表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢カトゥラ・カドゥレは憂鬱げ  作者: ミナソコミナモ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
47/186

(46)それぞれの家庭事情

 薄暗い場内の底には人々のしめやかなざわめき。頭の上を美しい調べが通り過ぎていく。

 座り心地の良い豪華な長椅子に並んで腰掛けながら、生徒会副会長と庶務の密談は薄闇の中で交わされていた。

 議題は、問題を起こした少女たちの、何が問題だったのか。


「……そう、じゃあやっぱり諸悪の根源は家だったわけね」


「こういった事例の場合、家庭内に一切問題がないことのほうが稀ですもの」


 サンドラ・アンハイムは、ある意味見た目通り。幼少から豊かな家庭で甘やかされて育ち、すくすく我儘に育ったようだ。

 が、家の中ではそれでよくとも、外に出ればそうそう我儘は通じない。アンハイム家は数ある中流伯爵家に過ぎず、知名度はそこそこ、豊かに見えた財力も他の貴族を大きく凌駕するほどのものでもない。周囲を押さえつけるほどの力はなく、必要あらば上位貴族に傅かなければならない立場である。甘やかし放題だった両親も、外ではわきまえるのが当然だと、ろくに教えてもいない身の振り方を土壇場でサンドラに強いた。

 家庭内で施された教育と外の世界の現実との齟齬は、サンドラにとって大きな屈辱でありストレスだったのだろう。他の貴族と関わりを持つ機会が増えるほどに、抑圧を発散するように攻撃的な態度や問題行動が徐々に発露し、親の目が届きにくい学園内で完全に開花したといったところである。


 エイミ・シーニスの場合はもう少し深刻だ。彼女は家庭内で冷遇されて育った。

 この国含め、周辺諸国の考え方に「髪は金や銀が高貴であり、色素が濃くなるほどに下賤である」というものがある。その尺度で行けば黒髪は最下層だ。

 現代においては化石のような価値観だが、多くの貴族が未だ心のどこかで根源的に共有している感覚でもある。古い家ほどその傾向は強く、シーニス家も数代前までは金髪や銀髪、色素の薄い髪色だけを血に入れるように婚姻を管理していたらしい。

 しかし時代が下るにつれて濃い髪色の貴族も増えて、金髪銀髪だけをつまみ食いするわけにもいかなくなってくる。家を繋ぐための政略結婚として、理想的な金髪の持ち主である当代当主に見事な黒髪を持つ令嬢を宛てがったのは、上の世代にとってはそれなりに苦渋の決断だったようだ。

 令嬢の片親が美しい金髪だったことに賭けて血をかけ合わせたところ、生まれた三人の男女のうち長女のみが黒髪、残りは金髪という、期待値を若干上回る成果が得られたわけだ。

 かくて家庭内のヒエラルキーは確定した。祖父母世代は孫に明確な格差を設けて金髪の次女長男を優遇する。金髪を二人生んだことで黒髪の嫁も悪い扱いはされなかった。そして当然の如く、黒髪の長女は底辺に追いやられた。

 親世代は一応は金髪至上バイアスには侵されていない。故にあからさまな虐待こそなかったが、強権を握る祖父母世代の顔色を見ないではいられず、知らず知らずに感化され、なんとなしに子供らの扱いに差をつけてしまうようになっていった。

 とりわけ親たちが長女を冷遇する言い分として用いたのが「お前は賢そうに見えるのに中身はそうでもないんだから、もっと我慢して頑張らないと駄目だ」というもの。黒髪を侮蔑する先入観はなくとも、人を外見で判断する浅ましさは結局同じ穴の(むじな)だったわけだ。

 外見と知能の落差を常日頃から指摘され続けた長女──すなわちエイミは、そのコンプレックスを核にして人格を形成してしまった。サンドラとつるむようになったのは、凡才の自分よりも遥かに浅はかで、それでいて己の我を通すことにためらいない姿が、エイミには眩しかったから。

 そして、サンドラの傍にいればエイミは相対的に賢く見える。エイミを隣に置いておけば、サンドラは自分よりも賢そうな人間に己の我欲を常に肯定してもらえる。

 憧れと利己の両輪で形成された関係は、彼女たちにとって居心地の良い「居場所」だったようだ。たとえ傍から見ればひどく(いびつ)であったとしても。


 そしてメア・キルナー。彼女は支配的な父の抑圧下で育った。

 キルナー子爵は外向きの貴族としての振る舞いはそれなりだが、家族や従僕などの身内に対しては暴言の多い男であるらしい。自分と異なる意見を反射的に馬鹿にし、口癖のように他者の悪口や陰口を放言し、相手が思い通りにならないと声を荒らげて表情で威嚇し、当主の権威を振りかざして諫言を退ける。「それなり」の経済力も、たまたま運が良かっただけだったり、他者を利用したり従僕を使い潰したりして得た薄っぺらな利益に過ぎない。リリア流の言葉を借りれば、パワハラとモラハラのハイブリッド体質というやつだ。

