第十一話 真紅
「失礼しますよ」
「いらっしゃいませーって。……ストック商会の」
客の姿を見て、ライアは露骨に嫌な顔をする。基本的に悪党が大嫌いなのである。真っ直ぐな性格は奴隷に落ちても変わる事はなかった。
「ライア君、だったかな? そんなに嫌そうな顔をしなくてもいいだろう。ステラさんはいらっしゃるかな?」
「ステラなら、今寝てるけど」
「おかしい話ですね。まだ昼間ではないでしょうか?」
「あいつは昼飯食ったあとに寝るのが日課なんだよ。適度な睡眠は脳と身体に良いとかなんとか。ただ眠いだけだと思うけど」
「それはそれは、実に素晴らしい事ですね。人間、身体が資本です」
「おはよう。良い昼ね」
軽く仮眠を取ったステラが店に顔を出すと、花束を持ったメイスがいた。マリーに手渡し、飾るように声を掛けている。ご機嫌取りにでもやってきたのだろうか。昼間だというのに暇な人間である。羨ましいことだ。
「なんでしょうか。なにやら、視線が剣呑に思えるのですが」
「ねぇ、貴方、商会の副会長よね?」
「ええ、そうですよ。ゆくゆくはルロイの跡を継ぎたいと考えています」
「そう。応援しているわ」
「ありがとうございます。こうして地盤を固める事も重要なことですから。それがどうもガルド――兄は分かっていない。力ですべてが解決すると考えているようでして。頭が痛いのですよ」
「苦労してるのねぇ」
ステラが哀れんでやると、メイスが苦笑する。
「ははっ、貴方に言われるとなにやら複雑な感情を覚えますよ。それより、その服、実にお似合いですよ」
新しい服を褒めてくるメイス。お世辞であることが見え見えだ。とはいえ褒め言葉はありがたく受け取っておく。
「それは嬉しいわ。どう、錬金術師っぽいかしらね?」
「ええ、まさしく。ただ、正しく形容するならば小さな魔女でしょうか。ははは、将来が楽しみですね」
ステラはこの野郎と思ったが、顔には出さなかった。
「貴方の期待に応えられるといいわね」
「ええ、全くです。どうか末永いお付き合いをお願いしますよ。貴方は商会に多大な利益をもたらしてくれる。もちろん、見返りは十分に」
社交辞令を交わした後、店内に設けられた席へとつく。何か用事があってやってきたのだろう。一応は金を出してもらっているので、話だけは聞いてやることにした。
「で、何か用かしら。まさか挨拶のためだけに来た訳じゃないでしょう」
「ええ。実は、中区の闘技場内にある酒場へ、一緒に出向いていただけないかと思いまして。貴方が作った“星屑の涙”、あれをジョージア家を率いるグレッグス卿が気に入ったようでしてね。製作者に是非会いたいと何度も催促を」
「そこまで行くのが面倒だわ。来てもらいなさい」
会いたいのならば来れば良い。とはいえ、現在の支配者に興味はある。午後の訓練を中止して行くかどうするか思考する。
「そう仰らずに。ジョージア家は、現在のピーベリーの大半を支配している組織です。そしてグレッグス卿はピーベリーの領主。無碍にはできません。それに、ツテを作っておくのは、貴方にとっても良い事かもしれませんよ」
富裕層や周辺の農村を押さえる地主が住むのが北区、そして繁華街のある中区。この街の利権の大半を押さえているのがジョージア家。どんな馬鹿な連中でも、正面から逆らう者はいないそうだ。
「そんな偉そうな連中と関わらせちゃっていいのかしら?」
「ははは、最後には私達を選んでくださると信じております。また、貴方の店は我々ストック商会が管理していると伝えてありますので、それを飛び越えるような真似はしないでしょう」
組織同士のつながり、それには面子やら慣例やらが関わってくる。ジョージア家の頼みを無碍にはできないように、勝手にステラに手をだすことはルロイ・ストックの面子を潰す事になる。敢えてそれを行い、自らの権威を誇示することもあるが、ジョージア家の方針は基本的には体制維持・安定協調路線。根回しさえ怠らなければ問題ない。メイスはそんなことを語った。
「それと、例の薬のことはどうか内密にお願いします。あれについてはまだ限られた人間のみしか知りません。貴方が製造者だと知れば、流石に手を出してくるでしょう。いずれ漏れるとは思いますが、まだ早い」
商業経路を確立するまで、ステラには裏にいろという念押し。流石は商会の金庫番、根回しも上手い。
「思ったのだけれど。貴方たちより、ジョージア家の方が良い扱いをしてくれるんじゃないかしら?」
「これはこれは悲しいことを仰られる。彼らは既に力を持っています。最近のやり方を見ていると、街を発展させていこうという気概が感じられない。保身のみを考え、都合の良い停滞を作り出そうとしているだけ。上を目指すのであれば、我々と共に行動するのが最善だと思いませんか?」
「そうねぇ。そうかもしれないわねぇ。停滞は何も生み出さないもの」
