第二十四話「みとせの血力」
みとせ一人を残し、他のクラスメイトの血力鑑査が終わった。
「お待たせしました。最後に赤霧みとせ様、血力鑑査を行います」
俺の後にも皆の血力を受けただろうに、痛々女の体の傷はほとんど癒えていた――すさまじい回復力だ。
呼ばれたみとせは相手に恐怖与えるように一歩、一歩と重い足取りで近づいていく。
「みんなできるだけみとせから離れてたほうがいいよ、痛いから」
みとせの血力を知っている俺はクラスメイトに警告する。
「は? 痛いってことは範囲が広すぎて巻き添え喰らうってことか?」
「血力の範囲は確かに広いけど、余波を受けたらすっごく痛いよ。だから離れてたほうがいい」
俺の言葉を真に受けてみとせから離れようとするクラスメイトは……一人もいなかった。
「お前確かみとせの幼馴染だったよな。何? 必死に持ち上げようとしてんの? 中二病か? マンガの読みすぎじゃね?」
茶化してきたクラスメイトを中心に嘲笑が広がる。
「本当に痛くて何もできなくなるから、せめて俺のいるところまで来て」
ベンチに座っている俺とみとせの間は三〇メートルは離れていた。
「一位候補だからって調子に乗んなよ。俺たちはここにいる」
「……ごめん」
調子に乗ってるつもりはなかったけど、確かに実力が上の人からあれこれ言われたら誰だってイラってくるよな。
痛いといっても……かなり苦しむことになるだろうけど死ぬわけじゃないし、これ以上強く言うのはよそう。
「では、始めて下さい」
痛々女の一声でクラスメイト達の視線がみとせただ一人に注がれる。
学年一位どころか、学校一位になれるほどの血力だからな……あれは。
「…………」
みとせが、相手である痛々女をじとっと見つめる。
二人の距離はおよそ五メートル……槍でも届くかどうか疑わしい距離だ。
「…………」
「…………」
痛々女はその身に血力を受けなければいけないため動けない。
みとせが動かなければ事は進まないのだが……それでもみとせはその場に佇んだまま時を送る。
「そういうのはもういいって! さっさと終わらせろよッ!」
クラスメイトから怒号が上がる。
無理もない、後からやってきたクラスの人たちにまだかよ的な視線を送られているのでいい気はしない。
一秒でも早くこの場を去りたいはずだ。
その時、俺は微妙な変化に気づいた。
みとせの足元の砂が風に流されたように外へ外へと押し流されていく。
しかし辺りに風は一陣も吹いていない。
近くの木も葉を一枚たりとも揺らしておらず、今日も太陽の光をおとなしくその身に受けていた。
「チッ、早くしろよ……」
舌打ちを打つクラスメイト……その傍にいた一人が顔を青くして前のめりになる。
一人、また一人と自分の体を抱くように苦しみだした。
そして俺以外のクラスメイトは全員、その場で痛みに悲鳴を上げだす。
「あがッ……!? がああぁぁあ~~ッッ!!」
「い、痛いッ……痛い痛いいたいイタイィィッッ!!」
俺も初めて経験したときは気が狂いそうだった。
でも慣れてくれば痛みはそれほどでもなく、何というか、奇妙な感覚がするのだ。
体の中を線虫が這いずり回っているかのような痛痒く、ムズムズする感覚。
「あぎッ、ぎぎ……!」
「やめろッ、やめろぉぉ! 霊力がッ、突き刺さってくる……!」
「はぁッ、ハぁッ、細胞の中を縫って入ってくるみたい、だッ……むずがゆくて、痛いッ……頭がおかしくなるッ!」
助けに向かいたいけど、いくら慣れているとはいえ疲労困憊したこの身で行ってもみんなと同じように苦しむだけだ。
「……っ!」
あれ、おかしいな……。
これだけ離れてれば大丈夫なはずなのに……どうしてか俺も範囲に入ってるみたいだ。
これはまさか、今年も霊力の質が上がっている?
毎年少しずつ、血力の精度が上がってきている……!
体が成長すれば霊力が成長するのは誰でも同じだ。
一般人の毎年の成長率を一とすると、みとせは二も三もある。
「つッ……ぐッ……!」
霊力の粒が肌を貫通して直接筋肉に侵入してくる。
そしてそのまま体内で暴れているようだ。
そろそろ、決めてほしいかな……けっこう辛くなってきた……。
「…………」
みとせが、体側につけていた右手をわずかにすっと上げる。
手の平には相当量の霊力が蓄えられた不可視の“球”が複数存在している。
あれこそがみとせの血力の正体。
「我が力に触れ、我が力に平伏せ――」
直後、みとせが地面を蹴った。
血力の発動で瞬間的に身体能力が向上したみとせの体は、五メートルも離れていた痛々女の懐へ一度の瞬きで潜り込んでいた。
痛々女の反応が一瞬遅れ、視線を下へ向けたとき――すでにみとせの手は痛々女の腹部に触れていた。
「霊砲撃ッ!!」
大量の火薬が爆発したような轟音が鳴り響いたと思ったら、痛々女の体が後方へと吹き飛ばされていた。
胴体にドッジボール大の風穴が空いてしまっており、大量の血液を宙にまき散らし、赤い線を引きながら鉄格子まで飛ばされていく。
「げはッ……ァッ……!」
痛々女が肺を潰されたような醜い悲鳴を上げる。
衝撃に耐えられなかった骨がひしゃげるような音を出し、鉄格子に叩きつけられた痛々女の体を歪に変形させていた。
頑丈な痛々女の体ですらああなってしまうのだから、人間相手に使えば即死確実の危険な技だ。
「けふっ……ひ、ひ……っ」
痛々女は鉄格子に肉と骨を巻き付け貼り付いたまま、嬉しそうに笑っていた。




