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お荷物くんの奮闘記  作者: seam
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わくわくデバッガーライフ(エピローグにかえて)

◆わくわくデバッガーライフ(エピローグにかえて)


「待てレツー!」

「だっはっはっは! リュータが怒ったー!」

 修復された広い魔王城の中を、お子様二人が元気よく追いかけっこしている。

「カイン、あいつら今度はなに?」

「リュータが大切そうに持ってたお菓子をレツが勝手に食べた瞬間なら目撃したけど。確か焼き菓子だったよ。紅茶に合いそうな」

「あー……、あのクッキーか」

 自分が実家に帰るついでに、作って持ってきたものだ。たまの暇つぶしに母がお菓子作りをすることがあって、いわゆるキャラ弁の類を創作することが趣味である母に、リュータの顔をデフォルメしたクッキーは作れるか何気なく聞いてみたのである。竜太くんに食べてもらうなら張り切って作るわよ、と何故か自分まで手伝わされてしまった。

 何が彼の感性に響いたのかは知らないが、作ったから食べてみてくれとリュータに手渡したところ頬を紅潮させていた。大切そうに持ってた、というならおそらくそのクッキーを一枚レツにくすねられたのだろう。

「あれ、食べずにどうにかして永久保存したいから氷魔法教えてってリュータがぼくにすごい真剣な顔で弟子入りしようとしてきたんだよね」

 ユウジがあげたものだったんだなあ、と何やら納得した様子で、カインが微笑ましげに城中を駆け回る二人を眺めている。やつらの追いかけっこは建物の損害的にしゃれにならないのでできれば控えてほしいのだが、リュータをからかうのが楽しくてたまらないらしいレツをどうにかしないことには城が破壊される頻度は減ることはないだろう。

 マムとの決戦は、彼女らの回線からのアクセスを絶つことで決着した。アクセスできなくなったこの世界を彼女らがどう扱うかという不安はあるが、今のところ再アクセスを試みようとされている時点で即廃棄ということはなさそうだ。

 再アクセスの際にやってくる光の女神のようなものは、その都度自分たちで追い払うことにしている。アクセスポイントは各神殿と魔王城のみ。蘇生魔法に成功し呼び戻すことのできたレツやカイン、それからヴェルターやノア、プロフェットにも協力を仰いでそれぞれのポイントの監視を頼んでいる状態である。

 魔王引き継ぎを行わないままで魔王城の管理者登録ができたのは良かったと思う。レツやカインも連れて一度現代に帰ってみたところ、二人はずいぶん遊び歩いて満足してきたようだ。レツはどうやら二十年近く前に行方不明になったという扱いになっていて家には帰れなかったらしいが、家族や友人の無事を確認できたからいい、とさほど悲しんでいる様子はなかった。今更戻っても、本来三十代になっているべき子供が中学生くらいの外見で当時の記憶のままだなんて家族も卒倒するに決まっている。とはレツの話だ。彼の場合は冒険の時から王の守護者になるまでで数年、守護者になってからは見た目が変わっていないという変遷のおかげでさらにややこしくなっているが、時間の流れの違うあちらとこちらでは、片方に長居するとそういった事態になりかねない。

 どちらの世界も、マムたちの世界の管理下にある箱庭だというのは念頭においておく必要がある。その上でどちらに身を置くか、考えるのはもうしばらく先送りにしておきたい。どうにかしてこの二つの世界が彼女たちの意図に左右されないように細工を施せるようになるまで、カインとは意見交換をしつつ双方の世界を行き来することになりそうだ。

 それに、こちらの世界だけでも問題は山積みだ。魔王が倒されたことで人間への祝福は消え、現在人間側は一様にバフ消しを食らったような状態に。そして魔王継承がなされなかったことで、魔族側にもこれといって加護にあたる力は付与されていない。通常通りのファンタジー世界になってしまったのである。この事態から今後考えられる展開としては、今まで虐げられる側に居た魔族が下克上を狙って人間側に戦争をふっかけるようになるか、それを恐れた人間側が先に打って出るか。本来であればカインの計画上は互いの種族を交配させ、完全な純血がいっさい存在しなくなってからウリエルと戦うつもりだったらしいのだが、マムの妨害によって時期をずらされる等の障害にたびたびぶつかってこうなったようだ。

 戦争に介入はしたくないけど、戦争が起こるかもしれないのをただ見ているだけっていうのも気分が悪い。それに、リュータはきっとひとたび戦争が起こってしまうと持ち前の正義感で首を突っ込んでしまうだろう。それはほとんど確信に近い。こちらも何か手を回しておかなければならなさそうである。

