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金色の花を探して  作者: 秀月
聖ネルベンレート王国

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12/93

1-12:暗緑の森

 夜も更けた頃、フェルナンは自身の祝福の気配を辿って、拠点に辿り着いた。蔦で屋根を作るなんて、エルネスはきっとセナの反応を見て遊んでいたのだろう。頭が痛い。


 ウスタージュが、上手くフォローしていると良いんだが。


 そう思いながら蔦の隙間を潜ると、すぐ問題の男に声をかけられた。


「お疲れさまです、フェル。首尾はどうですか?」

「…………黒点は見つからない。でも、キナ臭いったらないな。新しい足跡と靴が片方落ちていた」

「…………それは、黒かもしれませんね」

「収穫だったな、フェルナン」

「今回ばかりはハズレを期待した――――」


 顔を明かりの下、囲いの中央へと向ける。そこには荷物と、二頭の荷馬の姿があった。馬があんな所で休むのは珍しい光景だ。


「セーナはすっかり馬に懐かれていましてね」

「あそこに居るのか?」

「ウスタージュもな」


 ダヴィドの補足に、フェルナンは僅かに肩の力を抜いた。どうやら彼は健闘したらしい。


「お前も休め」


 差し出された剣を受け取り、もう一度光の下へ視線を向ける。何かの違和感を感じた。


「気になるなら、見てくれば良いでしょう?」

「…………」


 別に、気にしてはいない。面倒事の塊で、手が掛かる上に生意気だ。


 けれど――――


「怪我をしたのか?」

「乾燥魚を手で掴んだんですよ、あの子は」

「馬鹿じゃないか?」

「賢い筈が無いでしょう?」


 そうだった。賢い筈がない。思わず開いた口を、ぎゅっと噛み締める。言っても仕方の無い事だ。あの娘には、まともな知識が無い。それはもはや確定だった。


「フェル。落ち着いて聞いて下さいね。セーナにはまだ、黒色病の可能性があります。血の止まりが異常な程、早いんです」

「――――もしもの時は、俺が」

「待て待て、そうじゃない」


 言いかけたフェルナンに被せるように、ダヴィドが口を挟んだ。殺すために拾ったんじゃない、と言われなくとも分かる。分かるが、その役割分担は早めに決めておいた方がいい。こっちにだって、心の準備をする時間が欲しいのだ。


「フェルは、セーナ達の傍に行って下さい。朝になったら、これからの計画を話します」

「俺達は、ここで暫く反省だ」


 思わずダヴィドを見た。フェルナンは彼の顔に浮かぶ苦笑に、嫌な予感を覚える。この人の口から、反省なんて言葉が出る日が来ようとは。そう思ったら、身体が動いていた。


 中央に駆けて行く後姿を見て、エルネスは寂しげに目を細くする。


「安心しろ。フェルに切らせるくらいなら、俺がやる」

「やめて下さい、そんな話は…………」

「無用な心配だと思うがな?監禁されて育った人間が、あんなに豊かな表情をするものか」

「…………セーナは、よく分かりませんからね」

 

 

 

 森の朝は白い霧に包まれていた。


 ひんやりと澄んで気温が低く、暖かい馬の体が心地よい。これで毛並みが柔らかかったら文句無しなのに、そう思って星南は身体を起こした。


「ゴハン」


 真っ先に声を掛けて来たのは、枕にしていたナディーヌ号だ。辺りを窺うと、蔦のドームは既に無い。近くで大の字に転がっているウスタージュを覗き込めば、ぱちっと琥珀色の瞳が開いた。


「寝坊だぞ、セナ」

「おはようございます…………」

「朝っぱらから、もごもご話すなって」

「…………すいませんね」


 ウスタージュは、呻きながら身体を起こした。鎧が擦れて、すっかり耳に慣れた金属音がする。


「身体がバキバキだぁ。頸甲くびよろいくらい取れば良かったー」

「大丈夫?」

「なんだなんだ。寄るな触るな、ほら、消毒と包帯変えておけ」


 巾着袋を渡された星南は、ムッとした顔でウスタージュを見た。彼は私の事を、馬鹿だと思っている。それでも良いと考えていた少し前の自分を、殴ってやりたい。馬鹿にされるのは、気分が悪い。とてもイラッとする。


