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金色の花を探して  作者: 秀月
ルーク=ドラフェルーン帝国
41/93

2-10:星

 それからは、テスト前夜を思い出す日々だった。


 さして詰め込めない頭に、怒濤の課題と実技指導。体力づくりと称して中庭まで走った。何時までも隠れてはいられない。だから、やれるだけの事をしておけ。ダヴィドがそう言ったので、星南はともかく頑張った。


 しかし、そもそも体力がない。


 課題を暗記しようと夜更かしして寝不足になり、走り込みで食欲も落ちた。さらに生理がきて貧血の再来だ。見かねたフランソワに回復の祝福をかけられてから、三日寝込んで現在に至る。


 この凄い彫刻の天井にすら見慣れて、住めば都という言葉を思い出した。人間生きてさえいれば、案外どうとでもなるらしい。そうやって割り切ろうと足搔あがく自分に気が付くと、余計に疲れてしまう。


 ああ、ダメになりそうだ。


「姫様、如何されました?」

「何でもないです。暇があると、ろくな事考えないなって!」


 星南がベッドから身を起こすと、コリンヌは湯飲みを差し出した。この至れり尽くせりに慣れるのも、怖い事のひとつだ。戸籍を持たず、祝福耐性のない神人。それも水の血筋となれば、ヤバイの一言に尽きる。


 神々さえも縛る、大神の縄墨じょうぼく


 火の血筋と風の血筋は、結ばれる筈だった水の血筋を求めてしまう。抗い難い本能を抑制しようと、近年様々な研究もされているそうだ。


 水の血筋というだけで価値がある。


 権力者には男が多い。必然的に女性は貢物とされだした。それを大神が嘆いたかのように、青石の国(アジュール)では女児が生まれ難くなったのだ。そして戦争、鎖国。地上で唯一の水の国は、硬い結界に閉ざされた。


 まあ、そこまで学べば、自分の身がどう危ないか分かってしまう。後宮納得?冗談じゃない。


 我が身はかわいい。権力者の慰み者なんて絶対に嫌だ。そうなると保身の為の祝福習得は最重要で、青石の国(アジュール)行きは急務になった。


 つまり旅。再びの野宿だ。


 日本に戻れないと知ってから、どこか気が抜けていた。安堵じゃない。多分、喪失というやつなのだろう。でも、自分が欠けてしまった事に気付いても、その治し方が分からない。この世界に馴染もうにも、結局身の上は危ないままなのだ。


 ツイてない。


 妙にしっかりくる一言は、諦めの薬みたいに心に沁みる。私は何をしたいんだろう。何が出来るのだろう。この世界において、一般的な幸せを目指せばいいの?


 答えを聞くのは簡単な事だ。


 星南はお茶の支度を始めたコリンヌを見る。聞いて納得出来るなら、とっくに聞いていただろう。バカバカしいな、と自嘲した。


「あぁーっ!もうめんどくさい!!」


 そもそも元から無い頭。良い案なんて浮かびもしない。


「コリンヌさん、お風呂行きましょ!」

「姫様、何度も言いますが…………」


 コリンヌはあからさまに、げんなりとした。星南に懐かれたのは良い事だ。良い事なのだが、仕事に支障をきたす程に慕われて、ほとほと困り果てていた。


 ――――出来たら甘えさせてやれ。


 ダヴィドの要望は、男に出来ない女性としての役割だった。だから、乳母を務めたコリンヌが選ばれた。甘えるのが下手で、素直なのに不器用な娘だと。


「大丈夫ですよコリンヌさん。私、生理軽いんです。三日目なんて終盤ですから。だからお風呂行きましょう?さあ、一緒に行きましょう!!」


 甘えるのが下手というのは、訂正するべきだ。スカートに纏わり付く星南の頭を撫でて、コリンヌはお茶の支度を諦めた。彼女のお風呂コールは三日目になる。流石に白旗の上げ時だった。


