の瞳が心なしかぽやーんとしている。幼子みたいでなんだか可愛い。
「もうすぐ夕飯もできますので、座って待っててください」
言うと、彼は大人しく席に着く。私はチャカチャカ食器を準備し、水の入ったポットを鉄板に置いた。これでもう、今やることはなくなった。魚が十分に煮込み、ポットの水が沸けばオッケー。
手持ち無沙汰になってしまい、次に何をしようか考えた私の視界に留まったのは、テーブルでぼんやりしている彼の姿。首にはおそらく体を拭いたであろうタオルが掛かっており、湯上り後まもないということを強調している。
肌にペタリとくっいている濡れた銀の髪。毛先から滴る水の雫が気になった。あれはちゃんと髪を拭いていないな。
しっかり拭かないと風邪を引いちゃうぞ。今日はめいいっぱいずぶ濡れになったんだから。
そんなことを思っていると、ぼやーんとしている灰青の瞳と目が合った。濡れたままの髪が気になっていたからか、知らないうちに彼をしげしげ眺めてしまっていたようだ。
「兵士様、まだ髪が濡れていますよ」
自分の髪を触るジャスチャーを交えて指摘すれば、彼もゆるゆると自身の髪に手をやった。
「……ん」
首のタオルで拭き直すわけでもなく、彼は短く頷き手を下ろす。どういうことだそれは。そんなに濡れてるのに拭かないのか。水が垂れてますよ。
「濡れたままだと体が冷えて風邪を引きますよ」
やんわり「髪を拭け」と伝えるが、椅子に座った彼はぽやんとした目でボーっとしている。まさか、お風呂でのぼせた? 長風呂ってほどの入浴時間じゃなかったと思うけど。
「兵士様、大丈夫ですか?」
心配になって尋ねる。微かな頷きのみが返ってきた。なんだか大丈夫そうには見えないんだけど……フラフラしてないから倒れたりはしないよね。視点もまあ定まってるし。でも、今日祭りで連れ回しちゃったから……しんどかったのかもしれない。重い物も持たせちゃったもんなあ。
彼の体調を案じ、なんとなく側に寄ってみる。虚ろな目線が私の動きに着いて来た。
「お疲れですか? 気分が悪ければ、先にお休みになられてもいいですよ」
灰青の双眸を上から覗き込むと、彼は薄い唇を開いて「大丈夫」と答えた。長めの前髪からポタポタと水滴が落ちている。よくよく見れば、髪をつたう水の雫がシャツに染み込み、首周りが濡れてしまっていた。彼は気にならないのだろうか? せっかく水浸しの服から着替えたというのに。
「兵士様」
一瞬の躊躇はあったが、やはり濡れたままの髪が気になる私は手を出すことにした。ラーチを買ってもらったお礼もある。おせっかい上等で世話を焼かせていただきます。
「濡れたままだと髪にも体にもよくありませんので、髪を拭かせてもらおうと思うのですけど……よろしいですか? 嫌でしたら言ってくださいね」
彼の首に掛かっているタオルに手を伸ばしながら問う。灰青色の二つの目がパチパチと瞬いた。まあ、いきなり「髪拭かせろ」なんて言われたら驚くよねえ。嫌って言われたら止めとこう。でも、それで風邪引いても知らないからね。……引いたら引いたで看病はするけどさあ。
持病はないとはいうが、あまり健康そうには見えない彼。風邪を引いただけでも大ダメージになりそうなので、できればそうなって欲しくない。我が家で危篤状態とか考えただけでゾッとする。
驚いた様子の彼はしばらく黙って私を見上げ、やがて唇を僅かに結んだのちにゆっくりと首を縦に振った。視線を逸らされたのが気になる。本当は嫌だけどそう言えないのかな。この人、女の子が苦手だもんね。
「本当にいいんですか? 気兼ねは入りませんので、嫌でしたらハッキリ言ってくださいよ、兵士様」
念を押してみると、彼は私に一度目をやり、「嫌じゃない」とボソボソ呟くように言った。そのチラ見はなんだ。戸惑い?
