第十七話 余興
「支払いは以上で良いのかしら?」
「全く問題ありません。それでは、ヴァレル・アートは当闘技場との契約を無事解除ということになりました」
「中々景気の良い支払いっぷりだ。確かに、俺が出すなどというのは余計なお世話だったようだ」
「それほど余裕がある訳じゃないけどね。所有物が多くなると、出費も嵩む。何事もバランスが重要よねぇ」
これ以上収入が増える算段は特にないが、今回のは必要経費である。ベッククラスを10人雇うよりも良い買い物ができた。この男を店においておけば、並のごろつきでは敵うまい。安全を買うと割り切れば十分元がとれる。
「宜しければ、これから行なわれる試合を見ていかれませんか? 後一時間もすれば第一試合が始まりますし。勿論、今日の入場料は結構です」
男が揉み手をしながら勧めて来る。どうするか悩んだが、折角なので観戦していくこととする。この前は殆ど見れなかったし、無料で楽しめるというのならば断る理由もない。
「それじゃあ、お言葉に甘えて。ベック」
「は、はい!」
犬のように嬉しそうに近づいてくる。鬱陶しい。
「貴方は店に戻っていていいわ。今までご苦労様。受け持っている雑用を本日中に片付けるように」
「え!? で、でも、護衛はどうするんですか?」
「ヴァレルがいるじゃない。貴方がこの男に勝てるというなら、護衛を命じるけれど。試してみる?」
不服そうなベック。自称ステラの一番の部下としては、護衛役は譲れないところだったのだろう。すっかり飼い犬根性が染み付いている。そう調教してきたのだが。とはいえ、絡んでくる連中を軽くいなせないのでは話にならない。一々クレバーをけしかけていては、後々問題となる可能性もある。下手に異端扱いされるのは面倒だ。そういうリスクを回避する為にも、ヴァレルを雇ったのだから。
「ベックと言ったか。納得がいかないのであれば、一勝負しても構わないが。軽くやり合う場所ならば、鍛錬場があるぞ」
指の骨をボキボキと鳴らして威嚇するヴァレル。
「……てめぇ、な、舐めやがって」
唸り声を上げながら、一歩、更にもう一歩下がるベック。完全に気圧されてしまっている。体格、装備も違うし、何よりも踏んだ場数が違いすぎる。ベックが負けるほうに全財産と命を賭けても良い。食い下がるぐらいの気力が欲しいところだが、それは無理だろう。だからベックなのだ。
「やるのかやらんのか、はっきりしろッ! 男だろうが!」
ヴァレルが一喝すると、ベックは勢いに負けて尻餅をついてしまった。そして、目を逸らすと「今日の所は勘弁してやる」などと捨て台詞を吐いた。
「……情けないわねぇ。そこは戦う気概を見せてほしかったところなのに。残念よ」
「ス、ステラ様」
「帰って裏庭でも耕してなさい。きっと鍛錬になるわ。今は無理でも、いつか私の盾となれる日がくると、信じてるわよ?」
「お、俺みたいな奴にそこまで……。が、頑張ります!」
「頑張ってね」
ステラが優しく微笑むと、ベックは大声で返事をしてから駆け足で闘技場を出て行った。あの様子ならば荒れ放題の裏庭を精魂篭めて耕してくれるだろう。その後は野菜の種を植えさせて、食料の足しとする。ベックの鍛錬は別にどうでもよい。
「……男を操るのが上手いな」
「鞭が8、飴を2といったところかしら。これで成長してくれるなら安いものよねぇ。今のままでも肉盾にはなるでしょうけど」
ステラは髪を弄りながら、口元を歪めた。
「その笑いは子供らしくないので止めた方がいいな。可愛くない」
「残念ながらその意見は却下するわ。さぁ、観客席へ行きましょうか。しっかりと私を守るようにね、ヴァレル」
「承知いたしました、ステラお嬢様」
ヴァレルが恭しく騎士のような敬礼をして、手を差し出してくる。ステラはそれに掌を乗せ、エスコートをお願いした。
特に何事もなく全ての観戦を終えると、ステラたちは闘技場のロビーへと出る。いまだ興奮が収まらない客が今日の試合の感想を思い思いに述べている。ステラとしても、中々面白かったので時間の無駄にはならなかった。クレバーもひたすら喧しく騒ぎ立てていた。闘争本能を掻き立てられたのだろう。
