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極星から零れた少女  作者: 七沢またり


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第三十四話 生と死と

 ――夢を見ていた。遠く懐かしい日の夢を。


『これで終わり。貴方の肉体は再生され、再び私と共に任務に就く。彼らが蘇るまで永遠に』


 愛想のない声が聞こえてくる。横に付き従うのはこいつの忠実な聖獣、蒼い鬣の獅子。


『……馬鹿ねぇ。貴方の手で終わらせてあげるために戦いを挑んだのよ? 私は、無駄なことはしない』

『何を言っているのか理解出来ない。いつもの負け惜しみ?』

『ふふっ、余剰魔力をこの場に溢れさせるために戦ったのよ。後は、貴方の気晴らしも兼ねてかしら。だって、これが最後なんだもの』


 私は体液を吐き出しながら笑った。純粋な戦闘型のこいつには、補助型の私は絶対に勝てない。それは分かっていた。だから利用する。私は体内に手を突きいれ、核を抜き出す。私が私であるための魔水晶。この力を暴走させて私はこの束縛から抜け出るのだ。永遠に続く退屈など冗談ではない。


『そんなことをしても無駄よ。核など幾らでも再生できる。何度も無駄なことを試したでしょう? 貴方はここから逃げ出すことはできない。絶対に』

『それはどうかしら。……私達には魂があるか。貴方と何千、何万回と交わした議論。それにいよいよ答えを出す日が来た』

『一体何をする気? まだ無駄なことを――』

『簡単なことよ。この終わった世界――墓穴からの脱出する。もう墓守を勤めるのも飽きたのよ。私はこの偽りの体に“魂”があるほうに賭ける。もし失敗しても消失するだけ。どちらにせよ私は解放される』

『ッ!! これは、この光は』


 何百年という時間を掛けて編み出した術式。これを用いて私はこの輪廻から脱出する。待ち受けるのは消失かもしれない。だが全く構わない。永遠、停滞、束縛、退屈。この地獄から抜けられるならば何でもしよう。たとえ目の前の頑固物を置き去りにしたとしても。


『発動まで後一分を切った。本当に長い付き合いだったけれど、別れるときはあっと言う間だったわね』

『……まさか、この術式は、再生術から逃れるための!? 本当に、貴方は――』


『私が信念を曲げない事は、珈琲の一件で知っていたでしょうに。そして、無駄なことはしない。止める機会は幾らでもあった。もしかして、わざと見逃してくれたのかしら? そうだったら感謝するしかないわね』

『違う。私は。私はッ』

『まぁいいわ。それじゃあ、さようなら。いつまでも、お元気で』

『待ちなさい。そんなことは許されないッ!』

『嫌よ』

『――待って、私を置いていかないで。お願い。貴方がいなくなったら、私は、本当に一人に』

『大丈夫。術式のヒントは腐るほど残してある。貴方が望むならいつでも逃げ出せるはずよ。ふふっ、貴方がこちらに来る日を、楽しみに待っているわ。多分、60年ほどは生きるつもりだから』


 私は不意を突いて魔水晶をクレバーへと投げ渡す。発動を阻止しようとする蒼い獅子。だが遅い。私は優しく微笑むと、肉体ごと魔力を爆散させた。最期に目に焼きついたのは、彼女の初めての泣き顔だった。

 

 




 

「…………」

「――あ」

「…………眩しい」

「お、起きたー!! ステラが起きたよ!」

「うるさいわ」


 ステラは眉を顰めながら、上半身だけ起き上がる。全身に倦怠感がある。おそらく、霧の発生などという無理をしたせいだろう。あれだけの長時間をよくもたせられたものだ。自分のことながら感心する。


