第181話
「あなたたちが、あの人をああしたんですか」
灰色手袋は一拍遅れて、低く乾いた声で言った。
「ずいぶん前に捨てられた駒に、ずいぶん執着しているな」
レオンの眼差しが冷たく沈んだ。
「……捨てられた駒?」
灰色手袋はそれ以上答えなかった。
代わりに、また姿勢を低くした。
さっきよりもさらに慎重に。
もうレオンを『すぐに終わる患者』とは見ていない構え。
レオンも同じだった。
こいつは最初から殺しに来た。
確認戦など口実にすぎない。
灰色眼球会にとって大きな脅威になりそうな芽を、自分の命と引き換えにしてでもここで刈り取る側。
ならば。
今度はこちらも見せればいい。
そう簡単には死なないということを。
そう簡単には折れないということを。
扉の外で二度目の衝撃音が響いた。
ドン。
今度はもっと荒かった。
誰かが装置を引き剥がしている。
いい。
時間がまったくないわけじゃない。
「続けましょう」
そして灰色手袋が再び消えるように動いた瞬間、レオンも傷だらけの体を引きずり、同じように前へ出た。
ブリクセンの夜はまだ終わっていなかった。
地下では囮の代償が露わになり、上階では本物の手が直接動いた。
そして今度は、誰もすぐには割り込めない部屋の中で、レオンと灰色手袋だけが互いの呼吸を測っていた。
医務室は本来、人を生かす部屋であるはずだった。
包帯があり。
薬があり。
水と火と清潔な布があり。
血を止め、熱を下げ、呼吸を整えるものがあるはずだった。
だが今の医務室は少し違っていた。
寝台は傾き、卓はひっくり返り、割れたガラスと水気が床を滑りやすく濡らしていた。
灰色の霧は低くたちこめて足首にまとわりつき、灰色手袋が仕込んだ装置は扉と窓と天井の隅に、細い蜘蛛の巣のようにつながっていた。
生かす部屋ではなく、どちらがより長く耐えるかを試す箱のようだった。
灰色手袋は低い姿勢のまま動かなかった。
レオンも同じだった。
二人とも先に呼吸を整えた。
いや。
相手の息の長さを測っていた。
扉の外で三度目の衝撃音が響いた。
ドン。
今度はもっと近かった。
誰かが装置を見つけ、力ずくでも引き剥がそうとしている音だった。
だが、その後に続くはずの亀裂音はなかった。
灰色手袋が外側に仕掛けた装置は、無闇に叩いた程度で簡単に壊れるものではなかった。
いい。
まだ完全に孤立したわけじゃない。
けれど、それだけを頼りに耐えることもできない。
レオンは血のついた手で短剣の柄をさらに深く握り直した。
手のひらがひりついた。
肋骨は息を吸うたび、この内側で誰かが鉄釘をねじるように疼いた。
太腿の脇も、さっきかすめた刃先のせいで熱く痺れていた。
痛い。
いい。
本当に嫌だが、今はいい。
ここまで来れば認めるしかない。
自分は体が少し壊れ始めると、妙に頭がよく回る。
灰色手袋が先に動いた。
今度はもっと小さかった。
正面からの突入ではない。
一歩。
半歩。
視線はレオンの肩と太腿、手首を順に撫でる。
傷のある場所。
鈍った場所。
遅くなる場所。
実に律儀だ。
人を殺すのに必要な礼儀だけを選んで学んだやつの動きだ。
レオンは口元をわずかに上げた。
「どうしました」
彼は短く息を弾ませながら言った。
「今度はもう少し会話してもいいんじゃありませんか」
「灰色眼球会の大きな脅威だと言ったでしょう」
「そこまで言ったなら、少しは説明してもいいじゃありませんか」
灰色手袋は答えなかった。
だが今度は、ごくかすかに視線が動いた。
いい。
まったく言葉が通じない相手ではない。
なら、その程度で十分だ。
レオンはわざと右足に少しだけ体重を乗せた。
本当に不自由でもあったし、同時に見せる必要もあった。
灰色手袋の視線が、そちらへさらに深く落ちた。
やはり見ている。
なら盤面を敷ける。
ノアの文言が閃いた。
【推奨:誘導可能】
【相手は弱い軸を優先して切断しようとしています】
「はい」
「僕も分かっています」
レオンはほとんど息の混じった笑いを漏らした。
灰色手袋が、その瞬間消えるように踏み込んできた。
速い。
だが今度は読めた。
刃先は肩ではなかった。
レオンがわざと力を乗せておいた右脚。
動きを完全に殺し、その次にゆっくり終わらせる角度だ。
レオンは正面から受けなかった。
代わりに右足を後ろへ引くふりをして、わざと滑った。
本当に滑ったわけではない。
水気の上に足をかけ、重心を失ったふりをしたのだ。
灰色手袋の刃先がさらに深く食い込んだ。
いい。
もっと入ってこい。
レオンは倒れる体をそのまま放置しなかった。
荷物のように転がるとき、重心は捨てるのではなく隠す。
彼は左手でひっくり返った卓の脚をつかみ、ねじれた体を無理やりひねって引いた。
ガタン。
卓が灰色手袋の膝下を真っ向から打った。
小さな打撃だ。
だが拍子を崩すには十分だった。
レオンは床に片膝を打ちつける痛みも無視して、すぐに短剣を下から跳ね上げた。
灰色手袋が刃で防いだ。
キン。
短く高い金属音。
その瞬間、レオンは刃ではなく手首を見た。
重くない。
速いが、耐える側ではない。
ならいい。
自分は反対だから。
レオンは短剣を引かず、そのまま押し込んだ。
灰色手袋の眼差しがごくわずかに細まった。
「あ」
レオンは歯を食いしばったまま笑った。