ちなみに、賭けにも参加してみた。ヴァレルの助言を参考にしたところ、4勝1敗だった。負けた一回は、どうも裏で話がついていたのではないかということだ。上手く負けるのもここでの知恵、処世術ということらしい。全ての試合が実力勝負というわけではない。フリーの剣闘士もいれば、組織から派遣されている者もいる。箔をつけるために参加した幹部候補などもだ。そこら辺のしがらみも絡んでくるので、一筋縄ではいかないようだ。とはいえ、基本的には強くなければ自然と淘汰されていく。金を払う客が求めているのは血と悲鳴なのだ。その証拠に、一番盛り上がりを見せたのは敗れた剣闘士が斬首された瞬間だった。敗者の首が掲げられたところで、本日の全試合は終了となった。
「面白い見世物だったわね。最後の試合なんて、観客総立ちだったし。私としては彼らの顔を見ている方が面白かったけれど。人間の欲望を観察できたから個人的には大満足ね」
「若いのに嫌な趣味をしているな。まぁ、あれぐらい熱狂させるからこそ金が取れるんだがな。客は血を見て喜び、金を賭けて一喜一憂し、俺たちは剣を振るって金をいただく。その上に修行までできるからな。腕に自信があるやつにとってはここは天国同様さ」
勝って生き続けることができれば。たとえ勝っても四肢を失うような怪我を負わされたら命取り。栄光と死が隣り合わせの環境。確かに腕は磨けるだろうが、天国と呼べるかは疑問である。好奇心豊かなステラも、流石に参加しようとは思わない。この身体では、不意打ち以外で勝つのは難しい。後先考えないのなら話は別だが。
「そんな素敵な場所から離れるほど、私には魅力があったということで良いのかしら?」
ステラがカマを掛けて見る。ヴァレルはおどけると、笑い声をあげる。
「それはもちろん。ステラお嬢様のような方の下で働けるとは、まさに光栄の極み。掃き溜めで見つけた女神、いや魔女といったところですな」
「ふふっ、呼び捨てでも構わないわよ、騎士ヴァレル。どうもからかわれているような気分になるからね」
「それじゃあステラ。お前には何か光る物があると感じた。だから俺は声を掛けた。……これじゃ、納得できないか?」
先ほどとはうって変わり、真摯な表情で見つめてくる。まだ28だったか。若いくせに中々演技が老獪だ。
「今はそういうことにしておきましょうか。良い買い物ができたのは確かだしね」
「そいつはどうも。さっきも言ったが剣には自信がある。ここまで生き抜いてきたのだからな。そこは期待してもらって構わん」
ヴァレルが自信ありげに呟く。ステラは小さく頷いた。
「さて、話が纏まったところで帰りましょうか。あまり暗くなると、面倒な連中が闊歩し始めるでしょう。もう屑に絡まれるのは今日は遠慮しておきたいのよね。面倒だから」
「夜は夜で面白い街なんだが、お前にとっては危険極まりないだろうな。後先考えない馬鹿が更に増え始める時間帯だ。なにより、子供は帰って寝る時間だ」
「怖いわねぇ。なんだか震えてきちゃうわ」
ステラは笑うと、入り口へと向かい始める。と、ステラの前を塞ぐ者達がいた。邪魔だと思いながら横に逸れると、そちらも包囲される。道を譲る気は全くないようだ。どうやら、至急の用事があるらしい。
ステラは気だるそうに話しかける。屑はこりごりと思った直後なので、流石に辟易する。
「何かしら。試合も終わったし、私は帰りたいのだけれど」
「餓鬼のくせにこんな場所に出入りできるとは良い身分じゃねぇか。聞いた話じゃ、ストック商会のお気に入りなんだって?」
「さてね。で、私の道を遮る貴方はどこのどなたかしら?」
「ふざけんなよ? まずはてめぇから名乗りな。俺様は先に名乗るのが大嫌いなんだ」
赤と黒半々で染められた髪。耳にはピアスが何個もついている。下品な顔でステラを嘲笑し続けている。上半身の半分以上を露わにした奇妙な赤い服。防御力には期待出来ない。服に刻まれた意味不明な竜の装飾は恐らく威嚇目的なのだろう。
