第二十七話 信仰
最近はマリーの手間を省く為に、開店前の食堂で朝食をとるようにしている。ステラの前に座るのはライアとティピカ。隣にはマリーだ。ヴァレルとベックは一つ離れた席で何かを喋りながら取っている。それだけではない。ベックの部下となった20名まで食堂で食事を貪っている。ごろつきには違いないが、一応統率は取れているのか大人しい。ベックもそこそこ頑張っているようだ。
新入りのサリーと少年二人は更に離れたところだ。ステラのほうをチラチラと見てきている。相変わらず緊張しているらしい。
「なにかしら、この他所他所しい空間は。私だけ異物感が凄いわ」
「お前のことが怖いんじゃないのかな」
「怖がらせることをした覚えがないのよねぇ」
「そうなのか? なら、その顔のせいじゃないかな」
「失礼ねぇ。直しようがないじゃない。直す気もないけど」
ステラは馬鹿馬鹿しいと吐き捨てて、皿に載せられた肉片をフォークで刺し齧りつく。今日の朝食は細切れにされた牛肉、野菜のスープ、焼いて小さく切ったトウモロコシ、ふかした芋切れ、それにパンだ。朝からかなりのボリュームだ。正直辛いし苦しい。
「……ライア、あなた少し足りないんじゃない?」
「ん? 全然足りるけど。へへっ、今日の朝は肉がいいなーってお願いしたんだ。朝いっぱい食べると力がつきそうじゃん」
肉がでてきたのは全部こいつのせいだったかと、ステラは嘆息する。
「クレバー」
『ウケケ、俺っちもう入らないじゃん。俺っち鳥だし!』
「ならティピカ、貴方は足りないでしょう。毎日剣の訓練しているものねぇ」
「あら、好き嫌いはいけませんわステラ。出されたものはしっかりと食べなくてはいけません。あの時食べておけば良かった、なんて後悔することになりますわ。死んでも死にきれませんわよ!」
話が物凄いところに飛んだ。流石はティピカだ。
「嫌いなわけではなくて、朝食には重いのよ」
肉を食べなくては、この体に脂肪がつかない。だが、本当に苦しい。正直にいえば、野菜だけでいいぐらいだ。明日からは、自分だけ特別にしてもらおう。肉は一日一回でよい。
「ごめんなさい、ステラさん。食べられなければ、残してくださっても」
「いえ、食べるわ。……死ぬわけじゃないし、頑張りましょう」
ステラは片目を閉じ、必死に食べ始めた。肉汁が口内に溢れ、逆流しそうな胃液と混ざり合う。よく噛んでから水で流し込む。続いて野菜。スープ。そして肉。肉。肉。
「……そ、そんなに泣きそうな顔しなくてもいいじゃん」
「大丈夫よ。長生きのためだからね。好き嫌いはいけないわ。嫌いなわけじゃないの。ただ、好ましくないだけ」
「それって嫌いと同じじゃないかなぁ」
「大いに違うわ」
ステラは必死に頑張っていると、こそこそと近づいてきた少年二人が、フォークを突き刺して肉を横から処理してくれた。
「こら、行儀が悪いですわよ!」
ティピカが眉を顰めて注意する。
「ご、ごめんなさい」
「なんだか、苦しそうだったから」
「貴方達、自分で判断して行動できるなんて中々有望よ。名前を名乗りなさい」
ステラは思わず上機嫌になり、視線を向ける。ここでステラの皿に肉を寄越して、余計な怒りを買うのがベック。肉を食べてくれたこの少年達は実に将来有望である。
「……え?」
「お前、名前聞いてなかったのかよ」
「あ、ありえませんわ」
呆れるライアとティピカ。
「本人から直接聞こうと思っていたのよ。その方が楽しいでしょう」
「そういう問題かなぁ」
「僕はトニーです」
「えっと、僕はブラムです。10歳です」
「あ、僕は9歳です」
二人並んで、緊張した面持ちで名乗る。奴隷だった割には、言葉遣いも達者である。マリーの働きを手伝うには十分だろう。
「私はステラ。貴方達の主よ。説明を受けているとは思うけれど、ちゃんと働きには給金を支払うから。しっかりと働きなさい。いいわね?」
