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極星から零れた少女  作者: 七沢またり


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第十話 買物

 次の日になっても、店の混雑は解消されることはなかった。評判を聞きつけた暇な連中が押し寄せてきたからだ。この街の特性をステラは失念していた。その日、その時が楽しめれば良いという連中ばかりだったことを。更に想定外なことに、星屑の涙・極に酒を混ぜる者が続出している。本当に愚かだと思ったが、金を落としていくのでまぁ問題はない。

 メイスが手配してくれた商会の人間を使って、邪魔な人間は近くの空家へと次々に放り込んでいく。


「おーい、酒もってこい! 見てみろ、混ぜる酒がもうなくなったぞ!」

「俺はお代わりだ! 早くしろよ糞ガキ! 俺は待つのが大嫌いなんだからよ!!」

「ばばぁ! 飯はまだかってんだ! おら、早くしろよ!」


 本当に性質の悪い客ばかりである。ステラは新製品としては少々失敗だったかと反省した。効能をもう少し軽くするべきだったかもしれない。暴れられて店を破壊でもされては目もあてられない。


(大体、なぜ雑貨店で食事をとろうとするのか。理解出来ないわ)


 雑貨店にある食料というのは、保存食が基本なので、マリーが即席で簡単な料理を作って提供しているが到底追いつかない。店内では馬鹿どもが勝手に座り込んで宴会を始め、入り口から店前の通路まで占拠している。一応ストック商会の目が光っているので、盗みやら食い逃げは起こっていないが、会計担当のライアは目をぐるぐると回していた。


「おいステラ! ちょっとは手伝ってくれよ! 手が回らないよ!」

「絶対に嫌よ。私はこれから昼寝の時間だもの」

「この状況で寝てる場合か! マリーさんも何とか言ってやれよ!」

「私は大丈夫です。なんとかしてみます。ステラさんは、身体を労わって下さいね」

「そ、そんなー」

「ありがとう、マリー。商会から派遣されてきた連中と、ベックを上手く使っていいわ。それと、もう手に負えないみたいだし労働力増強以外の対処を考えておく。それじゃあ、お休みなさい」

『ご主人、本当に寝るのか?』

「昼食後の適度の睡眠は、脳を活性化させることにつながるわ。……なんだか、馬鹿が煩すぎて悪夢を見そうだけど」


 ステラは哀れな羊を見捨て、奥へとさっさとひっこむことにした。昨日は断ったが、昼寝の後でメイスに連絡して星屑の涙を委託販売することにしよう。店が煩くて睡眠に支障がでそうである。

 そもそも雑貨店を繁盛させるのが目的ではなく、生活費を稼ぐ手段の確保なのだ。ストック商会と万が一手切れをするようになったら金が入らなくなる。ないとは思うが、対抗組織のパルプド組合、もしくは、別の区画の組織などに入る可能性も考慮しておく。この混沌とした街では何が起こるか分からない以上、色々と考えておくのは当たり前だ。

 だが、考えてもすべてが上手くいくとは限らない。今回の件はその一例となった。まぁ、刹那的な生き方も、人間らしくてよいではないか。

 そう適当に言い訳して、ステラはベッドへとゆっくりもぐりこんだ。今日は一時間眠ってしまう予定である。とても眠いのだから仕方がない。人間だから。

 


 昼寝から目覚めたあと、ステラは即座に対処を実行することにした。本当に煩くて魔法の訓練が捗らないからだ。全く集中できない。


「少しだけ落ち着いたかな? あー、ステラ、本当に助かったよ」

「まさかベック以下の人間がこんなにいるとは思わなかったの。ちょっと見通しが甘かったわね」

「でもさ、ストック商会の息が掛かってる酒場でも売る事にしたのは大正解だと思うよ。あれ、滅茶苦茶売れると思うし」


 製造した星屑の涙を、木樽でストック商会に納める。代金を貰い、後は勝手にしろということだ。


「ここでも売るけど、店内での飲食は認めないこととするわ。ここは食堂じゃないし、酒場でもないからね。ベック以下の人間の馬鹿騒ぎを年中聞いているほど人間はできていないの」

