19話 タチアナ勧誘 いつき視点
グレンさんの指名依頼でお二人がグレンさんに連れていかれた日の朝、私はお店をお父さんに任せて、ヴァイス魔国のとある魔法具屋さんに来ました。
ここはタチアナさんのお店です。目的は彼女の勧誘なのですが、もう何度も断られています。
今回こそ、いい返事を頂きたいのモノですね。
……ダメでした。
タチアナさんが私の勧誘を断っているのは「やっとお店を持ったのにそれを捨てたくない」という理由でした。
私も商人ですから、タチアナさんお気持ちは理解しますが、私もタチアナさんを諦めるつもりはありません。
とはいえ、少し手詰まり状態に思えるので、タチアナさんの師匠であるクロウディアさんに一度相談するとしましょう。
絶望の村にあるクロウディアさんのお店には、今日もお客さんがいます。
私はお店の様子を見てある事に気付きます。
「いつきちゃん。いらっしゃい」
「クロウディアさん。ご無沙汰しています。ゆづきちゃんは今日も地下ですか?」
「あぁ。魔法を教わっているはずだよ」
「そうですか」
「浮かない顔だね。何かあったかい?」
私はタチアナさんの勧誘が上手く言っていない事を相談します。
「いつきちゃんもあの馬鹿弟子も頑固だねぇ。どっちも折れやしない」
「それだけタチアナさんの技術が欲しいという事ですよ」
「そんなに魅力があるのかい?」
「はい」
タチアナさんの技術はとても素晴らしいモノです。
特に通信関連の魔法具はどれも一級品で、アイデアが素晴らしいです。
彼女がいれば通信技術はさらなる飛躍を遂げるでしょう。
同じ魔法具技師としては見逃すわけにはいかない人材なのです。
「しかし、お店を畳む気はないと断られているのです」
「ふーん。でも、あの子の店は経営が苦しいみたいだよ」
「……私から見てもそう思います」
クロウディアさんのお店にはいつ来てもお客さんがいらっしゃいますが、タチアナさんのお店にはお客さんがいた事がありません。
「そこを一度突けばいいんじゃないかい?」
「……そうですね」
人の弱みに付け込むのはあまり好きではないのですが、私もタチアナさんを諦めるつもりはありません。
私は気分転換にゆづきちゃんの様子を見に行く事にしました。
クロウディアさんの話では今日も魔法を教わっているとの事ですが……ゆづきちゃんは地下室でボーっと立っていました。
先生はいないみたいですね。
「ゆづきちゃん。今日の魔法の授業は終わったのですか?」
「ごうよく。おまえもきょうおぼえたまほうをおぼえるとべんり」
「どういった魔法なのですか?」
「けっかいまほう」
結界?
確かに私達魔法職は、接近されると一瞬でピンチになってしまいます。それを防ぐための結界魔法は持っています。
ゆづきちゃんも無意識に魔力で自身の身体を守っていますし、今更だと思うのですが……。
私が怪訝な顔をしていると、ゆづきちゃんは「みてろ」といい掌を前に出します。
どんな魔法なのでしょうか?
ゆづきちゃんの結界魔法は想像を絶するモノでした。
アレが結界魔法?
いえ……アレは結界魔法では……あんな威力の高い結界魔法があっていいんですか!?
誰ですか……この子にあんな危険な魔法を覚えさせたのは……。
ゆづきちゃんは満面の笑みで、胸を張っています。
ゆづきちゃんはもう少し魔法の実験をしたいとの事で私だけ店に上がっていきます。
するとクロウディアさんが一通の手紙を渡してくれました。
「これは?」
「馬鹿弟子への手紙だよ。もし、この手紙を見せて動かなかったら私が動いてやるよ」
「分かりました。最終手段として使わせてもらいますね」
私としては自主的に仲間になって欲しいので、この手紙に頼りたくはないですね。
これは本当に最終手段として使いましょう。
そして三日が経ちました。
流石の私も毎日は押しかけられません。
三日も経てば気持ちが揺らいでいるかもしれません。
私は今日もお客のいないタチアナさんのお店に行きます。
「だから、こんなにしょっちゅう来られても、無理なものは無理」
「私は諦めるつもりはありませんよ」
「どうしてそこまで私に拘るの!?」
「その才能にほれ込んだからです」
私がそう言うとタチアナさんは満更でもなさそうに笑います。
これはチャンスでは?
