(58)頼れる人はもう一人
カドレッド侯爵領が果たしてどんな経営状況にあるのか、代官はどのような人物なのか。
カトリーヌ個人で調査する方法をヒルデガルトに相談してみたのだが、色好い回答は得られなかった。
貴族の情報の中でも、各領地の状況については究極の個人情報に当たる。うかつに口を滑らせでもしない限り、基本的には表に出すような内容ではない。有名な領地に大きな動きがあった、どこそこが摘発されたらしい、といった醜聞の類ならばまだしも、経営順調な領地でどんな代官が活躍しているかなんてことは、噂好きの社交界でさえ口の端にのぼるような話題でもない。
王都にいながらにして領地の状況を正確に把握するのは難しいということだ。ならば直接領地に出向いて確かめるしかない。
通常なら調査員を送り込む案件だ。が、ろくな権限も資産も持たないカトリーヌには手も足も出ない。
ザルツェイロス公爵家の力を借りれば可能だろうが、道義的に問題がありすぎる。仮にも侯爵家の人間が他家にすがって侯爵領で諜報活動をしてもらうということは、実家の内情を外部に開示するのと同義であり、とりもなおさず他家に身売りしたものと見做されるだろう。領主たる侯爵がそれを許す状況ならまだしも、侯爵に反目して家出中の娘がやらかせば、間違いなく娘、つまりカトリーヌ自身の有責となり、父の手札となってしまう。
自力でやるには結局、カトリーヌ自身が直接領地に乗り込むしかないのだ。
しかしカドレッド侯爵領は王都から馬車で三日はかかる。その往復に調査期間を含めれば、それなりの日数が必要だ。馬車を借りる必要があり、野宿もまずいから、まとまった路銀と旅程計画も用意しなければならない。
どうせ身分を隠すことになるのだから、侯爵領行きの乗り合い馬車に潜り込むという手もある。路銀は抑えられるし道中の寝泊まりもある程度保証されるはずだ。が、貴族だろうと平民だろうと女性が一人で使うような代物ではない。最低でも一人、信頼できる護衛を雇う必要がある……
四面楚歌だ。何をするにも金とコネが必要になる。王都から領地への往復を毎年定期的に、こともなく実現している貴族なるものが、何をもってして成り立っているのかが骨身に染みてよくわかる。
……一つだけ、カトリーヌにも使えるコネクションに心当たりがないわけではない。貴族ではないために社交界のしがらみからは一歩遠く、資産と人材を確実に所持していて、カトリーヌに力を貸してくれそうな……
(駄目よ、絶対に)
相手が貴族ではないからと言って……いや、貴族ではないからこそ、カトリーヌに手を貸していたことがのちのち露見した場合のリスクが高すぎる。絶対に頼ってはいけない。巻き込んではならない……
「そう難しく考えずとも、商人目線で今現在持っている領地の情報をそれとなく聞き出すくらいならよろしいのでは?」
「……あっ」
盲点である。
そう、領地に出入りしその様子を見聞きしているのは、何も貴族と領民と間諜だけではない。出入りの頻繁さや耳目の聡さに関しては、圧倒的に商人にこそ軍配が上がるのだ。
カドレッド領と直接取引がある商人ならば、経営状況や代官について少なからぬ情報を把握しているだろう。そうでなくとも熱心な商人なら、全国各地の状況についてある程度探りを入れつつ、虎視眈々と商機を狙っているはず。商人間のネットワーク内でも、比較的確度の高い噂が飛び交っていることだろう。
すでに流布してしまっている噂なら聞き出すことにリスクは皆無。事情通に「話せる範囲で教えてほしい」と乞う程度、諜報活動のうちにも入らない。書類を前にうんうん唸っているよりよほど実りがありそうだ。
……でまあ、当然、ヒルデガルトがこのあたりのことに気づいていないはずもないわけで。
(徹底して試されてる気配がする……)
家出に関してはこれだけお節介とも言える施しをしておいて、調査員を送る相談をした時には助言の一つも寄越さないのだから、意図は明らかだ。
なにせ、季節はカトリーヌの意気込みを嘲笑うかのように容赦なく移ろい、早くも秋を迎えようとしているのにも関わらず、こうして放置され続けているのだから。
時は長期休暇の終盤も終盤。絶対に彼に迷惑をかけてはいけないと、思考に施錠して話題にも上げようとしなかったカトリーヌが、遅々として進まない調査と、自由なようでいてその実ろくに身動き取れずにいる自分自身への苛立ちや焦りから、うっかり彼の個人名を議題に上げてしまったところでようやく、メアの口から出てきたアイデアである。
できればもっと早くに助言してほしかったものだが、あまり人に頼るという習慣がなかったカトリーヌが意見を求める声かけを怠ってしまったのが最大の原因だ。メアはメアで、「余計なことを言わない」使用人の分際を守りつつ、助手としてどこまで口を出していいか測りかねていたようである。散々カトリーヌに執着してみせてしまった手前、余計に距離感の取り方が難しくなってしまったのだろう。
人を使うというのはなかなか難儀だ。カトリーヌはヒルデガルトのようにはなれそうもない。実質的な同一人物であるらしい『悪役令嬢』を妙に尊敬してしまう。
ともあれ、おかげで少しだけ目の前が開けた。
問題は……噂を聞き出したい当の相手が、新学期に突入してから全く捕まらなくなってしまったこと。
これから忙しくなるとは聞いていたし、実際交流の頻度も目減りしていて、うら寂しくはあったのだ。そのうえ明確な用事ができた途端に学園に影も形もなくなったとなれば、不安にもなろうというもの。
担当の教員に訊いたところ、どうやら家の事情でしばらく休学する申し出があったらしい。詳細は伏せつつも、家業の手伝いらしいとだけは教えてくれた。素行優良、単位も出席日数も足りる見込みなので、今後の試験をしっかりパスしつつ補講や課題で足りないぶんをフォローすれば、最悪授業に出ずとも学園卒業することも可能……という……
そう太鼓判を押された時の絶望感と孤独感は、筆舌に尽くしがたい。
もうこのまま学園で顔を合わせることなく永遠のお別れに……そんな不安に押しつぶされそうになりながら、なんとか奮起して手紙でコンタクトを取りつつ。
あっという間に、因縁の学園祭準備期間に突入していた。
待ち人がようやく学園に姿を現したのは、本番がいよいよ三日後に迫った、最高潮に忙しい日だった。




