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(重い……! 正面から受けたら、いつか弾き飛ばされる……!)


重量化エンチャント。見た目はただの剣なのに、異常なほどの質量を持っている。物理的な力で押し潰そうとしてくる相手に、剣の技術だけで対抗するのは難しい。体勢を立て直したとはいえ、このまま打ち合いを続ければ、体力も魔力もあっという間に消耗してしまうだろう。


(何か、別の手を打たなければ)


ケイは、剣に込められた魔力を調整し、物理的な受け止めだけでなく、魔力による防御も試みる。しかし、相手のエンチャントされた魔力とぶつかり合い、効果は限定的だ。


隊長側からの戦闘音が、一層激しくなっている。横目でそちらを見ると、隊長とマルス、そしてパトリックが、3体ものゴブリンソルジャーを相手に奮闘しているのが見えた。パトリックが『射出』でゴブリンの数を減らし、隊長とマルスがゴブリンソルジャーと剣を交える。騎士とゴブリンソルジャーによる死闘だ。


他の小隊から上がった赤い信号弾。おそらく、彼らも同様か、あるいはそれ以上の数の魔物と戦っているのだろう。この遺跡地帯全体が、今、戦場と化している。


目の前のゴブリンソルジャーが、剣を引き、再び振り上げてきた。赤いオーラが一層強く輝く。


(来る……!)


ケイは、真正面から受け止めるのではなく、わずかに体を捻り、相手の剣の軌道をずらすように騎士剣を滑らせる。受け流しだ。重量が増している分、一度剣の軌道が逸れれば、立て直しは難しいはずだ。


ガンッ!


重い剣が、ケイの騎士剣を掠めて地面に突き刺さる。衝撃で地面が揺れる。上手く受け流せた。


しかし、ゴブリンソルジャーはすぐに剣を引き抜く。その動きは鈍いが、力強い。再び剣を構え、ケイに向き直る。


ケイは、受け流しの技術を使い、ゴブリンソルジャーの攻撃を凌ぎ続ける。時に、攻撃を受け流した隙を突いて、相手の体表に浅く傷を入れる。緑色の血が飛び散るが、決定的なダメージにはならない。


ゴブリンソルジャーも、ケイが直接的な撃破を狙っていないことに気づいているのか、倒しきれないことに苛立ちを見せ始める。咆哮を上げ、攻撃がさらに苛烈になる。赤いオーラを纏った剣の連撃。受け流すだけでも、全身に大きな負担がかかる。


息が切れ、汗が目に入って視界がぼやける。腕の筋肉が悲鳴を上げている。いつまで、この足止めを続けられるだろうか。


隊長側からの戦闘音は、ますます激しくなる。パトリックの『射出』の音、隊長の咆哮、そしてマルスの盾がぶつかり合う音。あちらも、限界に近いのかもしれない。


「グ、グギャアアアッ!」


突然、隊長側から、最初のゴブリンソルジャーのものと思われる断末魔の叫び声が響いた。


(隊長が……仕留めたのか!?)


希望の光が見えた気がした。もし、隊長たちが一体でもゴブリンソルジャーを倒せたのなら、状況は好転する。パトリックやマルスがこちらに加勢に来てくれるかもしれない。


しかし、その希望はすぐに打ち砕かれた。


新たな、そしてさらに巨大な咆哮が、遺跡の奥地から響いてきたのだ。


「ヴァ、ヴァアアアアアッ!」


それは、今までのどの魔物の声とも違う、大地を揺るがすような、恐ろしい咆哮だった。咆哮と共に、強烈な魔力の波動が広がる。


その波動は、ケイが対峙しているゴブリンソルジャーの動きをも一瞬止めた。赤いオーラを纏った剣が、わずかに揺らめく。


(なんだ……? まだ、魔物が……?)


信じられない思いで、ケイは咆哮が響いた方向を見た。遺跡の奥深く、廃墟のさらに向こう側。


そこから、巨大な影がゆっくりと姿を現し始めた。それは、ゴブリンソルジャーどころではない、想像を絶するほどの巨体を持った魔物だった。全身を黒い装甲のような皮膚で覆われ、歪んだ角を持ち、地面を揺るがすような足音を響かせながら、こちらへ向かってくる。


(ボス……!?)


