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ウェインライト国物語

「……ん?」


「どうかしたんですか、せんせい?」


 今はアイリスの訓練の最中。

 アイリスの手元には小さな光の玉が浮かんでいる。聖女の扱う力の中で一番の基礎、“治癒”の力の塊だ。これを他人に分け与えることで、聖女は重傷者でもあっさり治してしまう。アイリスは練習中なので、まだ人に分け与えることはできないんだけど。


 いや、そんなことはどうでもいい。

 今、通路の方から聞こえてきた修道士たちの会話。

 彼らは“ウェイン様”がどうとか言っていた。


「アイリス、ウェイン様って知ってる?」


「はい。このくにを、まもってくださる、かみさまです」


「国の名前って―ーもしかしてウェインライト王国?」


「? はい」


 当然とばかりに頷くアイリス。……なるほど。なるほどね?


「“ウェインライト国物語”……」


 私が呟いたのは、生前ハマッていたネット小説だ。

 ミリーリア。

 アイリス。

 そしてウェインという名前の神を崇めるウェイン教。

 それらはすべてウェインライト国物語の中に出てくる単語である。


「アイリス、今日の訓練はこれで終わりよ。ゆっくり部屋で休んでね!」


「え!?」


「ごめんなさい! 私、実は体調が優れなくて! ああ、お腹が痛いわ! それじゃあまた明日!」


「せんせい!?」


 ダッシュでその場を走り去る私。アイリスには悪いけど、こうしてはいられない。私の考えが正しいなら、すぐに確認しないと!


「…………げんきに、みえます……」


 遠くでアイリスが何かを呟いた気がしたけど、今は気にしないことにしよう。





「やっぱりそうだった――――!」


 教会からノクトール家の屋敷に戻った私は、家中の本や資料を片っ端から読み漁った。お父様が文官なので、我が家には立派な書庫があるのだ。その結果、自分の予想が正しかったことを悟った。

 この世界、私がハマッていたネット小説、“ウェインライト国物語”とまったく同じだ!

 国の名前は小説と同じ。人も同じ。時代だけ、原作から十年ほど前になってるっぽい。

 どうして私がネット小説の世界の中に? とか、気になることはあるけど……そんなことより重大な問題が一つある。


「まずいまずいまずい……このままだと私、十年後に死ぬ!」


 原作における私、ミリーリア・ノクトールの役割は“悪役聖女の教育係”。

 原作主人公を酷い虐めを行い、最後には国全体を危機に陥れる悪役聖女。そんな彼女に邪悪な思想を植え付けたとして、悪役聖女と一緒に処刑されてしまう黒幕ポジション。

 ミリーリア・ノクトールはそういうキャラクターなのだ。


 死亡フラグがびんびん立ってる……!





 ウェインライト国物語。

 いわゆる“悪役令嬢もの”のネット小説だ。


 魔物と会話する力を持った少女が主人公で、物語はその子が王都の魔術学院に入学するところから始まる。この世界では魔力を持つのは聖女候補のようなごく限られた人間のみで、普通の平民だった主人公は学院の中で浮いてしまう。


 そんな主人公を苛烈に虐めるのが、聖女アイリス。

 圧倒的な聖女の魔術に加え、教会の中でも高い地位を持つ。

 そんなアイリスは“魔物と心を通わせる”という主人公の力を不快に思っている。教会には魔物の殲滅が教義として掲げられているからだ。


 アイリスは配下を使って様々な嫌がらせを行い、主人公を追い詰める。

 しかし主人公は持ち前の人柄の良さでどんどん味方を増やし、逆にアイリスは虐めの事実が露見して立場が悪くなっていく。


 アイリスは魔物の恐ろしさを思い知らせようと、野生の魔物を薬物で狂暴化させて国内に放つが、主人公たちによって防がれ、その一件によってアイリスはとうとう罪人となってしまうのだ。


