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金色の花を探して  作者: 秀月
聖ネルベンレート王国
10/93

1-10:草食

 この二人、仲いいなぁ。


 星南が呆れた視線を向ける先で、ダヴィドとエルネスは肩を叩き合いながら、笑い出してしまった。何がそんなに面白かったのだろう。行き場がないので、蔦に覆われたドーム端のナディーヌ号に寄り添った。彼女は、五月蠅いわね、と大きく尻尾を揺らせている。そこへ、茶色い荷馬のアデール号もやって来た。


「こんばんは?」


 声を掛けてみると、彼女はぱちぱちと緑の瞳を瞬いて顔を寄せてきた。ナディーヌ号が、挨拶よ、と相槌のような事を言ったので、星南も目を瞬く。


「私の言葉、分かる?」


 アデール号は、差し出した星南の手に鼻ずらをすり寄せた。それだけだ。


 なんか、嫌な予感がする…………


 聞く方(リスニング)ドンと来い、話す方は馬一頭、とかだったらどうしよう。ここの神様はかなり、いい加減だ。馬一頭くらい居ればいいんじゃね、くらいのノリで適当な特典の付け方をされていても、おかしくはない。


「ね、ねぇ、ナディーヌ号?」


 恐る恐る星南は尋ねた。アデール号は何を話しているのか、と。


「セナ、スキ、イイニオイ」

「って言ってるの?」

「ソウ」


 ちょっと神様ーっ!!


「あのね、私、アデール号とはお話し出来ないみたい」

「ソウナノ」

「そうなの!」


 ブルルと茶色いアデール号が鼻を鳴らした。残念、と言ったらしい。こうなると私は、ナディーヌ号という通訳無くして、馬ともマトモに会話が出来ない事になってしまう。ガックリと項垂れて灰色の毛並みにしがみ付くと、馬が好きですか、とエルネスの声が聞こえた。


「セナのせいで、腹が減ったぞ」

「もう鞍を外して休ませましょう。貴女も何か食べますか?」


 思わず、地面に置かれたままの鍋を見てしまった。塩味の苦渋風味紫キノコスープだ。とても食べられそうにない。


「…………あれ、ではありませんよ?」


 エルネルはよしよしと、星南の頭を撫でた。不味かったでしょう、と笑うから頷いて肯定する。


「ウスタージュは、からっきし上達せんな」

「フェルナンが教えているんですよ?」

「それか…………」


 手早くダヴィドはアデール号から荷物と鞍を外して、ナディーヌ号の傍にやって来た。


「まともな物を食わせてやる。例えば、こんな物とかな」


 彼がナディーヌ号の荷物から取り出したのは、何かの包みだった。それをペリペリ剥いて差し出された星南は、勢いで受け取ってしまったが、色が赤い。まさか辛かったりするのだろうか。


 あんまり得意じゃないな。


 それをもって躊躇している間に、二頭の荷馬は思い思いの場所に移動してしまう。再び、ダヴィドとエルネルに囲まれた状況の出来上がりだ。


「おやおや、見た事がありませんか?」

「大人のオヤツだからな。セナにはまだ早いか?」

「ほら…………そういう事を言うから、幼いと思われるんですよ?」

「俺は事実しか言っていないぞ」


 大人のオヤツって何!?


 ますます、食べてはいけない物のように思えてきた。味以前に、危ない物が混入していそうだ。


「大丈夫ですよセーナ、それは酒のツマミです。少し塩辛いかもしれませんが、あの鍋の中身よりは美味しいと約束します」

「あの鍋を超える代物は、早々作れないだろうがな」

「まったく、材料の無駄遣いですね」


 酒のツマミ…………


 例えば、サラミ的な?タコじゃない、タコさんウィンナーって方が全体的に似ている気がする。


「…………」

「意外と用心深いな。ほら、見てみろ。同じものだ」

「三人で食べれば、より美味しいですよ」


 食べる事は決定らしい。包装を剥いて、ダヴィドが真っ先に口に入れた。エルネスも食べている。二人を見上げて、星南も女は度胸と噛み付いた。とても硬い。味は塩辛いサラミに似ている。


「中々いけるだろう?」

「た、たぶん…………」

「無理に合わせなくても良いんですよ。所詮ツマミです」


 エルネスがくすくす笑って言うと、ダヴィドは、やれやれといった様子で前髪を掻き上げた。


「お子様には早かったか」

「若いと、味覚が敏感ですからね」

「それじゃあ、若いセナはもう寝ないといけないな」

「えっ?」


 さっき起きたばかりなのに。


 それに、ここは森の中だ。今は蔓のドームが出来ているけれど、野外である事に変わりない。


「私が膝を貸しましょうか?」

「は?」

「昔話を聞かせてやろうか?」

「えっ…………」


 星南は思わず後退った。


「まだ、添い寝が必要な年齢でしたか?」

「なら俺は、子守歌か?」

「いやいやいやいや…………」


 この人達に囲まれて眠れる自信はゼロに等しい。グラマー専門らしいダヴィドさんはともかく…………チラッとエルネスの方を向くと、彼は白皙の美貌に妖艶な笑みを浮かべた。


「大人の添い寝をご所望ですか?」


 ひぃぃぃっ!!


「セナに俺は、まだ早いぞ?」


 それは知ってます!


 寝れる筈が無い。この二人は色んな意味で、寝かせるつもりがあるように見えなかった。結局、星南はおろおろ狼狽えて笑われ、ナディーヌ号の傍に逃げるしか無くなった。


 ウスタージュ、フェルナン!お願い早く帰って来てーっ!!