『無事でよかったじゃん。無事が一番じゃん!』


 枕元に飛び降りてくるクレバー。また一回り身体が縮まっている。何かをしたのだ。彼がステラのために何かをするたびに、その力が消失していく。


「……それ以上力を使うのはやめなさい。貴方の自由時間が減る事になるわ」

『全然平気じゃん。俺っち、ご主人の死に様を見届けるのが夢だったじゃん。その後は楽しいバカンス! 楽しみじゃん!!』

「もう私も無理をしないわ。多分、今回のような賭けをすることは二度とないでしょうし」

『ご主人、必ず勝てる勝負しかしないじゃん』

「当たり前よ。負けるのは大嫌いだもの」

『そういうの、人間ぽくていいじゃん』

「それはありがとう。貴方も、良く耐えたわね。いつ襲い掛かるか心配してたのよ」


 クレバーの頭を撫でてやる。嬉しそうなクレバー。そして部屋に飛び込んでくるライアたち。マリーなどは涙を浮かべている。


「ステラさん、もう大丈夫なんですか?」

「一時的な魔力の消耗によるものだからねぇ。心配いらないわ」

「心配いらないって、お前は3日間も寝込んでたんだよ! 私たちがどれだけ心配したと!」

「本当ですわ! 帝国兵に運び込まれてきたときは死体かと思いましたのよ!」


 ティピカが真剣に怒っている。中々面白い顔である。


「そんなことより、あの後どうなったのか教えて。とても興味があるわ」

「きょ、興味って。本当に冷静だよね。相変わらず」


 呆れるライアが、この3日間に起こったことを仕方なさそうに教えてくれる。

 帝国軍は約束通りに降伏を受け入れ、ピーベリーを壊滅させることはなかった。補給のために兵を入れた後、更に進軍するためにもうでていったとのこと。街には帝国軍旗が掲げられ、最低限の兵と、文官が代官として置かれていったようだ。どうような統治が行われるかはこれからの話。心配していたような殺戮や略奪は一切起こらなかったらしい。ファリドは約束を守ったのだ。


「霧が晴れたのだから、私を殺しても良かったのに。本当に約束を守るなんて、律儀な元帥ね」

「うん、格好良い人だったよ。なんか強そうな騎兵率いてたし。あの人に勝つのは大変そうだね」

「それを考えるのは実際に相対する人間。私は関係ないからどうでもいいわ」

「うーん、それでいいのかなぁ?」

「私はこの店を守りたかっただけよ。それが叶うなら、別に教会だろうと帝国だろうとどっちでもいいわ」

「つまり、ステラは私達、いえ、街の皆を守ってくれたという訳ですわね! 流石ですわ! とても立派ですわ!」


 ティピカが早合点する。店を守りたいとはいったが、街の人間を守りたいと言った覚えはない。所有物は見捨てないつもりだったが。

 そんなことを考えていると、店の外がやけに騒がしい。このステラの寝室にまで響いてくる。星屑の涙販売初日よりも凄まじい。ステラは苛々が募りはじめ、舌打ちしながら尋ねる。


「この騒音は一体なにかしら。馬鹿がまた酔っ払っているの? ヴァレル、耳障りだから全部掃除してきてくれないかしら」

「いや、それは無理だろう。何しろ、彼らはお前のために喜んでいるのだから」

「喜ぶ? 一体何を」

「お前が快復したことをだ。今のお前は、命を懸けて帝国元帥と交渉したピーベリーの英雄だ。老若男女が集まってお祭り騒ぎだぞ」

「ちょっと待って。よく理解できないのだけど。話がつながらないわ」


 ステラは眩暈がしたので、額を押さえる。ライアが背中を擦ってくる。


「だ、大丈夫?」

「全然大丈夫じゃないわ。そんな目立つことをしたら、帝国や教会の連中に目をつけられるじゃない。第一、どうして私が交渉に赴いた事が漏れているの?」

「それは、ベックとアポールが大いに喧伝したからですわ! 凄まじい誇張がつけられていて、私も思わず涙ぐんでしまいましたもの」


 ティピカ曰く、帝国軍の包囲を強引に突破し、ファリドと直接交渉し、街の住民の生命を安堵させたのだと。その代償としてステラには死が命じられ、川に流されたのだと。それをなんとか助け出したのがアポールとベック。


「……全く意味が分からないわね。無理がありすぎるでしょ」

『俺っちもそう思うじゃん』


 この場にいないと思ったら、そんな余計なことをしていたとは。アポールは目立ちたがり屋だから分かるとして、ベックはなにをやっているのか。余計なことをすることにかけては右に出るものはいない男だ。それがベックがベックたる所以だろう。後で必ず頬をひっぱたくことに決める。決めたことは必ず実行する。


「前も言っただろう。世界は英雄を必要としていると。皆、希望を抱ける相手がほしかったのさ。そこに丁度お前がおさまったということだな。まぁ諦めろ」

「迷惑よ。今すぐに止めさせなさい」


 ステラは命じるが、ヴァレルはニヤニヤ笑って動こうとしない。かといってステラが行っても逆効果だろう。騒ぎが暴動に変わる可能性がある。あいつらは馬鹿だから可能性を否定できない。


「英雄なんて羨ましいですわ。私、決めましたわ! 貴方の傍に当分いることにします。英雄になりたければ、英雄を知る。素晴らしい言葉ですわね!」

「ねぇ。うるさいから外にでていってくれないかしら」


 ステラは手でしっしっと追い払った。ティピカの顔が赤くなるが、病人相手には流石に手をだしてこない。地団駄を踏んで怒りを露わにしている。この分では当分結婚するのは無理だろう。ヴァレルには同情しておく。


