473 訃報と髪飾り
「アデライーデ様、お手紙と贈り物が届いております」
それは雪もちらつき始めた年の最後の月に入った頃、レナードが銀のトレイに載せて手紙と小冊子と小箱を居間に届けに来た。
陽子さんは飲みかけていたティーカップをソーサーに置き封筒に押された封蝋の印を見て、まずは先に読んでおこうかなと思った手紙を取り銀のペーパーナイフで封を切った。
その手紙は定期的に来るカトリーヌ…クレーヴェ公爵夫人からの手紙だった。後の手紙はアルヘルムからとローザリンデから。陽子さんはお楽しみは後にとっておくタイプなのだ。
カトリーヌとはあれから約束どおり手紙のやりとりをしている。
アデライーデからは港街メーアブルグの季節の移り変わりや今読んでいる本の感想、そしてカトリーヌがダランベールに責められぬようアルヘルムに相談し、ダランベールに知られてもよい既に帝国のエルンスト達にお知らせ済みの出来事を書いている。
カトリーヌからの手紙には、帝国のファッションやお飾りの流行が綴られ、最近は帝国の流行をまとめたファッション小冊子が一緒に送られてきていた。
最初はカトリーヌからの手紙を警戒していたマリアも最近流行の帝国のファッションが知れるとあって、エマ達と一緒に密かに楽しみにしている手紙だった。
季節の挨拶の後、いつもどおりのファッションの文面が続く。最後は結びの挨拶となるのだが……
「え…」
「何かございましたか?」
アデライーデの呟きにぬるくなったお茶を下げようとしていたレナードが応える。
「カトリーヌ様のお祖父様…ダランベール侯爵がお亡くなりになったって書いてあるわ」
「え!」
いつもだったらカトリーヌからの手紙を読んだ後、アデライーデが小冊子に軽く目をとおし、見せて貰えるのをわくわくして待っていたマリアも驚きを隠せず、口に手をあてていた。
文末には、先日祖父が亡くなった。ついては今後手紙のやりとりは不要となる。個人的なお悔やみは遠慮する。今までの文のやりとりから小冊子を楽しみにしているようなので今後は出版社から直接届けさせると、あっさりと書いてあった。
最後にいつもと変わらぬ結びの挨拶。そして珍しく追伸があった。
『私からの結婚祝いよ』と。
「レナード、贈り物ってカトリーヌ様から?」
「はい。さようでございます」
トレイの上にあった見事な飾り彫りがされた銀の小箱をとり開けてみると、紫のベルベットのクッションの上にハナミズキの花束を模した髪飾りがあった。
それぞれの花の中央には小粒の深紅のルビーがはめられ、赤みの強いレッドゴールドでできた花びらはまるで本物のハナミズキのように優美な曲線を描いていた。
特筆すべきは、花芯のルビー達の留め金が見えず本物の花芯のように見えることだ。
「見事なものでございますな」
「…えぇ、そうね」
ー今頃、結婚祝い? バルクへの輿入れは1年半も前だったのに?
陽子さんは、急いでアルヘルムとローザリンデからの手紙に目を通す。
アルヘルムからの手紙にはダランベールの訃報とアルヘルムとアデライーデ連名でのダランベール新当主への私的なお悔やみの手紙と見舞いの品、カトリーヌへは手紙を送る事が簡単に書かれていた。
ローザリンデからの手紙にもダランベール卿の訃報が書かれてあったが、卿の死の届け出は高齢者によくある就寝中の心の発作であった事、また代替わりにより今後今までのようなアデライーデへの関与は少なくなるか途絶えるだろうと認められてあった。
そして、今後のカトリーヌとの手紙のやりとりを継続するかどうかは任せるとも。
陽子さんは、二通の手紙を読み終えると丁寧に封書に戻し、カトリーヌから贈られたハナミズキの髪飾りを手に取った。
「ねぇ、レナード。カトリーヌ様からのお手紙には私からの個人的なお悔やみは不要って書いてあるんだけど、礼儀的にそれでいいのかしら。アルヘルム様からは私と連名でのお悔やみはするそうなんだけど…」
アデライーデにとって、ダランベールは異母姉の祖父。血の繋がりは無いけれど、前世の習慣なら親族席に座る事はないが葬儀に弔問客として参加してもおかしくない微妙な立場だ。だが、通信手段がお手紙なのでとっくに葬儀は終わっているはずである。
ー本当に、私からは何もしなくていいのかしら。
前世でも冠婚葬祭でこの手のご遠慮はよくある話だが、この世界での葬儀の習慣は全くわからないし、カトリーヌとは仲がいいとは言い難い。遠慮の言葉はあるが、それも貴族的な言い回しなのかもしれない。
考えても正しい答えがわからなくて陽子さんはレナードに助けを求めた。
「国際儀礼に則れば、他国の妃の親族の冠婚葬祭にバルクが国として関わることはございません。その国が公式行事として執り行うのであれば別ですが」
ーまずは国同士として考えるのね。
「帝国で皇帝妃は、互いの生家の慶事弔事には花と手紙を贈ると聞き及んでおりますが、それで間違いないでしょうか」
レナードは帝国貴族令嬢で皇女付きの侍女であったマリアに、自分の認識に間違いがないか確認をした。
「はい。ご生家同士ではまた別のようですが、後宮で生家の差が出ぬよう、そのように決められております」
「アデライーデ様とクレーヴェ公爵夫人は元は帝国皇女とご姉妹であらせられますが、異腹のうえ現在のお二方のお立場も違います。本来であれば正妃様の異腹姉の祖父君へ、バルク王家が弔慰の使者をたてる必要はございません。
ですが、今年の春にダランベール卿とクレーヴェ公爵家ご夫妻は我が国から招待されたフリードリヒ殿下とご一緒に我が国を訪問され、バルク王族とも午餐やお茶を共にし、多少なりともご縁がございます。
年も跨がぬうちに正妃様の故国から訪問された方へのお悔やみとして、ダランベール侯爵家にはバルク王家からの使者が、クレーヴェ公爵家には夫人宛にお悔やみの文が届けるのが順当かと思います」
「…そう」
ーその辺は前世に無かった身分と、複雑な血縁やお付き合いの繋がりが重要なのね。
「クレーヴェ公爵夫人から個人的な弔慰ご辞退の知らせがあるのであれば、ご意向に沿うのがよろしいかと」
そう言って、レナードは新しいお茶が入ったティーカップを静かにテーブルに置いた。
陽子さんは、差し替えられたお茶に手をつけることは無くカトリーヌから贈られた髪飾りを複雑な思いで眺めていた。




