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004:皇女の初授業

「はい、じゃあ。今日も元気に授業を始めていこう」

「ぅへーい……」

「…………。先生、なんで彼女はこんなに元気がないの?」

「アンナは座学が苦手なんだ」

「……あ、そう」

「ぐ、ぐーッ。早くも呆れられている予感!」


ルチルちゃんが来て初めての授業の日。

彼女は昨日来ていたようなきらびやかな服ではなく、簡素なシャツとズボンに着替えて塾に来ていた。

なんでも“そっちの方が少しでも村に溶け込める”という理由で先生が用意したそうな。

ならばあたしも気合を入れていこう、と思っていたのに、思わずいつものようにマヌケな返事をしてドジを踏んでしまったのでした。

とほほである。

いいんだ、いいんだべつに。

気張って格好つけようとか思ってたわけじゃないし。

……本当に思ってないし。

年下のこの前で格好つけようと思ってたとか、無いし。

そういうのフケー? ってやつらしいし。


「早速だけれど、ルチル君は算術はどれくらい出来るかな」

「算術ね。宮廷では帝都の士官学校で学ぶレベルのものを教えられていたわ」

「ほう」

「え? ルチルちゃん今いくつ?」

「ワタシの年齢? 11歳よ」

「」


思わず無言になったのである。

あたしより5つも下なのに、なんだかすごそうな教育を既に受けているとは。

ショックが隠しきれないのであった。

そりゃ確かに相手は皇女様だけどさ。

じゃあ今のあたしって何? と思わず自分に問いかけずにはいられなかった。

あーそーですよ、つい最近まで勉強らしい勉強もしてこずに農作業ばっかりしてましたよ。

農作業なら勝てる自信ありますよってんだ。

なんの自慢にもならない。


「では当然ルチル君にはアンナとは別のカリキュラムを組むとして、アンナはまぁ、ほら、足し算の初歩から、あれだ、頑張っていこうか」

「ハイ……」

「え? そこ?」


ルチルちゃんは馬鹿にするでもなく、素で驚いたようにこちらを見ている。

仕方ないじゃないか、こちとらただの田舎の村娘なんだ、仕方ないじゃないか。

だって足し算って難しいじゃん。

なに、くりあがりって。

10を作るとか言われても、意味わかんないし。

数字と向かい合っていると頭痛くなってくるんだよお。


「貴方……、いま、いくつ?」

「16歳ッス……」

「そ、そう……」


皇帝陛下のお子様とでは、とても高い壁があるのだなぁ。

この壁やけに高くない? 城壁くらいない?

登るとしたらどれくらい時間かかるんだろう?

それすらもわからないんだけど。

なんだか挫けそうになったあたしなのであった。


「二桁の数字の《《くりあがり》》ってなんだっけ……」

「仕方ないわね、いい? まず下一桁の計算から……」


あたしが頭を抱えていると、ルチルちゃんが横から教えてくれた。

5つも下の子に足し算の初歩を教わるあたし。

情けないこと、この上ない。

心が挫けそう。

なにかがポッキリと折れそうなのであった。



座学の後は実技の時間。

やっとやる気が出てくるあたしなのです。

実技が始まるといよりは、座学が終わったことに安心しているということのほうが大きい。

ユーウツな時間が終わるとそれだけでスッキリするものである。

体を動かすのって楽しいしね。


「まずは身体を軽く動かすことから始めよう。ランニング10周」


いつもの軽い運動から、ルチルちゃんと一緒に走り込み。

ということになったのだが……。


「ちょ、ちょっと……、あな、たたち、走るのが、はや、く、ない、かしら……」

「えっ、そう?」


2周もしないうちにルチルちゃんから文句が飛び出してきた。

そんな早いかな?

いつもと同じペースで走ってるだけなんだけど。

しかもたったの10周だなんて、少なくない?