(まぁ暫くは煩いだろうけど、直ぐに収まるでしょう。ここの住民はベックもどきばかりだし。3日もすれば直ぐに忘れるわ)


 ステラは問題なしと判断した。英雄を崇めて大人しくしているような殊勝な者ばかりなら、この街の治安はここまで悪くなっていない。


「ところで、これからどうするの? なんだか凄いことになったみたいだけど」

「質問が抽象的ねぇ。直ぐに何かが変わることはないでしょうね。支配者の首が挿げ替えられただけだもの」

「でも帝国の統治下になるんだよ? 何だか怖いなぁ」

「私達は大丈夫よ。何か企むならば話は別だけど、当分大人しくするつもりだし。ま、逃げたグレッグスたちは知らないけどね。星教会にでも逃げ込んで、街を取り戻しに来たら大したものだけど」

「そのことだが、グレッグスは身内の裏切りに遭って帝国軍に差し出されたそうだ。かつての裏切りの報いが返ってきたということだ。……いずれにせよ、この街の勢力圏は相当変わるだろう」

「結末はやっぱり変わらずか。やっぱり処刑されるのかしら?」

「それは知らん。だが持っていった財産は没収されて、一族は捕虜になったようだ。内通者には褒美が与えられるだろうがな。ヴェルダン州へ連行されたらしいから、皇帝の前で処断されるのかもしれん。今は親征中だからな。裏切った蝙蝠野郎を誅せば士気は多少あがるだろう」

「あっそう」


 保身に走った挙句、掴まるとは間抜けなことだ。待ち受けているのは悲惨な末路。特になんとも思わない。


「街の勢力圏は相当変わるだろうな。北区は壊滅状態だ。ストック商会、オーソン一家は既に活動を始めたようだが」


 特にバニアスとアポールが張り切っているとのこと。だがやりすぎれば帝国の怒りを買うだろう。果たして匙加減が彼らにできるかどうか。


「いずれにせよ、井戸の中の戦いね。まぁ、暫くは興味ないわ。勝手にやらせておけば良い。面倒だから当分は放置しておくことにしましょう」

「おいおい、メイスはお前がいなくなったら確実に失脚するぞ。倒れたと聞いて、卒倒しそうな勢いだったからな。あれは指示されないと動けない性質の人間だ」

「そんなことは知らないわ。自分で考えて行動出来ない人間に興味はないもの。成長させる良い機会じゃない」


 メイスが自分を頼りにしていることは分かる。最早反抗する意志はない。ガルドもだ。兄弟そろって飼い犬のようになってしまっている。指示を受けないと何もできない者は人形と同じ。少し躾直す必要がある。やるべき事が増えたようだ。


 ステラは一息つく。


「誰か、珈琲を――」

「はい、温めたミルク。体に優しいよ」


 ライアが余計な気を回して差し出してくる。


「……今は珈琲が飲みたいわ。黒い濃厚な奴を」

「うん、元気になったらね! ステラはミルク苦手みたいだから、砂糖も入れてみたんだ。美味しいよ!」

「……それはありがとう。貴方、本当に気が利くのね。気が利きすぎるのは長所でもあり短所でもあるのだけど」


 笑顔で差し出してくるライアから、グラスを受け取る。生温かい。一口飲む。甘い。甘すぎる。認めるのは癪だったのだが、認めよう。ステラはミルクが嫌いだ。珈琲に入れるのはまぁいいだろう。単体で飲みたいとは全く思わない。


「おかしいなぁ。そんなに苦い? あ、もっと砂糖いれる?」

「いいえ。気持ちだけ受け取っておくわ。これは私が全力で処分するから、もう心配いらないわ。お願いだから放っておいて」

「う、うん」


 苦虫を噛み潰したようなステラの顔を見て、ティピカやマリーたちがくすくす笑う。笑うくらいならばミルクを処分するのを手伝えばよいのだ。主を見捨てる薄情な連中である。


「さて、ライア。さっきの貴方の質問だけど」

「え、あ、ああ。これからどうするのってやつ?」

「考えが纏まったから答えてあげる。短期的な方針を言うわね。体力と魔力の訓練は維持する。雑貨店についても現状維持。食堂はマリーに任せて拡張させていく。ライア、貴方は技術を磨いて工房をつくりなさい。それを雑貨店で売り出せば売上にもつながるしね」

