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金色の花を探して  作者: 秀月
聖ネルベンレート王国
11/93

1-11:気ままな旅

「遅かった…………」


 拠点に戻ったウスタージュは、ダヴィドとエルネスに追い詰められている星南を見つけた。蔦の囲いも相まって、猫に追われた瀕死の鳥だ。


「ダヴィドさん、墓参りはどうだったんです?」


 ともかく空気を変えようと試みたが、お前も来い、と加勢を命じられる。


「二人して何を………」


 言いかけたウスタージュは、言葉を失った。星南の右手袋が、真っ赤に染まっている。


 出血――――!


 頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。黒点こくてんに変わったら、ここで殺すしかない。誰がやるのか。俺には、無理だ。


「ウスタージュ」


 細い声で呼ばれて、慌てて走り寄る。まだ意識がある。早まるな。自分に言い聞かせながら、灰色の瞳を覗き込んだ。


「それはどうした!?」

「乾燥魚で切っちゃって」

「落ち着けウスタージュ。セナは手で、乾燥魚を掴んだんだ」

「何やってんだっ!!」


 ウスタージュに怒鳴られた星南は、更に小さくなった。


「そのくらいに、してあげて下さい」


 エルネスが苦笑気味に助け船を出す。もうダヴィドに散々叱られた後なのだ。そして、酷ければ縫う、麻酔は無い、という脅しに逃げ惑う事となった。二人が本気を出さなくても、少女ひとり簡単に捕える事が出来る。それをしなかったのは、余りに星南が怯えてしまったからだ。


「面白くて、からかい過ぎました。セーナは手当てを嫌がるんです」

「子ども同士で気が合うか?それならセナは、ウスタージュに任せよう」

「…………任されました」


 フェルさんの言う通りだ。このままだと何時か逃げ出すに違いない。そして殺される。黒点で無かった事は幸いと言うべきだろう。しかし、蛇人族である以上野放しには出来ない。


「ほら、手を見せてみろ。傷が残っても知らないぞ」

「ウスタージュ…………!」

「な、泣くんじゃないぞ!」

「来るのが遅いよ!生きた心地がしなかったんだから!!」

「おいおい、怒るなって。ともかく手を見せろ」


 渋々右手を差し出した星南は、ウスタージュの手が震えている事に気が付いた。血が苦手なのだろうか。月に一回は血を見る女性と違って、男性は意外と血が苦手だと聞いた事がある。左手で手首のボタンを外して、自分で手袋を引き抜いた。痛みは無い。出血の割に、指と手の平には数か所、小さな刺し傷が出来ている。


「こりゃぁ、一先ず包帯だな…………お前、自分で巻けるか?」

「自分の手に?」

「巻けるのか?」


 力無く首を横に振ると、ウスタージュは唸った。


「俺はまだ、人型になって日が浅いんだ。細かい力加減がだな、怪しいと思う訳だ」


 星南はコテンと首を傾げた。ヒトガタって何だろう。日が浅いって事は、経験不足という事?別に包帯の巻き方が雑でも構わない。見た目程痛くないし、血は殆ど止まっているようだ。


「ギルド?」


 それでも思い付いた単語を口にしてみると、ウスタージュは流石にそれは知ってんのな、と肩を落とした。それって何だろう。迂闊な事を言うと、説明してもらえる機会を失ってしまうようだ。再び首を傾げてみせたが、ウスタージュはもう説明する気が無いようで、荷物の方に歩き出してしまった。


「乾燥魚の事、知らなかったのか?」


 荷物を漁りながら尋ねてきたウスタージュに、星南は無言を返した。ナディーヌ号のゴハンである魚は、トゲトゲのタツノオトシゴに似た姿をしていた。しかも乾燥と言いながら、生だった。普通に生きていたのだ。