 アイリスは死罪。

 しかし真の黒幕は他にいた。

 それこそがアイリスの教育係、ミリーリアである。


 ミリーリアは元々優秀な聖女だったが、ある事故からその力の大半を失った。そして得るはずだった栄光に執着し、教え子のアイリスを完璧な聖女にしようとしたのだ。その教育係として、自らも脚光を浴びるために。

 その結果アイリスは教義を果たすためなら手段を選ばない、狂信者となってしまった。

 ミリーリアを含む教会上層部も粛清され、ウェインライト王国は平和を取り戻す。


「……確か、大体こんな話だったわよね」


 私は記憶にある限りのストーリーを紙に書き写しながら、そう呟いた。


 ……いや、私やってることひど過ぎない!?


 自分の承認欲求を満たすために弟子を利用して、挙句の果てには処刑されるような罪を犯させる。ぞっとする。ミリーリアの境遇に同情してはいたけど、いくら何でもやり過ぎだ。

 ミリーリアが処刑されるのは自業自得としても、利用されていただけのアイリスまで殺されてしまうのは納得いかない。

 この世界が物語のままなら、私やアイリスは十年後には死んでしまうことになる。


「何とかしなくちゃ……!」


 幸い、物語スタートまでは十年ある。

 この時間を使って、死亡フラグを回避するのだ。

 具体的にはどうやって?


 私は物語のミリーリアと違って、聖女としての栄光になんて興味がない。

 というか、面倒くさい。

 聖女になったら、この国の掟に従い、王位継承権を持つ人間と婚約を結ばなくてはならないのだ。王室に聖女の血を取り込み、権威を強化するための仕組みである。

 王族になったらきっと面倒な政務やらがたくさん降ってくることだろう。

 私はそんなのご免である。

 まあ、今の私には聖女に認定されるほどの力はもうないんだけど。


 だから、私がアイリスに洗脳まがいの教育を施す理由はない。

 けれど念には念を入れて、他にも手を打ちたいところだ。 


 ……あ、そうだ。

 原作だと、アイリスは魔物への復讐心に取りつかれていた。

 幼い頃に両親を魔物に殺され、その後聖女としての才能を見出されて教会にやってきたアイリスは、聖女となって魔物を根絶やしにすることを目指している。

 ミリーリアの厳しい訓練を受けいれているのもそのためだ。

 ミリーリアはそんなアイリスの心の歪みにつけ込み、教義を徹底するよう洗脳した。

 それが原作で主人公を虐めたり、強化した魔物を国に放ったりする原因になった。


 なら、むしろアイリスが魔物への憎しみを忘れられたらいいのでは?


 両親を魔物に殺されている以上、簡単にはいかないだろうけど……この世界にだって、楽しいことはいくらでもある。

 可愛い服を着たり、美味しいものを食べたりすれば、アイリスの復讐心も薄れていくんじゃないだろうか。


「ん? ってことは……私が生前やりたかったことをすればいいだけってこと?」


 聖女教育を続けながら、時間を作って買い物をしたり、食べ歩きをしたりする。

 可愛い女の子の身内と一緒に。

 うん、楽しそう。

 私とアイリスは血がつながってこそいないけど、私が生前憧れていたことそのものだわ!


「よーし、明日からいっぱいアイリスを甘やかすぞー!」


 私は翌日からの方針を決め、その日はゆっくり休んだ。



『ねえ、ミリーリアお嬢様の様子がおかしくない……?』

『そうね。あんなにテンションが高いお嬢様は初めて見たわ』

『お医者様をお呼びしたほうがいいかしら』

『いえ、きっと高名な神父様のほうがいいわ。悪霊に取りつかれてしまったのよ』



 ……ちなみに、扉の外ではメイドたちが何やらひそひそ囁き合っていた。

 もしかして私の行動が今までのミリーリアと違いすぎて怪しまれてる……!?

 そっちはそっちで気になるけど、ひとまず置いておこう。


 今はアイリスと仲良くなるのが最優先だ。

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