少ないよ。


「あぁ、いや、すまない。アンナに合わせていたな。ウォーミングアップでこれでは体を壊してしまう。ルチル君に合わせよう」

「そう、ゲホッ、してくれると、はぁ……助かるわ……エホッ」

「えー」


そうして再開されたランニングは、ほとんど歩いているようなものだった。

これじゃ体が温まらないだろうに。

もしかして、ルチルちゃんは運動が苦手なのかも知れない。

村のこども達は遊ぶ時はそりゃあもうはしゃいで全力疾走しまくっても全然息を切らさないものだけどなあ。

まあそこはそれ、あたしが座学が苦手なように、人には向き不向きというものがあるんだろうし。

お姉さんとして、そこはしっかりしてあげなければ。


「はい10周。お疲れ様」

「大丈夫? お水、飲む?」

「はぁ、ふぅ……、い、いただくわ……。ふぅ……」


ルチルちゃんの息が整うまでしっかり休憩をとる。

といっても、あたしは別に汗もかいていないので、休憩を取る必要はないんだけども。

ルチルちゃんは汗びっしょりと言った感じで肩で息をしている。

ランニングだけ(しかも狭い塾の中庭を10周のみ)でこれとは、槍の素振りがちゃんと出来るのかちょっと心配になってしまう。

結構重いからね、木の槍。


「さて、ルチル君は武芸に関してはどうだったかな」

「嗜みとして、帝国流の剣術をエルに指南されているわ。一応ね」

「となると、盾を用いた片手剣術か」


あ、槍じゃないのか。

いつもあたしは木の槍ばっかり振っていたので、気が付かなかった。

そうか、ルチルちゃんとしても普段からやっている練習があるのか。

そりゃそうか。


「ではアンナはいつも通り。ルチル君は盾を構えた状態で、この木剣を素振りしてくれるかな」

「木剣? 実物の剣じゃなくて?」

「あくまで鍛錬だからね。事故があってはいけない」

「ふぅん」


エルフリーデ……なんとかさんとはホンモノの剣を使って稽古していたんだろうか。

そこんところはやっぱり違うなぁと関心してしまう。

普段からちゃんと切れる本物の剣で鍛錬をすることで、身につく何かがあるんだろうか。

危機感とか? あと、実戦の勘とか?

などと、そう思いながら無心に木槍を素振りする。


「……ね、ねぇ。彼女、何回素振りするの?」

「1000回だよ」

「せっ……!!」

「んー?」


ちゃんと先生から教えられた通りの“型”を崩さないように、無心で木槍を降っていると、声がかかった。

なんだろうか。

あんまり声をかけないでくれるとありがたいんだけど。

振っている数、忘れちゃうから。


「……多くない?」

「アンナは小さい頃から農作業に従事してきているから、基礎体力が違うんだ。あれで適正だよ」

「そ、そうなの……。農業ってハードなのね……」

「んんー??」


なにやらあたしについて話しているようで、意識がそっちに行ってしまった。

ああ、ほら、やっぱり今何回目の素振りをしていたか、飛んじゃったよ。

まぁいいや、また一から数え直せば。

別に素振りしていて困ることなんて無いし。

多くても構わないのだ。

なんならいつもより多く素振りすることで体力ももっと付くかもしれない。

そう考えると一から数え直すのも悪くない気がしてくるから不思議だ。


「いつまでやってるの……」

「おーい、時間的にもう1000回越えてるぞ」

「ありゃ」

「……………………」


先生に言われて素振りを辞める。

もうとっくに1000回越えていたらしい。

まだ全然いけたんだけどなあ。

まあ、元々準備運動だけなので、1000回行ってるならそれでいいんだろう。

そう思って木の槍を片手に、ふと先生の横を見たら、ルチルちゃんがぽかんとした顔でこちらを見ている。

まるで呆れているような顔だった。

槍の素振りが珍しかったんだろうか?

というよりは、眼の前の出来事に呆れているような顔にも見える。

もしかしてなんだけど……。

さっきのランニングの数といい、あたしの素振りの数を多いと思っているのかも。

だとしたら、あたし達は、得意分野が真逆なのかも知れない。

あたしは運動が得意で、座学が苦手。

ルチルちゃんは座学が得意で、運動が苦手。

そういうことなのかな?