 カインがいれてくれた紅茶に口を付ける。実は自分はどちらかといえばコーヒー派なのだが、せっかく用意してもらっているのだから飲むべきだろう。それにしてもカインは料理が上手い。お茶菓子にどうぞと出されたスコーンっぽいものがくせになるおいしさだ。長らく魔王をやってきて、欲しいものはなんでもさくっと創造能力で出せただろうに料理が上手いというのは反則だと思う。レツにおいしいって言ってもらいたいから、とかはにかんだ笑顔でのろけられるんだろうからなんで料理? とは訊きはしないけども。一人暮らしでチャーハンまたはカップ麺生活の続く自分とは大違いである。酷い時は具なし卵だけチャーハンだ。粉末状鶏ガラスープのもとがずぼら飯の舞台で大活躍している。

 自分たちの旅に立ちふさがっていた強敵二人は、蓋を開けてみれば悪戯好きの精神年齢小学生と、やんちゃ坊主に恋する乙女だった。乙女って表現していいのか分からんが。少なくとも外見は美少女だと思う。男だけど。現代に連れて行って放置したところ、話を聞く限りではレツと二人で遊び歩く最中に五度ほどナンパ、二度ほど誘拐されかけていたそうだから外見が美少女なのは間違いない。誘拐されかける元魔王ってどうなんだ。突っ込みかけて、人のことは言えないなと口をつぐんだのは記憶に新しい。先の旅で平凡な見た目に関わらず拉致られ数が多いのは自分だった。主な原因こいつらだけど。

 リュータがしびれを切らしてレツに向けてその場にあった絵の額縁を掴み、彼の後頭部めがけて全力投球した。きれいに線を描いてレツの頭にクリーンヒットするが、レツもレツでいってえー! と楽しく笑いながらまだ逃げ続けている。彼の足下で投げられた絵画が無惨にひしゃげていた。次に投げつけたのはMP消費で生成した例のふつうの剣だ。刃物の投擲はさすがに回避せざるを得ないのだろう、ものすごい高速で迫り来る剣の切っ先をレツがひょいと避けた。剣は置いてあった壷を破壊し窓を突き破り、その先の庭の木に突き刺さる。あれ人間に当たったら貫通するんじゃないかひょっとして。

 魔族もびっくりな頑丈さの二人が妨害ありの本気の鬼ごっこを長時間続けていては、城の修復が面倒だ。どうしようか。カインにアイコンタクトを送ると、彼が察してくれたのか、任せてとばかりに親指を立てた。

 レツの走り回る進行方向に立ちふさがったカインが、何気なく両腕を広げる。おいで。そう言ったが早いか、リュータとのエクストリーム鬼ごっこに夢中だったレツはさっさと切り上げてカインの胸に飛び込んだ。いかにも「わーい」って感じだった。すげえ。今一瞬カインがレツの飼い主に見えた。受け止めきれなくてカイン倒れ込んでるけど。

 レツの下敷きになっているカインは、そのまま追ってくるリュータにも声をかけた。

「リュータ。君がレツとばっかり鬼ごっこしてるからユウジ寂しいって言ってたよ」

 言ってねえよ。カインを睨みつけるが、彼はにこにこ笑うだけである。我に返ったリュータがこちらに近付いてくる。

「ご、ごめん……おれまた城壊しちゃった」

「話聞く限りじゃレツのせいだし、気にすんな。クッキーも気に入ったんならまた作ってやるからさ」

 肩を落としてごめんなさいする年下の恋人がこうも可愛いと、まあ今回は許してやろうという気になってくる。「まあ今回は」をもう何度繰り返したか定かではない。惚れた方が負けとはよく言ったものだ。カインによる早期収束のおかげで、城のダメージ的にはまだましな方である。

 レツの方がやけに静かになったなと、リュータの頭を撫でてやりながら横目に確認する。確認して、……そっと見なかったことにした。

「ちょっと部屋で話そうぜ」

 リュータは気付いていないようなので、彼を振り返らせずにうまくその場で踵を返す。教育に悪影響を及ぼしそうなものは見せないに限る。カイン、おまえの尊い犠牲は忘れない。

 魔王城にお邪魔することになって、用意してもらったのは自分とリュータそれぞれの部屋だ。夜はしょっちゅうリュータが遊びに来てそのまま眠ってしまうため、彼の部屋はほぼ使われておらず少ない物置になっている。