 切実に願いながら、大きな灰色の体に身を寄せる。足を折りたたんで座り込んでいた彼女は、横腹にくっついた星南を青い瞳で見下ろした。


「ねぇ、ナディーヌ号」

「ナニ」

「この森って、どういう場所か知ってる?」

「ミズ、ガ、チカイワ」

「水?」


 そういえば、前にも言われた気がする。喉が渇いたという意味では無さそうだ。


「水が近いって、どういう意味なの?」

「チカイノ」

「誓い、の?」

「チカイノ」


 駄目だ、やっぱり分からない。この世界の情報をどうにか入手しないと、そろそろ疑われてしまいそうだ。


「帰りたい…………」

「カエル?」


 ナディーヌ号が、長い顔を近付けてきた。何故、彼女とは話せるのだろう。


「羨ましいですね。ナディーヌ号は、セーナと内緒話ですか?」

「…………エルネスさん」


 所詮は広くないドームの中だ。折角逃げて来たのに、もうエルネスに近寄られてしまった。


「ダヴィドのせいで、すっかり警戒されてしまいましたね」


 そう言いながら、彼は直ぐ近くに膝を突いた。


「ブラシのかけ方を教えましょう。ナディーヌ号も、お気に入りのセーナにして貰いたいでしょう?」

「そう、かな?」

「ソウネ」


 ナディーヌ号はブルルと鼻を鳴らして立ち上がった。渡されたブラシを手に、星南はナディーヌ号を見上げる。


「結構堅いけど、いいの?」

「イイノ」

「いいですかセーナ、決して馬の後ろに立ってはいけませんよ」

「は、はい――――」


 エルネスに腕を引かれて立たされ、ナディーヌ号の正面に連れて行かれる。そのまま、ブラシを持っている手をバンザイするように伸ばされた。


「まずは、ブラシを見せる事。ひづめの世話は私がやりますが、いずれ覚えて下さいね」

「はい」

「嫌な事があれば、馬は側面へも蹴る事があります。ブラシだけでは無く、必ず逆の手も身体に添えて、安心させてあげて下さい」

「はい」

「力加減は、ナディーヌ号に聞いて下さいね」


 ん?


 星南はエルネスを見上げた。青白い光の下、青みを増した瞳が静かに見下ろしてくる。


「どうしました?」

「い、いえ…………」


 気のせいだっただろうか。何かが少し、引っかかったような気がした。硬いブラシをナディーヌ号の体に当てる。灰色の毛並みも、今は少し青っぽい。


「ソコ、チガウ」

「えっ?」

「コッチ」


 彼女は首を伸ばして催促した。隣にはまだエルネスが居る。背中に冷たい汗が流れた。とてもマズイ。今はとてもマズイ状況だ。ここで下手に話しかけたりしたら、馬と話せる事がバレてしまうかもしれない。


「ナディーヌ号、セーナはまだ下手くそですが、蹴らないでやって下さいね?」

「イイワ」


 そう言った彼女が、つぶらな青い瞳をこちらに向けた。バレないとか、無理じゃなかろうか。青くなる星南に、エルネスが手を伸ばす。咄嗟に後退ってしまうと、おやおやと苦笑された。


「ブラシを貸して下さい。手本を見せましょう」

「…………は、はい」


 考え過ぎだろうか。自分の行動を恥じて、星南はすぐにブラシを差しだした。その手が腕ごと掴まれる。ぎょっとする間もなく引き寄せられて、恐怖に目を閉じてしまった。


「…………セーナ、目を開けて下さい?それでは、何も見えませんよ」


 そっと目を開くと、灰色の毛並みが見えた。立ち位置を移動させられたようだ。距離を置きたい。腕を放して欲しい。背後に立つエルネスが怖くて首を竦める。


「リラックスして下さい。変に気を張ると、馬も嫌がります」

「…………はぃ」


 リラックスって何だっけ。まるで二人羽織ににんばおりのように背後から手を拘束されているのに、気を抜けるかって?とても無理な相談だ。


青石の国(アジュール)という国は、水の神に愛された土地なんです」

「えっ?」


 唐突に話し始めたエルネスを、星南は振り仰いだ。


「今は亡き水の女神は、多くのものを創造しました。その中には、ナディーヌ号の親である水馬すいばも含まれます」

「…………は、はい」

「水馬の主食は、海藻と魚です」

「はい?」


 馬が、海藻と魚を食べるの?


 海藻はともかく、魚って馬が食べても良いのだろうか。草食じゃなかった?それとも嘘?何かの笑いを取る場面?私はどう反応したらいいの。


 ここでナディーヌ号に確認したら、それこそ万事休すだ。星南はとうとう動揺が隠せなくなった。何故エルネスが、腕を掴んだままなのかを、知るよしもない。


「ブラシが終わったら、乾燥魚をあげましょうね」


 言われたナディーヌ号が、ふさっと尻尾を振った。こういう時に限って、彼女は何も言ってくれない。そして、エルネスの表情も微笑みのまま動かなかった。疑問符が頭の中を回る。異世界人だと開き直ってしまいたい。でも、言葉が通じない。


 ものを知らないお馬鹿と思われるのは、ある意味、好都合だ。そのまま聞けば良いのだから。


 けれど一般常識が無いと分かったら、流石におかしいと思うだろう。まさか、異世界人だとは考えないかもしれないけれど。


 私の他に、異世界の人が居るのだろうか。


 その人は、どんな扱いを受けているのだろう?


「さぁセーナ、しっかり手を動かして下さい」


 やっと背後からエルネスが離れた。そのままダヴィドの方に向かう後姿に、心底ほっとする。


「イヤ」


 ナディーヌ号が文句を言った。星南は後ろに気を付けながら、疑問を矢継ぎ早にぶつける。


 異世界の馬は、草食では無いようです。

 

 

 

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