第092話 不幸の上の幸せ
書店での一件があった翌日、私は診療所の仕事の手伝いに着ていた。ここに訪れるのも結構な回数になるので、手伝いだけではなく治療の方も行いたいが、あまり上手くはいっていない。やはり瞳を封印されていて魔力が目視出来ない事が、治療魔術の向上を妨げていた。
それでも、テレジア嬢の手ほどきを受けながら、軽症の患者相手に鍛錬を積んだおかげで遅々とした進歩であるが、成長が見込まれた。
繰り返し、努力することで、僅かではあるが進歩がある事は私を喜ばせたが、物事はそうそう順調に行くものではない。
「今日は患者さんが少ないですよ…」
診療所の私とテレジア嬢しかいない診察室で、私はポツリと零す。
「ふふふ、まるでもっと患者さんが来て欲しそうな言葉ね、患者さんは少ない方が良いと思うのだけれど」
私の言葉に笑みを浮かべるテレジアに、自分の失言に気が付く。
「す、すみません…つい、うっかり…」
「いいのよ、私もたまに思ってしまうから」
テレジア嬢は軽く流してくれる。
「それよりもレイチェルさんは私に聞いてこないのね…」
突然のテレジア嬢の言葉に私は頭に疑問符がつく。
「なんの話ですか?」
「私が、研修の為でもなく、ボランティアでもなく、侯爵家の貴族でありながら、診療所でお金を稼ぐために働いている事よ…」
テレジア嬢は伏目勝ちに答える。今まで口にはしなかったが、やはりテレジア嬢はその事を気になさっていたのか。
「聞いてもよろしいのですか?」
どう答えるか悩んだ末、私はそう答えた。
「そうね、私の内情を話さないまま、後ろめたさを感じ続けるより、話してしまった方が、気持ちがすっきりするかもね」
テレジア嬢はそう言うと擡げていた頭を上げる。
「私の祖母はアドリー家の当主だったのだけれど、私の両親が結婚して私が産まれた時に当主の座を両親に渡したの… その後すぐに祖母は亡くなったわ」
そこでテレジア嬢は少し目を伏せる。
「そして、その後、私がまだ小さな時に、両親が馬車の事故にあってね、私の両親は亡くなってしまったの…」
私は沈黙してテレジア嬢の話を聞き続ける。
「まだ小さな私には当主の仕事を継ぐ事ができずに、祖母の弟の大叔父が乗り込んできて、あっと言う間にアドリー家を乗っ取ってしまったの」
ここで一つ疑問が湧き上がる。
「どうして、テレジア様のおじい様のカイ様が継げなかったのですか?」
「おじい様はおばあ様の婿養子の立場だったから、相続権がなかったのよ。それに元々は貴族でもなかったから、貴族の習慣に詳しくなかったから、大叔父に上手く丸め込まれてしまったの」
当主が変われば、当主から親等に遠い人物は貴族位から外れるので、親族間でもこうした乗っ取り騒ぎがあるのか…
「私はその事でおじい様を恨んだりはしていないのよ、おじい様自身も幼い私を抱えて屋敷から追い出されて、そんな状態でも必死に私を育ててくれて、しかも、私の将来の為に、友人の伝手を使ってウリクリ家との婚約も約束してくれたの」
つまり、テレジア嬢はもうアドリー家を継ぐ芽がないから、カイ老人がなんとかしてウリクリ家との婚約話を持ってきたという事か。
「カイ様は凄い努力をなされたのですね、屋敷からの追放後に公爵家のウリクリ家との婚約話を持ってくるなんて」
「えぇ、おじい様は昔、ウリクリの前当主だった方と、一緒に旅をしていたそうだから、その時に友情を交わしたそうよ。それでその友人に必死に頭を下げて私の婚約を頼み込んだそうなの…私をちゃんとした令嬢に育て上げるからって約束して…私に幸せな将来を遅らせる為に…」
あの気さくで楽し気なカイ老人にそんな過去があったのか…そんなカイ老人が必死になって取り付けたウルグとの婚約だからこそ、ゲームの中ではテレジア嬢は必死にウルグとの婚約を固持しようとしたのか。ゲームの中では語られなかったけれど、そんな思いがあるのならゲームの中のテレジアの気持ちが良く分かる。
「カイ様は本当に凄い御方ですね…」
「えぇ、私もおじい様の事が大好きよ…でもね…」
テレジア嬢が肩を震わせている。
「友人が困っている時に手助けできなくて、診療所で日銭を稼いでいる状態では、いつか婚約を破棄されるのではないかと不安でしょうがないの… 私のせいでおじい様が必死に取り付けたのに…」
友人が困っている時というのは先日のオードリー嬢を助ける為に、オペル座の株を買い占める話の事か…しかし、テレジア嬢の気持ちも分からなくもない。他の下級貴族ならまだしも、上級貴族である公爵家が未だに下町で暮らしているテレジア嬢と婚約関係を保っているのが不思議である。
でも、それは状況や身分差を超えた、カイ老人と前ウリクリ当主との友情があるからではないだろうか。そして、テレジア嬢が抱える不安はその友情に答える事ができる人物になれるのかが心配になっているのであろう。
しかし、ゲームの中ではそんな掛け替えのない、たった一人の家族であるカイ老人が倒れてしまい、精神状態が不安定な時に、主人公の為、ウルグも奪われそうになる。これでおかしくならない方が異常だ。
お互いを気遣い思い遣る、テレジア嬢とカイ老人が幸せになれないシナリオを考えたゲームの開発者の人格を疑いたくなる。
「だから、私は目標を立てているの」
テレジア嬢がポツリと呟く。
「その目標とは?」
私はゲームで知っているが、敢えて尋ねる。
「私、聖女に覚醒する事を望んでいるの」
そう、テレジア嬢は治療行為を続ける事で、伝説の存在である聖女に覚醒する事を望んでいる。
伝説の聖女は、時代ごとに一人しか現れず、その力は魔法を超える。治療魔術でも人を癒す事は出来るが限界がある。治療魔術は怪我や火傷を癒すことができるが、一度失われた部位を再生させることは出来ない。しかし、聖女ならできる。失われて数年経った状態でも、生まれつきに身体に異常があっても癒すことができ、伝承では死者ですら蘇らせる事が出来たと伝えられている。
だから聖女に覚醒したものは国を挙げて讃え祭られる。もはや将来は約束されたものになるだろう。
もし、テレジア嬢が聖女に覚醒すれば、婚約破棄などされる恐れもないだろうし、今後のイベントで倒れるかもしれないカイ老人も癒すことが出来るであろう。しかし、ゲームの中の彼女は覚醒する事ができない。なぜなら、聖女に覚醒するのは…主人公であるレイチェルなのだから…
私は手を広げてじっと見つめる。今の私では満足な治療魔法を使う事はできない。もし、イベントが改変されていて、テレジア嬢が聖女に覚醒できたら、そちらの方が余程私が覚醒するよりかは良いだろうと思う。
私は今のままでも十分幸せであるが、テレジア嬢は聖女に覚醒しないと幸せになれない。私は他人の不幸の上に成り立つ聖女には成りたくない。
「テレジア様ならきっとなれますよ」
私はそう彼女に伝える。幸せになる為に努力している人が報われない物語なんて見たくはない。私は、テレジア嬢とカイ老人が幸せに過ごす未来が見たいと強く思った。
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※はらついの次回は現在プロット作成中です。




