第091話 書店で再会
出だしは足取り軽く書店へと向かったが、よくよく考えれば、買い物をする前に先に書店へと向かった方が良かったと思う。二人ともそこそこの荷物を抱えているので、書店で本を物色するには結構邪魔になった。
「最初から、書店に来れば良かったわね、結構、荷物が邪魔になるわね」
「でも、買い物帰りの寄り道って感じがして楽しいですよ」
あぁ、本当にエマはいい子だと思う。私は無意識でエマの頭を撫でると、エマはなんでなでられるの?という顔をしながら受け入れる。
さて、私が今回、書店に立ち寄った理由は、前回買いそびれた『魔物のお医者さん』を今日こそ購入するためである。
書店の扉を潜ると、扉に憑りつけられたベルがカランカランと鳴り響き、入口のすぐ横にある会計にいる店員が声を掛けてくる。
「いらっしゃいませ! お客様!」
私は店員に目礼で返して、改めて会計場所を見ると、カウンターの内側に結構なスペースがある。私は少し厚かましいと思うが店員に声を掛けてみる。
「あの…すいません」
「なんでしょう? お客様」
会計の店員は元気よく答える。
「少し手荷物があるのだけれど、店内を見る間、預かってもらう事はできるかしら?」
「はい! 貴重品でなければ大丈夫ですよ!」
貴重品で無ければ預かってもらえるようだ。砂糖は高価だけど貴重品には入らないわよね?
「では、お願いできるかしら。エマ、貴方の分もお願いして」
「はい、レイチェル様」
二人してカウンターの上に荷物を置くと、店員は手際よく、タグが付いた紐を取り付け、私に割符を渡してくる。
「はい、お預かりいたしました。これが交換の割符です。お荷物を引き取る際にお渡し下さい」
「ありがとう、助かるわ」
用意周到な所を見ると、手荷物の預かりは普段から行っているサービスの様だ。
「では、見に行きましょうかエマ」
「はい! レイチェル様っ!」
エマは平静を装っている様にしているが、なんだかそわそわしている。きっと今すぐ駆け出して見に行きたいのを我慢しているのであろう。ちょっと可愛い。
こうして、二人並んで少女漫画のコーナーに向かうと、以前見かけた人物を再び見つける。前回、買い物を手伝った壮年の貴族男性である。
今回も同様に、少女漫画のコーナーに入りづらそうにうろうろしているのが見て取れる。
「こんにちは、以前もお見かけしましたね」
私がその貴族男性に声を掛けると一瞬驚いたようだが、私の顔を見て胸を撫でおろして安堵する。
「やぁ、この前買い物を手伝ってくれたお嬢さんかい」
貴族男性は柔らかな笑顔を作る。
「この前のプレゼントは娘さんに喜んでもらえましたか?」
私がそう尋ねると、男性の笑顔が曇る。
「もしかして、娘さんの好みに合わなかったのですか?」
「いや、そうじゃないんだ…」
男性はバツの悪そうに鼻頭を掻く。
「では、どうされたのですか?」
「実はね、前回の物は知人の薦めで購入したのだが、一体どんな話なのか興味が湧いて、娘に渡す前に読みふけってしまったんだ…」
自分が最初に読まないと気が済まない娘さんなんだろうか? でも、ここの本は日本の物と違い、立ち読み禁止の為のフィルム梱包などされていないから、先に読まれても気が付かないと思うが… しかし、あの分量だとかなり時間が掛かったはず…
「先に読まれてしまったのが、娘さんの気に触ったのですか?」
「いや、食事も忘れて書斎に籠って読み続けたせいで、私がまた仕事に熱中しているとおもわれてね、その後に本を渡しても、たんなるご機嫌取だと思われて、更に嫌われてしまったのだよ」
あれだけの物を送られたのに更に機嫌が悪くなってしまうとは、どうやら気難しい娘さんの様である。しかし、日本にいた時も、思春期の女の子とその父親との間で意思疎通が難しい事は聞いたことがあるが、その辺りはこの世界でもやはり同じであるようだ。
「それで新しいプレゼントを捜しに来られたわけですか」
「そうなんだ、でも目的のコーナーに入りづらいし、どの本が良いのか分からなくて困っていたのだよ… お嬢さん、君は私の娘と同い年ぐらいに見えるから、何かお勧めの本をおしえてくれないかね?」
男性の言葉に私は少し考えてから答える。
「えっと、私のお勧めを紹介するのは簡単ですが、それでは問題は解決しないと思われます。失礼ですが娘さんは気難しい一面をお持ちの様ですので、本人の気に入らない物を送られても、更に機嫌が悪くなるだけだと思います」
私に期待していた男性は、私の言葉を聞いて肩を落とす。
「私も薄々は気が付いていたのだが…お嬢さんもそう思うかね…」
「そうですね、娘さんに好みを聞いてからでも遅くはないと思いますが…」
「それがね、中々、口も聞いてくれなくてね…昔はあんなに懐いてくれていたのに…お嬢さん、ちょっと話を聞いてもらえるかね?」
えっ!? 一度会っただけの男性の家庭内の悩みごとを書店の中で聞かなくてはならない? でも、これも善行を積む為の修行だと考えよう。
「わかりました、話してもらえますか?」
「ありがとう、お嬢さん。私はね、子供が産まれた後に妻に逃げられてね、男手一つで娘を育ててきたのだが、最初の内は娘もよく私に懐いていてくれていたんだ。私も娘が可愛かったから、欲しがるものは買い与えたし、やりたい習い事は自由にやらせた」
奥さんに逃げられて、その愛情を全て娘に注ぎ込んだ訳か…それで娘さんがわがまま放題に育ってしまったのかな? しかし、貴族の結婚でも妻に逃げられるという事があるのか…一般人であろうが、貴族であろうが、男女の仲は難しいものなのか。
「しかしね、娘も大きく成長して、子供から一人の女性らしく成長したので、私も以前の子供の時の様に接することがやりづらくなってね、こうそうしているうちに、娘との仲がもつれてしまったのだよ…」
やはり、思春期に入って女の子特有の父親嫌いが始まったようである。
「年頃の女の子はそれぐらいの歳になると、父親とは距離を取りたがるものですので、ある程度は仕方ない所はありますね…」
「そうなのか? 私の友人の所は、今でも抱きかかえてやると喜ぶと言っているのだが…」
それはそれで、親離れできていないので心配だと思う。
「まぁ、その方は特別ですが、通常は年頃の女の子は、子供の頃と同じようには扱えませんね、しかし、会話をする事は大切だと思います」
「会話ですか?」
「えぇ、娘さんに送る前に本を読まれたのであれば、その本の内容について会話をしてみればどうでしょうか? それが切っ掛けになるかもしれませんよ」
私がそう答えると、男性の表情が和らいでいく。
「そうか…そうだな。そういった地道な所から始めないといけないな、お嬢さんありがとう、今日にでも娘と会話を試してみるよ」
男性はそう言うとにこやかな顔をして去っていく。
私はその背中を見送った後、エマとふたり本を物色し、最後には『魔物のお医者さん』を手に取って会計に向かう。
そして、二人でウキウキしながら店を出て、帰り道を急ごうした。
「あっ!」
「どうしたのエマ?」
「荷物、忘れてます!」
私たちは急いで書店に戻ったのであった。
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