本能的に、それはこのエリアのボス級の魔物だと理解した。最悪のタイミングで、最悪の相手が出現してしまった。


その手には、ケイと同じ騎士の隊服のついた、すでに人間の形を留めておらず、血と肉塊が歪に凝固した、目を覆いたくなるような「ナニカ」が握りしめられている。


ボス級魔物は、ゆっくりと、しかし確実にこちらへ向かってくる。その一歩ごとに、地面が微かに揺れる。その恐ろしい足音は、死の宣告のように響いた。


ケイと対峙しているゴブリンソルジャーが、再びケイに視線を戻し、剣を構え直した。赤いオーラを纏った剣が不気味に輝く。先程までと異なり、ニタニタといやらしい笑みを浮かべている。




隊長側では、パトリックが剣でゴブリンソルジャーの攻撃を受け流しながら、懐から何かを取り出した。それは、小さなガラス瓶に入った、赤く光る液体だった。


「隊長!」


パトリックは、隊長にその瓶を投げ渡した。隊長はそれを素早く受け取り、迷うことなく蓋を開け、一気に煽る。パトリックもまた、自身が持っていた同じ瓶の液体を口にした。


「グ、グギャアアアッ!」


隊長と相対していたゴブリンソルジャーが、体勢を崩した隊長に追撃しようと動く。しかし、その瞬間だった。


液体を服用した隊長とパトリックの全身から、目に見えるほどの魔力の波動が放たれた。そして、彼らの動きが――文字通り、めちゃくちゃに速くなった。


シュン!


隊長が剣を振るった軌跡が、残像のように見える。


ゴブリンソルジャーの攻撃を紙一重で回避し、その体を大きく弾き飛ばした。その剣技は、これまでの比ではない速さと鋭さだ。


パトリックも同様だ。まるで瞬間移動でもしたかのように、隊長が弾き飛ばした、ゴブリンソルジャーへと移動し、その相手を受け持つ。


彼の剣技も、驚異的な速度で繰り出される。ケイは聞いたこともないが、一時的に身体能力と魔力を高める、強力な強化薬だろうか。


消耗を度外視してでも、立ち向かうことにしたのだろう。




隊長はゆっくりとこちらに向かってくる、ボスに対して立ちはだかった。




マルスが隊長の援護をやめ、こちらへ向かって駆け寄ってきた。その背後には、複数の人影が見える。他の小隊の隊員たちだ。彼らはボスから逃げてきたのだろう。中には、足を引きずる者や、怪我をしている者もいる。


「ケイ! 逃げるぞ!」


マルスが、焦りを滲ませた声で叫んだ。彼のそばには、ボス級魔物から逃れてきたらしい他の小隊の隊員たちが、息を切らしながら集まってきている。


(逃げる……!)


撤退。それが、この状況における最善の判断だ。ボス級魔物と、2体のゴブリンソルジャーを相手に、このまま戦い続けるのは不可能だ。


「了解!」


ケイは力強く返事をした。撤退するしかない。


しかし、すぐに別の懸念が頭をよぎった。自分が足止めしているゴブリンソルジャーだ。


(こいつが……追いかけてきたら厄介だ……!)


重量化エンチャントを使うゴブリンソルジャー。正面からの突破は困難で、足止めしているだけでも精一杯だ。もし、自分が逃げ出したとして、こいつが追跡してきたら、撤退する部隊にとって大きな脅威となる。特に、怪我をしている他の小隊の隊員がいる状況では、足を引っ張られる可能性が高い。


赤いオーラを纏った剣が、再びケイに襲いかかった。重い一撃を騎士剣で受け止め、後退させられる。


遠くでボスと隊長の激しい戦いが始まった。




◇◇◇




足止めするだけではダメだ。ここで、こいつの追跡能力を完全に奪う必要がある。そのためなら――。


(消耗は度外視だ)


体力の限界、魔力の残量。そんなことは考えている暇はない。今持っている全ての力と、これまでの経験、そして閃きを、この一瞬に集中させる。


「グアアアアアッ!」


ゴブリンソルジャーが再び咆哮し、赤いオーラを纏った重量化エンチャント剣を振り上げて切りかかってきた。重い唸りを上げて迫る剣。


ケイは、真正面から受け止めるのではなく、一歩踏み込み、剣の軌道を注意深く見極めた。そして、剣が最も速度を増した一瞬、体をわずかに捻り、騎士剣を使って相手の剣の側面を滑らせるように「いなした」。


ガンッ!


