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金色の花を探して  作者: 秀月
ルーク=ドラフェルーン帝国

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2-9:小言

「エル、もう明かりが消える。横になれ」


 ダヴィドに言われたエルネスは、ふわぁっと欠伸をした。


「セーナに蹴られたら、どうしてやりましょう」


 不穏な事を言われた。寝ている間まで責任など持てない。星南は足を抱えて、より小さく丸まった。私は枕の一部です。ここには居ません。お願いだから存在を忘れて欲しい。


 もそっとシーツに潜ったところで、突然腰に腕が回る。そのまま、ぐいっと後ろに引き寄せられた。


「ダヴィドさん!何するんですか!?」

「寒いんだろう?」

「寒くないです!離してください!!」

「…………肉付きが悪いな。もっと太ったらどうだ?こことか」

「っ!離して、はなしてーっ!!」

「二人とも静かにして下さい。騒ぐと艾の緑(アプサント)を降らせますよ」


 エルネスが溜息交じりに言った。まだ寝る気の無い彼は、腕を伸ばしてダヴィドの頬を抓ったらしい。寝る時くらい銀管飾(ぎんかんしょく)を外せ、と背後のダヴィドが変な声で言う。


「この通り、外しています」


 黒い髪を耳に掛け、エルネスは挑発的に笑った。ダヴィドと似たような、先の尖った耳。その耳たぶの辺りが、赤黒く変色している。


「…………色術式は使えんだろうが」

「誰かを噛めばいいだけです」

「えっ!?」


 ぎょっとしたのは、身に覚えのある星南だ。


「私はダメです!貧血が治りません!!血なんて美味しくありませんから!」

「味は関係ありませんよ。欲しいのは色であって…………そうですね、丁度良いから色の抜けた血を、見てみませんか?」

「えっ!」

「何を言っているんだお前。言動が怪しいぞ」


 腰の腕が離れて、エルネスを掴む。その拍子に布団が捲れ上がった。星南は枕にしがみ付く。レースのスリップにガウチョ。それ以上脱げない薄着だ。


「私だって、色々溜まる時があるんですよ。ねぇダヴィー、血の逆負担ってどうです?男相手にやった事はありませんけど、イイらしいですよ?質より量の竜人族は、一体どうなるんでしょうね?」

「それ以上口を開くな、子どもが居るんだぞ?」

「セーナは自称大人です」


 つぅっと頭を撫でられる。悪寒と共に飛び起きた星南の前には、蠱惑的なエルネスの顔。思考は一瞬でショートした。


「私、子どもですっ!」

「都合が悪いと大人を辞めるんですか?いけませんね。今夜、もう一度大人にしてあげましょう」

「そ、それんんっ」

「やめろセナ、余計な事は言うな」


 ダヴィドに枕ごと口を塞がれる。苦しいし前が見えない。星南がバタバタ暴れていると、どこもかしこも細いですね、と足首を掴まれた。悲鳴が裏返って音にならない。


「エル!」


 ダヴィドの手が緩む。空気を求めて寝がえりを打ち、転がった先はエルネスだ。両手を掴まれている彼は、寝かせる気あるんですか、と笑顔で凄んでいた。どうして私、こんなカオスな空間に!


「あるに決まってるだろうが、お前は俺の隣だ!」


 エルネスの身体が傾く。ダヴィドはあっという間に彼を組み敷いた。障害物が消えたチャンスに、星南は身を起こす。


 早く逃げなきゃ!


「何処に行く」

「はうっ!」


 背中を押されて、即座にシーツに沈められる。


「大人しく寝ろ…………」


 ダヴィドは溜息を吐いた。そのタイミングで部屋の明かりが消えて、真っ暗になってしまう。


「明日も忙しい。俺は寝るぞ。暴れたら容赦せんからな」


 始めから容赦なんて…………


 眠れないよこんなの。ダヴィドさんが寝入るのを待って、どうにか逃げないと。そう思って身を固くしていたのに、ぼんやり目を開いた時には朝だった。

 

 

 

 白い光に目を擦る。


 寝てしまった。柔らかい寝具の威力は抜群だ。ぼんやり寝返りを打って横を見ると、既に二人は居ない。むくりとベッドに身を起こす。


 なんかこういう場所って、メイドさんが色々してくれそうなのに。


 そんな事を思いながら、素足を絨毯に下ろした。剥ぎ取られた服が、靴までキレイに見当たらない。さてどうするか。いくらツルンにペッタンでも、下着で廊下は遠慮したい。


 しっかり聞かないと、やって行けないぞ。


 自分に喝を入れて部屋を見回す。何か羽織るもの…………ベッドの足元にある横長の布が良さそうだ。それをストールにしてみたら、長くてミノムシ状態になった。見えるよりは見えない方がマシだろう。ともかく人探しだ。家の広さいに対して、ココはあまりに人が居ない。


 顔を出した廊下も、相変わらずしんとしていた。


 昨夜は右に逃げて二人を見つけたのだから、行くならそちら側だろう。とぼとぼ絨毯の上を歩いていると、どこかで話し声が聞こえる。女性の声だ。けれど辺りを見回しても誰も居ない。近くの部屋だろうか。でも勝手に扉を開ける勇気などない。


「あの、誰か…………居ませんか?」


 独り言みたいな声で呼びかけた。視線を感じた気がするのに、誰も居ない。光が満ちる廊下は無人で、不気味で、心細い。


「…………」


 血の気が下がってきた星南の耳に、また囁く女の声がする。これは本格的にアレかもしれない。ぞわっと悪寒に震えた。やっぱり声がする。それも複数だ。この家…………まさか、でるの?だから人が住み付かないの?