 ――――青石の国(アジュール)の名産。


 エルネスの言葉が頭に浮かぶ。毒は無いとダヴィドが言っていた。


「セナ…………いや、セーナ。分からないなら聞けよな?お前が何も知らないからって、野放しにしたりしないぞ?その程度の覚悟で、拾った訳じゃない」


 ウスタージュは、巾着袋を手に振り向いた。


「…………知らないんだろう、青石の国(アジュール)の事」


 知る筈無いじゃん。見た事も、行った事も無い国なんて。星南は唇を噛んだ。そう言っても伝わらないのに、何を開き直れと言うのだろう。


「乾燥魚は水馬の好物で、水が無くても五日は生きる」


 ガシャッと鎧の音をたてて、ウスタージュは胡坐をかいた。巾着袋を地面に置いて、左の手甲てこうを外すと、続けて右の手甲も外す。鎧の中から出て来たのは、濃紺の袖と、白い手袋に覆われた大きな手だった。下に制服を着ているらしい。


「こっち来いよ。手当は苦手なんだ」

「…………」

「今更だろう?何を警戒してんだか…………全く持って手遅れだぞ?」

「ウスタージュ、あの」

「いい加減、共通語で話してくれよ。特異言語セリュレオムは陸で使う言語じゃ無いだろう?」

「ごめん、分かんない」


 進み出て、ウスタージュの傍に膝を突く。そのまま手を差し出すと、ちょっと待て、と止められた。やっぱり血は苦手なのだろう。


「今芽生えた警戒心を何処にやったんだ?俺は、鎧付きの竜人だぞ?意味分かるよな?」

「分かりません」


 首を横に振ると、彼は長い長い溜息をついた。


「俺は半竜人なんだけどさ、生まれた時は竜だったんだ。珍しいだろ?それで、二十歳になって、やっと人の形に戻れたんだけど…………力の入れ具合がさっぱり分からなくってさ。物をよく壊してたんだ。そんで、竜人族がやるような、負荷かけの鎧を着てるワケ」


 生まれた時は、竜?


 訝し気に首を傾げた星南に、ウスタージュは衝撃発言をした。


「蛇人族は、半身が蛇なんだろう?」

「えっ!?」

「ん?」


 星南は思わず、ウスタージュの顔をまじまじと見詰めた。嘘とかシャレでは無い顔だ。


 半身が蛇?


 あのにょろにょろした方の?私の何処に、その要素があるの!?


 カーっと頭に血が上った。


 無いよね?そんな人種と間違える要素、私の何処にも無いよね!?顔が蛇に似ている、以前の問題だ。


「早く教えてよ!私が蛇人族ぶる必要、全然無かったじゃん!!」

「おいおい、何で怒り出したんだ?」


 ウスタージュは掴みかかって来た星南に、顔を強張らせた。


「私の何処に、にょろり要素があるって言うの!?」

「うわぁ!ちょっと待てって!血が付くだろ!?触るなって、こらっ、落ち着けっ!」

「落ち着ける筈ないでしょ!私の縮んだ寿命返しなさいよ!!」

「や、やめろって!俺はまだ、力の加減が怪しいんだ!!」


 ウスタージュは、両手を上げて降参を決め込んだ。彼女の肩なんて掴んだら、そのまま骨を砕きかねない。どうして、こんなに怒らせてしまったのだろう。半分は蛇と言ったのが不味かったのか?


 体の一部に鱗を持つ者同士、親近感あったのに。


 鎧の肩当に置かれた小さな手から、赤い血が滲む。痛くないのだろうか。ウスタージュは眉をひそめた。


「セーナ血が…………」


 その呟きに、やっと正気が返って来た。ウスタージュに当たっても仕方のない事だ。


「ごめん」


 チクリと痛む右手を見ると、かさぶたが取れてしまったのか、また血が滲んでいた。何をやっているんだろう。星南はその場に座り込んだ。


「自分でやれよな。白いラベルのビンが消毒薬」

「…………うん」


 巾着袋から言われたビンを取り出し、一緒に入っていたガーゼに吸わせる。それを傷に押し当てるが、特に沁みたりはしなかった。


「妙な事は、手慣れてんのな」


 言われて顔を上げると、ウスタージュは横を向いたままだった。その琥珀色の視線の先は、自身の肩だ。星南は気まずくなった。血が苦手な相手に、血を付けてしまったのだ。慌てて巾着袋から綺麗なガーゼを引っ張り出す。それで拭こうと手を伸ばすと、彼は身体を後ろに引いた。


