(4)友人との交流は心の癒し
飾り気のないショールが、少し強めに吹きつけてきた風にはためく。
ルペルトと別れたカトリーヌは、その足で学園の遊歩道を辿っていた。いつもの場所へ。
学園の敷地には管理された小さな林があって、林間の木漏れ日の下に小洒落た舗装の小道が続いている。ちょっとした公園だ。
昼休みに時間を潰すにはなかなか良いロケーションだが、元気を持て余したティーンが放課後を過ごすには少し落ち着きすぎていて、今も人はまばら。
カトリーヌは誰ともすれ違うことなく林間の奥を目指した。緑が深まるにつれて湖かと見紛う広大な人工池が姿を表す。池畔には転落防止の綱が渡され、所々にベンチが据えられている。
今日はとりわけ人がいない。ベンチも無人だ。……一番奥の、いつもの席を除いて。
カトリーヌが歩み寄ると、ベンチに陣取っていた人物が敏感に気配を察して顔を上げた。ソキウスだ。すぐに笑顔になって挨拶代わりに手を上げてくる。
カトリーヌも軽く手を上げて応えて、ごく自然な流れでソキウスの隣に座った。
「どうだった?」
ソキウスは広げていた参考書をぽいぽいと片付ける傍ら、端的に訊いてきた。
「いつものだった」
背もたれにぐったり身を預けながら、カトリーヌも端的に返した。面倒な前置きや複雑なやりとりは、いまさら必要ない。
ソキウスは苦笑する。
「困ったもんだね、貴族のお坊ちゃん方も」
「ほんっと失礼極まりないわ」
よく知りもしない相手から「おまえと結婚なんかありえねーから」といきなり突っぱねられた側の、この虚仮にされた気分をどうしてくれるのか。これをやられた以上、少なくとも今後の学園生活において友好的な関係性に反転することはまずありえず、それでも構わないと宣言しているに等しいのだが、その辺りはわかってやっているのかどうか。
まあ実際、カトリーヌとの関係など彼らにとってはどうでもいいことなのだろう。家格だけ高くて実態は冴えない侯爵家の、色気も愛想もない娘のご機嫌など尊重するに値しないといったところか。
カドレッドの家格を恐れながらも、カトリーヌの不興を買うこと自体はどうでもいいというこの態度。むしろカトリーヌ程度の底辺女が婚約なんて身の程を知れ、ぐらいの気分なのかもしれない。だから頼めば通ると本気で信じているのだろう。……実際それを通してしまっているのだから、侮られる一方なのはもはや致し方ない。そこで抵抗したところで、誰も幸福にはならないのだから。
「……ま、本を正せばうちの父のやり方がまずいのが一番の問題なんでしょうけど」
目上から目下に持ちかけられる縁談は断りにくい。カトリーヌの父は侯爵という位の高さを存分に利用して、方々のめぼしい貴族に粉をかけまくっているのだ。
しかし、目下の優良貴族ばかりを手当たり次第に、断りにくいやり方で狙い撃ちするという、姑息で強引かつなりふり構わないやり方では相手方も警戒する。家格高くとも大した人脈もない、正体不鮮明な若き侯爵の腹の底が見えぬのでは、持ちかけられた側も手放しで縁談を喜ぶわけにもいかないだろう。
そして標的にされた当の令息自身は、学園で侯爵令嬢──すなわちカトリーヌの実態を見て、「これはない」と大慌てで婚約話の白紙に走るのである。
「カドレッド、じゅうぶん美人だと思うけどなぁ」
「あらありがと。でもそういう問題じゃないのよ。オシャレもせず男に媚びず愛想笑いの一つもできない女は、婚活という舞台においては女じゃないってだけよ」
「あー……笑えば?」
「なんであんな連中の機嫌を取るために笑ってやらなきゃならないのよ」
「ブレないねぇ、カドレッドは」
カトリーヌは一貫している。正確にはリリアに前世の話を打ち明けられたあの時に若干人生を脱線したまま、ずっと一貫して脱線し続けているのである。
この人生に、今ここに生きていることに、なんら意味などないと悟った、あの頃から。




