白の術師
熱い。
何これ。
『お前の望みどーり、100%あいつの傷を移したぞ。50とか60とかは調整が難しいからな。ま、その姿で隣まで行けるとは思えんが。』
肩を動かせない。じくじくと痛む傷口は心臓を刺されたように痛みが襲う。
『だから言ったろうに。お前には無理だって。』
「リオ様…!直ぐに人を…」
「…待って…!!」息を吐きだすと振動が伝わり痛みに力が抜ける。
ふらりと立ち上がる。視界が歪んでいる。熱のせいだろう。
アリッサが支えてくれる。
嗚咽をこらえる。
「っ…たっ…た……痛っ」
痛い痛い痛い痛い痛い!!
無理だから。何この痛み。吐き気もする。ヤバイ視界が持たない。こんな、
こんなに、こんなにも痛い。
私が絶った命はもっと痛かったに違いない。そして否応なく命を奪うことも彼らはきっと悲しむに違いない。
怒りで世界が赤に染まる。
「リオ様!」ああ、思わず扉を殴ってしまった。
でも、もう痛くない。
ぐらつく身体より、この怒りが私の身体を焼いていく。
「きゃっ!」隣部屋の使用人が声を上げた。部屋には一人の男が座っていた。白い服を着ている。これが、白の術師。
「あなたが『黒の術師』」
男はまるで挨拶をするかのように落ち着いていた。
「…治し…て…!」ぐらりと身体が前へ倒れる。痛いけどそれよりも頭がガンガンする。
男はそれを軽々と支え、ため息をついた。
「『黒の術師』は無茶をしますね。」
「何を言ってるんですかっ、早く、早くリオ様を治してくださいっ」アリッサが後ろで叫ぶ。アリッサそんなに驚かなくても大丈夫よ。
「さて、このまま治さずいたら殿下のご希望にそえるのでしょうが……」男はそんな事を呟く。
何だと!?
「白の術は何者であれど施されなくてはなりません。」そう言うと、男は私の衣服をずらす。肩にはぱっくり口を開け、血が滲んだ傷口。自分では見難いのだけど。
「『黒の術』での傷跡には、直すだけでは不十分な処置なんです。」男はそう言うと傷口に手をかざした。
「っ…!!」じんわりとそこが熱を持っていくのがわかる。
アリッサによれば、光属性の白の術は術者がかざした患部がほのかに光るのだという。
そしてみるみる間に傷口は治ってしまった。
痛みも消えた。
私はほっと息をつくと、白の術師に礼を言う。
「『黒の術』で正式に解毒しない限り、その傷口は『黒』に侵されたままです。その傷は…刺し傷ですね。」
「そうです。」早く退出してくれないかな、と思っていると男はこちらを見て、
「『白の術師』リュールカ・ソコル。六代目『黒の術師』、今後もよろしくお願いしますね。」
「…こちらこそ、リオです。」何故だろう、リュールカさんの目が私を観察しているように見える。
「ああ、失礼。あなたで二人目なんですよ、『黒の術師』を見るのは。」
「え?」
「私も多少人とは異なる寿命でね。」あ、そうなんですか。どう見ても、そこそこの稼ぎのある歯医者さんみたいな顔してますけど。白衣とか似合いそうですね。
「『黒の術師』が怪我をするのは仕方の無いことですが、あまり無理はしないように。」
「はい。」えーと、お医者さんみたいです。そして、妙な白の術師は部屋を出て行った。
「リオ様ぁ~」アリッサ、そんな涙目にならなくても。
「うん。大丈夫。」そういえば、さっき気になることを言っていた。『黒の総本』を開く。
『おう、終わったか。』
「『黒の術』って伝染病みたいなの?」解毒って何だ。
『あー。まぁ、そんなもんだ。インフルエンザみたいなもんだ。多分な。菌は潜伏しているから、正式に『黒』から開放しようと思ったら『黒の術』をかけなおす必要がある。お前も、アレも。」アレってウリセスのことか。
そういえば、ウリセスはどうしたんだろう?
そこで、荒々しく扉が開かれた。
「…リオ!」あ、本人登場です。丁度良かった。
がしい。
がしい?
「…ウリセス、苦しいです。」というか、私の脳が混乱するのでやめてください。思い切り抱きしめられてます。苦しいです。体格差考えてください。
「何てことを…」ああ、何をやったかはバレてるわけね。心なしか、怒ってるような。美形は怒っても美形。とりあえず、矛先をどっかに変えないと。
「今夜、街の店に侵入します。なので、これから『黒の術』を使います。」そう、ビジネスの話しね。軽く内容を話すとウリセスから怒りの気配が消えました。ほっ。
「でも初代、これを使うと私、今夜もう『黒の術』使えないんじゃないの?」自分の能力の限界は知ってます。
『まーそうなるな。』
できれば使いたかったんだけど。仕方ないか。『黒の術』の後遺症なんてシャレにならないし。
「杉崎璃桜が命ず。『相殺』」自分とウリセスにかける。
何が起こったかはわからないけれど、黒い糸が身体から出てきた。怖い。糸は『総本』に吸い込まれていく。
「リオ…礼を言う。」
「元々は私の所為ですし………」何かを忘れているような。
「どうした?」
「あ、あ、あ!」思い出した。私はウリセスの前に手を出す。手袋を外して、それを見せ付ける。
「これ!!これです。」
「父の形見だが…?」ああ、これ、やっぱり、わかってない。わかってないよー!