ステラが薄く笑うと、メイスもそうでしょう? と笑みを浮かべる。二人のやりとりを、先ほどから呆れた様子で眺めているライア。彼女はこういったやりとりをあまり好まない。何か嫌な想い出があるのかもしれない。ステラは別に嫌いではない。言葉遊びみたいなものだ。
中区、闘技場へと向かう。ステラはこれで2度目の来訪となる。ライア、ベックは今回は留守番だ。代わりに、ステラの肩にはクレバーが乗っている。ステラの最強の護衛である。説明するのが面倒なので、黙って大人しくしているように念押ししておいた。
「そういえば、その鳥は?」
「ペットよ。珍しい鳥でしょう」
「また貴方には驚かされましたよ。似たような鳥は見た事がありますが、これだけの大きさは珍しい。貴方に相応しい素敵な色彩の鳥ですね」
「どうもありがとう。私も気に入っているのよ。喧しいのが欠点ね」
傭兵たちに囲まれ、メイスに先導されながら中へと進んでいく。闘技場内に設けられた大きな酒場。人で賑わう1階はいわゆる大衆酒場。観客を楽しませるためのもの。そして、2階へ上る。鎧を纏った警備を通り抜けるといわゆる上客用の席が設けられている。更に奥へ進んでいくと、身分が高そうな服を着た、顎に蓄えた立派な髭を持つ紳士が一人でグラスを傾けていた。一人とはいっても、周囲には目を光らせている護衛が十人程度配置されている。入り口は一つ、暗殺などできるはずもない。やるなら、信頼を得てからの毒殺がいいだろう。
そんな物騒なことを考えながら、ステラはスカートの裾を持ち、片膝を曲げて優雅に頭を下げた。貴族風の挨拶だ。これは勉強したので知っている。人間は形から入るそうだ。
「グレッグス卿、大変お待たせしました」
「堅苦しい挨拶はなしだ、メイス。我が儘を聞いてもらって悪いな。それに、ステラ……だったかな? 立派な挨拶を頂き、光栄の極みだよ」
「お初にお目にかかります、グレッグス様。私はグレン雑貨店を営むステラ・ノードゥスと申します」
「はははっ、まだまだ歳若いのに立派なことだ。流石は、ストック商会お抱えだけのことはある。聞いた話によると、幼いながら魔術の才能があるらしいが?」
「はい、幸運にも僅かな才があったようです。天啓により、あのような物を作り上げてしまいました。まさに神の思し召しというやつでしょう」
口からでまかせを垂れ流す。こういう付き合いも経験のうちである。
「なるほど。それはそうと、君が作り出した“星屑の涙”、あれは本当に素晴らしい。実は、年代物のワインを混ぜたところ、まさに至高の味わいを私の舌にもたらしてくれた。葡萄の芳醇な香り、身体の内側からはじける様な爽快な泡。ふふ、実に甘美なときを過ごさせてもらったよ」
残念な事に、支配者の至高とやらはベックと同等のようだった。まだ感想は続く。早く終われ。
「一杯目、二杯目、三杯目と続けて飲んだのだが、どれも違う驚きと発見がある。飲めば飲むほど魂が漲り、力が湧いてくるようだった。寿命が30年は延びたのは間違いない。まさに天からの授かりものといえよう」
口元が歪みそうになるが何とか堪え、感謝の言葉をひねり出す。
「お気に召していただき、光栄の至りにございます」
「ところで、この星屑の涙という名には、何か由来があるのかね」
「はい、ございます。まず、変化させた際に生じる、飲む者を包み込んでくれる芳醇な果実の香り。口に含んだ際の爽快かつ激しいまでの主張。そして、最後に残るのは儚くも心地よい後味。私はこの神秘の液体に星々の煌きを連想し、そこからもたらされる水という事で、“星屑の涙”と名付けました」
もちろん、全部大嘘である。笑いを表面にださないよう、真顔で述べる。肩に乗っていたクレバーが、ひょこっと降りて、部屋の隅で羽を大いに震わせている。ツボにはいったようだった。自分だけ笑うのはずるい。
「――うむ、実に納得できる名前だ。私はまさにその通りの体験をさせてもらったよ。……メイス、父上に伝えておきたまえ。私は、君の商会のことを悪く思っていないと。親子共々、西区の発展に今後も力を尽くして欲しい。宜しく頼むぞ」
「有難きお言葉です。父もさぞかし喜ぶことでしょう」
「そして若き魔術師ステラ。この街は、知恵と力があればいくらでも成功を掴む事ができる。君にはその力があり、その資格を手に入れた。存分にその才を発揮していくといいだろう。ジョージア家は君の活躍を心から願っているよ」
「ありがたきお言葉にございます」
「これは来てくれたお礼のようなものなのだが。闘技場最前列の席を君達の為に確保しておいた。折角だから楽しんでいきたまえ。私は他にも客人に会わなければならないのでね。悪いが、今日はこの辺で」