そう思っていましたが、すぐにいつもの顔に戻り「私はこのお店を手放すつもりはないの!!」と断られてしまいました。
すると、その時お店の扉が開きます。
「い、いらっしゃいませ!」
久しぶりのお客さんにてんぱっている様です。声が上ずっていましたよ。
しかし、お店に来たのはお客さんではなくクロウディアさんでした。
「し、師匠……」
「この馬鹿弟子。まだ店に執着しているのかい?」
クロウディアさんはお店に並べてある商品を見て回る。
「いつきちゃん。正直に言ってやんな。この店を長くやるのは不可能だと」
「え!?」
「いつきちゃんは、あんたと違って商人としての実力は確実に上だ。そんないつきちゃんから見て、この店はどう見える?」
「い、いつきちゃん……」
私が黙っていると、クロウディアさんは溜息を吐きます。
「……はぁ。いつきちゃんは優しいね。手紙もまだ見せてないんだろう? まぁ、いい。私から言おうか……」
クロウディアさんが一歩踏み込むとタチアナさんはたじろみます。
「あんたには経営の才能が全くないんだよ。このまま店を続けても一年以内に借金漬けだよ!!」
借金と聞いてタチアナさんの顔に焦りが出ます。
これは……。
「あんた……。その金庫を開けな」
「で、でも……」
「早くしな!!」
「は、はいぃいいいい!!」
タチアナさんが金庫を開けると何枚かの借用書が出て来ました。
「ここまで借金があったのかい? あんたは何を考えているんだい!!」
流石に借用書が出てきた事で、タチアナさんは言い逃れができなくなっています。
確かにタチアナさんの作る通信用の魔法具は素晴らしいのですが、それのみを売ってもお客さんはできません。これだけ高性能の魔法具を作るのには高価な魔石が必要になります。
高額な開発費が必要で、タチアナさんの手作りで量産もできない。しかも、それしか売らない。そうなってくると、お店が立ち回らなくなるのは必然です。
「あんたは、私に対抗意識を燃やして店に執着しているようだけど、あんたが本当にしたいのは店の経営かい? それとも……魔法具の研究がしたいのかい? 今日は帰るけど、明日の朝にもう一度来る。それまでに決断しておくんだね」
私はクロウディアさんに連れられお店を出ます。
次の日、タチアナさんのお店に答えを聞きに来ました。
クロウディアさんからは、どちらを選んでも協力してやって欲しいと頼まれました。
お店をしたいというのなら経営の事を教えてやって欲しいと……私としても、クロウディアさんにあそこまで言われて、それでもお店を選ぶのなら仕方ないと思っています。その時はタチアナさんを諦めましょう。
お店に入ると、タチアナさんが土下座をして待っていました。
私は一歩引きます。
「いつきちゃん。私を雇ってください」
顔を上げたタチアナさんは、目の下に隈ができていました。きっと一晩考えたのでしょう。
「答えは出たのかい?」
「はい。私ではお店を続けるのは無理だと……ようやく気付きました……」
昨日の夜にこの二年間の帳簿を見て、これ以上は無理と判断したそうです。
半年前から借金だけが増えていく状況で、もうどうしようもないと……。
「いつきちゃん。タチアナを頼めるかい? 借金は私が何とかしてやる」
「いえ、黒女神に来るのですから、私が払います」
「それは駄目だ。タチアナが甘えちまうからね。タチアナ、あんたはいつきちゃんの所で働いて少しずつ私にお金を返していきな。私が相手なら利子もつけないよ。がんばりな」
「……はい」
「よろしくお願いしますね。タチアナさん」
「うん。よろしく……」
こうしてタチアナさんが私達、黒女神の専属魔法具技師として加入しました。