金属同士が擦れ合う鈍い音。重い剣の軌道が大きく逸れ、ゴブリンソルジャーの体勢がわずかに崩れる。狙い通りだ。重量が増している剣は、一度軌道が逸れると立て直しに時間がかかる。


(今だ……!)


いなした隙を逃さず、ケイは体勢を崩したゴブリンソルジャーの懐に飛び込んだ。騎士剣の切っ先を、相手の左足――特に動きの要となる膝の裏の腱あたり――に狙いを定める。


シュッ!


騎士剣が、ゴブリンソルジャーの硬い皮膚を突き破り、深々と突き刺さる。ゴブリンソルジャーは絶叫し、片足を押さえてよろめいた。


しかし、これだけでは、追ってくるだろう。だから、さらに傷を広げる。


剣が突き刺さったままの状態で、ケイは「宿木」の魔法を発動させた。


『浸透』、『生成』


短い掛け声と共に、体内の魔力を騎士剣の魔法回路へ流し込む。


突き刺さった刃先から、まるで植物の芽が伸びるように、短く鋭利なブレードが出現する。ブレードは、ゴブリンソルジャーの足の傷口を内側から抉り、破壊していく。


「グギャアアアアッ!」


激痛にゴブリンソルジャーの絶叫が一層大きくなる。


(まだだ)


しかし、ケイの攻撃はまだ終わらない。宿木で傷口を広げたその傷口から、さらに致命的なダメージを与える。


(これで……終わりだ!)


ケイは、突き刺さった騎士剣全体に、制御不能なほど大量の魔力を流し込んだ。枝に魔力を「浸透」させ爆砕してしまった経験。あの時、意図せず行ってしまった破壊の魔法を、今、意識的に使う。


「爆ぜろ!!!!!!」


叫びと共に、騎士剣の内部に過剰な魔力が流れ込み、飽和する。そして――


ドォンッ!


爆発した。突き刺さった騎士剣が、轟音と共に文字通り爆砕したのだ。金属の破片が、ゴブリンソルジャーの足の傷口を中心に、四方八方に飛び散る。


ゴブリンソルジャーは、血と肉片を撒き散らしながら、けたたましい悲鳴を上げた。足は原型を留めていない。そして、手から赤いオーラを纏った剣を落とし、地面に転がり回った。


(よし……。短い間だったが、相棒よ感謝する。)


騎士剣は失われたが、代わりに厄介なゴブリンソルジャーを無力化できた。これで、安心して撤退できる。


ケイは、地面に転がったゴブリンソルジャーの、歪んだ金属剣に目を留めた。赤いオーラは消え、ただの金属剣に戻っている。


(もらうぞ……!)


騎士剣を失った今、新たな武器が必要だ。ケイは迷わず、地面に落ちたゴブリンソルジャーの剣を拾い上げた。歪んではいるが、何も持たないよりはマシだ。


(騎士剣よりは、流石に重いか)