「これは失礼しました。私はステラ・ノードゥスと申します。宜しければ、貴方のお名前を聞かせていただけますでしょうか?」
ステラは慇懃無礼に質問してみた。いつものように返していては、永遠に話が進まないような気がした。ベック以下の人間かは判断に迷うところだ。部下を何人も従えているところからみると、権力と地位はあるようだが。
「ふん、いいだろう。俺様の名前はアポール・オーソンだ。東区筆頭のオーソン一家の跡取りってわけだ。へへっ、驚いて声もでないだろう」
頭はベック以下のようだった。
「いいえ、誰かさんのせいでかなり疲れていますが、喉の調子は全く問題ありませんわ。今すぐ歌いだせそうなほどにねぇ」
ステラは満面の笑みで答えた後、じーっとアポールを観察する。ベックよりは強そうだが、上級ごろつきとはいい勝負だろうか。武器もダガーナイフのみで大したことはない。魔力もさっぱり感じられない。彼の持つ力は恐らく、オーソン一家の権力とやらだけだろう。
「……てめぇ、餓鬼の分際で俺様を舐めてるのか? 何ガン飛ばしてやがんだ!」
「貴方の生態が実に興味深いので観察しているだけです。どうぞ愉快なお話を続けて下さいな」
ステラがアポールに視線を向続ける。目を直視して、極めて友好的に微笑むと、アポールはそっぽを向いた。意外と気が小さいようだった。
「……い、いいか? このヴァレルって剣闘士は、俺たちオーソン一家が先に声を掛けてたんだ。それを、横から入ってきて、かっさらっていくってのはどういうことか分かるか? あ?」
「どういうことなのでしょうか?」
「てめぇは東を制するオーソン一家の面子に泥を塗ったってことだ。ぶち殺されてぇのか?」
アポールが唾を吐いて指を鳴らすと、包囲していた面々が懐に手を入れる。ダガーナイフを取り出し、ステラを威嚇してくる。闘技場の警備は特に何かを言ってくることはない。不介入を決め込んでいる。ヴァレルは腕組みをして流れを見守っているが、その時になれば参戦してくるだろう。クレバーは、背後の人間を睨みつけ、ウケケと笑い喉下を引き裂く態勢に入っている。
「でも、雇ってくれと言って来たのはヴァレルなのですが。私はそれを受け入れただけです。責められる謂れはありません」
「うるせぇ! そんなことはもう関係ねぇ!! 大事なのはてめぇが俺たちの面子を潰したってことだ!! どう落とし前をつけんだ? ああっ!?」
「……それはそれは大変失礼を致しました。それでは、せめてものお詫びの印にこちらをどうぞ」
ステラは神妙な顔つきをしてから、外套の内ポケットから魔水晶を取り出し、ぽいっとアポールに放り投げた。馬鹿相手にはこれが非常に効果的だ。光り物と知ると手を伸ばさずにはいられない悲しい習性。蜜に群がる虫と似たようなものだ。
「なんだよ、意外と殊勝じゃねぇか。そうそう、それでいいんだぜ。流石の俺様も、女子供相手に手荒な真似はしたく――」
アポールが右手で魔水晶を握った瞬間、生命吸収と呪縛を発動。急激な消耗でアポールの膝が崩れる。ステラはそれを見逃さず、懐から血でさび付いたナイフを取り出し、素早くアポールの懐へ入ってその喉下へと突きつけた。これは先日ベックの相方を殺害したナイフだ。護身用に一応持っていたもの。ステラが最初に殺人を犯した凶器である。特に大した価値もないが、記念品ということで密かに持っていた。
「わ、若ッ!!」
「てめぇ、若に何しやがんだ!」
激昂するごろつきども。ステラは笑いながら彼らを一瞥する。
「そこから一歩でも動いたら、これを横に走らせるわ。切れ味が悪いから、さぞかし苦しい事でしょうねぇ。死ぬのは間違いないのに、延々と苦しまなくちゃいけないのだから」
「な、何しやがんだ。お、お前、自分が何をしているか――」
「勿論分かっているわ。貴方、そこらの屑より弱いでしょう。だから、私でも勝てそうだなぁと思って。案の定反応が遅すぎるわ」
