1-11:気ままな旅
「遅かった…………」
拠点に戻ったウスタージュは、ダヴィドとエルネスに追い詰められている星南を見つけた。蔦の囲いも相まって、猫に追われた瀕死の鳥だ。
「ダヴィドさん、墓参りはどうだったんです?」
ともかく空気を変えようと試みたが、お前も来い、と加勢を命じられる。
「二人して何を………」
言いかけたウスタージュは、言葉を失った。星南の右手袋が、真っ赤に染まっている。
出血――――!
頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。黒点に変わったら、ここで殺すしかない。誰がやるのか。俺には、無理だ。
「ウスタージュ」
細い声で呼ばれて、慌てて走り寄る。まだ意識がある。早まるな。自分に言い聞かせながら、灰色の瞳を覗き込んだ。
「それはどうした!?」
「乾燥魚で切っちゃって」
「落ち着けウスタージュ。セナは手で、乾燥魚を掴んだんだ」
「何やってんだっ!!」
ウスタージュに怒鳴られた星南は、更に小さくなった。
「そのくらいに、してあげて下さい」
エルネスが苦笑気味に助け船を出す。もうダヴィドに散々叱られた後なのだ。そして、酷ければ縫う、麻酔は無い、という脅しに逃げ惑う事となった。二人が本気を出さなくても、少女ひとり簡単に捕える事が出来る。それをしなかったのは、余りに星南が怯えてしまったからだ。
「面白くて、からかい過ぎました。セーナは手当てを嫌がるんです」
「子ども同士で気が合うか?それならセナは、ウスタージュに任せよう」
「…………任されました」
フェルさんの言う通りだ。このままだと何時か逃げ出すに違いない。そして殺される。黒点で無かった事は幸いと言うべきだろう。しかし、蛇人族である以上野放しには出来ない。
「ほら、手を見せてみろ。傷が残っても知らないぞ」
「ウスタージュ…………!」
「な、泣くんじゃないぞ!」
「来るのが遅いよ!生きた心地がしなかったんだから!!」
「おいおい、怒るなって。ともかく手を見せろ」
渋々右手を差し出した星南は、ウスタージュの手が震えている事に気が付いた。血が苦手なのだろうか。月に一回は血を見る女性と違って、男性は意外と血が苦手だと聞いた事がある。左手で手首のボタンを外して、自分で手袋を引き抜いた。痛みは無い。出血の割に、指と手の平には数か所、小さな刺し傷が出来ている。
「こりゃぁ、一先ず包帯だな…………お前、自分で巻けるか?」
「自分の手に?」
「巻けるのか?」
力無く首を横に振ると、ウスタージュは唸った。
「俺はまだ、人型になって日が浅いんだ。細かい力加減がだな、怪しいと思う訳だ」
星南はコテンと首を傾げた。ヒトガタって何だろう。日が浅いって事は、経験不足という事?別に包帯の巻き方が雑でも構わない。見た目程痛くないし、血は殆ど止まっているようだ。
「ギルド?」
それでも思い付いた単語を口にしてみると、ウスタージュは流石にそれは知ってんのな、と肩を落とした。それって何だろう。迂闊な事を言うと、説明してもらえる機会を失ってしまうようだ。再び首を傾げてみせたが、ウスタージュはもう説明する気が無いようで、荷物の方に歩き出してしまった。
「乾燥魚の事、知らなかったのか?」
荷物を漁りながら尋ねてきたウスタージュに、星南は無言を返した。ナディーヌ号のゴハンである魚は、トゲトゲのタツノオトシゴに似た姿をしていた。しかも乾燥と言いながら、生だった。普通に生きていたのだ。
――――青石の国の名産。
エルネスの言葉が頭に浮かぶ。毒は無いとダヴィドが言っていた。
「セナ…………いや、セーナ。分からないなら聞けよな?お前が何も知らないからって、野放しにしたりしないぞ?その程度の覚悟で、拾った訳じゃない」
ウスタージュは、巾着袋を手に振り向いた。
「…………知らないんだろう、青石の国の事」
知る筈無いじゃん。見た事も、行った事も無い国なんて。星南は唇を噛んだ。そう言っても伝わらないのに、何を開き直れと言うのだろう。
「乾燥魚は水馬の好物で、水が無くても五日は生きる」
ガシャッと鎧の音をたてて、ウスタージュは胡坐をかいた。巾着袋を地面に置いて、左の手甲を外すと、続けて右の手甲も外す。鎧の中から出て来たのは、濃紺の袖と、白い手袋に覆われた大きな手だった。下に制服を着ているらしい。
「こっち来いよ。手当は苦手なんだ」
「…………」
「今更だろう?何を警戒してんだか…………全く持って手遅れだぞ?」
「ウスタージュ、あの」
「いい加減、共通語で話してくれよ。特異言語は陸で使う言語じゃ無いだろう?」
「ごめん、分かんない」
進み出て、ウスタージュの傍に膝を突く。そのまま手を差し出すと、ちょっと待て、と止められた。やっぱり血は苦手なのだろう。
「今芽生えた警戒心を何処にやったんだ?俺は、鎧付きの竜人だぞ?意味分かるよな?」
「分かりません」
首を横に振ると、彼は長い長い溜息をついた。
「俺は半竜人なんだけどさ、生まれた時は竜だったんだ。珍しいだろ?それで、二十歳になって、やっと人の形に戻れたんだけど…………力の入れ具合がさっぱり分からなくってさ。物をよく壊してたんだ。そんで、竜人族がやるような、負荷かけの鎧を着てるワケ」
生まれた時は、竜?