「…………仕方がありませんね。お部屋から出してあげましょう。でも入浴は、一人で大丈夫でしょう?」

「大丈夫じゃありません。湯船に落ちたら溺れちゃいます!私、泳げないんですよ!?」


 最初の一回以降、コリンヌが一緒に入る事はなかった。もちろんそれが、当たり前だと理解はしている。けれどアンチ後悔の人生標語もと、ああだこうだと星南は粘りに粘った。熱湯リバースのカタツムリに見守られ、一人熱帯、池の側。何も楽しくない。


 コリンヌは観念したように微笑んだ。


「かしこまりました」


 仕方のない方、という心の声が聞こえそうな笑顔だった。彼女と離れなければならない事も、気の重い事である。


「コリンヌさん大好きっ!」


 ぎゅっと抱き付いたら、まぁまぁ、と口元を隠して笑われた。なのに、琥珀色の瞳はどこか拗ねているようだ。


「そんな事を仰っても、添い寝は致しませんから」

「まっ、まだ寝ませんよ!ご飯の後にリベンジさせて下さい!もぉーっ!!一回くらい良いじゃないですか」

「…………ご飯、ではなく食事、と言って下さいね?姫様は時より、口調が幼いようです。今夜は晩餐にする、とダヴィド様から聞いておりますよ。部屋から出られるのあれば、お返事しなくては」

「え、晩餐、ですか?」


 立派な家を持っているにも関わらず、ダヴィドはそれっぽい事が苦手らしい。本当はこういうマナーだ、と後々教えてくれるくらい、それをすっぽかす。思い付いて一度、貴族なんですか、と身分を聞いてみたけれど答えは否だ。逆に何故そう思ったのか聞かれ、日本に貴族がいるのか聞かれて、何処を間違ったのか盆踊りをする羽目になった。


 星南が遠い目をしていると、コリンヌが心配顔になる。晩餐は正直好きじゃない。でも、そこを欠席するには、お風呂も断念だ。彼女はそれなりに忙しいらしく、キープしていないと来てくれない時がある。つまり、逃がせない。


「晩餐は行きます。大丈夫!私の上達したタンポンさば…………」


 言いかけて、コリンヌからの冷気に口を閉ざした。


「姫様。お口が過ぎるようですわ」


 ダヴィドですら頭の上がらない彼女に、星南の頭など上がる筈がなかった。

 

 

 

 晩餐となった理由は、帰ると言って居座り続けたフランソワの帰国を惜しんで、という名目だ。多分、誰も惜しんでいない。これは所謂、祝・追出し晩餐会なのだ。


 水の血筋は本能的に求めるもの。


 けれどもそこに、感情は挟まれない。


 例えば、黒光りする大嫌いな虫なのに、触れたくて仕方ない衝動に駆られたらどうだろう。間違いなく発狂する。


 フランソワの嫌われる要因は、そうしたところにあるらしい。けれど彼は彼で、誰か襲ってきたら大手を振って血祭りにできるんだけどね、なんて笑いながら平然と言うのだ。お互い様だろう。


 仲良くする気ないんなら、帰ればいいのに。


 星南も彼は苦手で、同族嫌悪か、とダヴィドに笑われた。エルネスには、一緒に八つ裂きにしてみませんか、と凄いお誘いを受けたけれど。


 まあ、それも今日で終わるかと思うと寂しくは、ない。やっぱり平穏が一番だ。


 食卓に灯る蝋燭に照らされた神人は、黙っていれば神秘的に見える。聞くべき事は沢山あったし、一番頼るべき人だった。それでも、好き嫌いというのは行動を鈍らせるには十分だ。