ヴァレルだったら懐に入る前に潰されている。入ったとしても強引に押しのけられてしまう。こいつにはそれだけの度胸も力もない。よく観察すれば人間性は大体わかる。
「オ、オーソン一家に喧嘩を売って、ただで」
「喧嘩を売って来たのは貴方でしょう? そして、これは私と貴方の問題よ。貴方の一家とやらがいくら強くても、このナイフをとめることはできないんじゃなくて?」
ステラが顔を限界まで近づける。白い歯をむき出してアポールを間近で直視すると、その顔に怯えが走る。体も震えているようだ。
「お、おい、誰か、俺様を助けろ! こ、こいつを殺せ!」
「し、しかし若、今手を出したら」
「――そういうことだ。ステラに手を出すことは許さん。そこから一歩も動くなよ。足を動かした瞬間、この大剣で叩き潰す」
ヴァレルが真紅の大剣を抜き放ち、油断なく視線を走らせている。
『ウケケっ! とっとと皆殺しでいいじゃん! 首もぎとって見せしめにしょうじゃん!! ウケケケケッ!!』
「と、鳥が喋った!?」
『喋っちゃいけないのかい坊や。いずれにせよ、お前の親父に首は届けてやるから心配いらないじゃん! 新鮮なうちに首をお届け、クレバーのご機嫌な宅配便じゃん!』
本気でやりかねないのがこの鳥である。
「ひ、ひいぃぃぃぃ!!」
理解出来ない現実に恐怖が限界を超えてしまったのか、アポールの股間が濡れている。情けない男だ。
「お気を確かにアポール様。あまりもがくと、うっかり手が滑っちゃいそう。こういう物をあまり持ったことがないものでして。粗相があってはいけないでしょう?」
「や、やめ、やめて」
「さて、話を最初に戻しましょうか。このヴァレルは私が雇うことになった。オーソン一家の素晴らしき跡取りである貴方は、先に声を掛けていたにも関わらずそれを寛大にも許可したの。ね、今日の話はそうだったわよねぇ?」
「――え? え?」
「理解が遅い屑は嫌いよ。だからね、全部なかったことにしてあげると言っているの。今日この場で失ったのは、貴方の自尊心だけ。本当は殺してもいいのだけれど、貴方の顔と生き様が面白いから生かしておいてあげるわ。幸運ねぇ」
泣き顔と無様な有様が実にいい感じだ。敗北感を抱えてこれからどのように生きていくのか興味がある。復讐に燃えて再びやってきたら叩き潰すだけ。それだけの骨があるようには全く見えないが。
「ほ、本当にか?」
「あら、何か不服があるのかしら?」
「な、ない! だから、たずげて」
「まずは周りの部下を下がらせなさい。目障りよ」
ステラが喉にナイフの先端をツンツンと刺して脅す。
「さ、下がれ! てめぇら、早く下がれ!!」
「へ、へい、若!」
部下が下がったのを見計らい、ステラはアポールの背中を蹴飛ばして解放してやった。ロビーは観客の衆目を集め、騒ぎが収まる気配はない。
「さぁ、アポールお坊ちゃま。今日の余興はこれでおしまいにしましょうか」
「よ、余興?」
「今のは、ちょっとした余興でしたわよね? わざと道化のふりをして、器の大きいところを見せるという話だったではないですか。きっと、皆様度肝を抜かれたはずですわ。――さぁ、早く観客の皆様にご挨拶を」
ステラが片目を閉じて合図すると、アポールもその意図に気付く。
「あ、ああ。そ、その通りだ。い、いいか、てめぇら! 今のはちょっとした余興だ! いいな!! 分かったらとっとと散りやがれ!」
アポールがにらみ付けると、災いを恐れた観客達はその通りと慌てて頷いて解散していく。この街では力ある者の言葉こそが常に正しいのだ。だから、今のはただの夢か幻に過ぎない。内心ではどう感じているかは知らないが。下手に噂をばら撒けば報いを受けることになる。
「……てめぇ、どういうつもりだ。俺様に貸しを作ったつもりか!」
「貴方を殺したら、オーソン一家の刺客が腐るほどやってくるでしょう? その度に相手をするのが面倒だからよ。お互い、矛を収めるのが賢いやりかたでしょう。違うかしら?」
「この餓鬼ッ!」