「……あのさ、ベックが聞いたら泣くんじゃないか?」

「きっと泣いて喜ぶでしょうね」

「あー、否定できないのが悲しいところかな」


 ライアは笑いながら、星屑の涙を飲み干した。通常品なら、一日3杯程度飲んでも多分大丈夫である。冷たくて美味しいので普通に飲む事に決めたのだろう。


「やっぱり美味いなー。へへ、いつの日かこの街の特産品になったりして」

「街に行き渡るほど製造するのは、私の魔力と意欲が持たないわね。訓練といえど、一日中水樽の前にいるのなんて嫌よ」

「やっぱり、作るときに何かが消耗するのか? 俺には良く分からないけど」

「まぁ魔力を少し使うわね。大きな負担ではないけれど」


 状態変化を用いているだけなので、そんなに負担はない。だが、面倒くさい。お金が入る算段はついたので、これ以上躍起になって生産する必要性を感じない。

 やりたくないことをやっている時間はない。毎日忙しいのだから。


「麻薬中毒の治療薬やら、この凄いジュースやら、なんだかよく分からないけど、魔法って便利だなぁ。私も使えたらよかったのに」

「憧れているところ悪いけれど、普通の魔術師にはできないわよ。私だからできるの」

「そうなの? どうしてお前だけ特別なんだ?」

「教えてあげないわ」

「ちぇっ。錬金術師様はケチ臭いんだな」

「そういうことね。諦めなさい」


 ステラは意地悪く笑った。ライアもふて腐れながらも笑っている。最初の警戒心は完全に解かれたようだ。ステラの年齢が近いこともあるのあろう。別に、油断させて何かしようとは考えていないので、これはこれで問題ない。


「そうだ、後でちょっと付き合ってくれないかしら。私も服を買いたいのよ。というか、付き合いなさい。命令よ」

「命令って」

「私は貴方の主でしょう。違うかしら」

「いや確かにそうなんだけどさ。……うーん、あんまりご主人って感じがしないのは、やっぱり子供だからかなぁ」


 大勢の人を率いた経験などない。やるべきことの指示を出しているだけだ。だが、人を使うのだから威厳というものは必要となってくるだろう。とはいえ、萎縮させてしまってもつまらない。バランスが重要だ。


「これから経験を積んでいくから覚悟しておきなさい」

「薮蛇だったかー。それよりさ、服って何の? あ、朝の散歩とか運動用の?」

「それは今きているのでいいわ。ほら、私は錬金術師らしいじゃない? それなのに、この姿じゃ格好がつかないでしょう。人間、形から入らないとねぇ」

「なるほど。確かに、子供っぽいもんな」

「貴方に言われたくないわね」


 白の子供用の薄着。それが今のステラの格好である。青白い表情、痩せ型の体型、白い服、銀髪おかっぱ。路上で寝ていたら本当に死体に見えかねないので、まずは服を変えてみる事にする。白を基調としたものが多いのは、どうやら母の好みだったようだ。ステラは特にこだわりはない。

 



 ステラは西区にある服飾店へと出向くことにした。護衛にベックとごろつき三人。付き添いにライアを引き連れて。この行列では、一歩間違えなくても人買いの一行にしか見えない。道行く通行人は、ちらっとこちらを眺めるが、いつものことだと直ぐに視線を元に戻す。正義感溢れる立派な人間がいれば助けてくれるのかもしれないが、この街では絶対にありえない。どれぐらいないかというと、ベックが敬虔な聖職者になるぐらいありえない。