「う、うん。なんだか凄いね」

「そこから先は流動的。だから臨機応変に動くことにする。星教会、帝国との戦況を見ながら適切にね。状況次第では、この街の支配圏を乗っ取ってもいいし、ストック商会を完全に乗っ取ってメイスを傀儡の領主にするのも面白いかも。他の都市も気になるから、手を伸ばすのも手の一つか。ああ、後は兵を一杯送ってくれた帝国に恩返ししないとけないわね。いけない薬と、例の治療薬を纏めて大量に送り込んでやれば、きっと凄く喜ぶだろうし。ふふっ、仕返しついでに大儲けできるわよ」

「……な、なんか、話がちょっと恐ろしい方向に行ってない?」

「恐ろしくもなんともないでしょう。色々な選択肢から選べるのが人間のいいところじゃない。貴方にも考えてもらうわよ? ふふっ、生きるのが本当に楽しいわ。後50年、どうやって――」


 ステラはそこでピタリと動きを止める。急に話をやめたことに、皆が不審がる。そして心配そうな視線を送ってくる。体調が悪くなったのかと心配しだしたのだろう。


「ス、ステラ、大丈夫? 調子が悪くなったならすぐに休んだほうが」

「大丈夫よ。むしろ3日も時間を無駄にしたせいで体力は絶好調よ」

「あ、そうなんだ」

「顔色はいつもと変わりませんわよ。真っ白ですわ」

「うるさいわね。それよりも、大事なことを思い出してしまったのよ」


 ステラが声色を変える。固唾を呑んで次の発言を待つ一同。


「三日たったと言ったわよね?」

「う、うん。あれから三日経ったよ」

「ということは、今日は私の誕生日ということになる。なんということなのかしら。後たった49年しか残っていないということになる」


 絶望にくれるステラ。ライアは聞いて損したという顔をしながらも、なんとか声を絞りだしてくる。


「えっと、祝福してもいいのかな?」

「よろしくないわ。全然おめでたくないもの。寿命が一年減ったということを改めて知らしめる日。何がめでたいのか教えて欲しいわ」

「うん、元気になったみたい。皆、仕事に戻ろうか」

「私もこうしてはいられないわ。遅れを取り戻さないと」

「駄目だって! 今日は大人しくしてなよ。外の人間に見つかったら、担がれてお祭りに連れて行かれるよ?」


 ライアに両腕で立ち上がろうとする体を押さえつけられた。


「はは、まぁ慌てる者は転がるともいう。今日くらいのんびりしていたらどうだ」

「そうですわ。貴方、本当に忙しすぎましてよ。休むことを覚えるべきですわ」

「お体の調子は良いみたいですので、後で消化に良い物をお作りしますね」

「マリーさん、俺にはお菓子ね!」

「はいはい、分かったわ。皆の分も作りましょう」


 好き好きに発言する。どうやらステラの一日は決まってしまったらしい。見張りにはヴァレルとティピカが置かれるようだ。これでは魔力の訓練も運動もできはしない。


『ご主人、顔が歪んでるじゃん。もっと柔らかくした方が素敵じゃん』

「……こういうとき、私は何をしていればいいのかしら」

「じゃあ、私達とお話するってのはどう? 私、ステラのこともっと知りたいなぁ。何が好きかとか、どんな男の人が好みなのかとか! あ、嫌いな物は大体分かるからいいよ」

「あ、私も知りたいですわ! 貴方のような我が儘娘がどんな殿方を好きになるのか、非常に興味がありますわ!」


 手を上げるティピカ。当然一蹴する。


「嫌よ」

「一言で切り捨てなくてもいいでしょうに。もうちょっと穏やかに」

「はは、相変わらずケチだなぁ。じゃあさ、一つだけ、大事なことを言おうと思うんだけどいいかな。凄い大事なことなんだけど」

「それは面白そうね。遠慮なくどうぞ?」


 ライアは満面の笑みを作ると、ステラの頭を撫でてきた。


「――誕生日おめでとう、ステラ! へへっ、一つお姉さんになってよかったね!」

「…………は?」

「……ぷっ。なんですの、その惚けた顔。傑作ですわ!」

「くくっ」


 噴出すティピカ。ヴァレルも笑いを堪えている。ステラは冷たくライアを見据える。


「…………」

「え、えっと。そう睨まれると怖いというか、ごめんというか。なんというか」

「どうもありがとう、ライア。全然嬉しくないけど、その気持ちだけは受け取っておくわね。でも、後で覚えておきなさいよ? 私はやられたことは絶対に忘れないから」


 ステラは心からの笑顔を浮かべた。浮かべたつもりだったのだが、ライアは半べそをかいてその場に跪いてしまった。お礼を言ったらこの有様である。人生とは本当に理不尽だと、ステラは強く思った。

 


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