第095話 お菓子作り
ここ数日、私の部屋の居候が一人増えた。というのは、あの事件以降、マルティナの寄宿舎にオードリー嬢が宿泊しているので、放課後にオペル座に通っている時以外は、マルティナと共に行動している為、必然的にマルティナと共に私の部屋で寛いでいることが多いのだ。ちなみに私が帰ってきて夕食を食べると二人はマルティナの部屋の眠りに帰る。
その為か、オードリー嬢も徐々にマルティナの影響を受けて私の部屋で漫画を読んでいることが多い。
「うん、今度、家に戻った時に、私の部屋にある『ガラスのマスク』もここに持ってこようかな」
段々、私の部屋が、漫画喫茶の様になってくる。でも、この世界版の『ガラスのマスク』も読んでみたいので、その提案は大歓迎である。
「そう言えば、レイチェル、『魔物のお医者様』の続きは買ってこないの?」
「私はそんなにお小遣いを持っていないから、一度に全部はすぐ買えないわよ」
私がそう答えるとマルティナは考え込む。自分で続きを買ってくるべきか、それとも自分は別の作品を買ってくるべきかを考えているのだろう。
「そういえば、マルティナ、『りぼんのナイト』はないのかい?」
「あぁ、すみません、オードリー様、買ってないですね」
「そうか…子供のころ、読んだ記憶があるからもう一度読みたかったのだがな…」
マルティナの答えに、残念そうに項垂れる。
「そんなに読みたいのなら、買ってきましょうか?」
「いやいや、自分が読みたいのに、人に買わせるような事は出来ないよ、今度、自分で買うから大丈夫だよ」
なるほど、オードリー嬢は、『りぼんのナイト』が読みたいのか、今度、オードリーパパと話す機会があれば教えてあげようかな?
「そういえば、私もマルティナにお願い事があるのだけれど」
「なに?『魔物のお医者様』の続きを買ってきて欲しいとか?」
「いや、それは自分で買うから大丈夫よ、そうではなくて、今度、マルティナの寄宿舎の台所を貸して欲しいのよ」
「台所? いいと思うけど、またどうして?」
マルティナはきょとんとした顔で尋ねてくる。
「ほら、前にミーシャと約束したでしょ? 貴方の買ってきた大王くじのお菓子を再現するって」
「あぁ、言っていたわね、私は味見役だったわね」
「それで、材料の豆と砂糖は買って来たけど、私の部屋ではお湯ぐらいしか沸かせないから、ちゃんと調理ができる所が必要なのよ」
無理したら出来そうではあるが、時間と手間が掛かるだけである。なのでちゃんとした台所で調理した方が、良い物ができるだろう。
「分かったわ、協力するわ」
「ありがとう、ミーシャにも伝えて日取りが決まったらまた連絡するわ」
こうして、マルティナの寄宿舎でお菓子作りをする事が決まったのである。
そして、お菓子作りの当日。豆は事前にマルティナのメイドのシャンティーにお願いして、水でふやかしてもらっている。竈が二つしか無いので、豆五種類を一度に全部煮る事はできないがそれは順番にやれば問題ないだろう。
それより、大変なのが、ミーシャだけではなく、悪役令嬢全員が揃っているという事である。
「皆さんもお菓子作りに挑戦されるのですか?」
私は、予定外の人物である、コロン嬢、オードリー、テレジアの三人に声を掛ける。
「私はマルティナの所でお世話になっているから、どうせなら参加させてもらおうと」
そう答えるのがオードリー嬢。
「私はオードリー様からお話を聞きまして、でしたら私も参加してみたいと思いまして」
そう答えるのがコロン嬢。
「そんなコロン様に貴方もどう?と誘われまして…」
最後に答えたのテレジア嬢である。
といっても、お菓子作りの為に、私は事前にエプロンを持ってきており、ミーシャもちゃんと準備している。ひらひらの可愛いエプロンだ。
しかし、三人は飛び入り参加なので、学園の制服姿である。今日作るのは白あんの様な物なので、汚れが目立たないといっても、衛生的に看過できない。
「そんなに人手のかかるものではないので、皆さんは味見役に回ってもらえますか?」