「……あの、何でしょうか? 俺、なんか悪い事しましたっけ?」

「なんでもないわ。貴方は本当にベックだなぁと思って。頑張って生きていきなさい」

「えーと、分かりました!」


 褒められたと勘違いしたベックが喜んでいる。元々人相が悪いので、それが素直に微笑むと気味が悪いのだがそれは黙っておく。隣のごろつきたちも同じ感想を抱いたようだが、命令には忠実なようで無言である。彼らは上級のごろつきらしい。その上にいくと傭兵や盗賊に進化する。進化する前にさっさと駆除するのが世のためだと思うが、今は役に立っているので放っておく。


「ここかしら?」


 ライアに案内されたのは、小さな服飾店。中を覗き込むと、夫婦がいそいそと裁縫作業を行っている。この街には珍しく勤勉な人間であるようだ。多分、搾取されているのだろう。店にはあまり活気がない。


「ああ。昨日マリーさんと買ったのはこの店だな。子供服とか作業用の服が安く売ってたよ」

「今欲しいのは、錬金術師っぽい服装なの。この中にあるとは思えないのだけど」

「と言われてもなぁ。それって、どんな格好なんだ? 俺にはよく分からないなぁ。錬金術師なんて今まで見たこともないし」


 それはそうだろう。金を生み出す魔術などこの世には存在しない。紛い物を作り出すのは可能だ。


「魔術師みたいな格好なんじゃないかしら? 私も知らないけれど。まぁ箔がつけば何でもいいわ。私が小娘と侮られないような奴ね」

「うーん、それは無理じゃないかなぁ。だって、どっからどう見ても生意気な餓鬼だと思うよ」

「主に失礼な口を利くのは許さなくてよ」

「申し訳御座いません、ご主人様。……って、舌噛みそうになった」


 ライアとくだらぬやりとりを交した後、上級ごろつきにもう少し高級な店はないか聞いてみる。メイス御用達の店があるらしいので、そこに連れて行けと命令する。腹立たしそうな顔をしたが、渋々ながら頷く。何せ、ステラは金を生む鶏なのだ。だから、機嫌を損ねないように飼わなければならない。頭は悪そうだが、言いつけを守れるのは素晴らしいことだ。

 上級ごろつきに、いわゆる危険な界隈へと連れて行かれる。酒場やら娼館、賭博場などが真昼間から絶賛営業中である。客引きが早速やってきて、上級ごろつきに声をかける。


「へへっ、旦那。いい子がはいってますぜ? その汚ねぇ餓鬼を売ったら、お金を持って是非うちに!」

「……おい黙ってろ。こいつ、いや、この方々はそうじゃねぇんだ。ストック商会に喧嘩を売りたくなかったら、絶対に手をだすんじゃねぇぞ!」

「へ? こ、こいつは失礼を! どうかお許しを!」


 土下座する客引き。興味がないのでさっさと先をいくように指示をする。そして、金のある人間向けの服飾店に辿りついた。ガラスの内側に展示されているドレスには、見事な装飾、宝石やらがこれでもかと施されている。実に悪趣味だが、権力と財力を誇示するにはいいのかもしれない。ストック商会の支配下であるという紋章がでかでかと貼り付けられている。