 そのうえ子爵は蒐集家だった。「これは世間で評価の高い逸品だ」とか「新進気鋭の作家の作品だ」とかの触れ込みに弱く、画商や知り合いの貴族に勧められ乗せられ、高価な美術品をぽんぽん買ってきてしまう。真っ当な蒐集家のような目的や美学もなく、作品の歴史や真贋を見極めるための勉強もせず、蒐集品への愛情すらない。ただ「買った」という事実に満足してしまい、その後の管理は家族や従僕に任せて放置。それでいて売り払うことは許さないので、屋敷には人目に触れることのない大量の美術品を詰め込んだ物置部屋がいくつもあるらしい。

 母も兄姉も、父を諫めることを諦めきっていた。実際、一家の経済力を一手に握っている子爵に、家族が逆らうすべはない。メアはその中でも父に正面きって反抗していた時期もあったようだが、何を言ったところで怒鳴られ威嚇され、たとえ理路整然とやり込めたり奇跡的に説得できたところで、父には他者の意見を活かす能力が壊滅的に欠落しているがために状況もろくに改善されない。母が諦めた理由をまざまざと実感しながら、メアも次第に口を噤むようになっていった。

 それでいて不幸なことに、彼女は極めて論理的に思考が働く性質(たち)で、状況を読み解き分析する能力が高かった。それこそ、父よりも知能が高いと断言できるレベルで。

 父は、中身のない社会不適合者だ。メアはそう看破していた。

 他者との関わりは「自分と同じ意見か、自分に利益があるか」という尺度しかない。優しさや愛情、寛容さというものがあまりにも薄い。結局のところ彼の世界は「自分と自分以外」で構成されており、「自分以外」を否定することで空っぽな自分自身をどうにか肯定しているに過ぎない。

 美術品の蒐集癖は、他者否定だけでは賄いきれない自己肯定感を補う行為だ。

 キルナー子爵は極めて自己中心的で他者を軽んじながらも、実のところ肝は小さい。他者よりも優れた人間でありたいという、己の実態からかけ離れた野望を抱く一方で、腹の底では他者からの否定的評価を滅法恐れている。自分が人類という群れからはみ出すこと──すなわち孤独を、ひどく恐れている。とっくの昔に誰からも見放されている事実から目を逸らすのに必死だ。

 自分自身を改めることを拒み、他人のせいにして、世界に唾を吐きながら、誰のことも愛さずに、そのくせ自分だけは愛されたいと望んでいる。

 その点、美術品を購入することは他者から手軽に称賛を得られる行為だったのだろう。売る側は喜び感謝し、世間の評価の高い作品を所持していることで他の貴族の見せかけの名声も集まる。家を高級品で埋め尽くしていくことで、空っぽな自分を満たしてくれる気分にもなれる……


「……よくもそこまで、自分の親の中身を掘り下げたものね」


 メア・キルナーの心情を思い、カトリーヌは額を覆って溜息を零した。


 己の親がどれほど情けない人間か、思い知るほどに子供の心に蓄積するのは自己嫌悪だ。あの親の血を引いている、あの親に養育されている、みじめな自分。

 普通、子供はそういった親の欺瞞からは本能的に目を逸らすものだろう。それをメアは、幼いうちから父の欺瞞や悪性を何もかも理論的に理解してしまっていたらしい。

 親元から独立して自分も大人と呼ばれるような立場になれば、自分と親を違う人間として切り離して考えることもできるだろうし、自分自身の弱さや情けなさを肯定するための裏返しとして親の欺瞞や悪性を許すこともできるようになるのだろう。しかし夢見がちで潔癖な子供にとっては時に死活問題になることもある。メアのような難しい子供には、特に深刻に。


「幸い、これらの考察を口に出して指摘をしてしまえば子爵の貧弱な精神を追い詰めてしまうことも論理的に予測できたため、そこから自身の生活に大きな翳を落とすことを恐れて口を噤むことを選択したようですわ」


「それ、幸いかしらね……」


 親の悪性も弱さも手にとるように把握した上、口撃で親のメンタルをぶち壊すことも可能だと確信しつつも、愛情でもモラルでも正義感でもなく自己保身のために、悪性を放置しのさばらせざるを得ない。