「ケイ! 大丈夫か!?」


マルスの声が聞こえた。見ると、マルスと他の小隊の隊員たちが、撤退の準備を整えて待ってくれている。


彼らの顔には、安堵と焦りが混じり合っている。遠くでは、ボス級魔物の咆哮と、隊長たちの激しい戦闘音が響いている。


ゴブリンソルジャーの剣を手に、ケイは立ち上がった。足に重傷を負ったゴブリンソルジャーは、呻き声を上げながら地面を転がっている。まだ動けないだろう。


「マルスさん! 行きましょう!」


ケイは叫び、マルスや他の小隊の隊員たちが待つ方へ駆け寄った。新しい剣の感触を確かめるように、軽く握りしめる。


マルスはケイが無事なのを確認すると、頷き、他の隊員たちに撤退を促した。負傷した隊員を支えながら、廃墟の奥、遺跡地帯の入り口を目指して走り始める。


「ヴァ、ヴァアアアアアッ!」


ボス級魔物の咆哮が、撤退する彼らの背中に響く。隊長がボスを抑え、パトリックが殿しんがりを務めるのだろう。




◇◇◇




撤退隊列は、マルスが先導し、その後ろに他の小隊の隊員たちが続く。その隊列の中に、ケイも加わった。隊員たちの顔は蒼白で、息を切らしている。


この撤退隊列は、マルス、そしてボス級魔物から逃れてきた他の小隊の生き残りと思われる隊員たちで構成されていた。


動ける戦闘員は限られている。ケイが合流した時点で、この隊列には、地図士のマルスに加え、動ける騎士が一人、そして戦闘員(マルスのように魔法が使えない非騎士の兵士)が二人の、合計5名の動ける人間がいることが分かった。


そして、負傷している隊員が五名。うち二名は自力で歩くことができず、動ける戦闘員二人に担がれている。他の三名の負傷者も、足を引きずったり、腕を押さえたりしながら、なんとか自分の足で歩いている。合計で十名ほどの隊列だ。


「ヴァアアアアアッ!」


遠くで、ボス級魔物の咆哮が響く。大地が揺れるほどの凄まじい声だ。そして、それに混じって、隊長たちの激しい戦闘音が聞こえる。金属と金属がぶつかり合う音、魔法が炸裂する音、そして、ゴブリンソルジャーたちの咆哮。


あちらも依然として厳しい戦いを強いられているのだろう。このエリア全体から響く戦闘音が、撤退する彼らの背中を押す。


マルスは、時折後ろを振り返り、隊員たちの状況を確認しながら、最も安全と思われるルートを選んで進んでいく。廃墟の中を縫うように進むため、道は複雑だ。土に埋もれた瓦礫や、崩れかけた壁が視界を遮る。


隊列の中にいる、もう一人の動ける騎士が、ケイのそばに近づいてきた。顔には泥と血が付着しており、疲労困憊の様子だが、その目は鋭い。


「君は……パトリックの隊の新人か」


騎士が低い声で言った。ケイは頷いた。


「はい」


「俺たちは、初日に挨拶した隊だ。運搬の小隊が回収に来た時、ヤツが現れた。警戒していたんだがな」


騎士の言葉に、ケイは合点がいった。やはり、採掘小隊と運搬小隊がこのエリアに集まっているタイミングで、ボス級魔物が出現したのだ。複数の隊が集まったことで、魔物を誘引してしまったのだろう。


「ボスに襲われて、隊は壊滅状態だ。元々3部隊いたんだぜ?」


騎士は、負傷者を含む隊員たちを一瞥し、苦痛に歪んだ表情を見せた。彼らの隊も、甚大な被害を受けたのだ。


撤退ルートは、廃墟の中を通り抜けている。いつ魔物が潜んでいるか分からない。マルスが警戒しているが、万全ではない。


その時だった。


崩れかけたボロボロの建物の影から、複数のゴブリンが飛び出してきた。そして、そのうちの一体が、二階部分の開いた窓から、隊列に向かって飛びかかってきた。手には石器のナイフ。


「グギャッ!」


奇声と共に迫るゴブリン。マルスが気づき、盾を構える。しかし、距離が近い。


ケイは、咄嗟に手に持っていたゴブリンソルジャーの剣を構えた。歪んではいるが、騎士剣と同じくらいの長さがある。重量化エンチャントが施されていた剣だが、今はただの金属剣だ。しかし、それでも通常の石器よりははるかに重い。


ゴブリンが飛びかかってきた。ケイは剣を振りかざし、ゴブリン目掛けて横薙ぎに叩きつけた。剣として切るのではなく、その重さを利用して殴り飛ばす。


ドォン!


重い金属がゴブリンに直撃する鈍い音。ゴブリンは悲鳴を上げる間もなく、吹き飛ばされ、地面に転がった。動きを止めている。


「助かった。」


マルスはケイに短く感謝を伝えた。


「先を急ぐぞ!」


名も知らぬ騎士が号令をかけた。



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