「もう一度やるならそれでもいいけど、貴方の部下はもういないわよ?」
「――え?」
自分が下がらせたことを完全に忘れている。クレバーが面白そうに笑うと、嘴を威嚇するようにカチカチと慣らし始めた。
「万が一、刺客を私の元に送ってきたら、お返しにこの素敵な鳥を空に放つわ。貴方の顔は完全に覚えたから、24時間、常に脅える羽目になるでしょうねぇ。そうしたら、一体どうなるのかしら」
『ウケケケケッ!! 今晩早速やってみようじゃん! まずは去勢からいっとくじゃん!』
「素敵な提案ねぇ。それじゃあ今日の夜をお楽しみに」
「ひいっ! や、やめろ、そんなことするんじゃねぇ! わ、分かった、今日のことはなかったことにしてやる!」
「だそうよ、クレバー」
『残念じゃん。会いたくなったらいつでも呼んで欲しいじゃん! 一分でタマ取りに駆けつけるじゃん!』
慌てて股間を押さえるアポール。見ていて頭痛がしてきたので、そろそろ話を終えることとする。
「遊びに来るならいつでも歓迎するわ。その時は楽しくお話しましょうね、アポール」
指を鳴らしてクレバーを肩に乗せると、ステラは呆然とするアポールを残して闘技場を後にした。
「……なぁ。俺を雇う必要はなかったんじゃないのか? その歳でなんて胆力してやがるんだ」
「前に出て助けてくれると思ってたのに。おかげで私が動くことになってしまったわ」
「あそこで斬りかかったら、オーソン一家全員を敵に回すことになるからな。そうなればお前が困るだろう。勿論、何かあればすぐ動くつもりだった。話の流れを見ていただけだ」
知性と理性は十分あるらしい。勝手に動いて余計な事態を招く心配をする必要はなさそうだ。
「気を利かせてくれてありがとう。先に言っておくけど、私の弱点は不意打ちだから。それを防ぐのがクレバーと貴方の役目。これからはよろしくお願いね」
「……俺には全くそう思えないが。隙を見せるようにはとても思えないぞ。本当に末恐ろしい娘だ」
ヴァレルが呆れたように呟き、見下ろしてくる。
「後、体力もないわ。さっき最後の力を使っちゃったから、もう本当にくたくたよ。面白かったけど、余計な出来事だったわねぇ」
ステラは溜息を吐き、しゃがみこむ。足が重い。こんなことならばさっさと帰宅していれば良かった。あれだけ脅したので、アポールが何かしてくるとは思わないが、オーソン一家とは多分敵対関係になってしまった。実に面倒である。
「よし。では早速仕事をするとしようか」
「何をする気?」
ヴァレルがいきなり身体を触ってきたので、ステラは少しだけ驚きの声をあげた。そのままステラを自分の肩に乗せると、歩き始める。巨人に抱えられた小人になったような気分だ。まぁ悪くない気分だ。
「家までの案内は宜しく頼むぞ」
「ええ。……ところで、やけに子供の扱いに慣れているみたいだけれど」
「孤児院の手伝いをしていたことがあってな。子供の世話は嫌いじゃない」
見掛けに寄らず世話好きなのか。剣一本だと思いきや、新しい一面を垣間見た気がする。だから人間というのは面白い。
「なるほどね。それにしても、これは素敵な乗り物ね。それに景色も結構新鮮。視点が違うだけでも新しく思えるわ」
「気に入ってくれて幸いだ。しかし、少し身体が軽すぎるな。顔色も悪いし、痩せ過ぎだ。もっと血を増やし肉をつけたほうがいい」
「努力しているわ。ただ、一朝一夕ではいかないみたい。身体が受け付けないのよ」
「ならば、俺も協力しよう。肉体の強化と鍛錬については少々煩い方なのでな。食事内容も色々検討しようじゃないか」
食事、鍛錬について一家言もっているらしい。あまり張り切られても困るのだが、あまり成果が出ていないので参考にしても良いだろう。
『……なんだか嫉妬するじゃん』
「ならクレバー、貴方は私の肩に乗りなさい」
『やったじゃん!』
ヴァレル、ステラ、クレバー。奇妙な3段重ねが完成した。陽が落ちるピーベリー中区を、ゆっくりと進んでいく。最後は疲れたけれど、中々に充実した一日であった。