「は、はい!」
「よろしい。二人とも見込みがあるわ。ご褒美にこのお肉を全部あげましょう」
「ありがとうございます、ステラ様!」
肉だけ残った皿を二人に手渡すと、喜んで元の席に戻っていく。ステラはニヤリと笑うと、水に口を付けた。完食だ。
「なんで何かをやり遂げた顔をしているんだよ。子供に肉押し付けただけじゃないか!」
「必要な栄養は摂取したし、彼らが中々使える事がわかった。子供は扱いやすくていいわねぇ」
「お前も子供じゃないか!」
「本当に、呆れてものも言えませんわ」
「なんとでも言いなさい。全く問題ないわ。マリー、今日も美味しかったわよ」
「ありがとうございます。あの、ステラさん。折角なので、サリィも紹介したいのですが」
マリーが手招きすると、おどおどした様子の娘がやってきた。黒髪とそばかすが特徴の娘、サリィ。近づいてきたのはいいが、もじもじしたまま口ごもっている。
時間の無駄は大嫌いである。ステラの眉が徐々に釣りあがっていく。
「…………」
「……あ、あの、その」
「サリィ、落ち着いて。ステラさんは怖くないから。子供達もちゃんと挨拶できたでしょう。同じようにして」
「は、はい。あの、わ、私は、サリィといいます。宜しくお願いします」
「私はステラよ。貴方の働きにも期待しているわ」
「は、はい!」
嬉しそうなサリィ。ステラとしては内心苛々していたのだが、それを表にはださない。人間には色々なタイプがいる。この娘は苛酷な経験をしてきたせいか、人間への不信感が強いのだろう。だから、待つほうが良いと判断した。
「そうですわ!」
「声が大きいわね」
「こんなに大勢いるんですもの。次の安息日に親睦会を開きましょう!」
「親睦会?」
「ええ! 私も皆さんのことを良く知りたいですし、知ってもらいたいのですわ。そういうときは、大いに騒いで楽しむのが一番なのです!」
『おお、ティピカっち名案じゃん! 俺っち感動したじゃん。凄いのはその髪型だけじゃないじゃん!』
「ふふん。鳥の癖に私の凄さが分かるとは中々ですわね。もっと褒めてもいいのですわよ」
ツインテールの片側を弄りながら、ご機嫌なティピカ。特に反対する理由もない。
「だそうだけど、貴方達はいいかしら?」
「いいと思います。この子たちも、皆さんと顔見知りになれれば、もっと働きやすくなると思います」
「そう。ならお金は出すから、出来る限りのご馳走をそろえなさい。たまには羽目を外すのもいいでしょう」
ステラが指示を出すと、ライアが手を上げる。ついでにティピカも。
「あ、俺も手伝うよ!」
「もちろん私もですわ。発案者は私ですもの!」
「あらあら、皆楽しそう。私も精一杯腕を振るわなくちゃ」
たちまち賑やかになる女性陣、ベックが遠慮気味にやってきて、耳打ちしてくる。
「あの、ステラ様。俺の部下達も参加していいんですかね。奴等もできれば参加したいって」
「構わないわ。ただし、羽目を外しすぎたら私直々に制裁を加えると警告しておきなさい。勿論、貴方も例外じゃないわよ、ベック」
「分かりました。へへっ、ありがとうございます! おい野郎共! お許しがでたぞ!」
ベックが腕を上げながら戻ると、歓声が沸きあがる。そこそこ士気は高いようだ。実力は当てにならない。ヴァレルに少し訓練をつけて貰うように依頼するかと考える。
(しかし、いつの間にか大所帯になったわねぇ)
ステラ、クレバー、ライア、マリー。ティピカにサリィと少年二人。そしてヴァレルとベック連隊21人。グレン雑貨店だけでは完全に手狭だ。ベックの部下たちは雑貨店の向かいの家々を借りて住んでいる。
いずれはこのロールベリー通りを全部買い取ってもいいかもしれない。寂れており、住人がいるのかいないのかも分からない。
