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極星から零れた少女  作者: 七沢またり


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第三十話 悪女

 グレッグスとの会食を終え、ステラはヴァレル、ティピカと帰路につく。


「見ていて冷や冷やしっぱなしだったぞ。仮にも領主に対してあんな態度を取るとはな」

「本音で話したいみたいだったから。おかげで楽しいひと時を過ごせたかしら」

「折角の美味しい食事が台無しでしたわ。貴方、グレッグス卿の部下達から敵意を向けられっぱなしでしたのよ?」

「実に心地よい雰囲気だったわねぇ。でも、実際に剣を抜く人間は一人もいなかった。あれは、主へのアピールに過ぎないの。あんなのは見せ掛けに過ぎないわ」

「お前、やはり魔女が化けているのだろう。さぁ、正体を見せてみろ」


 ヴァレルが真面目な声を出したので、ステラは笑う。


「その正体はこの通り、ただの痩せた小娘よ。それよりヴァレル、今日は少し疲れたわ。家まで運んでくれるかしら?」

「……何故だ?」


 ヴァレルが顔を顰める。


「あら、ティピカの前では恥ずかしいかしら?」

「承知しました、ステラ様。……ほら、これでいいのか?」

「ええ、結構よ」


 ヴァレルがドレス姿のステラを抱きかかえ、肩に座らせる。顔を赤くするティピカを、早速からかうことにする。


「ふふ、私が羨ましいかしら?」

「だ、誰がっ! それに破廉恥ですわ! 年端もいかぬ少女を無理矢理抱きかかえるなんて、恥を知りなさい!」

「なぁ。今の会話を聞いていて、どうしたらそういう思考になれるんだ?」

「うるさい! 言い訳なんて聞きたくありませんわ!」


 ヴァレルの尻に蹴りを入れているティピカ。本気ではないようだが、結構な振動がが響いてくる。


「本当に面白いわねぇ、貴方達。眺めていて全然退屈しないわ」

「俺は疲労しっ放しだがな」

「そんなことは知らないし、私からすればどうでもいいことよ」

「魔女に相応しい台詞だ」

「そうかしら?」


 ステラはニヤリと笑ってとぼけておいた。

 



 帰宅した後、ステラはベックを呼び寄せる。捨てられた犬が主人を見つけたかのように走りよってくる。少し鬱陶しい。


「お呼びでしょうかステラ様!!」

「声が大きいわ。戦場ならともかく、私を威圧してどうしたいのかしら」

「も、申し訳ありません。その、やる気のあるところをお見せしようかと」

「その意気込みは買うけれど。力の使い所をしっかり考えるように」

「分かりました!!」


 店内に馬鹿の声が響く。全然分かっていなかった。余計な言葉を喋ってしまった徒労感が襲い掛かる。体で躾けるかと思ったが、近くに手ごろなものがなかったので止めておく。そのうち手ごろな鞭を調達しても良いかもしれない。


「まぁいいわ。貴方に聞きたい事があるから、知っている限りで教えて欲しいの」

「ええ、なんでも聞いてください!」

「……この街に、情報屋、あるいはそれに該当するような人間はいるかしら」

「えーと、いることにはいますが、正直言って頼れるかどうかは疑問です。連中、いい加減な人間ばかりなんで」


 いい加減な人間にいい加減呼ばわりされるとは相当なのだろう。だが、ステラには信頼のおける密偵の部下はいない。今は我慢するしかない。


「情報の取捨選択は私がする。金をばら撒いて、グレッグスの動向を探らせなさい。あれがどういう決断をするか、それだけは知っておきたいの」


 グレッグスの行く末は、どんな選択をしても大して変わりはあるまい。だが、どちらにつくかは知っておく必要がある。それによって、ステラも行動を考えなければならない。

 星教会とホルシード帝国。どちらかの勢力を積極的に推さなかったのは、あのレストランに密偵が潜んでいないとも限らないからだ。その勢力に情報が漏れて、狙われるようなことは避けたい。今はグレッグスに盾になってもらう。


「分かりました。調べさせるのはそれだけですか?」

「後、メイスに連絡を取って、ヴェルダン州の情報を入手させて。仮にも商会を名乗っているのだから、商人とやりとりする機会は多いでしょう。動きがあれば知らせるように伝えなさい」