「ここね。品揃えは良さそうだから、目的を果たせるかもしれないわ」

「こ、こんなところ、私、いや、俺、慣れてないから。というか、ここ、やばくない?」

「脅えてしがみついてこなくても大丈夫よ。ほら、ベックと上級ごろつきがいるじゃない。役立たずだけど盾には使えるわよ」

「じょ、上級ごろつきだぁ?」


 顔を歪めて護衛が睨みつけて来る。ステラもそれに応じて睨み返してやる。


「何か問題があったかしら?」

「……いや」


 視線を逸らす護衛。不服そうだったが、やはり命令には忠実だ。流石は上級である。頑丈なドアを開けると、奥からゆっくりと化粧の濃い女が現れた。歳は30代半ばだろうか。


「リモン服飾店へようこそお越し下さいました。今日は、メイス様の?」

「いや、この、糞餓鬼――じゃなくて、ステラ嬢に、服を見繕ってやってほしい」

「はい、かしこまりました。どうぞこちらへ」


 浮かべた笑みを維持したままの店主。リモンとかいう名前らしい。店員をすぐに呼び、早速丈を計り始めている。


「どのようなものをご用意いたしましょうか。なんでも仰って下さい」

「魔術師が着る様な装束一式。それと、わざとらしいとんがり帽子を」

「……はい?」

「貴方が想像するような魔術師に、私を仕上げなさいってこと。お金はあるから、宜しくね」


 ベックが金を鞄から出させ、支払い能力があることを確認させる。リモンは多少動揺を見せたが笑顔は崩さない。中々の仕事人のようだ。


「……かしこまりました。ですが、本当に、私にお任せいただいてよろしいのですか?」

「いいわ。こんな場所で店を立派に経営できているのだから、貴方のセンスは抜群なんでしょう。それなりに期待しているわよ」


 偉そうに指示をすると、流石に顔をひくつかせるリモン。だが、はっと気を取り直すと早速仕事に取り掛かり始めた。

 


「いかがでしょうか?」

「そうね。まさに、魔術師って感じね。貴方もそう思わない、ライア」


 紫を基調とした外套と、白のラインが入った紫色のとんがり帽子。ところどころに装飾が施されており、宝石もちりばめられているようだ。中々良いできである。紫の外套のせいで、今着ている白服がやけに映えている気がする。紫水晶に紫の装束。悪くない。

 中々良い感じだ。知的な匂いを醸し出している。ステラは自画自賛した。鏡で見る限り、中々似合っていると自分では思うのだが、どうだろうか。


「確かに似合ってるけど。うーん、なんだろう。あれだ、その、なんというか」

「何か、おかしい?」


 口ごもるライア。


「いや、おかしくはないけど」

「知的な印象に戸惑っているのかしら?」

「いや、可愛い感じがするかな。絵本とかに出てくるちっちゃい魔法使いみたいだなぁと思って。無理してる感が微笑ましいというかなんというか」

「…………」


 小さい魔法使い。良い気分が吹っ飛んだ。


「よーく似合っていらっしゃいますよ!」


 話を打ち切るように割り込んでくるリモン。ここまでして逃げられたら困るという思いが顔に表れている。


「それならいいわ。ところで一つ聞きたいのだけれど」

「はい、なんでしょう?」

「どうして、子供用のこんな服がすぐに出てきたの? 普段着る物とはかけ離れているでしょう」

「たまにそういう注文もありますので。在庫は常に抱えておりますわ」

「どんな注文なの?」

「……身分が高い小さなお嬢様向けの、仮装用の衣装です。祝祭などで、お召しになるようですね。おもちゃの杖も人気なんですよ」

「ぷっ」


 噴出すライア。上級ごろつきたちも笑っている。ベックは笑いを堪えている。むかついたので、脛を思いっきり蹴っておく。蹲るベック。これは躾なのだから仕方がない。


「帰るわ」

「お、怒るなよ。悪かったから! 似合ってるのは本当だよ!」

「こんなことで怒るほど器は小さくないわ。ただ、ちょっと気分を損ねただけ」

「それって同じことじゃん!」

「その語尾、クレバーそっくりよ」

「うげ。それって最悪じゃん! ――あっ」


 しまったと口を抑えるライア。


「リモン、同じ物をもう一着作っておいて。仕上がったらベックが取りにくるから」

「かしこまりました。これからも、どうぞご贔屓に」


 ステラは店を出ると、もう一度自分の服を確認する。


(これが、お洒落というやつかしら。なるほど、悪くない。誰がなんと言おうと、私が気に入っているのだから問題ない)


 とんがり帽子を触り、位置をなおして見る。うん、実に悪くない。


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