 あちらがR十八に発展しそうな気配を察知して、自分の部屋までどうにか無事にリュータを避難させることには成功したが、見ればリュータはいつになく青ざめている。

「どうした?」

「お、お説教? それとも、もう愛想尽かした……?」

 この世の終わりのような様子で震えている彼にはどうやら勘違いさせてしまったらしい。考えてみれば今の流れ、喧嘩する生徒を叱責して後で職員室に来なさいのパターンに非常に似ている。中学では他の生徒の模範になるようなよいこっぷり――やれと言われたことに忠実に従い、やってはいけないと言われたことをまじめに遵守しているだけであって、成績の方はあまりよろしくない――を発揮しているリュータからすればこういったシチュエーションには免疫がないのだろう。

「違う違う。お邪魔そうだったから退散しただけだ」

「お邪魔?」

「気にしたら駄目だからな」

 理解できていないリュータに念を押して、とりあえずベッドに腰掛ける。手招きすると彼も倣って隣に座った。

 危機感がないというか疑う気がないというか、やっぱりこいつをあんな場面に遭遇させるのはまだよろしくないなと思う。触り心地の良いリュータの頭を撫でて、それからなんとなく髪を梳く。

 ああでも、キスは、したんだっけ。

 髪から頬へ、指先を下ろしていく。くすぐったそうに瞼を閉じた彼の唇が目について、思わず手を引っ込めた。

「あっ、わ、悪い」

「ユウジ?」

 さっと視線を逸らす。今きっと自分はやましいことを考えている顔になっているだろうからあまり見ないでいただきたい。体ごとそっぽ向こうとしたところ、リュータがシーツの上に手をついてこちらを覗き込んできた。

「大丈夫? 顔、赤いよ」

 風邪でも引いているのかと本気で心配している表情だ。のけぞりかけて、いっそ直接訊いてみた方がいいかもしれないと思い直す。

「……リュータ」

「なに?」

「おまえさ、ここがどこだか分かってるか」

「え? えっと、ユウジの部屋だよね」

「ベッドだな」

「うん」

「特に明日予定無いよな?」

「うん」

「で、……両思いなんだろ。オレたち」

「えへへへ」

 溶けるかってくらいのふやけた幸せそうな笑顔になった。いや違う。両思いが嬉しいと思ってくれているのはこちらもなにやら甘酸っぱい気分になってくるが、今回訊きたいのはそこじゃない。リュータの方は学生らしい幼い恋愛で満足かもしれないが、こちとら毎晩毎晩枕持参で遊びにやってきてはすがすがしい笑顔でおやすみなさいされるのが苦痛でならないのだ。

「意識してんの、オレだけか?」

「いしき」

「……好きなやつとベッドで二人きり。明日はとくに予定なし。この状況でおまえよく無邪気にふにゃふにゃ笑ってられるな。オレはおまえが夜来るたびその……毎回、する、のかと思ってだな、風呂で、い、色々」

 あれ自分今なにぶっちゃけてるんだろ。明らかに言わなくていいことまで口を滑らせているような。

「あの、えっと、ユウジ」

「うああああ忘れろ今すぐ忘れろ頑張って前向健忘症になれ」

「ぜんこ……?」

 現代に戻った時にちゃんと同性同士のあれそれの動画を見て勉強して、うわこういうことすんのかよ大丈夫かオレ、とか葛藤しつつも通販で必要そうなものを一通り用意してこちらに持参してきた自分の身にもなってほしいものである。ついでに言うと彼に痛い思いはさせたくないと自分が下になるつもりでちょっとずつ開発あああなんでもない。

 穴に埋まりたい。今すぐ穴に埋まりたい。なんだよこれじゃあレツたちのアレに触発されて部屋に連れ込んだみたいになるじゃないか。言わなきゃよかった。あふたーふぇすた。後の祭りである。

 今なら顔面から大火球が生成できる気がする。リュータおまえも無言で固まるの勘弁してくれ。いたたまれない。

「ユウジ」

「……はい」

「あのね、嫌だったら言ってね」

「なに、が」

 真剣な目で見上げられて、動けなくなる。乾いた喉からどうにか搾り出した言葉に、リュータが小さく頷いた。

「その、きす、してもい」

 そうだよなおまえの恋愛ってまだそこだよな知ってたよ。知ってたよ。

 ちょっとでも期待した自分が馬鹿だった。溜め息とともに緊張は解けて、それから笑いがこみ上げてくる。

「そんなの、いちいち訊かなくていい」


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