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あれぇ……?

 翌日、足音を弾ませて教会本部に向かう私。


「これがあればアイリスとも楽しくお話できるはずよ!」


 私が提げているかごの中には、今朝メイドにお願いして焼いてもらったばかりのマドレーヌが入っている。

 できたてを味見させてもらったけど、これはとても美味しかった。

 思わず何個もバクバクつまみ食いしたら、偶然通りかかったお母さまに屋敷が揺れるほど怒られたけど。今の私は由緒正しい侯爵家の令嬢であることを忘れていた。


 とにかく、それくらい美味しかったのだ。

 今日は聖女の力の特訓の前にこれを食べつつ、アイリスと楽しくおしゃべりしようと思っている。

 そうすればきっとアイリスともさらに打ち解けられるはず!


 いつもの場所に向かうと、今日はアイリスが先に着いていた。

 アイリスが私に気付き、お行儀よく挨拶してくる。


「おはようございます、せんせい」


「ええ、おはよう」


「きのうは、おからだがすぐれないようでしたが……だいじょうぶですか?」


「……? あ、ああ、そうね。今日は平気よ!」


 そういえば昨日はこの世界のことを色々調べるために、体調不良と嘘を吐いて先に帰ったんだった。忘れてたわ。


「きょうもよろしくおねがいします」


「あ、その前に……アイリス、これが何かわかるかしら?」


「? なんですか?」


「今日はお菓子を持ってきたの! 特訓の前に一緒にお茶しましょう!」


 私がそう提案すると……


「いえ、とっくんがいいです」


 あれっ?


「お、美味しいマドレーヌもあるわよ?」


「まどれーぬ……?」


「このお菓子よ。甘くてしっとりしていて、食べると幸せな気持ちになれるの」


 かごからマドレーヌを取り出して掲げる。きつね色に焼けたそれは見ているだけでよだれが出てくる。……私の口から。

 だというのに、ふるふると首を横に振るアイリス。


「とっくんが、いいです」


「で、でも、せっかく用意してきたわけだし」


「わたしは、はやくせいじょになって、たくさんまものをたおしたいです」


 きっぱりとした口調で言うアイリス。

 そんな馬鹿な! 前世の私が五歳だった頃なんか、お菓子を目の前に差し出されたら大喜びで飛びついていたというのに! この誘惑をものともしないなんて……!


「せんせい、とっくんをおねがいします」


「……わかったわ」


 敗北感を覚えながら、私は大人しくマドレーヌをかごに戻し、昨日と同じくアイリスに特訓を施すのだった。





「どうしたものかしら……」


 アイリスとの特訓後、教会の出口に向かって移動しながら頭を悩ませる。

 一緒にお茶をして仲良くなる作戦は失敗。やはりアイリスの中では、魔物への復讐が最優先のようだ。何か他に手を考えないと。

 ……と。


「ミリーリア様、少しお時間よろしいですか?」


「ん?」


 声をかけられたので振り返ると、そこには十代前半くらいの修道女が立っていた。


「私は聖女候補のニナといいます。ここで聖女となるための修行を積んでいます」


「ニナね。私に何かご用かしら?」


「率直に言います。――私のことを弟子にしていただけませんか?」


「……弟子?」


「はい。ミリーリア様といえば、聖女様の中でも特別に力が強いとされたお方! 事故によって力の大半を失ってしまったとはいえ、聖女の力の扱いを教えてもらうのに、これ以上の方はいません!」


 目をキラキラさせながらそんなことを言われた。

 確かにミリーリアは現役だった頃、最も優秀な聖女とされていた。他の聖女が“治癒”や“結界”など得意分野に特化していることが多い中、ミリーリアだけは各能力をすべて使いこなすことができたからだ。


 私が言うのもなんだけど、実力だけは確かだったのよね。ミリーリアって。


「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、あなたには他に先生がいるでしょう?」


「それはそうですけど……」


 視線を泳がせるニナ。


 この教会本部には、聖女の力の扱いを教えることに慣れた先生がいる。その先生は引退した元聖女であり、聖女候補たちはその先生から力の使い方を教わるのだ。


 アイリスは先生の言うことを聞かずに無茶な訓練を繰り返すので、「元最優秀聖女の言うことなら聞くんじゃない?」という教皇様の提案で例外的に私が教育係を務めているだけ。


「……あの先生は、現役を退いてもうずいぶん経ちます。最近まで聖女として活動なさっていたミリーリア様から教わる方が、いいと思います」


 ニナは口ごもりながらそんな理由を話す。何だか煮え切らない言い方だけど……とにかく、私の返事は決まっている。


「悪いけど、今はアイリスのことで手一杯なの。他の子の面倒を見る余裕がないわ」


 何せ死亡フラグを折らなきゃいけない。まずはそれが最優先だ。

 私が言うと、ぎりっ、とニナが奥歯を噛む。


「アイリス……あの子がいなければ……」


「え?」


「……何でもありません。失礼いたしました」


 ニナはそう言って会釈をすると、去っていくのだった。

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