「何時か絶対、見返してやるんだから!」

「もごもご話すな」

「もごもごじゃありません!日本語です!!」

「じゃぁ、あれは何だ?」

「木っ!木ですよ、木ーっ!!」

「おうおう、怒るなって…………」


 もう嫌だ。どうして、短い単語ばっかり言わせるの!?気分は確かに、ハンカチを噛み締めてキーッとやりたいくらいだ。むしろ異世界でハンカチでキーッ、が通用するところがやるせない。


 共通語を教えようとしたウスタージュと、努力した星南。越えられない自動翻訳の壁の前に、二人は一夜にして屈した。聴力の残念な子というレッテルが貼られたのだ。


「ケンカをしないで下さいね?」

「セナは意外と短気っス」


 誤解だよ。その誤解を、誰か訂正させて。項垂れる星南に歩み寄ったエルネスは、背に落ちたままのフードをそっと被らせた。そのまま頬を包まれて、びくりと背筋を伸ばす。覗き込むように近づいた顔は、整い過ぎていてアップが辛い。すぐさま、目線を明後日の方向に逃がしてしまった。


「これからギリギリまで北上します。セーナ、頑張って歩いてくれますね?」

「はい」

「ウスタージュ。ナディーヌ号の装備を整えて殿しんがりを頼みます」

「了解!」

「行きましょう」


 顔から手が離れてほっとする余裕も無く、手首を掴まれた。不格好に包帯の巻かれた右手は、広がる濃紺の袖から伸びる指がしっかりと絡んでいる。エルネスはローブも手袋もしていなかった。詰襟の下に広がる二枚の飾り襟。左右対象に下へと並ぶ十個の銀ボタンまで、全て、自分と同じデザインの制服だ。


 にも拘わらず、この差。


 着ているか着られているか以前に、月とスッポンと言うべきか。誰かが見比べていなくても、隣は居心地が悪い。どうして、よりによって彼とだけ同じデザインなのだろう。そこにフェルナンの作為を感じてしまう。


 しかも、エルネスの爪は艶やかに黒かった。ちゃんと手入れをしているのだろう。放置イコール年齢の自分と比べて、歴然の差だ。


 居たたまれない。


 全身で私のコンプレックスを刺激してくるつもりでしょうか。流石に受けて立てません。


「エ、エルネスさん?」


 呼びかけてみると、淡い瞳が見下ろした。昼間の彼は白い霧とも相まって、穢れなど知らないような白皙の美しい男性だ。実に罪深い。無害に見える。


「靴擦れする前に着きますよ。そこでセーナは待機です」

「あの、手を…………」


 掴まれた手首を上げて主張してみても、彼は微笑みを崩さなかった。そればかりか、後で巻き直しましょう、と余計な事を言われる。それで星南が黙ってしまうと、再び歩き始めた。樹齢の予想が出来ないくらいに、太い木々。彼らはここへ、何をしに来たのだろう。鳥の声さえ聞こえないのだから、他の動物がいるとも思えない。


 星南はまだ、討伐ギルドがどんな組織かを知らなかった。

 

 

 

 石皮靴(ロシェボット)がザクザクと音を立てて苔を踏みしめる。先頭を歩くフェルナンとダヴィドは、無言だった。サフィールである二人は、人族を殺める事にそれなりの耐性を持っている。この国で討伐ギルドと言えば、王国軍の補佐のような仕事までさせられている、と有名だ。そのせいで、星南を拾う事になった。


