第022話 現状確認
私は『アイツ』の事を自分自身では見る事も聞く事も出来なかった。だが、クラスメイトの彼女が描いてくれた絵のお陰でその姿を知ることは出来た。
そして、ファミレスでのあの日、私はおそらくガソリンの爆発事故で死ぬこととなった。その日、自分が死ぬことを『アイツ』の鎖が知らぬ間に全て千切れ解放されたからだと考えていた。
それから、私はこの世界に転生した。魔法もあり、リーフの様な精霊や不可思議な物が実在する世界に転生したのだ。そして、ここで13歳の時から今の15歳になる2年間のレイチェルとして過ごしてきた。
屋敷の中だけという狭い空間であるが、2年の間とそこで出会う人の中で、あの時の霊能力者やクラスメイトのような「見えている人」の反応をする人は誰一人としていなかった。
だから、私は『アイツ』がいないものと思い、縁が切れて解放されたと思っていた。しかし、昨日のマルティナ嬢の一件で、昏睡した私の中から『アイツ』が出てきたと証言した。リーフの言葉から『アイツ』である事は間違いなかった。
『アイツ』は私が死して、転生し、世界を飛び越えてなお、私に憑りついてきたのだ。その現象にも驚きであるが、この事からあることが判明する。『アイツ』は偶然やたまたま、私に憑りついたのではなく、明確な意思と目的をもって『私』という存在に憑りついているのだ。
前世の玲子時代では、『末代まで祟る』という言葉があるように、私と血の繋がるご先祖様が誰かの恨みを買い、それで末代の私に憑りついているものと考えていた。しかし、この世界に転生し、前世の玲子とはまったく血脈の関連性のない、レイチェルの家系ステーブ家のレイチェルという『私』に憑りついてきたのだ。
なぜそこまでして『アイツ』は私に拘るのか。血筋が関係ないというのであれば、『魂』なのか… こうして、私が転生したように、私自身、覚えていないだけで、何度も『魂』の転生を繰り返しており、その中の人生の一つで、『アイツ』と関りをもってしまったのであろうか…
私はむくりとベッドから起き上がり、眠っているリーフを起こさないように、姿見の鏡の所へ行く。
そこには何度も見た私の姿が映し出される。しかし、私の後ろに『アイツ』の姿は映し出されない。魔力や精霊などが可視化されるこの世界で『アイツ』の存在をすぐに視認できないのは、魔力や精霊などよりももっと深い事象の奥に『アイツ』が潜んでいるからだと、昨日の事件の後で考えた。
その事は間違いないだろうが、問題は私の事だ。今日の温室での事件で、『私』だけが、ジュンやニースが視認していた『人影』を見る事が出来なかったのだ。前世での玲子がそう言ったものを視認できないのは分かる。見えない方が当たり前なのだから、しかし、見える事が当たり前のこの世界の『レイチェル』の身体で見えないのはおかしい。
もしかすると身体の問題ではなく、先程述べた『魂』に関わる問題なのであろうか…
私は振り返り、苗木の上で眠っているリーフの姿を見る。受肉した状態のリーフを視認できるのは当たり前の事であるが、霊体化した状態のリーフも視認する事が出来る。霊体化したリーフは見えるのに、何故、あの時の人影は見る事が出来なかったのであろう、どんな違いがあるのか全く分からない。
こう考えると、実際に分からない事ばかりであると気付かされる。何故、『アイツ』が私に拘っているのか、何故、魔法も精霊も存在する世界なのに、普段、『アイツ』は見えていないのか、何故、私だけが温室の人影を見る事が出来なかったのか…
逆に分かっている事と言えば、『アイツ』がこの世界の『私』に間違えなく憑りついている事、この世界が乙女ゲームの世界である事ぐらいか…
そういえば、何故、乙女ゲームの世界なのかも分からない事の一つである。しかも、確認している事項は僅かであるが、乙女ゲームの『物語通り』に事態が進行しているのも分からない。
私はこの世界が『物語通り』であるか確認するために、この学園にやってきた。そして、その入学式の時に、乙女ゲームのプロローグにあたる『攻略対象』五人とその婚約相手である『悪役令嬢』五人との邂逅イベントが始まった。
その時、本来であれば、『攻略対象』と出会い、言葉を交わす事で、『攻略対象』全員との好感度を高め、『悪役令嬢』達から反感と敵意を受けるイベントであった。
私は『物語通り』の進行を望まない為、乙女ゲームの世界で提示される『選択肢』とは全く異なる行動をとった。
本来のイベントでは道に迷い、『攻略対象』と会話を交わし、入学式の会場へと向かうはずであったが、私はその案内の申し出を断り、自力で会場へと向かった。ゲームの中では主人公は道に迷うのであるが、実際には会場へと向かう人の流れがあるので、自力で会場へと向かう事は容易である。となると、ゲームの中の主人公はわざと迷って『攻略対象』達に案内されたのかも知れない。そう思うと主人公は強かである。
こうして私は正規ルートから外れたのであるが、その後の関連するイベントが発生するのかを確かめたのが、昨日のマルティナ嬢のイベントである。そのイベントも実際には、夜の間に密かにマルティナ嬢に切り裂かれ、次の日の朝、主人公が気が付くというものである。
しかし、私はその現場に立ち合い、剰えマルティナ嬢を人事不省に至らしめた。前世の様に『アイツ』によって人事不省になったのであれば、マルティナ嬢は暫くの間、物語に参加することは出来ない。彼女の不在によって、物語がどの様に変化するのであろうと考えた。
本来のゲームの中でのイベントでは、マルティナによってビリビリに引き裂かれた主人公は授業を受ける事が出来ず、『攻略対象』の誰かに教科書を見せてもらう事によって、その対象の好感度を上げるものになっていた。
しかし、実際には、その授業の時に『攻略対象』達は現れず、授業が終わってから『攻略対象』の一人である『アレン皇子』が現れただけである。
どう考えても変化の仕方が奇妙だ。マルティナ嬢だけがイベントに不参加で、他の『攻略対象』達は授業に出ていてもいいはず。でも、現れなかった。これではまるで、教科書を見せる必要がないので姿を現す必要がないみたいではないか…
そんな物語の修正がおきるのであろうか、この『レイチェル』にとっては現実の世界であるに…
分からない、本当に分からない。私の様な一個人の人知では及ばないような所で、何か大きな運命の歯車の様なものが、世界を廻し続けているのであろうか…
もし、そうであるならば、私はどうしたらよいのであろうか…大河の中で泳ぐ小魚の様な私が、その大河の流れを変える事は出来るのであろうか…
このまま、物語がゲーム通りに進行するのであれば、彼、彼女らには不幸な結末しか訪れない。そんな彼、彼女らの不幸を黙って見過ごす事は私には出来ない。
私自身が『アイツ』という不幸な存在を押し付けられているのと同様に、彼・彼女らも物語の中で不幸な役回りを押し付けられた不幸なマリオネットでしかない。
彼・彼女らを不幸な役回りから解放する事は、同様に不幸な存在を押し付けられている私自身の反攻声明に他ならないと考えている。
ふと、時計を見ると良い時間を回っている。もう眠らないと明日も授業がある。
明日はどの様にイベントが変化するのか、考えながら眠りについたのであった。
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