 後退すると、天上を走るような靴音がした。


 ガチなやつだったり、する?


 星南は踵を返して逃げ出した。ところが、開いておいた自室の扉が閉まっている。早速迷子だ。


「なんでドア閉まったの!?」


 右にウロウロ、左にウロウロ。もっと頭を使うんだった!いっその事、外に出てしまおうか。中庭は芝生と幾つかのオブジェしかない。歩いていたら目立つだろう。誰かに見つけて貰えるかもしれない。ここは一階だ。窓さえ開けば脱出できる。


 でも鍵の位置が高過ぎた。届かない。


 おのれノッポ人種!縮んでしまえ!!背の低い星南は、そういった仕様のものが大嫌いだ。電車の吊り革。飛行機の手荷物収納棚。水族館などにある、子ども用の踏み台。子どもでなくとも、使わざる得ない大人がいるのだ。


 窓の鍵を見上げ、何だか闘志が燃えてきた。


 幸いな事に、廊下にはいろいろな物が置かれている。目に付いたスツールを窓下に運んだ星南は、ふふふ、と意味もなく笑いだした。高い物に手が届く喜びは格別だ。幽霊も室外では襲えまい。それを踏み台にして、とうとう窓の鍵に手を伸ばす。


「さむっ!?」


 予想以上に風が冷たい。それで少し頭が冷えた。ここに来る前は、日本と同じ気候だと思っていたのに、標高でもあるのだろうか。話せるんだから、もっと色々聞かなくちゃ。決意を新たに見上げる空は、澄んで雲の一つすら浮かんでいなかった。

 

 

 

 その頃ダヴィドは、沈痛な面持ちで侍従の報告を聞いていた。老齢の家老は青い顔で、下着で窓によじ登っておられます、と耳を疑うような話をしている。男ならば放置か、ぶん殴って終わりだ。けれどそれをしているのは少女で、尚且つ神人。しかも水の国の姫君だ。もう聞いていられないと、手を振って彼を下がらせると、パシッと額を押さえた。


「セナはどうなっているんだ。テーブルマナーは、あれ程完璧だったのに」

「服を一人で着れないヤツだぞ?相当じゃねぇか。一人にしたのが間違いなんだ」

「フェルナン」

「…………」


 ダヴィドは背後の窓から庭を見た。三日月の書斎というこの部屋は、小規模の図書館と言った内装だ。面する庭は北の森。中庭は見えない。


「お前暇だろう?教育してこい。夜着に続いて下着で廊下を歩かれては、使用人も目のやり場に困る」

「…………なんで俺が」


 そう言いながら、彼は理由に心当たりがあった。ダヴィドは休暇中といえど役職だ。無視できない書類仕事がある。エルネスは更に忙しく、もう屋敷から出掛けていた。


「くっそ、あのチビ助め…………」


 誰が暇かなんて、言われずとも分かる。仕方なく読みかけの本を閉じて席を立った。頭が痛い。気を抜くとすぐに何かやらかす問題児。今日こそは、こってり絞った方が良さそうだ。


「立派なレディーに仕上げてこい」


 無茶な事を言うダヴィドに、フェルナンは遠い目を向ける。


「何年かかるか分かんねぇ…………」

「神人に寿命は無いぞ」

「だったら、ダヴィドさんがやれよ!」


 バタンと盛大な音を立てて扉が閉まった。素直じゃないところが、育てた男にそっくりだ。ガラスペンにインクを吸わせ、ダヴィドはニヤニヤしながら書類仕事を再開する。セナを拾って正解だった。暇をする時間がないし、仕事が終わるのも楽しみだ。


 書斎を出たフェルナンは、真っ先に中庭を見た。誰も居ない。何処行ったんだ、あのお転婆め。イライラなのかハラハラなのか、もはや分からないが気分は最悪だ。


 まだ紫菫(ヴィオレット)の君が滞在中。余計な事をしでかして痛い目を見るのは本人だ。


 でも彼女なら、分かっていてもやりかねないし、知らなくてもやりそうだ…………結局やるのか!?


 こめかみを揉んでいると、廊下を曲がった先で問題の少女を見つけた。何故か、ベッドの靴置きマットを羽織っている。


 よりによって、それか!