だとしたら、運動の方面は頑張らなければならないよ。



そんなこんなで始まった、あたし達のでこぼこな塾生活の、ある日の一日。


「誰に歴史を説いているのかしら。我がソディア帝国は偉大なるマーティアス一世皇帝陛下が周辺諸国を切り開いて作り上げた広大な土地に根ざした……」

「はわわ……」



また別のある日。


「折角二人いるんだ。巻藁相手ではなく、向かいあって打ち合い稽古をしてみよう」

「ちょっ! 繰り出す木槍が鋭すぎない!?」

「え、そう?」

「しかも狙いがあやふやだから盾で受けきれなくて危ないわ!!」

「そ、そう……?」



またまた別のある日。


「はい、じゃあ、この文字はなんて読むでしょう」

「えーと、えーとたしか習ったはずなんだよ、えーと……」

「……通貨」

「あっ! そうそれ!!」



また違うある日。


「今日のアンナは元気が有り余っているから、中庭を200周」

「よっしゃー!」

「は?」



「────今日の授業はここまでにしよう」

「はー、疲れた。主に脳みそが」

「やれやれ……」


今日もつらい座学が終わったのである。

実技のあとの座学は眠くなってしょうがない。

いつもなら居眠りをカマしているところだけど、ルチルちゃんが来てからはしっかりしなければ、と居眠りをすることは控えるようになった。

無くなったとは言っていない。


「ルチル君。君が来て今日で一ヶ月になるけど、少しは生活に慣れたかい」

「えぇ、色んな意味でね……」

「ん?」


なにやらルチルちゃんがジト目であたしを見てきている。

何故にこちらを見るですか?

何故にそんな目で見られているのですが?

それにだ。


「………………」


ルチルちゃんの授業が始まって何日か経ち、途中から授業参観と称して、授業を見学しに来ているエルフリーデ……なんとかさんにもジト目で見られている気がする。

あの人は、ちょっとルチルちゃんに対して過保護な気がするので、仕方ないのかも知れないけど。

あたしがルチルちゃんと距離を縮めようとすると、軽く怒られるもんな。

良いと思うんだけどなあ、仲良くするくらい。

身分ってやつですかねえ。

わからないなあ、ただの村娘であるあたしには。

そのへんちょっと尋ねてみようと思ったけど。


「あの……」

「なんだろうか、アンナ殿」

「前から思ってたんですけど、その殿っての……」

「貴殿は殿下の御学友であられるため、一定の敬意を払うのは当然のこと」

「えぇー……」


こうなんだもんなぁ。

嫌いってほどじゃないけど、ちょっと、若干、苦手寄りの人なのかもしれない。

カタブツ? っていうのかな。

村には居ないタイプの人だもんな。

それに、なんとなく……、本当になんとなくだけど。

“内心ルチルちゃんの学友にふさわしくないと思ってるけど、学友は学友だからそれに対する態度をとるか”みたいな。

なんか……そんな風に対応されている気配がする。

勘繰りってやつなのかもしれないけど。

いやでも、勘は勘か……。


「……何か?」

「あ、いえ……」

「…………」

「…………」


向こうもこっちがそう思ってることは薄っすら察してるんだろうな。

気まずい空気が流れる。

だ、誰かなんとかしてほしい。

先生、ルチルちゃん、ヘルプ。

大至急この空気を変えてください。

お願いします。


「時に、卿から見てルチル君の授業態度はどうですか」


そんな気配を察したのか、先生が横槍を入れてくれた。

助かる。

先生はこういう時とっさに機転が利くと言うか、場の空気を読むのが上手いなあと感心させられるもの。

年の功……だっけ。

そういうのなんだろうな。

先生がいくつなのか、知らないけど。


「……? 何故私に聞く?」

「授業参観と言えば、保護者との面談でしょう。そういうものですから」

「保護者……? 私が?」

「今のところ、立ち位置で言えば、そう言えるのでは?」

「そ、そう……、なんだろうか……」


確かに、言われてみればルチルちゃんの保護者という感じではあるかもしれない。

保護をする人、と言い換えれば間違いではないだろうしね。

どうでもいいけど皇女様の場合、お父さんお母さんは保護者になるのかな?

実際にエルフリーデ……なんとかさんが保護者で合ってるんじゃないかな?

わかんないけど。


「いいんじゃない? 元から護衛という意味では、保護者みたいなものでしょう」

「殿下まで……」

「エルからの評価、聞いてみたいわね」

「え、えーと……」


やっぱりそうだよね。

保護者なんだよ、多分。

それに、ルチルちゃんが絡むとたじたじになる辺り、可愛げはあると思うんだよなあ。

そういう部分ばっかりだったら、もうちょっと苦手意識も薄れると思うのに。

いや、まあ、多分こっちも悪いんだろうけど。

うーん。


「むー……」

「あら、どうしたの、そんな眉にシワを寄せて」

「んー……、色々……」


ルチルちゃんみたいに、エルフリーデ……なんとかさんとも、いつか仲良くなれると良いなぁ

なれるだろうか。

なりたいなぁ。

努力しよう。

こういうのは片方の努力から友情が芽生えると思うのだ。

ていうか、毎日授業参観ってやってくるから、仲良くできないと辛いしね。

そう思わされた一日なのであった。

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