「そうですわね…不慣れなものが加わっては足手まといになってしまいますので、お二人には申し訳ございませんが、私たちは見物という事で」
そう言う訳で、私とミーシャ以外は椅子に腰を降ろして見学する事となった。
「では、一緒に頑張りましょうか」
「はい! レイチェル様、お願いいたします!」
ミーシャが可愛いエプロン姿で元気よく答える。
「先ずは、半日水でふやかした豆を洗って、茹で零します」
「茹で零す?」
「最初は灰汁が出るので、一度、お湯を捨てちゃうんですよ」
「私、焼き菓子しか作った事がないので、茹でる作業にはそんな事が必要なんですね」
そう言いながらミーシャはメモ帳を取り出し、メモをしていく。
言葉通りに五分ほど、茹でたら一度ざるにあけて、豆を水で洗い流し、再び鍋に水を張り豆を茹でていく。
「ここで水の量はひたひたにします」
「ひたひた?」
つい思わず日本での言葉がでてしまう。
「えっと、鍋の中の豆が丁度、水を被るぐらいの量の事です」
「なるほど…」
ミーシャは更にメモをしていく。チラリとメモを見ると『ひたひた:材料に丁度水が被る程度の言葉』と記されている。こうした失言の一つ一つが異世界の言語を日本語で汚染していくことになるのだろう。
「次は沸騰するまで強火で茹でます。沸騰したら重曹を少し加えて、弱火にして大体半時間ほど煮込みます。その間、お湯が減るので、豆がひたひたになる程度に水を足していきます」
「重曹って、パンケーキを作る時のあの重曹ですか?どうして、そんなものを茹でる時にいれるのですか?」
焼き菓子しか作った事のないミーシャが不思議そうな顔で尋ねてくる。
「それは、重曹を足す事で、豆が柔らかくなるのが早まるんですよ」
「えぇ~ 重曹にそんな使い方があったとは…メモメモ」
この辺りは母から教わったものである。私たちは火加減を見ながら、時々、水を足す作業があるが、見学している人物にとっては、単調で退屈な絵面なので、うしろでお喋りを始めている。
ここで調理を始めて気が付いた事だが、異世界には現代のようなガスコンロはないのだが、その代わりに木炭を使った竈があり、貴族の家で使われているのには、魔法で火力調節できる仕組みが施されているので、意外と便利である。しかし、便利と言っても火を使うのは変わりないので火事には気を付けないといけない。
そうこうしているうちに豆が柔らかく煮えたので、次は豆を潰して餡にしていく作業に入る。そろそろ、この辺りからうろ覚えになっているので、記憶を辿りながらの作業になる。
「えっと、先ず豆を挙げて、水を切ってから、ボウルの中に入れて潰していって…」
二人でペタペタと豆を潰していく。
「次は裏漉し器で裏漉ししていって…」
これが結構、力のいる作業である。ミーシャと二人して汗を流しながら裏漉していく。
「裏漉しできた豆を水に晒して…」
「えっ? 水入れちゃうんですか? べちゃべちゃになっちゃいますよ?」
「いいのよ、豆の濁りが取れるだけでべちゃべちゃになっても大丈夫だから」
心配するミーシャをよそにボウルに水を入れて、かき混ぜると豆から濁りが出てくるので、何度か水を取り替える。
「あとは、綺麗な布で包んで…こうぎゅっと…」
豆を全部布に入れて搾ろうとするのだが、恥ずかしい事に全く力が足りない。
「私が変わります」
へとへとになった私に代わってミーシャが搾ってくれるのだが、私より非力なミーシャでは全く搾れない。
「あの…レイチェル様、小分けにして搾ってみてはいかがかしら?」
後ろで見学していたコロン様が見るに見かねて忠告してくれる。
「あはは、そうでしたね…小分けにすれば良かったですね…」
私とミーシャはコロン嬢の言われた通りに豆を小分けにして搾ると、思った通りに搾れていく。
「これで、ようやく餡の元ができましたね、後は味付けですよ」
どうにか形になったので私は餡だけに安堵した。
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※はらついの次回は現在プロット作成中です。




