出発前
俺はもう十歳だ。あと一週間後には王都の学校に向かわないといけない。一応反抗してみたのだが、「お姉ちゃんのシオンも行ったんだから、ウォルだって行きなさい」によって撃墜された。
俺はすでにDランク冒険者だ。冒険者登録してまだ一年もたっていないが、冒険者登録する前の実績もある程度考慮された形だ。それと、鑑定の魔道具によって力を計られたのは大きい。なんとBランクの強さだったのだ。偽装魔法を使うことも考えたが、そのときは使わないことにした。
偽装魔法は自分の力を小さく見せることはできても大きく見せることはできないので、使っても問題はない。騒ぎになるようなら使おうと思ったが、測られるのは別室だったので、自分の力を知ってみたかったのだ。
とにかく初めからEランクをもらえたのは大きかった。Eランク以上じゃないと森に入れないからな。おそらくギルドマスターもその辺を考慮してくれたのだろう。
『くまくまー』
俺に今抱き着いてきたのは、初めて森に入ったときに遭遇した子熊だ。あの後森に入るとこの子熊がいて、今みたいに俺に抱き着いてきたのだ。
それからは森に来るたびにこの子にあっている。俺は狩りをするのだが、そこにこの子熊もついてくるのだ。場合によってはこの子熊も狩りをすることもある。これも一人前になる練習なのだろう。普段は親熊に餌をとってきてもらっているのだろうが、いずれは自分だけで取らないといけないからな。俺もこの子熊が狩りをするときは、危なくない限り極力手を出さないようにしている。
この熊の親子の種族はフェアリーベアーというらしい。この親子の特徴をもとに図鑑で調べてみたので間違いないと思う。元々ロークスの森にはいなかった種族であり、おそらくどこかから移ってきた外来種なのだろう。
この種族の面白いところは、オスとメスで全く違った生態であることだ。
子供のうちはみんなこの子熊と同様で、オスとメスで大して差はないのだが、大人になるにつれて生態が大きく変わってくる。オスはこの子の親熊みたいなやつで、人間の大人よりも身長が高く、最終的には三メートル以上になる。前世のクマのイメージとピッタリのような奴だ。
反対にメスはあまり大きくはならない。大きくなってもせいぜい人間の女性と同じくらいであり、顔もオスの成体のように怖くはない。結構ファンシーな感じだ。オスはともかくメスにはフェアリーが似合う。
成体の姿は全然違うが、どちらもBランクの魔物である。オスは単純に腕力などの身体能力が強く、メスは身体能力ではオスに劣るが、オスよりも魔力がうまく使える。
また、メスの中には変化だったりといった特殊能力を使えるものもいて、オスは単純なスピードアンドパワー、メスは魔法や特殊能力もある程度使えるとして知られている。もちろん、メスの身体能力も人間とは比べ物にならないが。
『くまー』
小熊がウサギを仕留めた。将来的にはBランクの魔物になれるのだろうが、今はまだ子供。この森ではまだまだ弱い部類に入るのである。
『くまくまー』
小熊が俺のもとにすり寄ってきた。獲物をしっかり仕留めたことを褒めてほしいのだろう。かわいい奴である。
「よしよし、よくやったな」
俺は子熊をほめてやったが、その途中で言わなければいけないことを思い出した。
「そうだ、俺は一週間後にはこの町を出て王都にいくんだ。そうなると、この森にはなかなか来てやれなくなってしまう。今日は最後だから一緒に思いっきり遊ぼうな」
クマにこんなことを言っても通じるかどうかわからないが、言葉にしておくべきだろう。
『くまー』
小熊が俺に思いっきり抱き着いた。もしかしたら俺の言ったことをなんとなく理解して、俺が出ていかないようにしているのかもしれない。本当にかわいい奴だ。
「わるいな。でも、こればっかりはしょうがないんだ」
『くまー、くまー』
小熊は俺のことを離そうとしない。そうこうしているうちに、何かつながりみたいなものが子熊との間に見えた。こんなことは初めてだが、以前知り合いのテイマーに聞いたことがある。そのテイマー曰く、テイムできそうな魔物とは何となくパスみたいなものがつながるといっていた。これがそれなのかもしれない。
俺は一応そのテイマーにテイムの仕方を聞いていたので、その手順通りにテイムを行った。
「確かテイムできそうな魔物に名前を付けてやって、それを魔物が受け入れた場合にテイム成功となるんだったな。となると、この子熊の名前を考えなくてはならない」