「…外れないんです。」
「!」ああ、わかりました。今のその顔で。しっかりわかってなかったんですね。
そんなもの渡すなよ。
そしてとりあえずセラフィナさんの話しをした後、今の傷をどうやって治したかについての説明をした。
「リオ!」怒られました。いや、怒鳴られてもいないんだけどね。
がしい。
がしい?
いや、何このフラグ。いいよ恋愛は。無理だから。私そんな若い子じゃないし。絵的に無理があるでしょう。
手をしっかり握り込まれてます。
「責任は取る。」
うん。なんかそんなこと言うと思いましたよ。怪我は私が半分引き受けるから、と言うと、とんでもない、と断られる。
「じゃ、30%くらいなら。」
「駄目だ、リオ、そんなこと許すわけにはいかない。」ええ?いきなり強気です。何なのこれ。
「だってウリセス白の術効かないじゃない。」
「それでもだ。」
「じゃーもしも、ウリセスがやられて私がピンチになったらどうするの!?そんなの本末転倒じゃない。」別に断られても術は使えるから、いいんだけどね。
「今のリオにその術を使う余裕があるとは思えない。」痛いとこ付かれた。確かに。今の私のキャパシティじゃ、そんな術を行使しながらの戦いなんか無理に決まってる。
「じゃあ、負担にならないようになったらいい?」とりあえず、了解は得ておかないと後が怖いような気がする。何故だか。
「……私も何か考えよう。」あ、はぐらかされた。
とりあえずこの件は、ウリセスも何らかの対策をするという話しで流れた。
ウリセスに頼んで、刑部の死体保管庫に来ました。
霊安室ってやつですね。
「死体は危険ではない?」私は『黒の総本』に話しかける。
『リオにはな。』ん?どういうことです。
『普通は、あんな死に方したんだ。未練が残る。言ったろう。魂の強さはその未練に寄ると。だからまぁ、気が弱い人間や感覚が鋭い人間はここへ来たら発狂するな。』うわ、嫌なこと聞いた。それは、ここに何か居るってことじゃないんですか。
『リオは強い守護があるからな。近づけない。』それって、初代のことでしょうか。
『ホント俺ってばグレートだな。』すごく満足そうな文面なんですが。
「あった。」棺をいくつか越えていくと、小さな器が見える。この中に鳥がいるのか。
『リオ、この術中は俺の意識が外へ向く。せいぜいキメラに守らせろ。』私はごとり、と陶器の蓋を開けた。
「杉崎璃桜が命ず。『浸食』」
世界の音が消えた。
ウリセスが後ろから私を支えてくれているのは見えている。黒い糸が私と陶器を取り巻く。
一切の音が消えた世界に、私は取り込まれる。
ああ。ここはどこだろう。
王宮?それにしては、随分暗い。
そして妙に上から眺めている。
ああ、これは『鳥』の視点なのか。私は、今、鳥になっている。
横を向いてぎくりとなる。この顔は、死んだ商人。では、この鳥は彼の物だったのか。彼は一つの部屋に入り、何か書類を渡された。それを見た後燃やし、書類を渡した男に何かを言った。唇の動きで読めるだろうか?
『ク ロ ノ ジュ ツ シ』
はっとなって書類を渡した男を見る。
銀髪だ。そして紫の瞳、目もくらむほどの美貌。
この人が、まさか。
視界が暗くなり、また別の場所になる。商人が王宮へ着いた。王宮では週1で商いに来ていたようだ。鳥はいつも彼と共に。
女性も男性も、ああ、楽しそうに彼の商品を手に取る。
亡くなったコックさんも、焼かれた秘書の女性も。
嬉しそうに、選んでいる。
思わず力が入る身体を心配するようにウリセスが抱きしめる。うん。平気。こんなの、こんなの、過去だ。
過去だ。
もう、過去だ。
キラキラが視界に入る。エセルバード。どうしてこんな所に。
彼は商人の商品をいくつか手にとり、そこでふと止まった。……何かに気づいたんだろうか。そしてそれを戻すと、商人に何か声をかけて部屋を出て行く。
商人は王宮と街を行き来していたようで、街にある店の間取りもしっかりわかった。今夜忍び込む時に楽になる。店の奥にある部屋に入ると、商人は床の敷物をはがして、その上に立つ。
次の瞬間には、別の場所にいた。そうか、これが移動する手段。なら、もしかするとオルパディルまで調べに行けるかもしれない。いや、行かないよ多分。だって、想像通りなら、あの銀髪。
彼が、四代目。
なら、敵の本拠地に行くことになる。今の私の力でそれは無理。自殺行為。セーブポイントがあるわけでもない。命は一度きり。大事にしましょう。
とりあえず、この商人と鳥が王宮で起こった事件の犯人だとして、じゃあセラフィナさんは?何のために彼女が?
そこで一人の少女が現れる。
ああ。
そういう、事ですか。
「リオ!?」相変わらずこれ以上は力が入らないのか、ウリセスにもたれかかったまま、満足に動けない。
「ウリセス……もう、ここはいいです。」自分の唇からこぼれる声が、震えてはいないだろうか。
「顔色が悪い。部屋まで連れて行く。」問答無用で、お姫様抱っこされました。
うん。今は、それが必要です。
私は『黒の総本』を閉じると、しばらくその暖かさに身をゆだねた。




