460 思い出とベルベットの宝石箱
バルクからノアーデンへの帰路の馬車の中で、リネアはお土産に貰ったキャラメルを一粒口に入れた。
口に広がる濃厚で香ばしい甘さと後からほんのりとついてくる塩味を味わいながら、あの離宮での半日を思い出していた。
リネアにとって異性としっかりと手を繋ぎ合うなんて、初めての経験だった。
「大波!」のかけ声で波乗り装置が動き始めると、船とは違った揺れに足を取られたリネアの背中に手を回したあと、フィリップは自然にリネアの手をとり波乗り装置に慣れないリネアが転ばないようにしてくれた。
フィリップも足を取られながらも一生懸命リネアの手を取り足をさばいていた。
時々は、間合いが掴めず軽くぶつかったり一緒によろけたりと、船の揺れには慣れているはずのリネアの足は、何故か最後まで波乗り装置の上では上手く動いてくれなかった。
エスコートやダンスでは、そっと手を重ねたり軽く背中に手を回されたりする程度で、あのように軽くぶつかったり手をしっかりと握られたことがなく、今思い出すだけでも頬が熱くなる出来事だった。
「それは、アデライーデ様からのお土産だったかしら」
「はい、お母様。アデライーデ様お手製のキャラメルというお菓子です。お母様も如何ですか? お父様も。何でもキャラメルを食べると一粒300メートル走れるくらい栄養があるそうです」
「一粒300メートル?」
不思議なキャッチフレーズを首を傾げつつも、リネアが差し出す小籠の中からリクサがキャラメルを一粒摘む。
あの日、リネアはセーラー服のまま帰りの馬車から降りてきた。
行きのドレスと違う服装に父であるラグナルは目を見開いて何がしかのショックを受けていたが、リクサはリネアの表情と同行させた女官エディットの様子から、ただ笑ってリネアの肩を抱き、着替えに向かわせた。
リネアが湯浴みをしている間、早速二人はエディットに離宮訪問の報告をさせた。
エディット曰く、アデライーデは終始リネアに好意的で、会話のあちこちでテレサやフィリップとの共通点を積極的に持ち出したこと、着替えまで用意していた事は予想外であったが、それだけアデライーデはノアーデンの淑女の嗜みに理解があり、正妃の警備隊、つまり将来バルクに嫁ぐリネアを護衛するかもしれない騎士や兵士達に、直接顔を繋ぎ親睦を取り持った事を報告した。
バルクの給仕がいる夕食では、ラグナルとリクサがペルレ島での話をし、エディットに「離宮でのお話は食後のお茶の席で」と、言い含められていたリネアは両親の話に頷くだけだった。
だが食後のお茶の時間に、リネアのおしゃべりは止まらなかった。離宮の居間のおしゃべりの楽しかった事、お揃いのセーラー服を贈られて嬉しかった事、波乗り装置の面白さを息つく暇もなく楽しそうに両親に話し出した。
「それに、お昼はカリーヴルストと温かいパンのようなものにシチューの具やカスタードクリームを挟んで焼いたメーア焼きという物を、警備隊の皆様と一緒に頂きました。どちらもアデライーデ様が考案されたもので、とても美味しかったです」
「ほう」
「離宮の警備隊長が仰るには、兵士達にもとても人気だと言われてました」
「とても歓待されたのね。そうそうセーラー服と言ったかしら。あの服もとても似合っていたわ」
「はい、その…フィリップ様とお揃いで…アデライーデ様がご用意くださってました」
「まぁ…お揃いで?」
お揃いという言葉にリクサは目を細め、隣のラグナルを見やる。ラグナルは表情は崩さずに笑顔で、ただ頬を染め話す娘の話に聞き入っていた。
正妃が将来の王と王妃に揃いの物を贈る。それは二人へのなによりの祝福であり、リネアを認め後ろ盾になる意味を持つ。
その後もしばらくはリネアの口は止まらず、エディットから「お休みの時間」を告げられると、リネアは名残惜しそうにティカップを置いた。
数日後のノアーデンへの帰国の日、見送りに来ていたアデライーデにラグナル達は丁重に挨拶をし、バルク王家一同に見送られて帰路についたのだ。
「そう言えば、お見送りの時にアデライーデ様からもう一つお土産を頂きました」
ラグナルが小籠からキャラメルを摘んだ時に、リネアが思い出し座席の隅にある贈物箱に手を伸ばした。
この世界では贈物を入れる箱にも意匠を凝らし、重厚な木材や金属の装飾をさせる。アデライーデから贈られた贈物箱は、深い蒼のベルベットのひだをもち金細工の縁飾りがついていた。
ぱっと見、宝石を贈る箱に見えるが、宝石箱にしてはいささか大きい。
「なんでしょうか」
思いの外軽い贈物箱を膝に置き、リネアは蓋を開けた。
「スケッチブック…ですね」
A5サイズくらいスケッチブックが二冊入っていた。その一つを取り出して表紙をめくると、リネアは「あっ」と小さく声を出した。
その二冊には、晩餐会とセーラー服を着て離宮で過ごしたフィリップとの思い出が、余すところなく描かれていた。