「えーと、なんでそんなことが知りたいんです?」


 何故そんな面倒なことをするのか分からないという表情。時間の無駄という気もしたが、教育という観点から一応教えてやる。

 いつの日か、この砂漠に水を撒くような行為が報われることを祈って。今のステラは修行僧のような表情をしていることだろう。


「近いうちに、兵を増強した帝国が動くという噂は聞いているかしら」

「そりゃもちろんです」

「では、彼らの本隊はどこから動くの? 援軍は彼らの大陸から船でやってくるのよね?」

「そりゃあ本拠地の……あ、ヴェルダン州!」

「そういうこと。人に質問する前に、少しは考える癖をつけなさい。獣みたいに反射的に動くからそういうことになる。誰でも分かる事だったでしょう?」

「は、はい。本当にその通りです」


 へこんでいるベック。だが明日には元気になっているだろう。それがベックである。


「次に同じことをしたら制裁を与えるわ。気をつけなさい」

「は、はいっ!」


 ベックが背筋を正して敬礼をする。最近はガルドをまねて軍隊ごっこをするようになっている。見掛けだけなので、中身は全く伴っていない。ヴァレルが一応訓練を施しているようだが、まだまだ話にならないらしい。短期間で腕があがるのならば苦労はない。


「そういえば、貴方が管理している裏庭と、商会からもらった畑。作物の様子はどうかしら」

「へへ、順調に育ってますぜ。秋にはきっちり成果をあげてみせます」


 珍しく自信ありげな表情を見せる。


「へぇ、貴方にしては頼もしい言葉ね。もしかして、そっちの才能はあったのかしら」

「昔、親父と一緒に畑仕事をやってましたからね。そこらの素人よりは、多少は」


 鼻の頭を照れくさそうに擦っている。


「あっそう」

「俺の部下たちもそういう連中が多くて、中々捗ってます。まぁ、そういうのが嫌で家出したんですがね」

「今はどうかしら?」

「落ち着いて考えると、自分が食うものを育ててるわけですから、あんまり苦じゃないですね。なにより、ステラ様に喜んでもらえるなら頑張りますよ!」

「あっそう。それは良かったわね」


 ベックは一つ成長したようだ。つまり、働かざるもの食うべからず。ステラは彼の成長を心から喜んだ。ようやく食べる権利を彼は得たということである。拍手してやりたいくらいだが、馬鹿が調子に乗るので止めておく。

 そこにヴァレルが口を挟んでくる。


「ステラ。やけに情報を入手することにこだわっているようだが」

「当たり前よ。力のない人間は、頭を使わないといけない。情報はその助けとなる。ああ、有能な密偵が欲しいわねぇ」

『俺っちがやってあげようじゃん!』

「空から見てくれるのは嬉しいのだけど、内情が知りたいのよ。貴方の出番は、もう少し先ね」

『それは残念じゃん』

「お前の見る限り、戦は避けられないか?」

「無理でしょうね。ただ、少し気になることはあるの。こちらを攻める攻めると、やけに帝国が強調していると思ってねぇ。何か裏がありそうだけど」

「裏? 攻めると見せかけてということか?」

「他に狙いがあるとかね。まぁ、私には関係ないけれど。それを考えるのは、星教会連合軍の司令官と参謀の仕事でしょうね」


 大陸南東を攻めると見せかけて、別の場所を攻める。或いはそう見せかけるのも策といえるか。何しろ、星教会側は守るべき拠点、防衛線が広がりすぎている。地の利を活かせるはずなのに、包囲殲滅できないということは戦力集結によほど手間取っているのか。

 ステラの予測では、しばらくは帝国軍優勢が続きそうだ。戦線がお互いに延びきったときが、分水嶺となるだろう。


 そんなことをヴァレルに話すと、


「……お前、どこぞの参謀になったほうがいいんじゃないか? もし良ければ弟に言って推薦してもいいが」


 冗談なのか本気なのか表情からは判断できない。是と言ったら本気で星教会に案内されそうで恐ろしい。


「いやよ、面倒くさい。そもそも神を信じていない人間が星教会に属するのは問題でしょう。教皇とやらの顔は、ちょっと見てみたいけど」


 どんな顔をして、星神の言葉とやらを糞真面目に伝えているのか。非常に興味がある。そして、莫大な財を投入して作り上げ、そして崩壊させたという『星塔』と『星玉』。是非とも詳しく尋ねてみたいものだ。ステラは当然その頃の記憶がない。