食事を終えたステラは、いつも通り運動に出かけて帰宅する。食堂の方は賑わいを見せている。逆に雑貨店は閑古鳥。星屑の涙は全て食堂での販売に切り替えたのだから当たり前だ。
扉を開けると、ライアが困ったような顔で出迎えた。雑貨店の店番は今はライアに任せている。客がいない間は、装飾活動に没頭しているようだ。
「……おかえり」
「初めまして」
挨拶してきた人間に一度目を止め、ライアに視線を向ける。
「どうかしたのかしら? 苦虫でも噛み締めたような顔をして」
「いやいや、目の前にいるじゃん。どうして視界に入れようとしないんだよ!」
嫌々ながら視線を向ける。豪奢な星十字が刻まれたローブを纏った女が、ニヤニヤと笑みを浮かべながらこちらを窺っている。歳は三十過ぎぐらいか。星教会に属しているらしいが、神に仕える身の割には化粧が濃い。
「こんにちは、ステラさん。私はこの街で神に祈りを捧げる者、メロウと申します。今後とも宜しくお願いいたします」
「宜しくお願いします、シスターメロウ。わざわざお越しいただくとは、一帯どのような御用でしょうか」
ステラは一応敬語に切り替える。教会相手にいざこざを起こすのは色々と面倒だ。
「ええ、用件は二つ程ありまして。まずひとつ目は、貴方のご両親のことです」
「私の両親?」
「先日、ここの屑、ではなくてベックという方に依頼されてご両親の葬儀と埋葬を行ないました。ですが、大事なものを頂いておりませんので、ご挨拶ついでに参りましたの」
話は簡単で、お布施の催促である。そんなことに気を回している暇はなかったのですっかり忘れていた。というより、墓の場所すら知らない。別に墓参りにいこうとも思わないので問題ない。埋まっているのはただの抜け殻である。
「それは失礼致しました、シスターメロウ。ライア、早速用意をして」
「ああ、そんなに慌てないでステラさん。まだそれを用意するには早いですわ。ふふふ」
面倒臭い人間だと愚痴りそうになったが、笑顔で飲み込む。笑顔と笑顔が相対する。実に素晴らしい光景だ。
「最近、とても繁盛なさっているようですね。まだそんな歳だというのに。ご両親が見たら、さぞかしお喜びになるでしょう」
「はい、ありがとうございます」
「でもねぇ、あれはいただけないと思いますの。例の、美味しいお水。ああ、なんていったかしら」
「星屑の涙、ですか?」
「ああ、なんという冒涜的な名前でしょう。よりにもよって、星屑などという名づけるなど到底許されるものではありません! ――ああ、神よ!」
メロウが額を押さえて、その場にくずおれる。心底邪魔臭いので蹴りを入れそうになったが、ライアに視線でとめられた。
「何かいけなかったでしょうか?」
「いけない、なんてものではありません。星教会に対して宣戦布告に等しい名称です。直ちに異端と見做されてもおかしくありません。星教会ピーベリー支部長メロウの名において、名称の変更、もしくは販売の中止を要求します」
仰々しく立ち上がると、真面目な表情で指をさしてきた。名前の変更ぐらい問題ないが、今更変えるのは煩わしい。評判も中々上々だというのに。一から宣伝しなくてはならなくなる。
「――ああっ」
ステラは顔を覆い、その場にしゃがみこんだ。子供のように泣き喚く。わざとらしく、強調するように。
「あらあら、どうしたのですか、ステラさん。そんなに悲しまないで」
「私のような塵芥のような人間に、星神様におすがりする権利などありません。ですから、せめて欠片ほどだけでも、お慈悲をいただきたいと思い、このような名前をつけたのです。冒涜するような意図は全くございませんでした」
「そうだったのですか。貴方のお気持ち、偉大な星神もきっと分かって下さると思いますよ。ですが、この名称を使い続けるには周りの者を説得しなければなりません。私もできるかぎりの力を尽くすつもりですが……」
