457 味わいと返事
「まぁ…リネアをまた離宮にお呼びになりたいと?」
今は夫婦だけの夜の憩いの時間。リクサが静かに口をつけていたクリスタルのグラスを置いた。
ノアーデンに比べてバルクは温かい。自国ならばもう綿をいれたガウンを着なければならないが、リクサ妃はナイトドレスの上に落ち着いた赤の薄いシルクのガウンを羽織っていた。
「うむ。アデライーデ様より先日の舞踏会であまり話せなかったからリネアの日程に余裕があれば、ぜひとのことだ。どう思う?」
本日は晩餐会の翌日でバルク滞在の休養日。午後のお茶時間の後にタクシスが離宮への誘いを内々に伝えてきたが、ラグナルは即答せず一旦話を預かった。
受けるのであれば、それなりの支度をさせ人員の調整が必要だからだ。
「リネアだけ…?」
「いや、フィリップ殿も交えてだ」
「つまり、同じ年頃のみでの時間を過ごしたい…と言うことかしら?」
リクサはそう言うとグラスに口をつけた。透明なクリスタルガラスのグラスのなかで、琥珀色の蜂蜜酒が揺れる。
「そのようだな。君は昨日の舞踏会でのアデライーデ様をどのように思う?」
昨日の離宮の舞踏会はリネア達の為に通常の舞踏会より早く終わったが、豊穣祭から続いた連日の式典や催物に馬車の旅の疲れが重なったからか、二人ともすぐに寝入ってしまいお互いの『感想』を話し合う時間がなかった。
「……まだ何とも」
そう言うと、リクサは蜂蜜酒をこくりと口にした。
「そうね。テレサ様はお付き合いしやすいわね。王妃として長年過ごされ会話は王族としての定番の話題を押さえてきて各派閥の夫人らもよく従えていたし、ノアーデン王女の嫁ぎ先として、親としても国としても良い関係を結べるかと思ったわ。ただ…」
「ただ?」
「ただ、アデライーデ様はふわふわとしていて…そうね。剣で言うと知らない流派の相手との初試合みたいだったわ。間合いがまだわからないのよね。テレサ様を正統派とするならアデライーデ様は変則派ね。レイピアとタガーを持った二刀流よ。でも負の印象は受けなかったわ」
そう言うとリクサは、からりと笑った。剣の名手である妻らしい感想にラグナルもつられて笑う。
「そうだな。確かに君の言うようにふわふわしていて捉えどころが無かったな。だが余程ダンスがお好きなのか音楽に身を任せて踊っていたが、伝えたい事は短く端的に伝えてきた。そこは皇女らしかった」
それは違う。陽子さんはただ足を踏まないように一生懸命、意識を飛ばしていただけである。
「帝国の皇女様なのだから、もう少し気位の高い方でバルク王家が、年若の皇女様に気を使い上手く回していらっしゃるかと思ったのだけど、豊穣祭でも舞踏会でもそんな感じには見えなかったわ」
「そうだな…」
正妃と王妃、俗に言う正夫人と第二夫人は並び立つものではなくはっきりと序列があるのだが、バルク王家のアデライーデとテレサの間にはそれを感じ取れなかったし、またアルヘルム王も二人を平等に扱っていた。
むしろ、元皇女であるアデライーデの方がテレサに敬意を払い前面に押し出すようにすら感じ取れた。
大人であれば不和の相手とも表面を取り繕う事は出来るが、いくら王族とはいえまだ11歳の子供に完璧な顔を作る事は難しい。
なさぬ仲のはずのフィリップもアデライーデと互いに姉弟のように接していて、王家や貴族家でよく見聞きする不和の種があるようには感じられなかった。
同じく、来年成人する15歳のアデライーデは豊穣祭で場慣れた雰囲気を醸す時もあれば、舞踏会での婚約事の話では気配を薄くし、自身が作り出した料理や菓子の説明は饒舌に、ノアーデンの海産物の話の時はこちらが引くほどの熱意を向けてきた。
二人が今まで接してきたどの他国の王女や自国の貴族令嬢にも、アデライーデが当てはまらなくて正直困惑しているのも事実だ。
ラグナルとリクサの今回の訪問で、見極めたいと思っていた事は『バルク王家の内情』だった。
当然ノアーデン側もバルク王家の調査はしている。
それなりの伝手を使い何度かバルクの社交界に探りを入れたが、離宮に住み年に数度しか王宮に姿を現さないアデライーデとバルク王家との情報は少なく、公になっている評判…当初テレサやフィリップとの不仲の噂もあったがそれは噂だけだったという報告が重なった。
帝国でのアデライーデは皇后の実子かもという噂も、もちろん報告されている。仮にその噂が本当でもそうでなくとも皇帝皇后のアデライーデに対する扱いは、他の皇子皇女とは一線を画する。
実際に二人がアデライーデと接してみて、アデライーデの為人は、ちょっと型にはまらぬものがあるが害意は感じられない。そしてアデライーデの方から親睦を深めようとしてきている
それであれば、リネアの為にアデライーデとの親睦は深めておいて損はない。
ラグナルが自分のグラスとリクサのグラスに蜂蜜酒を注ぐと、どちらともなくグラスを合わせ蜂蜜酒を口にする。
同じ蜂蜜酒でも蜂が集める花の種類とスパイスによって酒の味が変わる。ノアーデンのそれとバルクの蜂蜜酒は味わいが違うのだか、二人は夜が更けるまでその違いをゆっくりと楽しむ。
翌日、タクシスの元へ誘いの返事が届けられた。