 よく分からない。


 そう思って、星南は肉料理が乗る銀食器に視線を落とした。人の好き嫌いって何で決まるんだろう。思わず零れた溜息が、静かな晩餐室によく響く。


「星南、無理する事はないよ」


 フランソワが苦笑した。晩餐のルールは、主賓が問いかけ、主人や客がそれに答えるというものだ。逆は失礼にあたる。


「大丈夫です」


 体調面では問題ない。首を振ると、仕方ないね、と彼は口を開いた。


「部屋で休んでおいで。僕の見送りは気にしなくていいよ」


 はい、としか言えない事を言われてしまった。隣に座るエルネスが席を立ち、ニコニコと見おろしてくる。星南は諦めて手を差し出した。誰よりもフランソワ嫌いの彼は、実に嬉しそうだ。こうなると、何の為の中座か微妙になってくる。エルネスさんを追い出したかったのではと、星南はフランソワを疑った。


「私、一人で部屋に帰れますよ?」


 廊下に出た所で言えば、彼は機嫌の良さそうな笑顔のまま振り向いた。


「私に戻れと言うんですか?」

「ごめんなさい。意地悪な事を言いました」


 クスッと小さく笑われる。本当に機嫌が良いらしい。エルネスは意外と顔に出る。その顔色を見るのがハイリスクではあるけれど。リターンもしっかりあった。盗み見た唇は弧を描き、歌でも口ずさみそうな勢いだ。


「今夜は特別に、許してあげましょうか」


 水の血筋の男性という理由で、ここまで嫌われるのだろうか。もしそうなら、自分もなんだか不安になってくる。同性からつま弾きにされるのは、やっぱり辛い。


「フランソワさんが女性だったら、良かったですね」

「…………馬鹿な事を言わないで下さい。そう簡単に神人なんて相手に――――ああ、そうですね。此処に一人、何も抵抗できない神人の少女が居ますけど」

「え?」


 エルネスはすっかり藪蛇になった。白皙の美貌を惜しみもなく笑みで飾って、向けてくるのは悪い顔。


「このまま手を離さないで部屋に行きましょうか?よく眠れるように、添い寝しても良いですよ」


 不穏な事を言い始めた彼は、そこで足を止めた。伸ばしてくる指が頬を撫で、生理後は妊娠しやすいと知っていますか、と恐ろしい事を言ってくる。星南は見事に青褪めた。不得手な話題を振るものではありません、と彼はやっぱり微笑んでいる。機嫌が良くても、触らぬ神に祟りなし。


 ごめんなさい、と慌てて謝った。


 コリンヌが言うには、フランソワは強烈らしい。逆に私は、ささやかなもの、だと言う。きっと神人は神人でも、始まりの十人から遠いのだろう。


「貴女は、今のままでいて下さい」


 前を向いたエルネスの顔を、黒い髪がさらりと隠す。私の存在も、彼にとっては煩わしいのだろうか。そんな事も、もちろん聞けない。部屋の前で手を離されて、お礼を言って頭を下げる。スルッと無駄に髪を触ってくるのは何時もの事で、去っていく後姿になんだか溜息が出た。

 

 

 

 フランソワが移転回路を開いたのは、夜も更けた頃だった。


 満天の星空に光の柱が立ち昇り、淡い水色の輪が現れる。その中心で、またね、と彼は微笑んだ。


青石(せいせき)の国で待ってるよ。僕の後任とは、仲良くしなきゃダメだからね?」


 光の粒になって消えていく神人に、星南は疑問符を浮かべた。


「後任?」

「ウスタージュの替わりを捩じ込まれた」


 ダヴィドは苦い顔で言った。フランソワは、金糸雀(カナリ)を認めたものの、パーティーは頭数が揃っていない。そこを突いてきた。青石の国(アジュール)側から人員を迎えざるを得なくなったのだ。


