456 臨時の侍女と思惑
「今宵のフィリップ様とリネア様、ほんっとうに本当に素敵でしたわよね」
「ええ! フィリップ様の黒のお衣装って初めて見ましたわ。とても凛々しくて…少年から青年へと…うふふ」
「うふっ。若草色のドレスを纏われたリネア様をリードされているお姿は本当に素敵でしたわよね」
アデライーデの入浴の手伝いをしながらも、ミア達の口は止まらなかった。
そして、全員の顔はにまにまとして同じ事を考えていた。
ーアメリー様を臨時侍女として召喚できて本当に良かったわー!
そう。アメリーは今回の晩餐会の臨時の侍女として召された。
本来正妃であるアデライーデには侍女や女官が数人付いていておかしくない。
王宮から離宮に移る際何人か付けようかと打診があったが、公務をするわけでも社交をするわけでもない自分に、たくさんの人員は不要だと言ってアデライーデはそれを丁重にお断りしていた。
普段の生活やアルヘルム達の訪問時はそれでも良かった。だが、今回の客は他国の王族である。おもてなしに関してはレナードが厳しく鍛えた給仕や従僕で足りるが、迎える側の上級女性使用人がマリア一人だけでは頭数が足りないのだ。ちなみにメイドはその数にはいらない。
今回は王宮からマイヤー夫人と数名の女官を派遣して貰おうかと話が出た時に、レナードへマリアを通してエマ達から進言があった。
離宮での舞踏会開催は初めてなので、アデライーデ様も気心のしれた者が一人でも多い方が御心安いのではないかと。
もちろんそれもあるが、彼女達の真の狙いはアメリーの描くスケッチブックである。ドレスや場面は聞き取りから描けるが、ノアーデン王女のリネアの顔とフィリップの顔を元帝国貴族であるアメリーは知らない。
名誉男爵夫妻は新年にしか王宮に招かれないので、王宮の豊穣祭には招待されていないからだ。
『完成度の高いスケッチブックを残したい』
この一念でエマ達はアメリーを臨時侍女の一人に推した。
マリアの進言にレナードは暫し目を瞑って考えこんだ。
通常、王族につく女官は上位貴族である伯爵の妻女まで。理由があれば護衛騎士の妻や子爵の妻女まで許されるが、アメリーは名誉男爵夫人である。
だが彼女は子爵である自分の寄子の嫁。義理の息子の嫁と言えなくもない…。
レナードの今回の舞踏会で一番の心配はアデライーデだった。初めての女主人という大役への緊張感なのか、ダンスの練習当初自分の足を踏みまくっていたなと、薄っすらと傷の残る靴を見た。
長年王宮で夜会や舞踏会を裏で取り仕切るマイヤー夫人の手腕と口の堅さは折り紙付きだ。アデライーデが仮に何かをやらかしても彼女から漏れることはない。
そう考えれば、まだバルクの貴族とほとんど付き合いがなく固く口止めができるアメリーを臨時の侍女の一人とするのも悪くないとレナードは踏んだ。
そうしてアメリーは振って湧いた臨時侍女を仰せつかり、晩餐会の前々日からやって来たマイヤー夫人にみっちり侍女講習を受けることになった。
ー舞踏会が無事に終わって、良かったわ。
バスタブに身を委ねミア達に髪を洗ってもらっていると、初の女主人としての重責がお湯に溶けていく。
フィリップ達はバルコニーでお菓子を摘みながらおしゃべりをしたり、フィリップが離宮にある新しい街の立地模型を見ながら「ここはルビー通りで」「この建物は検査所で」と説明をしたり、時折ダンスをしたりと、時間いっぱいまで二人で楽しんでいた。
ちゃぽちゃぽ。
アデライーデは、ハーブの入った入浴袋を無意識に揉む。
ー保護者付きだけど、初めてのデートって感じよね。王族だから当たり前なんでしょうけど、これが薫達だったら恥ずかしがって話さないか、逃げ出しちゃうでしょうね。
舞踏会と銘打っていたが、大人達はそのほとんどの時間を歓談で過ごした。
既にリクサ妃とリネアはテレサの午餐会で各派閥の長の夫人方との顔つなぎを済ませ、アルヘルムはラグナルと高位貴族達と一緒の鹿狩りで親睦を深めている。
歓談では、今後のリネアの訪問予定の取り決めや納品する船の話が中心となり、アデライーデは軽食に出した鮭のちゃんちゃん焼きやカリーヴルストを使ったセイボリータルトの話をして和やかに時間は過ぎていった。
アデライーデのこの舞踏会での初めての経験は、リクサ妃と踊った女性同士のダンスだった。背が高く宝塚の男役のようにきりりとした美人のリクサ妃と踊るダンスは、ラグナルとは別の意味でどきどきした。
ラグナルと同じように話しかけてきたのは、やはり嫁ぐ娘を思いやる親心なんだろうと思う。
「ねぇねぇ、フィリップ様達のデートってどんな感じになるの? たまにはお忍びで王都に行かれたりするのかしら?」
「お二人でお忍びは、まずありえませんわ。あるのであれば歴史ある教会や、庭園が見事な貴族家の視察という形でしょうか。フィリップ様がリネア様をご案内する…という形になります」
ーまぁ、警備の問題もあるしね。逆にこっそり二人で抜け出したりしたら国際問題よね。
「お二人がもう少し成長されましたら、夜の観劇や夜会へのご出席などもあるでしょうが、やはり暫くはお二人でお茶や王宮の庭園の散策でしょうか」
ー歓談の席で、これからリネア様のバルク国へ訪問はノアーデンの行事の合間を縫って年に一度くらいだって言っていたわね。年に一度なんて織姫と彦星じゃない。
舞踏会のお開きの時、二人はとても名残惜しそうにしていた。まだ正式な婚約発表となっていないので、王宮に帰れば二人だけで会える口実はないからだ。
ーお手紙のやりとりはしてるって聞いたけど、2時間ちょっとのおしゃべりで、また来年っていうのもかわいそうよね。
「ねぇ。フィリップ様とリネア様を、また離宮に呼ぶのは無理かしら」
陽子さんのお節介が、むくむくと起きてきて気がついた時には、そう口が勝手に動いていた。