 全ては偶然の積み重ね。


 けれど偶々が重なり過ぎると、気味が悪くなるものだ。フェルナンは遂に足を止めた。


「引いた方が良くないか?」

「引く暇があるなら、さっさと進め」

「ダヴィドさん――――」


 緩やかにウェーブするオレンジ色の髪を揺らせて、ダヴィドは首で否定した。任務の方が優先だ。目視出来ない程後方に居る、エルネス達を気にする事はないだろう。手早く終わらせて、帰る方が賢明だ。


 現場を若い二人に見せたくないなら、尚更のこと。


 血の臭いがする。霧が晴れたら、とんでもない修羅場を拝めるかもしれない。まるであの雨の日の、天界シエルの庭のように。昨夜は感じられなかった異変が、二人の前には広がっていた。


「二の剣を抜いておけ」


 ダヴィドが警告する。感知に長ける彼が、鞘からスラリと白銀の刀身を抜いた。二の剣は、とむらい用の特殊な剣――――人を切る為の剣だった。


「来たぞ、霧を払え!」


 鋭い指示と共に、濃紺のローブが足元に落とされる。同時にフェルナンは指を鳴らした。


『神の作りし 始まりの色 春の地を染め 初めをうたい 手折るものには屈するなかれ――――古き緑(エルブ)


 上に飛んたダヴィドの下を、色を乗せた右手で横へと薙ぎ払う。空気が動いて視界が晴れた。巨木の森。足元の苔は枯れ果てて、茶色に変色している。フェルナンは迷わず二の剣を抜いた。


「どうなってんだ」


 横から飛んで来た短刀を叩き落とし、近付く気配に剣を向ける。犬人けんじんだった。ダヴィドの向かった方では、剣光の軌跡しか見えない。もとより加勢は不要だろう。


「何の心算だ」

「逃げた蛇人のガキを、何処に隠した?」


 その言葉を聞いて情報収集に切り替えたフェルナンは、表情を変えずに一瞥を返した。天界シエルの庭と、この森は繋がっている。わざわざこんな所まで探しに来たというのか。


 ――――セナを?


「知らないなら、死ねッ!」


 そのまま飛びかかって来た男は、上半身の大きな狼種の犬人だった。先発隊の奴らが、天界シエルの庭で仕留め損ねたに違いない――――切り結んだら不利になる。その攻撃を後ろに引いて避け、素早く剣を鞘に納めた。その様子に、相手の男は分かり易く油断を見せる。


「討伐ギルドの剣士様が、命乞いでもするってか?」


 嘲笑を浮かべ、先程までの勢いを無くして歩み寄って来た。更に後方に距離を置き、フェルナンは何かを呟いていた口元に、ニッコリとした笑みを浮かべる。


木蔦の緑(リエール)

「ぐっ!?」

「お前は生け捕りにしてやるよ、昼寝でもしてろ」


 言い捨てて踵を返し、ダヴィドの方へ向かう。突如、地面から生えた蔓植物に締め上げられた男は、泡を吹きながら意識を失った。本来木蔦の緑(リエール)という色は、屋根を作るものではないのだ。


 はぁー、とダヴィドは辺りを見回して溜息をついていた。


 犬人を四人切ったが、その奥には狐人こじんの死体が五つも転がっている。仲間割れ、と言うにはモノが無い。


「ダヴィドさん、一人生け捕った」

「フェル、この状況をどう見る?」

「同士討ち、か?」


 狐人は全て、胸を一突きにされて事切れていた。五人とも同じ手口だとすると、相当油断していたか、相手が手練れでも無ければ難しい。


「骨は無かったと思うが」

「全くなって無かったな」


 同じ意見を交わした二人は、首を傾げた。この犯行が先程の犬人だとは思えない。


 やはり、何かが変だ。


「お前はセナを連れて、アングラードへ戻れ」

「了解」

「警戒しろ。ギルド内に居るかもしれん」

「居るだろうな」


 暗緑シアンの森には、霧より深い疑惑が満ちていた。

 

 

 

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