興味は満たされたので、とっとと出て行けということだ。貴族は忙しいのだ。ステラとメイスは丁寧に頭を下げ、退出する。出ると同時に、警護により入り口の扉を封鎖された。話しているときは余裕ぶっていたが、実際は臆病なのかもしれない。街の権力を握っているという事は、その分敵も多く、狙われやすい立場であろう。言うまでもなく、メイスもその首を狙っている一人に違いない。武力はないくせに、意外と野心的な性分な面が見え隠れする。
「これで用事は終りかしら?」
「ええ、グレッグス卿はお忙しい方だからね。今日は長い方だったよ。相当君の新商品を気に入ったようだ」
「それは光栄ねぇ」
丸眼鏡をくいっと持ち上げるメイス。ステラも口元を歪める。
「君、本当は魔女が歳を偽っているんじゃないのかな? 化けていると言ってくれた方が真実味がある」
「失礼な男ね」
「くくっ、君の事をもっと知りたくなってきたな」
思わず鳥肌が立ったので、一歩離れておく。
「貴方が私のものになるなら教えてあげてもいいわ」
「魅力的な提案だが、当分の間は無理だな。商会は私がいなければ成り立たない。金の重みを分かっている人間がいないのだよ」
闘技場、最前列の席で試合を観戦する。今回は賭けはなしだ。軽食が提供される。酒は丁重にお断りしておく。この身体ではリスクが高すぎる。酔いによる快楽など必要ない。
「ここで活躍することで、貴族の方々、もしくはうちみたいな組織からスカウトされるんですよ。ですから、一種の職業斡旋所みたいなものですかね」
「命を懸けてまでやることかしらね」
「世の中には、戦うことしかできない人間もいるんですよ。……ああ、次に出てくるのは、今交渉中の人間です。かなりの遣い手なんで、他には渡したくないんですがね。中々頑固な人間のようでして、中々首を縦に振らないのですよ」
メイスが視線を送る先。真紅の大剣を背負った若者が現れた。赤鉢巻に金の短髪、鋼の肩当と外套を身につけたその男は自信に満ち溢れた表情をしている。体型は標準的だが、よく見るとかなり鍛え上げられているのが分かる。なるほど、他のとはちょっと違うらしい。上級ごろつき程度では、軽く捻られてしまうだろう。ベックなら戦う前に逃げ出すに決まっている。呪縛して強引に盾として使うから問題ないが。
「中々使えるみたいねぇ。私もあれぐらい頑丈な体が欲しいものね」
「女性の台詞とは思えないですね。しかしそれは私も同感です。力がないというのはこの街では不便なものでして」
ステラとメイスが思い思いに感想を述べていると、背後で床を踏みつける音がした。何事かとステラとメイスは視線を向ける。
「……あの泥棒野郎。ようやく見つけましたわ! ここで会ったが百年目――いや、三年目だったかしら? とにかく許せませんわ!」
後ろからいきなり聞こえてきた獰猛な獣の唸るような声。ツインテールの金髪、長剣を二本持った若い女だ。体格は痩せているのに、気迫は凄まじい。歯軋りして敵意を剥き出しにしている。
「何ですの! 私に何か用でもありますの!?」
「別に、何でもないわ」
視線を向けると、キッと睨みつけてきたので、肩をを竦めて前を振り返る。野良犬に噛み付かれるのは面倒だ。この女に突撃されでもされたらステラは吹っ飛ばされてしまう。人生計画が一気に水の泡。――それにしても。
「この街、変な人間が多くない? 変なのと屑を引き寄せる何かがあるのかしら」
「奇遇ですね。私も常々そう思っていますよ。貴方も含めてですが」
「本当に残念ね。今の発言は減点よ」
「これは手厳しい。発言には気をつけないといけませんよねぇ。まさに口は災いの元です」
「いいことを言うわね。加点してあげるわ」
「ありがとうございます。良ければ、今度格言集をお送りしますよ。私の生きる上での参考書でしてね」
「楽しみにしておくわ」
試合の方は、真紅の大剣を持った男が、一撃の下に叩き伏せて勝利を収めた。相手は死んではいないようだが、最早再起不能だろう。複雑骨折なのは間違いない。
『勝者、ヴァレル・アート!! これで破竹の10連勝だ! 果たしてこの真紅の大剣野郎を止める奴は現れるのかぁ!! さぁ、換金は早くすませてくれよぉ! お楽しみの試合はまだまだこれからだ!』
大歓声に包まれる中、筋肉隆々とした腕で軽々と大剣を掲げるヴァレル。あの拳で殴られたらさぞかし痛いだろう。
「あれは、あれは私が受け継ぐべき大剣ですわ! なーんであいつが、あんなに我が物顔でぇッ!! きぃーッ! 悔しいですわ!! しかも格好つけるばかりか見せびらかしてッ!! 死ぬ程腹立たしいですわッ!!」
背後からの唸り声は、恨みの罵声へと変わっていた。
「そろそろ帰らない? 何故だかとても疲れたわ」
「同意見です。もちろん、帰りもお送りしますよ」
メイスと視線をかわすと、そそくさと立ち上がりその場を立ち去る事にした。女は地団駄を踏み続けている。面白い人間だが、話しかけるとこっちに突っ込んできそうなので今日はやめておく。