(腑に落ちないけど、しつこく食い下がるのもよくないよねえ)
少々悩んだものの、彼は「嫌じゃない」と言ったし、こうしている間にも髪から水滴がしたたり落ちているため、私は伸ばした手でタオルを取った。
「タオル、お借りしますね。失礼します」
たっぷりと水分を含んだ銀の髪。まずは毛先ごとタオルで包んで雫を取っていく。次いで、ワシャワシャと髪をかき混ぜるようにして全体を拭いていけば、それだけでだいぶ水気が飛んだ。短い髪ってすぐ乾くから楽だよね。
「力加減大丈夫ですか?」
「……ん」
か細い声で答えた彼を、上からそっと覗き見る。されるがままになっている彼は瞼を下ろしていた。八の字眉の皺が心なしか薄れている。……気持ち良いのだろうか。
(犬や猫みたい)
つい口元が緩んでしまった。面白いというか可愛いというか──「動物」らしいなあ、って。いや、彼は人間なんだけどね、感情が分かりにくくて何考えてるのか掴めない事が多いからさあ。
(こういう風にどんな気分なのか分かったら嬉しいんだよね)
「気持ち良いですか」
確かめるように問うてみると、しばしの間を置いて「ん」と返事がかえってきた。その肯定が素直に嬉しい。
「ふふ、良かったです」
漏れる息に笑みが混じる。彼がリラックスしてくれているようで良かった。これは喜ばしい事だ。うんうん。
(……そうだ! 香油を使ってあげよう)
機嫌を良くした私はピンと思い立つ。いつも地毛やウィッグの手入れに使用しているお気に入りの香油。なかなか値が張る逸品で、仄かな花のよい香りがし、塗れば髪に艶が出る。
彼の髪、色は銀で綺麗なのに、枝毛はあるわくすんでいるわで状態がよろしくない。宝の持ち腐れというやつだ。もったいない。
ワシワシ拭いてあらかたタオルドライができたので、先ほど浮かんだヒラメキを彼に伝えることにする。ちょっと強めに言ってみようかしら。
「とても綺麗な髪色ですので、ぜひ香油でお手入れをさせていただきたいのですが……よろしいですか?」と、よいしょしつつ押した。「ぜひ」に力を込めてみたんだけど、どうよ。
「……こうゆ?」
ワンテンポ遅れて彼が疑問形のボソボソ声をあげる。「香油」なんて男の人は知らないもんなのかな。この人は髪の手入れに無頓着そうだし。
「はい、香油です。花の油からできているもので、髪や肌に塗ると艶が出るんです。匂いも良くて、私も使ってます。あ、油は油ですけどそうベタベタしませんし、匂いも強くありませんよ」
明るい声音で香油はいいぞアピールをし、一旦言葉を区切って「どうですか?」と再度尋ねる。アピールが効いたのか、どっちでもよかったのか、彼は「ん」と小さく頷いた。
(よーし! あの香油を使えば枝毛だって軋みだってもう怖くない!)
食生活改善の次は、髪質改善にしよう。
ここに「髪の毛艶々サラサラ計画~傷んだ髪とはさようなら~」を発足した私は、意気揚々と自室に香油を取りに行った。化粧台の引き出しにある黄色のラベルが付いた瓶。これこそが、貴族御用達香油「プロヴァイミュレンヌ」。レミス共通語で「高貴なる輝き」という意味だ。ちなみに、一瓶お値段うん万円。
ダイニングで待っている彼のもとに戻り、香油を一滴手のひらに垂らす。花の香がふわっと漂った。
「では、失礼します」
(艶々になれー、サラサラになれー、枝毛よ治れー)
怪しげな祈りを心中で念じ、丹念に、丁寧に銀の髪に香油を摺りこんでいく。頭髪全体を両手でまんべんなくまんべんなく……私は真剣だった。
オリジナルの素人頭皮マッサージもしようかなーと思ったが、さすがにそれはやめておいた。あんまりアレコレやってウザがられたくはない。既にウザいと思われているかもしれないが。
(はっ、私ってウザい? ウザい? ウザいかもしんない)
ちょっぴり不安になって斜め上からそっと顔を覗いてみる。彼は瞼を閉じてじっとしていた。眉間の皺は薄く、八の字眉も角度を緩めていて──今まで見た中で一番穏やかな表情だった。少なくとも、嫌そうな面持ちではない。
「……気持ち良いですか」
無意識のうちに声が出ていた。いやね、ほんと、見たことないくらい力の抜けた顔をしてたからさあ。こんな顔もできるのね。
「うん」
彼はうっすら目を開け、こくんと頷く。いつもの「ん」じゃなくて「うん」だった事に少しだけ驚いた。