「ダヴィドさん…………」


 申し訳なくなって言葉に詰まると、彼は気にするなと苦笑した。


「俺はセナを手放す気が無かったし、セナは俺達を選んだ。お前のオマケで一人迎え入れる事になっても、別に構わんさ。こき使ってやる!」


 討伐ギルドのパーティーは、(サフィール)三人が最低数と決まっている。つまり、剣の使える人が来るのだろう。


「ところでセナ、薬草師の勉強は進んだか?」

「初歩の初歩です。まだ草の見分けがつきません…………」


 星南はそこまで言って、辺りを見回した。フェルナンとエルネスは離れた場所に居る。


「あの、エルネスさんって、(リュビ)だったんですか?」

「アイツは(サフィール)も出来るぞ」

「えっ!?」


 ダヴィドは小声で聞いてきた星南に、本人に聞けなかったのだろうと気が付いた。しかしこの距離だと、確実に聞こえるだろう。それで、少し悪い笑顔になった。


「エルに刃物を持たせるとシャレにならん。色術式片手に剣を振り回されたら、味方も間合いが難しい」

「両方だと困るんですか?」

「困らんヤツらも居るにはいるが、生傷が絶えん。(リュビ)は大忙しだ」


 私の間合いに入るから怪我するんですよ、なんて言いながら治療するエルネスが思い浮かぶ。(リュビ)が出来るのはそういう事なの?そういう人の事を、何と言うんだっけ。


 サディストだ。


 星南は咄嗟に口を押えた。確かに彼は、そういうところがあるかもしれない。せっかく打ち解けられそうだった薬草師の先生が、一気に危険人物に戻っていく。


「どうした、セナ?」

「…………」


 今、口を開いたら、とんでもない発言をしてしまいそうだ。彼はエルネスさんの幼馴染。つまり仲良しだ。変な事を言ったら、絶対にバラされる。


「さては、言えない事でも考えたな?」


 手を差し出していないのに、ダヴィドはいきなり抱き上げてきた。


「マ、マナー違反ですよ!」

「…………」


 ダヴィドはフイッと顔を反らした。その視線を追うと、開いたままだった移転回路に変化が現れている。水色の光が一段と濃くなり、キラキラと高い音が聞こえた。


「――――お初にお目にかかります」


 聞こえたのは、中性的な声だった。


「ヴィオレット・ブルーエ・フランソワの後任を務めます。僕の事は、エヴァとお呼び下さい」


 ふわりとした黒い髪。簡素な白い民族衣装を纏う、背のあまり高くない――――少年だ。微笑んだ瞳の色は灰色のような青で、右頬に刺青タトゥー。それが大人っぽいような、不思議な印象をいだかせた。


「フー・ダヴィド・アロン・アシャールだ。金糸雀(カナリ)のリーダーを務める」


 人懐っこい笑顔を浮かべた少年は、うんうんと頷いた。


「神人としての扱いは不要だよ。そのつもりで来たからね」

「…………そう言って頂けるのは有難いが」


 エヴァと名乗った少年が歩み寄る。彼は右手を差し出して、屈託なく笑った。


「よろしくね。帝国に来たのは三百年ぶりなんだ。色々教えて欲しい」

「此方こそよろしく」


 握手を交わしたダヴィドは、エルネスとフェルナンを紹介し、最後にセナと偽名を呼んだ。


「初めまして」


 降ろしてくれないダヴィドを睨み、結局そこで挨拶をする。エヴァがくすくす笑った。


「初めまして、僕はエヴァ。仲良くしてね」

「…………星南です」

「ん…………そっか、異界の発音なんだね?」


 驚いた顔をする少年に、星南は思わず苦笑した。


「せいな、です。私の国の、南の島でしか見えない星座が由来なんだよ」

「星の名前――――?」


 エヴァが夜空を仰ぐ。数えきれない星が細い月を囲んで、天の川が分からない。


「此処は北に近いから、南の星は見えないね」

「ネルベンレートで、星を探せば良かったな」


 ダヴィドがぽん、と頭を撫でた。


「由来のある名を持つと、幸せになれるという。良かったな」


 彼は穏やかに微笑んだ。それで初めて、名前の由来を聞かせた事に気が付く。


「心配するな。お前は幸せになれる。星が味方だ」

 

 

 

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