 今知ろうと思っても、殆どが捏造されていそうな史書ばかり。真実を知るのは難しい。だが教皇ならば全てを知っているだろう。


「……お前を引き合わせたら、確実に異端扱いされるだろうな。というか、俺の命も危なそうな気がするぞ」

「でしょうね。かといって帝国に仕える気もさらさらないわ。誰かに命令されるのって、あまり好きじゃないの」


 束縛は大嫌いだ。停滞、退屈と同じくらいに。ステラは自分の思う通りに行動したいのだ。別に暴虐を尽くしたい訳ではない。人間として充実した毎日を送りたい。それだけだ。


「それは非常に納得できる。俺が生きてきた中では、お前が一番自由を満喫しているように見える」


 ヴァレルがしみじみと頷いている。


「それは光栄ね。でも、我が儘放題生きているように聞こえるのは何故かしら」

「い、いや、そ、そんなことは――」

『そんなことあるじゃん! その通りじゃん! ご主人が一番我が儘じゃん!』

「私もそう思いますわ! 貴方ほど我が儘で自分の意を通す人は、初めてですわ!」


 ティピカにまで太鼓判を押された。不満を示そうと思ったが、良く考えれば別に問題ないことに気付く。


「我が儘で何が悪いのかしら。好きなように生きていくのがそんなにいけないことかしらね」

「いや、別にいけなくはないが」

「そうでしょう?」

「本当に20年後が恐ろしいですわ。貴方、女帝とかになっていそうですし」


 ティピカが真面目な顔でそんなことを言ったので、思わず吹き出す。


「ぷっ、なによそれ」

「どこぞの領主を誑かして内部に取り入り、謀略の限りを尽くして権力を奪い取っていく。……貴方なら簡単にやりそうですわ」

「世の中そんなに甘くないわよ。まぁ、そのときは貴方が親衛隊長ね。ヴァレルには大臣でもやってもらいましょう。執事はベック、貴方に任せるわ」

「お、俺ですか!」

「だから頑張りなさい、私のベック」

「は、はいっ!!」


 ベックは舞い上がって喜んでいる。ステラは単純な奴だと口元を歪めた。

 玩具を見るような視線で眺めていると、


「……あまり男を弄ぶのはやめてくれ。それだけは、真剣に頼む」

「それが10の小娘に言う台詞かしら」

「今だから言えるんだ。そのうち冗談じゃ済まなくなりそうだからな……」


 訳知り顔のヴァレル。クレバーが無言で同意している。


「ふふ、私が愛だ恋だとはしゃいだら、そんなにおかしいかしら」

『ご、ご主人が、こ、恋、愛? 相手はきっと異界の魔王に決まってるじゃん。そしたら世界の破滅じゃん。ぷ、ぷぎー!!』


 クレバーが泡を吐いて気絶した。いけない薬でもやっていたのだろうか。


「……全く想像出来ない。お前の口から色恋関連の話がでたら、恐らく病気と思うだろう。むしろ、男どもを破滅させてやったと喜んでいそうで恐ろしい。うむ、実に恐ろしい」


 ヴァレルの顔が青褪める。


「前から思っていたけど、貴方は本当に失礼ね」

「あら、今更気付いたんですの? 兄は昔から失礼ですわ」

「流石に、お前らにだけは言われたくないぞ」


 ヴァレルが文句を言いながら、グラスに酒を注いで一気にあおった。今日の集まりはそろそろお開きだ。

 明日はようやく安息日。忙しい日々に一息つける日でもある。そして、グレン雑貨店初の親睦会が行なわれる日。


(……親睦を深めて、相手を良く知る。ふふ、楽しみね。こんなに楽しみな催し、今まで一度も味わったことがないもの)


 ステラは心が躍るのを感じながら、ティピカと明日の事について話し始めた。暫くすると、ライア、マリー、サリィも現れ、ヴァレルとベックは追い出された。女子だけが許される会合とのことだ。良く分からなかったが、一応主として許可しておいた。

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