「このままでいい」

「いや、良くないでしょ?」

「全身が薬と言われる、蛇人族の血だろう?もしもの時に役に立つかもしれないし」

「蛇人族じゃないから。普通の人間だから…………」

「早く包帯を巻け」


 話しが通じない。


 眉尻を下げる星南に、ウスタージュは溜息を落とした。私達の溝は深いようです。そして、埋まる目途が立ちません。

 

 

 

「あっちは一段落したみたいだな」


 ダヴィドが溜息交じりに言うと、エルネスはどうだか、と同じく溜息をついた。


「セーナは、何で怒ったんだと思います?」

「地獄耳のお前と一緒にするな」

「…………この距離ですよ?聞こえていたくせに」

「半身が蛇って所だろう?それ以外にあるか?」


 エルネスはウスタージュの背中の方を見た。その身体に隠されている娘は、本当に蛇人族なのだろうか。一度打ち消した疑問が再び浮上する。


 生理用品を見て赤くなるのは、それを使った事のある生娘だからだ。男を知っていれば、動じない事さえある。あの反応を見て、彼女は黒点ではないと確かに思った。


 しかし。


 出血の止まりが早すぎる。乾燥魚に刺されたら、縫ってもおかしくない怪我になる事も多い。なのにセーナの血は、手袋を染めただけで止まったようだった。布一枚濡らすような出血が、そう易々と止まる筈が無い。


「セナは黒点だと思うか?」

「分かりません――――」


 そうでないと思いたい。エルネスは暗い森に視線を動かした。サフィールでない自分が、人を狩る事は無い。ウスタージュも半人前だ。万が一があった場合、ダヴィドかフェルナンがその嫌な役目を背負う事になる。


「セナの血の止まりは、異様に早い。黒点の発病を抑える為に研究をされた個体、という可能性はあると思うか?」

「…………恐らく無いでしょう。蛇人族は同族婚の民です。獣人族を毛嫌いしていますし、わざわざ黒色病の研究をしているとは思えませんね」

「まだ、発病する可能性がある、か」


 二人の視線の先で、知識者フィロゾフに満たない子ども達の明るい声がした。騒いだり沈黙したり、笑ったり、忙しい様子に若さを感じる。


「ウスタージュを遠ざけたりしたら、流石に過保護と言われるだろうな」

「あの子を死なせなければ良いんです――――セーナが水に連なるのは確かな事。血を流させず、本国まで連れ帰りましょう」

「此処からブルザ領に抜けるつもりか?相当、時間が掛かるぞ」


 エルネスはダヴィドに視線を向けた。その薄い色の瞳には、諦めが滲んでいる。縁起でもないとダヴィドは眉を寄せたが、溜息をついた幼馴染は奥の手を使います、と疲れた顔で呟いた。


「奥の手?」

「暇を持て余す私の父に、仕事をしていただきましょう」

「…………そんな嫌そうな顔をして、言う事か?」

「嫌いですから」


 にっこりと満面の笑みで言い切ったエルネスに、ダヴィドはもう一悶着あるのだろうな、と肩を落とす。


 息抜きの旅行であり、視察。力任せの脳筋パーティーだったら、獣人族にも適度にあなどられて馴染むだろう。そう言うメートル・オブリの入れ知恵の下、口裏を合わせたのは僅か数日前の事だった。


 俺達の気ままな旅は、一体何処に行ったんだ?

 

 

 

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