訝し気に首を傾げた星南に、ウスタージュは衝撃発言をした。
「蛇人族は、半身が蛇なんだろう?」
「えっ!?」
「ん?」
星南は思わず、ウスタージュの顔をまじまじと見詰めた。嘘とかシャレでは無い顔だ。
半身が蛇?
あのにょろにょろした方の?私の何処に、その要素があるの!?
カーっと頭に血が上った。
無いよね?そんな人種と間違える要素、私の何処にも無いよね!?顔が蛇に似ている、以前の問題だ。
「早く教えてよ!私が蛇人族ぶる必要、全然無かったじゃん!!」
「おいおい、何で怒り出したんだ?」
ウスタージュは掴みかかって来た星南に、顔を強張らせた。
「私の何処に、にょろり要素があるって言うの!?」
「うわぁ!ちょっと待てって!血が付くだろ!?触るなって、こらっ、落ち着けっ!」
「落ち着ける筈ないでしょ!私の縮んだ寿命返しなさいよ!!」
「や、やめろって!俺はまだ、力の加減が怪しいんだ!!」
ウスタージュは、両手を上げて降参を決め込んだ。彼女の肩なんて掴んだら、そのまま骨を砕きかねない。どうして、こんなに怒らせてしまったのだろう。半分は蛇と言ったのが不味かったのか?
体の一部に鱗を持つ者同士、親近感あったのに。
鎧の肩当に置かれた小さな手から、赤い血が滲む。痛くないのだろうか。ウスタージュは眉を顰めた。
「セーナ血が…………」
その呟きに、やっと正気が返って来た。ウスタージュに当たっても仕方のない事だ。
「ごめん」
チクリと痛む右手を見ると、かさぶたが取れてしまったのか、また血が滲んでいた。何をやっているんだろう。星南はその場に座り込んだ。
「自分でやれよな。白いラベルのビンが消毒薬」
「…………うん」
巾着袋から言われたビンを取り出し、一緒に入っていたガーゼに吸わせる。それを傷に押し当てるが、特に沁みたりはしなかった。
「妙な事は、手慣れてんのな」
言われて顔を上げると、ウスタージュは横を向いたままだった。その琥珀色の視線の先は、自身の肩だ。星南は気まずくなった。血が苦手な相手に、血を付けてしまったのだ。慌てて巾着袋から綺麗なガーゼを引っ張り出す。それで拭こうと手を伸ばすと、彼は身体を後ろに引いた。
「このままでいい」
「いや、良くないでしょ?」
「全身が薬と言われる、蛇人族の血だろう?もしもの時に役に立つかもしれないし」
「蛇人族じゃないから。普通の人間だから…………」
「早く包帯を巻け」
話しが通じない。
眉尻を下げる星南に、ウスタージュは溜息を落とした。私達の溝は深いようです。そして、埋まる目途が立ちません。
「あっちは一段落したみたいだな」
ダヴィドが溜息交じりに言うと、エルネスはどうだか、と同じく溜息をついた。
「セーナは、何で怒ったんだと思います?」
「地獄耳のお前と一緒にするな」
「…………この距離ですよ?聞こえていたくせに」
「半身が蛇って所だろう?それ以外にあるか?」
エルネスはウスタージュの背中の方を見た。その身体に隠されている娘は、本当に蛇人族なのだろうか。一度打ち消した疑問が再び浮上する。
生理用品を見て赤くなるのは、それを使った事のある生娘だからだ。男を知っていれば、動じない事さえある。あの反応を見て、彼女は黒点ではないと確かに思った。
しかし。
出血の止まりが早すぎる。乾燥魚に刺されたら、縫ってもおかしくない怪我になる事も多い。なのにセーナの血は、手袋を染めただけで止まったようだった。布一枚濡らすような出血が、そう易々と止まる筈が無い。
「セナは黒点だと思うか?」
「分かりません――――」
そうでないと思いたい。エルネスは暗い森に視線を動かした。青でない自分が、人を狩る事は無い。ウスタージュも半人前だ。万が一があった場合、ダヴィドかフェルナンがその嫌な役目を背負う事になる。
「セナの血の止まりは、異様に早い。黒点の発病を抑える為に研究をされた個体、という可能性はあると思うか?」
「…………恐らく無いでしょう。蛇人族は同族婚の民です。獣人族を毛嫌いしていますし、わざわざ黒色病の研究をしているとは思えませんね」
「まだ、発病する可能性がある、か」
二人の視線の先で、知識者に満たない子ども達の明るい声がした。騒いだり沈黙したり、笑ったり、忙しい様子に若さを感じる。
「ウスタージュを遠ざけたりしたら、流石に過保護と言われるだろうな」
「あの子を死なせなければ良いんです――――セーナが水に連なるのは確かな事。血を流させず、本国まで連れ帰りましょう」
「此処からブルザ領に抜けるつもりか?相当、時間が掛かるぞ」
エルネスはダヴィドに視線を向けた。その薄い色の瞳には、諦めが滲んでいる。縁起でもないとダヴィドは眉を寄せたが、溜息をついた幼馴染は奥の手を使います、と疲れた顔で呟いた。
「奥の手?」
「暇を持て余す私の父に、仕事をしていただきましょう」
「…………そんな嫌そうな顔をして、言う事か?」
「嫌いですから」
にっこりと満面の笑みで言い切ったエルネスに、ダヴィドはもう一悶着あるのだろうな、と肩を落とす。
息抜きの旅行であり、視察。力任せの脳筋パーティーだったら、獣人族にも適度に侮られて馴染むだろう。そう言うメートル・オブリの入れ知恵の下、口裏を合わせたのは僅か数日前の事だった。
俺達の気ままな旅は、一体何処に行ったんだ?