 危うくトドメを刺されそうになったフェルナンは、湧き上がるモヤモヤしたものを堪えて名前を呼んだ。地を這うような低い声が出た。


「星南!!」

「あれ?」


 しかし彼女の反応は薄かった。それどころか、嬉しそうに微笑んだ。知り合いに会えてホッとした星南は、ヒラヒラと手を振ってココですアピールをする。けれど、ずんずん歩いて来たフェルナンに、その手をガシッと掴まれた。


「どうして使用人を呼ばなかった?ちゃんとお前の部屋に、コリンヌを配したんだぞ!あと。フットスローを着るな。汚いだろう!?」

「えっ!?」


 コリンヌさん部屋に居たの?首を傾げると、彼の表情は更に険(けわ)しくなった。


「間抜け面してんじゃねぇよ!お前は国に帰ったら王族なんだぞ!?何でそんなにハチャメチャなんだ!」

「…………ええと」


 駄目だ。危機感がまるでない。微妙に心配た自分が馬鹿みたいだ。元から重度の平和ボケ。レディーにする以前に命が危ない。


 安全な家の中で思い出させてくれるとは。


 扱き甲斐があり過ぎて、頭が痛い。警戒する範囲が狭すぎるのだ。


「ローズ、ソレーヌ!」


 誰も居ない廊下に、フェルナンの低い声が響く。すぐさま壁戸が開いて、二人の女性が現れた。グレーのシンプルなワンピースに臙脂色のタイ。揃いの格好をした年配女性だ。


「姫君を丁重に丸洗いしろ。コリンヌを呼び出せ」

「かしこまりました」


 スカートを広げて一礼した二人は、また壁の扉に戻って行った。音もなく閉まったそこは、ただの壁にしか見えない。


「忍者屋敷…………」

「…………妙な事を言うな。使用人は廊下を歩かないんだよ」

「それは聞いたけど、まさか、壁の中を歩くの?」


 フェルナンは天井を指さした。


「表廊下に二階へ行く階段は無い。何でかって、こういう家は、二階が使用人のエリアだからだ」

「二階…………?」


 平屋だと思っていたのに、二階があるらしい。へぇーっと高い天井を見上げる。


「人の居る部屋には、必ず使用人が控えてる。あいつらは呼ばなきゃ絶対出て来ない。そういう決まりなんだ――――星南。お前は将来、人を使う事が仕事になる。一人で何とかしようとするな」

「…………はい」


 どうやら叱られているらしい。神妙に頷くと、彼は溜息をついた。


「食事は一日二回。子どもは三回。部屋で食ってこい。風呂は何時でも入っていいし、屋敷内なら何処に行っても構わない。下着と夜着じゃなかったらな!」

「…………すみませんでした」

「まずは、一人で風呂まで行け。そこを左に曲がって、二つ目の角の突き当りだ」


 明るい廊下を見た。さっきのは幽霊じゃなくて、使用人さん達の声かもしれない。でも、またもやお風呂だ。気が重い。


「コリンヌさんは…………」

「風呂場で待ってる。此処の使用人は皆ベテランだ。おかしな真似はしてこない」


 フェルナンはまた溜息をついた。


「泣くな。たかが風呂だろ」

「泣いてなんか…………」


 言いかけて唇を噛む。鼻の奥が痛くなってきた。


「――――嫌な物を避けていると、避けた分だけ戻せなくなる」


 星南は小さく頷いた。彼が何を言いたいのか、分かってしまったからだ。


「神人は本来、高露出の服を着る。風呂で慣れろ。慣れるように沢山入れ。俺がしてやれるのは、これくらいしかねぇんだよ」

「あれは、フェルナンのせいじゃ…………」


 彼は知っているのだ。


 私がこの世界の同性に、既に恐怖心を持ってしまった事を。


「…………水の血筋を求める本能は、男女平等に持ってんだ。あれはたまたま女だった。それだけの事だろ?世の中には、悲鳴を聞いて喜ぶヤツだって、不快だと思うヤツだっている。見る目を養え。身を任せられる相手か、自分で判断するんだ。それで駄目だったら、残念だった諦めろ」

「そんな…………」

「危機感を持て。ボケッとしてると痛い目見るぞ」

「…………はい」


 星南が項垂れると、彼は掴んだままの手首をグイっと引き寄せた。踏み台のせいで、何時もより顔が近い。緑と黄色、どちらを見たら良いのか迷う瞳が、溜息と共に閉じられる。


「何故俺に手を掴まれているか、簡潔に言え」

「え?」


 何かしたっけ?


 身に覚えがない。それに精神的にいっぱいいっぱいだ。だから、見えている事をそのまま言った。


「フェルナンの爪、黒くないんだね」

「爪が黒くて角があるのは、魔人族だけだ」


 彼は眉間に皺を寄せた。少し俯くから、顔に前髪の影が落ちる。せっかく綺麗な顔なのに、あっという間に不機嫌で暗い印象になった。


「お前が手を出したからだよっ!下心ある男にこんな真似したら、どっかに連れ込まれて酷い目遭うぞ!!いいのか!?」

「良くない!!」

「その点踏まえて、さっさと風呂に行って来い。半時したら迎えに行く」

「…………」


 離された手を、自分で握りしめる。優しさが分かり難い。でも、気にかけてくれていると気付いてしまう程、私はそれに飢えている。そして彼は、素直に甘える事の出来ない相手だ。


「いってきます」


 泣きたい気分で向けた背中に、猫背になるな、と小言が飛んできた。

 

 

 

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