俺はあまりネーミングセンスには自信がないが、そんなに深く考えずにとりあえず名付けてみた。
「お前の名前はくまくまな」
この子熊の鳴き声がクマだからこうした。いつも『くまくま』言っているからこれでいいだろう。
『くまぁ!』
子熊は俺のボディーにキレのいいパンチを打ち出した。
「ぐはぁ」
こいつめ、なかなかいいパンチをもっていやがる。
「くまくまっていう名前は気に食わないか?」
『くまぁ』
完全に怒っているように見える。さすがに安直すぎたか。
「そもそもお前ってオスとメスどっちなんだ。それによっても名前は変わると思うが」
「その子はメスよ。かわいい冒険者さん」
急に知らない女性の声が聞こえた。
「誰だ!」
森の中であったのだ。声をかけてきたのでこちらに敵意がない可能性は高いが、念のため警戒しておかなくてはならない。
「私はその子の母親よ」
そこにいたのはいつも見るような親熊と、その隣にいる俺よりも少し大きいくらいのクマだ。
「もしかして今しゃべったのは、そこにいる初めて会うクマか?」
「そうよ。初めましてになるわね。その子の母親よ」
驚いた。フェアリーベアーのメスの成体が人間の言葉すら操れるなんて。いろいろな能力を持っていることは知っていたが、まさかそんな能力までも持っているとは。
「フェアリーベアーのメスはそんなこともできるのか。それで、この子はメスということでいいのか?」
「そうよ。あなたはその子を眷属にするつもりなんでしょ。いい名前を付けてあげてね」
『グルル』
「彼もその子にいい名前を付けてくれることを期待しているそうよ」
両親にまで期待されてしまうとは、これは責任重大だ。
「そうだなー、よし!お前の名前はローマだ」
ロークスの森で出会ったクマだから略してローマだ。この名前ならオスともメスともとれる。メスにつけても問題ない名前だろう。ちなみに前世のイタリアの首都が名前を思いついた一因であることは俺だけの秘密だ。
「悪くない名前ね」
『グルルル』
「彼も満足しているそうよ」
『くまくまー』
小熊、もといローマも名前を気に入ってくれたようだ。その証拠にくまくまと名付けたときは鋭いボディーを繰り出してきたのに、ローマと名付けたときには思いっきり抱き着いてきた。
「ぐはぁ」
パンチは来なかったが、思いっきりのいい抱き着きにより俺のボディーは結局ダメージを受けた。気持ちは嬉しいのだが、どちらにしろ結果は同じだった。
「あなたは確か王都の学校に行くんでしょ。この子はどうするの?おいていくならしっかり預かっておくわよ。もともとうちの子だしね。あなたが成人したときにでも迎えに来てくれればいいわ」
この母熊は人間の事情に精通しているのだろうか。やけに人間の事情に詳しい気がする。
「従魔として登録しておくし、眷属に関しては空間魔法を使った特別な方法があるんだよ」
《マジックボックス》やマジックバッグには生きているものを収納することはできないが、眷属のみには裏技がある。マジックバッグには無理だが、《マジックボックス》は眷属を入れておくことができる。なぜ眷属のみが可能なのかは証明されてはいないが、とにかく可能なのだ。よって、俺はローマと一緒にいることができる。
「何をするつもりかわからないけど、その子に危険がないのならいいわ。その子には森の狭い世界だけじゃなく、外の広い世界を見てもらいたかったのよ。その子に広い世界を見せてあげてね」
「任せてよ。時々は帰郷できるようにするよ」
「王都とこの町の距離は近いの?」
「結構遠いよ。最低でも馬車で一週間以上はかかるね」
「それなのに帰ってこれるの?」
「俺には《テレポーテーション》が使えるんだ。時間があれば帰って来られるよ」
《テレポーテーション》は聖級魔法に分類されている。距離によって使う魔力が変わるので、王都からロークスまでだと今の俺の魔力量では片道だけなら大丈夫だが、連続で往復は無理だ。万が一を考えたら念のために魔力を上げておく必要はあるが、これから鍛錬を続ければ魔力量も増えていくだろう。
俺が今使える唯一の聖級魔法であり俺の切り札だが、この人、ではなくこのクマたちには教えてもいい。
「そういうわけで俺は帰るから、あとは任せておいてよ」
「頑張ってねー」
『グルルルー』
『くまくまー』
ローマのお母さん以外なにを言っているかわからないが、別れを惜しんでいることは確かだろう。
クマの親子たちとの別れを済ませて俺とローマは森から出て俺の家に向かった。