「シスターメロウ、どうかお慈悲を。何をしているの、ライア。星神様への信仰を示さなければなりません。さぁ」
指で、幾ら用意しろという合図を送る。ライアは何か言いたそうな顔をしながらも、金庫を開けてお金を取り出した。安くない金だが、長期的に見れば問題はない。むしろ星教会お墨付きを貰う事ができれば儲けものだ。メロウは金を得る事ができ、ステラは星屑の涙を販売し続けることができる。損はない。
「これをお受けとりください、シスターメロウ。どうか貴方のお力をお貸し下さい」
「ああ、なんという殊勝な心がけ。私、思わずもらい泣きしてしまうところでした。貴方の信仰は、きっと星神に届いたことでしょう。本部への連絡は私が行ないます。貴方はこのまま仕事に励むとよいでしょう」
メロウがステラの手を握ってくる。笑顔と笑顔が交差する。ステラに涙の跡はない。最初から泣いていないのだから当たり前だ。
「ステラさん、いつでも教会にいらっしゃい。貴方とは仲良くなれそうですから」
「ありがとうございます、シスターメロウ。必ずうかがわせていただきます」
「ふふふ、それでは御機嫌よう」
にこやかに手をふると、退出していくメロウ。しばらくしてから、ステラは軽く伸びをすると、魔力の鍛錬を行なう為に奥の部屋へ行こうとする。
「ちょーっと待ったー! 色々聞きたいんだけど!! 聞いてもいいかなぁ!」
やけくそ気味のライア。それが面白かったのでステラは「どうぞ」と促した。
「何だよ今の。何でいきなり泣いたの? どういうことなの? というかあのシスターはなんなの? 訳がわからない!」
「簡単な話がお金をせびりにきたのよ。だけど直接催促したら格好がつかないでしょう。だから、あんな演技をしたってこと。中々面白かったわねぇ。あの女もノリが良くて意外と楽しかったわ。何事も経験ね」
ステラはご機嫌だった。最初は邪魔臭い奴がきたと思ったのだが、良い経験ができた。これがいわゆる大人のつきあいなのだ。
「シスターなのに、お金をせびりに? 信仰心からじゃないの?」
「信仰だけじゃお腹は膨れないわよ。それに、本部にお布施や寄付金を一杯届ければ、彼女の覚えが良くなるはず。そうすれば、教会内で出世できるんじゃないかしら。詳しくは知らないけれどねぇ」
「……信仰って一体」
ライアが頭を抱える。
「神の名を借りて人間の都合の良いように解釈する事よ。それで心が救われるならいいんじゃないかしら」
「……ちなみに、さっきのは嘘泣きなの?」
「当たり前でしょう。笑いを堪えるのに苦労したわ。貴方のすっとぼけた顔みたら、多分噴き出してたでしょうね」
ステラは笑う。結構限界だったのだ。馬鹿馬鹿しさを堪えるというのは意外と難しい。
『流石はご主人! 中々演技派じゃん』
「貴方、いたの?」
『鳥が喋るのが教会にバレたらまずいと思って黙ってたのに、ひどいじゃん』
「そういう気遣いができたのねぇ」
『ウケケ、俺っち、気遣いにかけては天下一品じゃん』
「あっそう」
「なんだよもう! あー、世の中おかしいよ! 絶対おかしい!」
ライアがやりきれないと言った顔で短い金髪をぐしゃぐしゃとしている。
「気に入らないなら、自分で宗教でも興したらどう? 貴方の好きなように神様を作れるわよ?」
女神だろうと邪神だろうと選び放題だ。適当な教えを並べ立て、豪華な教会と神の像でも作れば出来上がり。あとはそれらしく演技していけばよい。無論、死ぬまでだが。結構な重労働だろうと思うが、やっている方は多分楽しいのだろう。
大昔、ステラも演じた事があるが実に馬鹿馬鹿しいものであった。もう一人は任務だからと糞真面目にやっていた。一人の少女の働きにより厄介事が解決した後は、介入をやめたようだが。
「……やめとく。なんだか色々なものが壊れそうだから」
「正論ね」
ステラは深々と頷いた。