「そうですか。もう終わりますからね」
仕上げに取り掛かろうとしたところで、ポツリと彼が何かを呟いた。蚊の鳴くような弱々しい声量だったので何と言ったか分からず、「はい?」と聞き返す。
すると。
「……僕に触るの、嫌じゃないの?」
思いもよらない質問が飛んできた。瞬時に「何を言ってるんだろうこの人。嫌じゃなかったら触ってないでしょうが」と不審に感じたが、一週間ほど前のあるやり取りを回顧し、「ああそうか」と一人納得した。
独特な容姿のせいで女性に忌諱されてきたという彼は女の人が苦手で、女性全てが自分を怖がる、気味悪がると思っているフシがある。そんな彼だからこそ、あんなことを尋ねてきたのだろう。
異性に良い思い出のない彼からすると、不思議なんだと思う。私が進んで話しかけたり、体に触れたり、世話を焼いたりすることが。……同居して二週間が経ったというのに、まだ私が彼に悪感情を抱いていると思われているのだろうか。
「嫌じゃありませんよ。この前も言いましたけど、私は兵士様のこと気味が悪いだとか恐ろしいだとか思っていませんから」
彼の事情を知っている私は、不健康そうで不思議な近衛兵を安心させてあげたくて、また、いい加減私の事を信じて欲しくて毅然と言った。
「気味が悪い相手にこんなことすると思いますか?」
香油を髪に馴染ませるべく、ワシャワシャと頭を掻き混ぜる。どうだ。もっと激しくしてやってもいいんだぞ。ん?
一向に何も言わない彼は、私にされるがまま静かに椅子に座している。もっと安心できるような言葉を送るべきか、そっとしておくべきか──少し考え、あいなかを取ることにした。
「……確かに、兵士様はお顔の色が優れない時があるし、無口でとっつきにくい雰囲気も少々ありますけど……優しいじゃないですか。人混みで守ってくれたり、荷物を持ってくれたり、作った料理を褒めてくれたり……そんな方を怖いと思うはずがないですよ」
言っていて、何やら照れくさくなった私。
パッと彼の髪から手を離し、そそくさと白い項にタオルをかける。
「はい、終わりました。乾けばサラサラになると思いますよ。そろそろお鍋がいい頃ですね」
シラーっと台所に行って鍋やポットの具合を見る。リェンタにはソースの色が鮮やかに着き、お湯もふつふつと沸いていた。甘酸っぱいストラの香りが部屋に広がる。もうよいだろう。
畑でとれた新鮮な野菜を切り、円状に盛り付ける。その中心に煮込んだリェンタの切り身を置いてストラのソースをたっぷりかけた。うん、我ながら美味しそうだ。
料理の乗った皿を、パンやゆで卵、サラダと一緒にテーブルに運ぶ。彼は伏し目がちに私とテーブルとを交互にチラチラ見やっていた。
「どうぞ。今日は雨祭りなので白身魚をストラで煮込みました」
彼の反対側にある椅子に腰掛けると、丸テーブルで向き合う形になる。「食べましょうか」と促すが、彼は私が食前の祈りを始めるまでピクリとも動かない。何度同じ食卓を囲んでも、彼が私より先に食事に口をつけることは絶対にないのだ。忠犬?
二人で食事を摂りながら、雨祭りのことやお風呂のことを話した。ほとんど私がしゃべっていたようなもんだったけど、食事の最後に彼の方から声をかけてきてくれて──。
「僕に触られても、嫌じゃない?」
突拍子もなくそう聞かれ面食らうも、「ああ、さっきの話か」と彼の言葉を結びつけることができたため、頭の中のクエスチョンマークはすぐに消えた。食事前の話題がぶり返ったわけだ。
顔を俯け、濃い隈の刻まれた瞳で上目遣いに凝視してくる彼。私はここで彼が可哀想になってきた。こんなに確認してくるなんて、自分を卑下したような事を言うなんて、一体どのように悲惨な女性遍歴があったのだろう。
「もちろん、嫌じゃないですよ」
芽生えた同情心も後押しし、私は誠意を含めた眼差しをじっと彼に向ける。
私は彼が嫌いではなく、一人の人間として興味があった。最初はただのおばちゃんじみた好奇心からだったが、一緒に過ごすうちに彼の色んな面を目の当たりにし、今では純粋に仲良くなりたいと思っている。
徐ろに頭をもたげた彼に親愛の気持ちをこめてニコッと笑いかけてみると、彼は唇をギュッと一文字に結んでまた俯いてしまった。
(ええええなんで険しい顔になったの!? 笑ったのマズかった?)
