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悪役令嬢カトゥラ・カドゥレは憂鬱げ  作者: ミナソコミナモ


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(8)父登場、即退散

 ハリスン・カドレッド。

 若き侯爵はその外見もまた若々しい。十代の頃からの線の細い美貌は今も健在だ。三十代後半という年齢と侯爵という肩書きにしては、少々威厳が足りないと感じるほどに。

 似合わない口ひげは、自身に足らぬ威厳を補填するための武装のつもりなのだろう。似合わなすぎて胡散臭さが増している、という事実を未だ自覚できないらしい。誰も指摘しないのだから当然といえば当然か。


 若かりし日の諸々の行いによって、父のもとに残った人脈は上辺のものばかり。リリアの父であるノトシュ伯爵などは比較的親しげではあるが、彼は博愛精神に満ちてどのような人物も寛容してしまうから、友人のちょっと微妙な言動や趣味趣向嗜好にいちいち口出しせずに受け入れてしまう。結果、父は世間の感覚と生じたズレを矯正する機会を失い続けてきたわけだ。寛容さとは時に無関心に通ずる残酷さだと、カトリーヌはつくづく思う。

 さりとて家族も、その口ひげ似合ってませんよー、などとわざわざ忠告するほど気安い関係性でもない。不仲の期間が長すぎたのだ。父母は基本的に会話をしないし、カトリーヌもそれに倣って必要最低限以上のコミュニケーションをとるのをやめた。兄に至っては留学先から帰ってこない。

 どうせ指摘したところで、恥をかかされたとばかりに機嫌が悪くなって拗れるだけだ。それに付き合ってやるほどの情も、とっくの昔に尽きている。

 すなわち父は、本日も裸の王様だ。


「あらミスター、おかえりなさいませ。ご予定よりずいぶんとお早いお帰りでいらっしゃいますね」


 ニッキーは物怖じせずににっこりと微笑む。休業中とはいえさすが舞台スター、お貴族様の相手もお手の物といった風格だ。


 対して、父はこめかみをピクリと動かした。指摘されたくなかったというのがあからさまだ。……そんなだから青臭いのだ。

 どうせ仕事に行き詰まったか人と会う予定がふいになったか、どちらにせよ不本意なアクシデントに気分を損ねて……尻尾を巻いて逃げてきたのだろう。こうやって明るい時間に抜き打ちのように父が帰宅することは、さほど珍しいことでもない。


「……ミス。私が貴女にカトリーヌへ教えるよう依頼したのは、夜会で踊るためのダンスだったはずだが?」


「もちろんですわミスター。そのように指導しております」


「しかし今しがたのカトリーヌの動きは、私の知っているダンスではないな」


「ミスター。大切なのは基礎ですわ」


 責める口調の侯爵に、ニッキーはまるで堪えていない様子でかぶりを振った。

 と同時に、何か言い返してやろうかと据わった目をするカトリーヌにだけわかるように、キュッ、とウインクしてくる。「任せなさい」の合図だろう。


「確かに本番で踊る曲目を繰り返し練習するのも大切ですが、踊るための準備ができていない身体に突然ダンスだけを仕込んでも、所詮は付け焼き刃というものです。型通りのステップをとりあえず踏んでいればいい、という心積もりの付け焼き刃はお歴々にあっさり見抜かれます」


「……」


「まずは踊るための筋力づくり──ああもちろん筋肉質な肉体にするというのではなく、目には見えない身体の深いところに綺麗な姿勢を保つための筋肉があるので、そこを鍛えると格段に見栄えが変わります。それと並行して踊りを美しく見せるための所作をしっかりと仕込むことで、人の目を惹く美しい動きが可能になりますし、多少ダンスの手順が飛んだとしても形になります」


「……そのためのレッスンが、先程の珍妙な動きだと?」


「珍妙とは聞き捨てなりませんわミスター。伸びも静止も跳躍もダンスの大切なパートです。社交界の事情は存じ上げませんが、舞踏会でも高難度の跳躍や静止動作を混じえた古典演目もあるはずでしょう? 今はよくても、後で突然必要となった時になって、その部分だけを一夜漬けするのは非効率ですわ。普段からコツコツと小さな積み重ねを身につけていくことで、どこの舞踏会に出しても恥ずかしくない地力がつくのです。それにお嬢様は──」


「──わかった、君の言い分は理解した、ミス。ではそのまま実のあるレッスンを続けてくれたまえ。ただしくれぐれも余計なことは教えないように」


 父は口早にそれだけ釘を刺すと、屋敷の奥へと去っていった。面倒になって逃げたのだ。あっけなさすぎる。


「根性なし……」


「お父さんのことをそう言うもんじゃないですよお嬢様。でも惜しかったなぁ。お嬢様のやる気とセンスを思い知らせてやりたかったのに」


 ニッキーは侯爵を言いくるめた高揚でテンション高めだ。しかし褒めて伸ばす方針は良いが、発言が少し現実から乖離しすぎている。


「やる気もどうかと思うけど、センスって……」


「あら、お嬢様は本当にセンスがおありですよ。内側からにじみ出るような憂い、それを肉体で表現する感性。こういったものは教えて身につくものじゃないですから。まあ確かに、体質的にはプロのダンサーには向いていませんけどね」


「じゃあ結局宝の持ち腐れね。舞踏会にセンスなんか不要だし」


「お嬢様はプロの踊りや生きていくための処世術以外の踊りに、価値はないと思ってらっしゃる?」


 壁に嵌め込まれた大鏡の前に並んで同じ静止ポーズをとりながら、ニッキーが鏡越しに瞳を覗き込んでくる。カトリーヌは思わず黙り込んでしまった。


「踊りなんてものは、ほとんどが民衆の娯楽から始まってるんですよ。型どおり綺麗に踊る美しさもありますけど、本当なら肩ひじ張って考えずに、踊りたいときに踊りたいように好きに踊ればいいんですよ。確かに、魅せるための踊りを極めてお金や名声といった報酬を得るプロの演技は価値あるものです。でも、どこにでもある街中のお祭りで、普段は踊らない町の人たちがめちゃくちゃなステップを楽しそうに踏んで踊っている風景の価値が、プロのそれに劣るとは、私は思ってません。……ダンスで食べてる身分で、あんまりおっきな声じゃ言えないですけどね?」


 いたずらっぽく笑うニッキーに、屈託はない。まだ出会った頃に感じたそこはかとない焦りも。


「だからお嬢様も、踊りたいと思ったら踊ればいいんです。誰が笑ったって、誰が反対したって、踊るくらい自分の自由でしょ? 人のやることに無駄だ馬鹿だとケチつける阿呆には、そいつの私生活の粗を探しまくって言い返してやりゃいいんですって。人間なにがしか言い訳しながら無駄に生きてるもんなんですから」


 言い訳しながら逃げ出した先程の父の姿を思い出し、カトリーヌは小さく噴き出した。胸の底に知らず知らず巻き付いていた枷が、少しだけ緩んだような心地を覚えながら。


「そうね……好きなように、踊っていいのよね」


 ソキウスに会いたいと思う。また放課後、あの池の畔で踊ろう。


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【完結済・コミカライズ】
身辺を清めてから出直してくださいませ

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