 あまりにも弱くて身勝手で、親を糾弾する資格などない自分。けれどどうしても親のことは許せない、憎悪せずにはいられない。

 そんな底なし沼のような葛藤を抱えるくらいなら、多少愚かで盲目的でも、初めから欺瞞に気づかないほうがマシではないか。


 賢いことは必ずしも幸いではない。頭でっかちだの考えすぎだのという言葉は、頭をろくに使わない人間の欺瞞を感じてあまり好きではないが、それでも頭で考えすぎて自ら地獄に陥ってしまうメアのような少女には必要な忠告なのだろう。



「以上が、メア・キルナーの抱えていた家庭事情の一部ですわ」


「一部……」


「本人も家族への不満を明確に言語化するのは初めてのようですから。はっきりと自覚していない心の(おり)もまだまだ溜まっているようです。まずは平常な生活を送らせて心を落ち着かせながら、少しずつ聞き出す必要があるでしょう」


「それはもうほとんど心理療法(セラピー)ってやつね……。今は公爵家で預かっているのよね?」


「ええ。いつかのリリアさんと同じく行儀見習いという名目でメイド仕事をさせながら、折を見てわたくしや侍女たちで話を引き出している最中です。人付き合いは少し苦手のようですが、真面目な働きぶりは使用人たちからも評判が良く、本人も仕事に没頭することで徐々に精神的に安定してきているようですわ」


「性格より環境の問題か……」


「まあ、それもありますけれど。メア・キルナーは特に、生来から生きる環境を選んでしまう性質だった、という言い方もできるかと思いますわ」


 メアには六人の兄姉がいるという。子供に興味を持たず、愛情を注ぐ気もなければ後継を育てる労力も一切割くつもりなく、妻や使用人に何もかも丸投げしている分際でよくもこれだけの数を産ませたものだが、それでも兄姉はメアほど深い葛藤を抱えずに済んだらしい。父親の中身のない横暴を適度にいなし、自然と距離を置き、それなりに「普通に」成長しているようだ。むしろ、子爵があまりにも子供に手をかけなさすぎたせいで誰一人として家を継ぐ意志がなく、上の子からどんどん自分で職や嫁ぎ先を見つけてさっさと家から逃げ出し始めている始末らしい。

 だがメアだけは兄姉たちのように上手く親をスルーできずに、ろくでなしの父親を正面から直視しその毒をまともに浴びて育ってしまったのだ。これはもうそういう性質(たち)だったのだと言うしかない。

 その状況では、メアの地獄は兄姉らが家からあらかた逃げ切った後が本番だ。今はよくとものちのち、子供らが家を離れていくという現実に遅ればせながら子爵が危機感を覚えたのなら、生きることに膿んで独立心を枯らしてしまっているメアに、家を継ぐ負担が一気にのしかかってくることだろう。


 そんな未来も見えていたのか。メアはメアで現実に立ち向かうことを諦め、よそに目を向けて逃避に走ったのだろう。その逃避先に、カトリーヌが選ばれてしまったわけだ。

 カトリーヌの境遇や振る舞いに自分と似たものを見出し、自分よりも優れている部分を見出し、一方的に憧れを(いだ)き──それは歪んだ執着へと発展していった。

 それが、学園内で起こった一連の事件の、本当の動機だったというわけだ。


「……最後の最後で自分自身の手を汚すなんていう失態を犯したのも、真っ当な親に愛されて育ったリリアへの嫉妬が暴走したのかもしれないわね」


 カトリーヌは薄暗い虚空を見やりながら、結局本人の口からは回答を得られなかった疑問に思考を回し、ぽつりと零した。単なる思いつきながら、存外悪くない発想ではないだろうか。

 何せメアは『悪役令嬢』の片腕となって『ヒロイン』を容赦なく追い詰める役どころだ。カトリーヌへの心酔だけでなく、リリアに対する僻み羨みもまたそこに秘められているとすれば。自ら悪の道に突き進む強力な推進力となるだろう。


 傍らで、ふふ、と小さく失笑する声。

 反射的に睨みつければ、薄闇にうっすらとヒルデガルトの笑みが浮かび上がる。


「他人のことは、よくわかってしまうものですわね」


「……」


 カトリーヌは一瞬鼻白み、ぶすくれた顔で正面の舞台に視線を戻した。

 折しも開幕のブザーが鳴り、人々のざわめきが少しずつトーンを落としていくのに合わせて、ゆったりと構えていた客が急いで席に向かう忙しない気配が薄闇の底を揺らす。


 一番人気の劇団が運営する、王都随一の大劇場。

 今日は、怪我でしばし一線を退いていた花形ダンサーの、最後の公演だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結済・コミカライズ】
身辺を清めてから出直してくださいませ

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