「えっ、本当に嫌じゃないですよ。握手しますか?」
若干焦って手を差し出す。差し出したというよりは、勢いで飛び出したという方が近いかもしれない。手が食器に当たらなくてよかった。
長い沈黙ののちに半分だけ顔を上げた彼は、私の手と顔に何度か視線を移ろわせていた。そのうちテーブルの下からおずおずと手が伸びてきて、のろのろと、こわごわと、私の手に近付いてくる。前みたいに青白くはないけど、相変わらず白い肌だ。
彼を見据えて手と手が触れ合うのを待つ。時間にして数秒なのだろうけど、とても長く感じた。
私より大きく、少しだけ冷たい手が私の手のひらに重なる。そっと握れば、彼は僅かに身じろぎをした。緊張しているのかな。
「全然嫌じゃないですよ。触っても触られても、平気です」
耳がとらえた自分の声は、やけに柔らかく、優しかった。
空いた食器の並ぶテーブルの上で交わされている握手。不意に、手に伝わる彼の感触が強くなった。私がしたように彼も私の手を握ったようだ。
「そういえば初めての握手ですね」
言いながら、更にキュッと指先に力を込めてみる。そうすると彼もやわやわ握り返してきた。おお、ほのぼの。なんか距離が縮まった気がする。
「……ん」
幼子のように頷いた彼は、落ち着かないのか灰青の目をキョロキョロさせている。ほんのり頬が赤いのは風呂上がりのせい? それとも、もしかして照れてる?
(もしも照れてるんだったら、この人の新しい感情を発見できたことになるよね。うわー、嬉しいな。いや、照れてないかもしれないんだけど……でもさっきより頬が赤くなってるのは間違いない)
じわじわと嬉しさが滲んできて、にへらーっと締りのない笑みを漏らしてしまった。間抜けな笑い声が出なかったことは救いである。
彼が手を引っ込めないのをいいことに、試しに一回ギュッとしてみる。悪意のない子供じみたイタズラ。私の童心がキラリと小さな光を放つ。
パチパチと大きく瞬いた彼が灰青色の双眸をこちらにやったので、私は含み笑いを彼に贈った。すると彼は再度瞼を開閉させ、結んだ手と手に目線を下ろす。そして、握手する手にぎこちなく力を入れた。
すっかり顔を上げた彼が、様子を窺うように私を見ている。「これでよかったのか」と言わんばかりだ。彼には悪いが、反応が面白くて笑ってしまった。
パチクリしている彼の手を、今度はリズムを付けて握ってみる。察しが良いのか、単に真似しているだけなのか、彼はそう間を空けずに同じリズムで握り返してきた。
私がにぎにぎすれば、彼もにぎにぎする。
私がにぎ、にぎにぎにぎすれば、彼もにぎ、にぎにぎにぎする。
そこに一切の言葉はない。まるで手で会話しているみたいだ。
(今の私とこの人、すっごく微笑ましいなあ。仲良しの握手ー、みたいな。もう友達にはランクアップできてるかな?)
胸にこみ上げるほのぼのとした生温い気持ちで、私はニヤニヤしっぱなし。
にぎにぎ。
にぎにぎ。
にぎにぎ、にぎーっ、にぎ。
にぎにぎ、にぎーっ、にぎ。
(うわあ、なんか仲良しチックじゃない? フレンドパワー溢れてそう)
にぎ、にぎにぎ。
にぎ、にぎにぎ。
ギュー。
ギュー。
……。
……。
「ふふふ」
「……」
──それにしても、私達はいつまで握手をしているんだろう。




